戻ってきたのよ!
グラディーとの試合より一週の間、彼は繭の中に軟禁された。
背丈は子供と少年の間くらい。褐色の肌は変わらず、その立ち振る舞いも、今までのヴィロフォルティのままだった。
しかしその瞳は様子を変え、その佇まいも変わっていた。
子供のあどけなさと、少年の猛々しさはそのままに、少し目を離してみれば、老獪な、昏い深淵に覗かれている。
我に返ってまじまじと見れば、そんなことは無い。
その時間をかけても、ヴィーの変化は何も捉えられなかった。
その捉えられない変化は、程なく目に見える形で、皆の前に現れる。
「本当にヴィーのままなのよね?モルスレジナ。」
ヴィロフォルティを解放した後、3人で地下の工房にこもり、一連の事象を精査している時にフィニスは尋ねた。
フィニスがそう言うほどに、彼のその佇まいは一変していた。
静謐にして、奈落の深淵。ヴィーを見ているつもりが、魂までも見られている。否、観察されている。
モルスレジナは言う。
「間違いなく、彼よ。でも、魂の形が変わっている。前も綺麗に混ざってたけど、今は混ざるどころか、元々一つであったみたい。作り替えられたとは思えないくらい。でも何も変わっていない。」
「アローズィ。」
「精霊との契約は、ヴィー様の物で間違いありません。精霊の契約は魂の契約。魂が変質しては、その効力は発揮されず、また、精霊達もいなくなることでしょう。ですが、精霊達は今なお、ここに居ます。」
「契約が変わってる?書き換えじゃ無くて?」
「神の干渉で、そうあるのかも知れませんが、それを成す意味がありません。以前の段階で書き換えられ、安定しているのに、三度の外部干渉など…。」
無念そうに、仮説すら立てられないと、言外に言うしか無かった。
こめかみを解しながら、フィニスは言う。
「確かにあたしは龍人の魂をヴィーに取り込ませてる。ヴィーが受け入れやすい形で。そもそも、アナンタなんて異物が問題なのよ。」
「それはアナンタを見つけたときから予想していたじゃ無い。それでもそれはヴィーに変化を起こさせるだけにとどめてたはずよ?」
「モルスレジナ。ヴィーがアナンタを取り込んでるって事は無いわよね。アナンタはどう?」
「取り込んでいるなんてもんじゃ無い。アナンタとお互いを補い合っている。言ってみれば、まるでベッドの上で二人とも絡み合ってる感じ。」
「なんなのそれ。真面目に答えなさいよ。」
「大真面目よ!それ以外に説明出来ないの!…ヴィーの今の魂は、万華鏡みたい。魂の色形は変わらずそこにあるのに、観測する度、形を変えてるの…。しかも、条件は全く変えていない、機材もそのまま。なのに空気の揺らぎですら、変化を起こさせてるみたいに、見てる間に構成を変えてどれが主体か解らなくなる。正副、主従、男女、この世のありとあらゆる対になるものが入り乱れて、形を変えて、もう……訳がわからないの!!」
フィニスは焦れるが、モルスレジナも、感情的になるほど手の打ちようが無いのだ。
どうしても理解の糸口すら、掴めないのだ。
モルスレジナが深いため息を一つ。
今進めている解析が落ち着けば、何かヒントが得られるかもしれない。そう結ぶと、操作卓にかじりついて、唸り始めた。
そう答えて、言葉を濁すしか無かった。
「ねぇモルスレジナ?解析って、終わると思う?」
フィニスがそう言えば、モルスレジナは凄まじい形相で彼女を睨みつけた。
「こんな前代見物な事に巻き込んでおいて、そんなこと言うの!?これをなんとかしないと、あんたの大事な旦那様は、化け物になるかもしれないのよ!?」
「あたしの旦那様を化け物呼ばわりなんて、良い度胸ね!」
二人の本気のいがみ合いは、特段珍しい物ではなったが、モルスレジナの剣幕は普通ではなかった。
遅々として進まない解析。捉えどころ無く千変万化する術式。
何より見知った魂が、得体の知れない何かに変わっていく恐怖。
そう、モルスレジナは恐怖していたのだ。
そこに、思いもかけない言葉が、第三者から告げられた。
「モルスレジナ。魂の有り様は一つなんだって。式の有り様に気を取られて、見落としてない?」
それはヴィロフォルティの声。
フィニスにもアローズィにも気取られず、地階に降りてきた彼は言う。
「フィニスも焦っちゃダメだよ。僕は僕のまま。確かにアナンタと同化して変わったかもだけど、それでフィニス達への気持ちが、変わる訳じゃない。」
そう言い、ヴィロフォルティはモルスレジナの座る操作卓までいくと、式を指さして話を続けた。
「モルスレジナ。式を形作るのは魔力だよね。魔力で式を可視化する訳だけど、この式を形作るのも歪みを作る一つなんだって。」
「……。聞いたことないわ…。」
「魔力は空間と事象を歪めるんだそうだよ?どんなに正確に式を顕しても、魂を術式化して、顕すには限界があるんだって。」
ヴィロフォルティは人差し指をモルスレジナの額に当てた。
「魂を構築するのは、魂だけ。心に魂の術式を顕さないと、見誤る。少しだけ、魅せてあげるよ。」
そう言った直後、モルスレジナの身体は硬直した。
直後に鼻からは血が、目からは血の涙が溢れる。
耳からも血を流し、全身は震え、噛みしめた口からも、一筋の血が流れる。
