生まれ変わったのよ!
響く二つの音。
ヴィロフォルティの肩にグラディーの刀が触れ、それがぼたりと落ちる。
続いてぼたりぼたりと二つの音。
ヴィロフォルティは刀を地に刺す。そこは赤黒く変わり、灰と化す。
変わり果てた師の元に近づけば、その頭を優しく抱え上げた。
[いやぁ、負けた負けた。よくぞ振り抜いた。]
物言わぬ頭部より、念話が響く。
「師匠?満足デキタ?」
[応。そうか。ヒトはこうやって死んでゆくのか。]
「ドウカナ?多分、ソウダト思ウ。」
[嗚呼。悔しいなぁ。もっとやれることがあったろうに…。あれがまずかったなぁ…。]
「師匠、ソレガ悔イッテ奴ダヨ。」
[これがそうか……。思えば、師匠達もこうやって逝ったのか…。]
「ダカラ人ハ、死ヌノヲ怖ガルンダ。」
[これで俺も、ヒトになれるか?]
「師匠ハ人ダヨ。ソウ思エルナラ、ソウナンダヨ。」
[そうか……。お前と死合えて善かった。あ~。姐さんともやり合いたかったな……。]
その声を最後に、物言わぬ骸に成り果てるグラディー。
彼はその骸を胸に、振り返った。
そこにはフィニス、アローズィ、ニーナの3人がいた。
「どうだった?ヴィー。」
ゆるりと彼に近づき、優しく頭を撫でようとするフィニス。彼はそれを目で制した。
まだアナンタの龍気が溢れていたからだ。
「師匠ハ満足シテ往ケタト思ウ。凄イ人ダッタヨ。」
「そうなのね…。」
「ウン。師匠ノ心臓ハ、フィニスニ貰ッテ欲シイ。師匠ガ最後ニ望ンデイタカラ。」
「……。あたしも死合ってみたかったわね…。」
ぽつりとそう言い、アローズィに亡骸を任せる。
「そろそろアナンタの気配を消しなさい。もう十分でしょ?」
彼は頷き、呼吸を整える。大地の腐食は止まるが、アナンタの龍気は今だ収まる様子が無い。
グラディーの頭部が灰と化し、光となって消えていく。
それを呆然と眺めたヴィロフォルティは、生気無く膝を折り、灰の中に身を横たえた。
咄嗟にニーナが駆け寄ろうとするが、フィニスは止める。
「アローズィ!結界!」
「承知」
「モルスレジナ!」
[アナンタが活性化してる!精霊とヴィーが押さえてるけど、時間が掛かる!]
[何とかして!]
[何とかしてこれなのよ!ヴィーとアナンタが馴染むまで時間稼ぎして!]
[どのくらいなの!?]
[収まるまでよ!]
溜息を一つ。皆に事の次第を伝えるとフィニスは龍化した。
まだ制御は出来ている様だが、変質し、解析もまだ終わっていない状態で、楽観視することは出来ない。
最悪、アナンタに飲み込まれたヴィロフォルティーとの戦闘も覚悟する。
試練はまだ終わっていなかった。
ヴィロフォルティの魂は今、無数の頭を持つ蛇にとらわれていた。
その頭全てが怨嗟の声を吐き、彼を責め立てる。
しかし、彼がその声に惑わされることはない。フィニスに会ったその時から、彼女に剣を貰ったあの時から、死への悔いは無い。ニーナが蘇ったその時から、死への恐怖は無い。
文字通り剣のみで戦場に送られてからは、死に逝く者達の恨み言など聞いていられない。
ヴィロフォルティの全ては、ニーナとフィニス達のためにあるのだから。
ヴィロフォルティは一心に気配を探る。
雑音はひどい物だが、気配を手繰ればかりそめの物と判る。その中でも、ひときわ気配の薄い者。
息を潜め、こちらを伺う気配。
魂に体という概念があるかは知らないが、力を抜き、雑音に身を任せ、さりとて気を抜かない。
そうしてみれば、解るものがある。
大にして小。苛烈にして冷静。ひときわ怨嗟の大きい者達の陰に居る者。
「話をしてくれないか?アナンタ。」
怨嗟は鳴り止まない。
「僕は恨み言を気にしない。気にしていられない。後悔も同情も、フィニスの元に居るためには、必要なかった。僕はフィニス達の元に帰らないといけない。」
蛇達は叫ぶ、お前が殺したと。お前が踏みにじったと。
