男の意地よ!
ヴィロフォルティの切っ先がふらふらと揺れ始める。グラディーの切っ先は、真っ直ぐ微動だにしない。
読み合いの続く中、グラディーの大太刀が徐々に後ろへ下がる。
大太刀が水平になった時。
「我流、斬鉄。」
怒銀
轟音と共に、互いの刃が交差する。
刀遣いが嫌がる事、刃同士の打合い。定石を外れたその行為は何故か。
それは刀に纏う龍気だ。刃先を龍気で保護し、また、その斬れ味を倍加する。
その上で、また、違う思惑もある。相手の得物を切り落とせるかどうか。防がれれば同等。相手かこちらの刃先に欠けが出来れば、それはどちらかの力が劣ると言うこと。
今の打ち合いでは、双方とも刃先が一分の隙間を残し、拮抗している。
そして拮抗を破ったのはグラディー。
猛烈な気合いで刀を振り抜く。ヴィロフォルティは振り抜きに抗わず、押し流される様に体を浮かせ、躱す。
双方、正眼に構え、切っ先を合わせる。
「我流、濡れ落葉。」
「龍滅術零式、虚。」
ヴィロフォルティは上段に、グラディーは下段より同時に刃を走らせた。
そこからは剣技の応報。
ヴィロフォルティの刃は愚直にグラディーを狙い、グラディーの刃はまるで吸い付く様にヴィロフォルティの体に傷をつけ、刀を打ち落とす。
縦横無尽に二人の体が入れ替わり、刃が走る。
10合、20合と打ち合い、一際大きな気合いと共に、間合いを取る。
グラディーの間合いとヴィロフォルティの間合いは違う。先に広くそれを取ったのはヴィロフォルティの方だった。
「打チ負ケタネ。」
「ここまでは俺の勝ちだ。さて馬鹿弟子よ。あれだけ怪我するなと言ったのに、その傷は何だ?」
「ソレダケ師匠ガスゴインダヨ。ソレニ、刀ニ文句ハ言ワセナイ。」
「褒めても何も出んぞ?まあ、気分は良くなったから、今から龍化してやる。お前はどうだ?」
「……アナンタト刀ハ龍化シタガッテル。ケド、僕ハコノママデ師匠ト戦イタイ。人ニ拘ル師匠ナラ分カルカナ?」
「よく言うぜ。さっきまでなら細切れにしてやるところだったが、良いだろう。乗ってきたしその条件でお前を殺してやろう。」
「好カッタ。師匠ナラ、ソウ言ッテクレルト信ジテタ。」
「抜かせ、ひよっこ。」
グラディーは笑顔で言い放ち、龍気を爆発させた。次いで、ヴィロフォルティも、アナンタの龍気を解放した。
「始めたようね。」
フィニスが言う。
「今回は立ち会わないのですか?」
アローズィが問う。
「男の意地の張り合いに、女が出るもんじゃ無いわ。」
フィニスの言葉に納得がいかないアローズィ。
「悔しいけれど、そう言うモノなのよ。はあ、全く……妬ましいわ。」
龍化を遂げたグラディーの身の丈は、家屋の天井までとどくかの様な偉丈夫だ。
対峙するヴィロフォルティは、龍人の股に頭が届くくらい。圧倒的な差があった。巨人と人と称しても良いかもしれない。
初めから判りきっている。身長差はつまり、速度、重さ、間合いその全てが、彼に勝っている。
その差をもっても、ヴィロフォルティは揺るがない。
彼には刀が、アナンタが、龍気が、何より目の前に居る龍人の意志がある。
頑なに人に拘り、頑なに刀に拘る。
ヴィロフォルティはそれを、羨望と捉えていた。
龍人の彼が、一度その爪を振るえば、潰れ、引き裂けぬ物は無い。彼が吼えれば、貫けぬ物は無い。
そしてその生涯は永遠に近い。いくらでも成長するのだ。
なのに刀に拘り、食に拘り、人の姿に拘る。技に拘り、生死に拘る。
人の真似でそこまでする理由が思いつかない。
彼はそれを、羨望としか形容できなかった。
ならば自分もそれに拘ろう。人の姿で、全力の師を超えて見せよう。
『さあ坊主、どうする?』
「ドウモシナイ。教エテ貰ッタ技ヲ振ルウダケダヨ。」
『良い返事だ。姐さんとは違う怖気が来る。』
「オ互イ反則ダヨネ。」
『違いない。必殺の技を持つ龍人と不死者だ。さあ、死合おうか。姐さんも控えてるんでな。』
「師匠。師匠ハ僕ガ止メル。フィニスニハ届カセナイ。」
『抜かしたな、坊主。吹かしも二度目は笑えんぞ?』
「ダッテ、フィニスノ命ハ僕ノ物ダカラ。」
龍気とも瘴気とも言えない気配が、ヴィロフォルティを染める。両の足を支える大地は、赤黒く変色し、灰へと変わる。
辺りの景色をも歪める龍気を沸き立たせ、しるると龍気を吐き出すグラディー。
「サア師匠。人ヲ超エヨウ。」
『お互い人外じゃねぇか、バカヤロウ。嫌いじゃ無い。嫌いじゃ無いぞ、ヴィロフォルティ。』
刀を構え直せば、ヴィロフォルティが近づく。グラディーは動かない、動く必要が無い。ヴィロフォルティのいる場所はすでに自身の間合い。だがヴィロフォルティからの圧は、彼を油断させない。
グラディーへの間合いは十数歩。その間が果てしなく遠い。一歩、半歩でも運足を間違えれば、相手の刃は彼を襲う。
いつもの捨て身は使えない。少しで動きが鈍れば細切れにされる。例え再生しても、その側から刻まれるだろう。