そしてすぐにヴィロフォルティは指を離した。
そのヴィロフォルティは、目の前でモルスレジナにおこった事が分からないかの様に呆然としている。
「お前!アナンタね!?」
モルスレジナの元に駆け寄り、崩れ落ちる彼女を支えながらフィニスは言う。
ヴィロフォルティはその様をぼうと見つめ、首を振りながら後ずさると、バランスを崩したのか、後ろに尻餅をついた。
皆が見ている間、彼は首を振り、何が起こったのか分からぬ風であったが、急にうなだれると、のそりと立ち上がり、目を瞑ったまま、アローズィに近づいた。
彼女は最大級の警戒と共に立ち上がり、愛刀を呼び出し距離を取る。
そんな中、彼はアローズィの椅子に座り、瞑目し、黙してその顔で皆を見やる。
そう、皆を睥睨しているのだ。
「我、アナンタ也。今の事象は我にあらず。我の一端を寄り添う者が使ったに過ぎず。」
「彼女に何をしたの!?」
「魂の事象を垣間見せたに過ぎず。本来、その精神と心で理解しなければいけない物を、その脆弱な脳髄で理解しようとした結果、こうなった。致命にあらず。」
「だからって限度があるわ!お前、わざとやったんでしょ!?」
「彼の者はそれを欲していた。我は答えたに過ぎず。また、寄り添う者が我を抑止した。しかしこの代償で彼の者の理解は数歩進むはずである。我と寄り添う者を理解しようとする者を、今、失う気は無い。」
「とてもそうは思えないけど!」
「問答は終わり也。我の知見を外部より見定める者を、我は今、失わせる気は無い。」
「ヴィーはどうなったの!?」
「……。酷くつまらない問いだ。彼の者が取り乱したので、仕方なく我が来た。」
座りながらも、皆を睥睨するアナンタに、フィニスがモルスレジナを抱き留めたまま、問う。
「彼女は無事なんでしょうね!?」
アナンタは言う。
「三度言う。今の我を解しようとする者を、今、失う気は無い。但し、その惰弱な脳髄は負荷により、損傷を負っている。治療を推奨する。」
そう言い放てば、彼女たちからの問いも、叱責も、何一つ取り合わず、ただその場にとどまり、慌てる皆をただ、睥睨していた。
それからモルスレジナが意識を取り戻したのは、三日目のことだった。
「いやー、死ぬかと思ったわ。死ぬ気なんて欠片も無いけど。」
天蓋付きのベッド。人と同じサイズのクッションにもたれてモルスレジナは呵々と笑った。
側にはセルベが片時も離れず、アローズィの代わりに甲斐甲斐しく世話を焼いている。
彼自身は医療に明るい訳では無いが、ここ最近は、妙に焦っているアローズィの代わりをしているのだ。
その隣でフィニスとニーナが世間話の相手をしていた。
部屋の片隅で貫頭衣を着たヴィロフォルティが小さくなって、正座をしている。
なんとも奇妙な構図だが、皆は目覚めたモルスレジナを見舞いに来たのだ。
「私は死の女王、死から生まれた。あたしは死なない。死ぬことが無い。だからヴィー。そんなところで遊んでないで、こっちに来て。」
おずおずと彼は立ち上がり、フィニス達は彼とモルスレジナのために場所を空ける。
そろりそろりと近づけば、ニーナがその背を押しやった。
弾みで彼は躓くが、それをモルスレジナが抱き留める。
「フィニス?今日くらいは良いわよね?」
からかい半分でそう言えば、なんとも言えない顔で頷くフィニス。
どう見ても、ヴィロフォルティを抱きしめるそれは、親愛の情を越えている。
爪を噛み、さりとて病人にして親友の彼女に文句も言えず、モヤモヤを抱える。
「そんな顔しないで。取らないから。でも、今だけは、ね。」
そう窘められてはお手上げであった。
「まあ、いいわ。今だけ貸したげる、今だけよ!それから、その手!弄らないの!」
当のヴィロフォルティと言えば、モルスレジナの胸にかき抱かれ、その片方の手は彼の足に伸ばされている。
顔を真っ赤にし目をつむりながら、それでもなすがままなのは、それなりの負い目を感じているからか。
「んフフ~。ヴィーの肌すべすべ。気持ちいいわ。」
「そんなこと言わない!」
「ヴィーも嬉しいわよね~?あたしが元気になって。」
そう言いつつ、さらに顔を胸に押しつける。
彼は目をつむり、なすすべも無く顔を真っ赤にし、何かをこらえている様に口をへの字に結んでいる。
「嬉しいけど、ちょっと…」
「ん~?なにかな~?おっきしちゃうかな~?」
「それ以上は許さないわよ!ヴィーもおまた触られて喜んでるんじゃ無いわよ!」
「違うよ!これはその…罰だよ!」
「んふふ~。かわいい!」
「もう!それ以上はダメよ!離れて!」
喧々諤々、片方が手を伸ばせば、もう片方は胸にかき抱いたまま、身をよじる。
その度に彼はその胸に強く押しつけられる結果となり、さらに口をへの字にする。
二人の女は喚き散らし、ヴィロフォルティは事故が、事故がとつぶやいて両手で股間を押さえる。
張り詰めていた屋敷に、ようようといつもの日常が戻って来つつあった。
読者の皆様神様仏様。
私です。私ですよ!
なろうよ!私は戻ってきた!
でも不定期更新な訳なんですが。
いつも見に来てくれる方。たまに更新確認してくれる方。周回してくれているかもしれない方。
愛してますわ。