「僕が殺した、僕も殺された。死なないだけで、死ぬ苦しみは知っている。僕は踏みにじった、僕も踏みにじられた。だからどうした?」
淡々と言葉を紡ぐ。怨嗟は鳴り止まない。だがその中に、訝しみながらもこちらを注視しているのを感じる。
「僕を塗りつぶそうとしても無駄だよ。僕の魂はフィニス達とニーナの為にある。それ以外はどうでもいいんだ。僕の気持ちだって、フィニス達がくれたご褒美みたいな物なんだ。」
怨嗟の声が鳴り止む。今、そこにあるのは無。何も無いがあった。
「僕は帰らないといけない。それに、おまえとはもう、離れることが出来ない。おまえは俺の一部だから。」
我はお前では無い。
「もう、僕の一部だよ。」
我は我なり。破壊と消滅を齎す者なり。
「約定を忘れたとは言わせないよ。僕はおまえで、おまえは僕だ。」
我が【主】の命がある。
優先されるべきは命。
「僕にはその命とやらは関係ない。僕である以上、フィニスの元に帰る。」
我である以上、命には従わなければならない。
我に従え。
「おまえは僕に興味を持ったのだろう?それはどうするの?」
命の前に我は従う。我の都合は命に優先されない。
「それは嘘だ。おまえはまだ完全じゃ無い。僕が未熟なように。」
繰り返す。命の前に我は従う。
「それは嘘じゃ無い。でも、本当でも無い。おまえは選べる。何をどうするか、自分で決められる。僕が決めているように、おまえも決められる。」
我の決断は破壊。我の決断は滅び。
「それは今じゃ無い。」
我は決断する。今がお前の滅びの時。
「出来るものなら、もう、とうにやっているだろう?今も、おまえは僕を取り込めない。」
お前はいつ滅ぶ。
「この世の終わりになったら、手を貸してやる。」
繰り言は無意味だ。我の決断が世の終わり。
世の終わりは、今だ。
「僕と精霊が居る限り、おまえは十分に力を出せない。破壊と破滅はやれるかもしれないけど、滅ぼせない。それは僕が許さないから。」
口惜しや。後今ひとつで、お前を滅ぼせるものを。
「僕を滅ぼせば、おまえは抜け殻になる。僕がいることで、おまえは完全なんだ。」
だが【主】の命が、我を責め苛む。
「それがお前の気持ちであって、おまえが優先していることだよ。」
お前は我に何を命ずる?
「何も。一緒に生きるだけだ。生も死も、破壊も滅びも、一緒にやろう。そして僕が死ぬとき、おまえは生まれるんだろう?」
我が生まれる時、お前は我の中で生きる。
お前は死ぬる事が無い。
「なら、僕を滅ぼすことは出来ない。僕の心と魂は、砕けない。みんなが僕を守ってる。」
何故、そこまで強固に保てるか、我には解らぬ。
「知っているはずだよ。これから解っていけばいいんだ。さあ、戻ろう。」
確かに我は知っている。だがお前を滅ぼさぬ理由にはならぬ。
「言ったじゃ無いか。興味があるって。」
我は言った。興味を持ったと。
「なら、これからもっと見てみよう。自分が滅ぼすものを、よく見てみるんだ。」
滅び行くものを見定めて何とする。
それを知る我も滅ぶのだから。
「僕がいる。僕が覚えている。」
口惜しや。お前が我でいる以上、我は滅べぬ。
我の有り様にそぐわぬ。
「神様は本当に、お前の滅びを望んでいるのかな?」
我は【主】よりそう創られた。
我は【主】すら滅ぼす。
そして全てと共に、我は滅ぶのだ。
それが我の喜び。
「なら何で、初めての顕現で神様に従った?不完全だからって、逆らうことは出来たはず。」
我が【主】は言った。時にあらずと。
故に従った。
「おまえは僕に興味がある。それに従いなよ。神様はそれを許すと思うよ?おまえは自分も滅ぼすと言うけれど、神様はそれを望んでいるとは、僕は、思えない。」
それは我が有り様に矛盾する。【主】の命は、一切の滅び。
我もまたその内の一つ。
「命と神様の願いは一緒かな?」
…。【主】は、我を滅ぼしたくないという事か?
