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1 奪われた日常

 私の名は歩栄(あゆみ さかえ)、これでフルネームだ。名前からは分かり辛いが、性別は男。職業はしがないサラリーマンだ。入社が決まってからずっと、今の部屋を借りて独り暮らしをしている。

 ある日曜の朝、部屋でテレビを見ていた。昔からこの時間に放送されている、いわゆる戦隊ものと呼ばれる番組だ。

 別に好きで見てる訳では無い。では何で見てるのか? と問われれば、幼い頃からずっと続く習慣、としか答えようがない。

 昔は何も考えずに楽しめていたが、今ではすっかり余計な考えが頭をよぎるようになってしまった。


「正義って、何なのだろうな?」


 大勢のヒーロー達が単体の敵をボコるのが果たして正義なのだろうか? そもそも他者に危害を加えなきゃいけない時点で、正義などとは呼べないのでは?

 なんて事を、何となく思う。我ながらつまらない大人になったものだ。

 そもそも画面の中で繰り広げられているのは、バリエーションは数あれど、要は互いの未来を賭けた生存競争だ。元来そこに正義も悪も無いはずである。


「……昼の食材でも買って来るか」


 番組が終わり、朝とも昼ともつかない時間になると、下らない思考を切り替える意味も込めて、外に出る事にした。


「あっ、先輩だ! おはようございます!」


 しまった!

 生活圏が近いのは知っていたが、まさかここで出くわすとは。


「先輩、オフでも仏頂面ですね」


「やかましい」


 逆にお前は休日でもこんなテンションなのか、鬱陶しい。

 ちなみにこいつは会社の後輩で、名前は……


「あっ、アタシの名前なんだっけな~って顔してる」


「ああ、必要無いからな」


「ひっど~い!」


 今、私の目の前でアホ面を晒すこの女は、一般教養等の面において、およそ常人の通る道をすっ飛ばして来たかのような奴である。

 先輩である私を初め、誰に対してもタメ口が見え隠れするのは当たり前。さらにパソコンやコピー機の使い方さえ、会社に来るまでは知らなかった。

 今まで生活してこれたのが不思議な程の、仕事一つさせるのも危なっかしい要注意人物である。


「私の後輩はお前だけだから、いちいち名前を覚えておく意味が無い」


「ふぅん……まぁいいか」


 確かに鬱陶しい存在ではあるが、こうした細かい事に執着しない気質は素直に好感が持てる。


「ところで先輩はこれからどこに行くんですか?」


「昼食の買い出しだ」


「なら、アタシも一緒に行っても良いですか?」


「来るな、邪魔だ」


「相変わらずですねぇ先輩。話は変わりますが、最近この辺で神隠しがあったって知ってますか?」


 こいつとの会話はいつもこうだ。まるで万華鏡のようにコロコロ話題が変わっていく。


「いや、知らないが。でも何故神隠しなんだ? ただの失踪事件じゃないのか?」


「そりゃ表向きは失踪事件でしょうけど。アタシも良くは知らないんですけど、警察が匙を投げるレベルで予兆や痕跡が全く見つからないって噂です」


「そうなのか」


 それは確かに怖いな。


「先輩も気を付けて下さいね。それじゃアタシはこれで」


 そう言って後輩はつむじ風のように、午前のゆったりした空気を引っ掻き回して去って行った。

 そんなものをどう気を付けろと。

 それにあいつ、あの様子だと初めから私に付いて来る気など無かったな。

 まあどうでも良いか。早く買い物を済ませてさっさと帰るとしよう。


 スーパーへの道中、それは唐突にそこにあった。

 閑静な住宅街の一角で、清々しい程に悪目立ちする派手なテント。

 側にある看板にはこう書いてある。


『貴方の未来を占います。期間限定! オープン記念につき今なら無料!!』


 怪し過ぎて逆に興味が湧いてきた。

 私は占いの類いは気にしない方なので、普段なら見向きもしない。しかし、時間に余裕がある事や無料である事等が重なり、何となく入ってみる事にした。


「よくぞおいで下さった。そこに座りなされ」


 テントの中に入った途端、奥にいた何者かに声を掛けられた。

 狭い空間の中央にテーブルがあり、手前に丸椅子が、奥には頭から布を被った老人がいた。さっきの声はこの老人のものか。

 テーブルには豪華なクロスが掛けられてはいるが、その上には何も載っていない。

 私は言われた通り、丸椅子に腰掛ける。


「お主の未来、その先にある栄光の形を今ここに……」


 私が声を掛ける前に、老人はそう言うと黙ってこっちをじっと見つめてきた。

 しばらくにらめっこが続いた後、ようやく老人が動き出した。


「素晴らしい。これ程とは……」


 テーブルの下でもぞもぞ何かやっている。どうやら何かを取り出しているようだ。


「お主は英雄となる素質があるようじゃ。世界をも救えるやも知れぬ、非常に稀有な存在じゃよ」


 一気に胡散臭くなってきた。

 訝る私の前で老人が取り出した物は、刃渡り四十センチ程の剣だった。

 派手な装飾等は無く、いかにも本物っぽい質感をしている。


「ただし、それはワシの世界での話じゃがのぅ」


 私は慌てて立ち上がり逃げようとするが、それよりも速くその剣が私の胸を貫いた!

 なぜか痛みや出血は無い。ただ、これから死ぬんだ、と言うイメージだけが強く刻み込まれた。


「なぜ……こんな……」


「ワシらの世界は今や生態系のバランスが崩れ、滅亡の危機に瀕している。それを正す適性を持つ者を見出だし、あちらに送るのがワシの役目じゃ。案ずるな。こちらでのお主はここで死ぬが、あちらで新たな命となって生まれ変わろうぞ」


 なるほど。こいつがさっき後輩から聞いた神隠しの犯人か。

 しかし気付いた時にはすでに遅かった。


「もしお主が世界の平定をもたらした暁には、素晴らしき第二の人生が訪れよう」


 そんな物頼んじゃいない。異世界の事情など知った事か。

 私は退屈と(後輩)が交差する今の生活が、存外に気に入ってたんだ。だから私は、身勝手な理屈で人の人生を奪ったこいつを絶対に許さない。

 止めどなく湧き上がる怒りと共に意識が暗闇の中に沈んで行き、やがて私は眠るようにこの世界との繋がりを絶った。

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