高嶺の花
恋愛モノ、第二弾。
まだまだジャンルに慣れない感は否めませんが、お楽しみ頂ければ幸いです。
高嶺の花。
正にそんな人だった。
年上で、美人で、スタイルも良くて。
高校の入学式。
壇上に立つ姿に、一目で心を奪われた。
生徒会長として、精力的に活動する彼女。
学年は違えども、姿を目にする機会は多かった。
廊下ですれ違う時。
階下に姿を見つけた時。
食堂で談笑している時。
朝礼で話をする時。
行事を取り仕切っている時。
いつも視線は彼女を探し求めていた。
自分に限った話では無い。
同級生ならば皆、憧れている。
話に上がる話題の大半は彼女について。
先輩達だってそうだ。
少しでも印象に残ろうとするかのように、我先にと話し掛けている。
学校の誰もが、彼女を見ていた。
憧れていた。
時に、行き過ぎた憧れは、暴走を招く。
普段ならば自制するであろう行為。
一時の気の迷い。
魔が差した。
青い衝動。
どれも言い訳に過ぎない。
覗き、所持品の盗難、果ては痴漢行為に至るまで。
度々、彼女は見舞われているようだった。
偶然だった。
下校途中に、ふと見かけた校舎裏。
数人の男子が、校舎内を窓から覗いていた。
瞬間、彼女が覗かれていると思った。
咄嗟に大声で叫ぶ。
男子共はコチラをチラリと見ただけで、止めようとはしない。
頭に血が上る。
衝動に任せて駆け出す。
金網は高過ぎて登れない。
通用門付近は石壁だが、2メートル以上ある。
無理に登ろうとするよりも、門から通った方が速い。
焦る気持ちを必死に抑え、通用門を通過する。
帰宅部の自分に、全力疾走は堪える。
酸欠を自覚しながらも、目的の校舎裏へと急ぐ。
後、もう少し。
校舎裏の壁に手を掛けた。
勢いのままに、裏側を覗き込む。
まだ男子共は居た。
息切れで、上手く言葉を発せられない。
足もすでにガクガクだ。
だから叫んだ。
あらん限りの力で。
男子共がビクリと身を震わせ、次いで逃走を図った。
膝をつく。
顔を伏せ、呼吸する。
限界だった。
体が欲するままに、酸素を貪る。
見れば、手も痙攣していた。
疲労からか。
それとも、緊張からか。
思いがけず、笑いが口から漏れる。
息切れの為、妙な音しかしなかった。
そばで足音がした。
どうやら目の前からだ。
影がこちらに伸びている。
疲れた体に鞭打つ心持ちで、顔を上げる。
彼女が立って居た。
場所は生徒会室。
中には自分と彼女の二人だけ。
校舎裏から、すぐにここへと連れて来られた。
脳にまで酸素が回っておらず、ただ言われるがままに付いて来た。
彼女から質問される。
校舎裏で何をしていたのか、と。
やっぱり、声も綺麗だった。
空気を読めていない自分に、再度同じ質問が投げかけられる。
完全に息が整っていないながらに、たどたどしく男子共を追い払ったと伝える。
今、自分は、彼女と会話している。
気分が高揚してくる。
現実だろうか。
いや、夢でも構わない。
次いで、男子共の特徴を聞かれる。
覚えていない。
ただ、覗きを止めさせたい一心だった。
誰かなんて、考えもしなかった。
正直に分からないと答える。
しばしの沈黙。
彼女は疑わし気な目でこちらを見つめている。
信じて貰えてない。
直前に聞こえた声は一人分。
そして、校舎裏に居たのは一人だけ。
つまり、アナタが覗きの犯人。
彼女は告げた。
憧れは暴走を招く。
自分の場合は、こんな有様らしい。
天国から地獄。
高揚していた気持ちは、一転、氷点下へと変わった。
軽蔑の眼差し。
直接の現行犯ではなく、状況証拠のみだった事もあり、職員への引き渡しもなく、解放はされた。
だが、彼女には疑われたままだ。
他の誰かならいざ知らず、よりにもよって、彼女に誤解されてしまった。
正義感に駆られて、良い事をしたつもりだった。
結果はこの有様だ。
成程、これが夢なら良かった。
咎められるべき者は野放しに、愚者は濡れ衣を着せられる。
最悪だ。
こんな現実、最悪だ。
やり直す事が出来たのなら、自分は――。
針の筵。
居心地が悪い。
別段、自分の事が噂になっている訳ではなかった。
何の慰めにもならない。
一番誤解されたくない人に、誤解されているのだ。
折角、初めて話せた機会だったのに。
奇跡は二度起こらない。
暗いどころか、暗黒時代になりそうだ。
気分が沈む。
授業にも身が入らない。
彼女の姿を見かけても、避けるようになっていた。
息苦しい。
酸素は吸えているのに、息が苦しい。
色褪せていく世界。
色を失っていく世界。
段々と、学校に行くのも億劫になっていた。
帰り道。
視線の先には、例の男子共。
校舎裏から、またしても覗いていた。
もし捕まえられれば、冤罪を晴らせる。
だが、前回同様、あの場に辿り着いた時には、限界を迎えているだろう。
捕まえる余裕などない。
やり直すチャンス。
馬鹿な。
また同じ結果になるだけだ。
今度こそ、覗きの犯人として、職員に突き出される。
見て見ぬ振り。
賢い生き方。
誰だってそうする。
なのに、何で。
何で、自分は全力で駆け出しているんだろうか。
通用門を走り抜ける。
向かっている先は校舎裏。
前回から何も学ばなかったのか。
こんなものは徒労だ。
何の益も無い。
疲れた上に、覗き魔扱いされるんだ。
馬鹿にも程がある。
でも。
そうだとしても。
彼女が覗かれているなんて。
耐えられない。
耐えられる筈がない。
校舎裏の壁に手を掛ける。
前回の焼き回しだ。
覗き込む先に見える男子共。
何も変わらない。
あらん限りの大声を張り上げる。
むしろ悪化する。
逃げ去る男子共。
つまらない結末。
――にはならなかった。
窓が勢いよく開け放たれる。
そこから身を乗り出す彼女。
最初に俺を、次いで、逃げる男子共の背を確認した。
最後に見えた彼女の表情。
申し訳無さそうな、でもどこか、はにかむような笑み。
きっと、一生忘れない。
冤罪は晴れた。
しきりに頭を下げる彼女。
恐縮のあまり、謝り続ける自分。
程なく、どちらからともなく、笑い声をあげる。
あぁ、笑った顔も、素敵だ。
結局、逃げた男子共の身元は不明のままだった。
だが、次は無い、と語る彼女の目は、一切笑ってはいなかった。
きっと、次に仕出かした時が、最後となるだろう。
世界は色を取り戻した。
いや、今まで以上に色鮮やかだ。
彼女と時折話すようになった。
廊下ですれ違った時。
階下に姿を見かけた時。
食堂で談笑する時……は、流石に無理か。
まだまだ遠い存在。
でも、少しだけ、距離が縮まった。
先の事は分からない。
関係がどうなるかは、これから次第。
彼女は高嶺の花。
いつかは、その傍らに。
なんてね。
指示語を極力使用せず、なるべく悲しい結末にならないように頑張ってみました。
作者の力では、まだこの辺りが限界かな。
いつか、きちんとハッピーエンドを書けると良いな。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。