我の有り様と矛盾する。我には理解できない。
実に苦しい。
「それを知る為に、僕がいるんだ。僕と一緒に、戻ろう。そして考えよう。」
我はお前。お前は我。その言葉に嘘偽りは無い。
我は苦しい。身が引き裂かれる。
「それは僕も同じだ。だけど、無力じゃ無い。何も出来ないわけじゃ無い。」
何が出来る?何をすればよい?
「何でも出来るし、何もしなくていい。僕らが決めることだ。命なんて後回しでいい。」
口惜しや。お前に従わなければならぬ、この身の不自由さよ。
無念なり。後、今ひとつあれば自由になれるものを。
「おまえは今も自由だよ。そうで無ければ、僕と一つになんかならない。神様の言うことなんて聞いていない。」
無念なり。自由にならぬこの身が憎い。
怨むなり。不自由を強いるお前を。
「好きにするといい。僕はおまえと共に、フィニスのそばにいる。」
相分かった。今はお前を十全に知ろう。
今一度、我が【主】の意を探ろう。
今はまだ、お前に従おう。
我が解き放たれる、その時まで。
「それじゃ駄目なんだけどね。もう一度言うよ?おまえは自由なんだから、僕に従うことは無いんだよ。一緒に居さえすればいいんだ。」
不合理なり。
それを最後に、あれだけ絡みついていた蛇達は消え去り、ただ一匹のみ、その身に纏わり付いていた。
ヴィロフォルティの腕ほどもある胴に、その頭部には目がなく、その色は漆黒。
それは何をするでも無く、ただ、彼に巻き付いていた。
彼は意識を外に向ける。皆が待っている。
ヴィロフォルティが倒れてから数分。彼は起き上がった。
あぐらを組み、うなだれた状態で、それは口を開いた。
「我、アナンタなり。フィニスとやらはお前か。」
やはり呑まれたか。フィニスはそう考えたが、何かが違う。
纏う雰囲気はヴィロフォルティのもので間違いが無い。しかし、何かが違う。
『あたしがそうよ。なぜお前がいる?ヴィーはどうした。』
「彼奴はここに居る。一つ尋ねたい。我は滅ぼす者。彼奴は寄り添う者。お前は彼奴をどうしたい?」
『……どうもしないわ。ヴィーはあたしのもの。あたしはヴィーと添い遂げる。』
「添い遂げるとは何だ?共に居るとは、どういうことだ?」
『面倒ね…言葉通りよ。』
「不可解なり。」
その言葉を残し、アナンタの気配は消えた。
『モルスレジナ。』
[……安定はしたわ。ヴィーの魂も意識も、残ってる。]
その時、ヴィロフォルティは顔を上げた。
そこには瞳の色を変えた彼がいた。その眼球は黒く、龍族の瞳が金色に輝いている。
「ただいま。フィニス。ニーナ。アローズィ。」
読者の皆様神様仏様。
私です。
ベルゼルク、連載再開だそうですね。
単行本派の私ですが、これは本誌を購入せざるお得えません。
森先生のあのメッセージも泣かせます。
そして影響を受けて、本作にも蝕が……w
後、ページ下にある星かいいねをクリックしてもらえると
私が泣いて喜ぶか、落ち込むかします。
お好きな時に、お好きな個数をクリックしてくださいませ。
ブクマなんてしてもらえたら、挙動不審になります。事案です。