さらに最初に浴びた一太刀は、未だヴィロフォルティを苛む。徐々に再生はしているが、アナンタの蛇が無ければ、まだ傷は塞がってすらいない。あれこそ技術なのだろう。グラディーが鍛え抜いた技なのだろう。
半歩、一歩と前に進む。それだけなのに気力が根こそぎ持って行かれる。相手がどう動くかを必死に模索する。今のところ打ち負けてない。一撃で殺されない間合い。
ざりりと歩を進める。
時折グラディーの剣が動く。誘い水だ。昔の彼なら、それに飛びついていただろう。斬られてもそれを無視して動ける体で無理矢理隙をこじ開けただろう。
今は駄目だ。これからの戦いは、その手はもう、通じない。
不死の体に傷を残すその技術。それだけでは無い。
それ以上に、ヴィロフォルティには人の姿で、人として対峙する事への意地があった。
これほどに人に拘る師匠へ報いたい。同時にその意地をへし折りたいとも思う。
自分の意志か、アナンタの意志かは判らない。だが、それを成さねばこの師は満足しまい。
さらに間合いは狭まる。もはや相手の必殺の間合いだ。ヴィロフォルティの間合いまではあと半歩。
その半歩が果てしなく遠い。
対するグラディーは正眼の構え。もういつでも斬り掛かれるはずなのに、待ちの姿勢。
初手はヴィロフォルティに譲る気だろう。
ならばなおさら小細工もはったりも通じない。初撃に全てを賭ける。
ざりりと半歩進み、ゆるりゆるりと刀を肩に構える。狙うは龍人。斬るのは全て。
ヴィロフォルティの刀に、さらなる龍気が纏わり付いた。
今、彼の心には歓喜が渦巻いている。混ざり物とは言え、ヒトが本気の己に立ち向かっている。
弟子の間合いは十二分。殺意は一流、肩に置いた刀は自分の命に届く業物。
高揚と怖気が混在する、冷えびえとした感情。
初手をかわして一刀両断か?
それとも打ち落としで首を刎ねるか?
どれも違う気がする。自分は何を求めてる?
求めているのは決死の闘争。死ぬか生き残るか。
いや、そんなものは建前だ。自分が求めているのは、敵わぬ相手から自身の生を拾う者だ。
絶対絶命の中から命を拾う者だ。
そして今度こそそれを踏み越えるのだ。
今眼前に、そんな者が居る。死を恐れながらも、生を諦めない。それどころか、武器を、技の身を信じて己と対峙している。
期待と恐怖で身が張り裂けそうだ。
愛弟子の身が一瞬固くなる。渾身の膂力でもって、得物を横に振る。
轟音
刀と刀が交わる。
切離
龍人の膂力にヒトが対抗する。
求めていたものは、最初にヒトに敗れ去ったあの日から焦がれたものはこれだ。
ヒトの身で龍人と対等に抗う。
身も心も生命も全霊でもって、己に抗う。
飛宇
互の得物が空を切る。
互の身体が宙を舞う。
4合5合と得物が交わる。6合7合と身が斬られる。
血が流れ、その身は再生しない。
8合9合と火花が散る。10合11合と打ち合い、互いに距離を取る。
即座に間合いを詰め、一振り。
鍔迫り合いに持ち込むが、ヴィロフォルティーは持ち堪えた。身長差故に上から押し込む形になる。されどヴィロフォルティの膂力はグラディーに負けてはいない。むしろ押し返そうとしている。
がりがりと耳障りな音が続く。そうしてぎぎりと今までと違う音が鳴ったその時、グラディーの身に悪寒が走る。
その時には体が動いた。
即座に身を引き、ヴィロフォルティの刃の流れから己の得物を守る様に引き、間合いを取ろうとする。
それを猛追するヴィロフォルティ。
まるで目の前にあるグラディーの刀が邪魔であるかの様に、がいんがいんと己が刀で切り裂こうとしている。刀ごと、グラディーを切り裂かんとしている。
得物の様子に気を取られ、引いたのは悪手だった。相手の体を崩して、間を取るか、猛攻を仕掛けるべきだった。
だが巻き返せる。そう思っていた。
鎬でその全てを打ち返している時に、己が得物の異常に気づく。音に鈍さが混じっている。
気がついた時には、一閃を放っていた。
怯んだ隙にヴィロフォルティの間合いの外へ。
「龍滅術一式、空、一ノ型、応報」
咄嗟の一閃はヴィロフォルティに届かず、柄を握る手に自然、力が入る。
無様だった。
得物での勝負のつもりが、一閃を使わされた。
格下との勝負のつもりで、己の慢心を気づかされた。
自身は言ったでは無いか。命を賭けろと。全てを賭けろと。
『今度は俺が打ち負けたな。見事だ。』
「師匠ノ本気ガ垣間見エタ。師匠、決メヨウカ。」
『ああ。次はこんな無様な真似はしねぇ。姐さんの約束も無しだ。ヴィロフォルティ、愛弟子よ、有り難う。』
お互い自然と、それぞれの切っ先が当たる距離まで近づく。
そして構えるは、奇しくも同じ型。己が刀を肩に置く。二人とも身を深く沈る。
一瞬の間。
二人は吼えた。
一人は真っ向唐竹。
一人は真横一文字。
尊
願
二つの音が遅れて響いた。
読者の皆様神様仏様。
私です。
次回更新は10日ごです。




