11 過去と名前と未来
「さて。歩栄について話す前に、いくつか聞きたい事がある」
思った以上の紆余曲折を経て、ようやくそれを語るタイミングになった。
だがその前に、私には確認しておきたい事があった。
「何ですか?」
「まず、彼がいなくなってからどの位時が経った?」
「今日でちょうど一週間です」
一週間。私自身の体感より少し長いか。
おそらくは意識を失ってるタイミングが多かったせいと思われる。
「次に、お前は何故あそこでこっちをじっと見てたんだ?」
「ああ、あれですか。あのテントは以前から気になってたんですよ。先輩がいなくなってから毎日、時々ああやって観察してました。一度だけ入った事もありますよ」
「入ったのか!?」
「はい。あのおじいさんに占ってもらいましたが、すっごい適当な事言われただけでした」
「そうか……」
必ずしも神隠しに遭うわけではなかったらしい。逆に良かった。
「最後に、なんで私に対してそんな言葉遣いなんだ?」
「え~と……君を見てると、先輩を思い出すんですよね。表情とか立ち振舞いとか、とにかく全体的に先輩っぽいんですよ」
「……そうか」
後半の質問は個人的な興味からの質問だったが、聞いておいて正解だったかも知れない。直感だけでここまで真実に近付けるのならば、下手な噓は見抜かれそうな気がする。
そう自分に言い聞かせながら、私は言葉を紡ぎ始めた。
「では……まず言っておかねばならない事は、歩栄は神隠しに会って死んだ」
「え?」
さすがの後輩も、その表情が強張った。
しかし、真実をベースに語ると決めた以上、ここは避けられない。
「お前が睨んだ通り、あのテントの老人が、何らかの条件を満たした人間を、まるで神隠しのように跡を残さず殺していた。残念ながら、その後死体がどうなったかは分からない」
「それじゃあ、どうして君はそれを知ってるんですか?」
「私は歩栄が死んだと同時に、全く別の場所で生まれた。彼の記憶や経験を全て引き継いだ状態で」
「え? それって……」
「現実離れした表現を使うなら、生まれ変わった、と言えるのかも知れない。だが、この体に生まれた私が、果たして歩栄本人なのかどうか、私には判断できない」
間に妖精の姿を挟んだ事は、話がややこしくなるだけなのであえて伏せておいた。
「私は、歩栄が最後に抱いた感情である、あの老人に対する恨みを晴らすためにこの街までやって来た。そしてさっきそれを果たした。その後はお前が見た通りだ……どうした? さっきからお前らしくない難しい顔をして」
「……うん。やっぱり、先輩は先輩ですよ。さりげなくアタシをディスってくる所とか、意外と一時の感情に流されたりとか、何かもう全部先輩です。だから、今からは改めて先輩と呼びますね」
「それは好きにすれば良い。確かに自我としては、私は歩栄で間違いないだろうからな」
私としても、その方がしっくり来るのは確かだ。
「ところで、それ、どうしたんですか?」
後輩が月光牙を指して尋ねてきた。
そりゃそうだ。現代社会ではまずお目にかかれない代物、しかも本物だ。
「ここに戻る途中で手に入れた。鉄でも豆腐のように切れる代物だから気を付けろ」
「え゛!? それ本物なんですか?」
「ああ。でなければ役には立たなかったからな」
「あのテントのおじいさんをやっちゃったんですよね? そう言えばあの時、テントがいきなり消えちゃいましたけど、何があったんですか?」
「奴は元々人間ではない。詳しい説明は省くが、邪悪な妖怪のような存在だった。だから神隠しのような事ができていた。そして奴が死ぬと同時に、テントも消えて無くなった」
「そうだったんですか」
こんな突拍子もない話にも動じないコイツは、とんだ大物なのか、ただ何も考えていないだけなのか。
おっと、話が逸れたな。
「話を戻すが、お前は私は私だと言ってくれたが、現実問題として今後私が歩栄として生きていくのは不可能だ。つまり、会社に戻る事もできなければ、先輩後輩の関係ももう無い」
「そんな事どうでも良いんです。先輩は先輩なんですから。そうだ! アタシ明日会社辞めてきます」
「どうしてそうなる?」
「だって、先輩が帰って来ない会社にもう価値はありませんから」
コイツこんなにヤバい奴だったのか。さすがにこれは引く。
「辞めてどうする気だ?」
「先輩と一緒にここで暮らします」
こんな部屋に一人で住んでいる位だから、確かに経済面では困っていないのかも知れないが。
「私がどこかに行く可能性は考えなかったのか?」
「だって今先輩、行くとこ無いでしょ? 戸籍とかがどうなってるか分かりませんが、元の家に戻ったりはできないでしょうし」
「……」
本当にコイツは。ノリと勢いだけで適当に生きてるように見えて、謎の抜け目なさがあるな。
それにしても……
「何故だ? 何故そこまで私に固執する?」
「先輩が、始めての人だったんです」
「はぁ?」
あまりの謎回答に、思わず変な声が漏れた。
「アタシの名前や生まれに興味を持たず、一人の人間として接してくれた、始めての人だったんです」
「名前?」
確かに私は彼女の名前を覚える事を放棄したが、それが一体何になるのか?
「改めて言うと、アタシの名前は……」
名前自体はそれほど珍しい訳ではない、言ってしまえばありふれた名前だった。強いて言えば、名字に何となく聞き覚えがある位か。
「アタシの名字、どこかで聞いた覚えはありませんか?」
「まあ有名所で言えば、どこぞの財閥と同じ名字だな」
「それです! アタシはそこの家の娘として生まれました。知らないのは先輩くらいですよ」
「そうだったのか」
驚くべき事実……なのだろうが、むしろ合点がいった部分の方が多い。浮世離れした思考も、この無駄に広い一人部屋も、そこに起因するのならば納得だ。
「アタシと言う人間は、生まれた時からこの名前と出自を背負うためにありました。アタシに近付いてくる人間は皆、アタシを財閥の娘としてしか見てなかったんです」
ようやく私にも、後輩が言いたい意味が分かってきた。
「今さらそこに不満を言うつもりはありませんが、アタシの本体はあくまで名前だったんです。先輩と会うまでは」
「分かった。もういい」
私は半ば無意識に話を止めた。何故か、ここから先は聞いてはいけない気がしたのだ。
「事情は理解した。そして、こちらの状況はお前の言う通りだ。こちらとしても、今の自分が安定して住める場所があると有り難い」
「ですよね! それじゃあ早速、先輩の家から私物を運び込みましょう」
「いや今は夜だぞ! それ以前に歩栄はもういないのだから、部屋は動かせないはずだが」
「大丈夫です。アタシに任せてください」
はっきり言って不安しか無いが、もう後輩しか当てが無いのも確かだ。
前途多難は目に見えているが、これはこれで、私が取り戻したかった日常の一つの形であるようにも思う。
「こらからよろしくお願いしますね、先輩」
「ああ」
「でも、もうお風呂にだって一緒に入った仲なんですから、大丈夫ですよね!」
「二・度・と・一緒には入らないからな!」
……どこまでをコイツに許すか。それが今後の課題になりそうだ。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
終わらせ方で迷った結果こんなオチになりましたが、悔いはありません。