ひとときの春よ!
ヴィロフォルティの刀が仕上がってから、グラディーと彼は鍛錬を始めた。
グラディーは土魔法で人の背丈ほどの高台を造り、その上に胡座をかき、ヴィロフォルティに歩法を教えていた。
それは彼に刀を持たせたまま、土槍を躱させるという物だった。しかもその土槍というのが曲者で、グラディーの言う正確な足位置で無ければ、土槍が足裏を貫くというものだ。
この鍛錬法にグラディーは一言「魔法の起こりが分かりゃ簡単に避けられる。」そう宣った。
確かに今のヴィロフォルティにはそれが分かる。しかし、間合いの一歩を踏み損なえば槍が生え出て、避ければ安定を失い無様に転ぶ。
さらに運足と刀の連携という名目で拳大の火球が放たれる。
刀の一振りで掻き消える程度の物だが、正確な足位置というのが枷になり、刀を振るうことさえ覚束ない。
土草にまみれ、体中焼かれてボロボロになるヴィロフォルティ。
「龍人の体なんだから、その程度すぐに治る。」
一日中それを繰り返し、フィニスとニーナが文句を言えば、そう切り返す。
「それとも何かい?お上品に手取り足取りしろってか?それじゃあ坊主の為にならんよ。」
こうも言われれば二人とて黙るしか無く、当の本人と言えば寝食を忘れ、愚直に刀を振るっている。
そんなある日の晩、昼間覚えた運足と剣筋を何度も繰り返すヴィロフォルティの元に、グラディーがやって来た。
「調子はどうだ?坊主。あ、刀は止めなくて良いぞ。」
「調子は悪くない。けどっ、歩法一つでこうも変わるっ、なんて、思わなかった。」
「坊主の剣筋に関しちゃ、教えることがあまり無ーんだわ。つーか、坊主の剣筋は死線の剣筋だしな。お前さん、何回死んだよ?」
「今まで。会ってきた人をみんな数えろといわっ、れて。覚えてるっ?」
「だろうなぁ。坊主の剣はあれだ。死ぬの覚悟で命を拾う剣筋じゃないモンなぁ。坊主の剣筋は命を餌に相手を切る剣だよな。」
「弱いぼくがっ、みんなとやくそくっ、を守るためには。これしかなかっ、たんだ。」
そこまで言って、彼は刀を振ることを止めた。正眼から呼吸を落ち着け、静かに納刀する。
「邪魔したかい?」
ふるふると首を振り、相対する様に座り込むヴィロフォルティ。
「とかく坊主の剣は危なっかしい。こう、自分をなんとも思ってない立ち回りが、どうにも刀とちぐはぐに見える。」
「どういうこと?」
「その刀は斬り刻むことが目的だ。それをする為にはどうすれば良い?」
「僕の技術をもっと上げることかな?」
「それは別の答えだ。そもそも刀が人の生き死にを考えるか?」
「ん?ん?」
「その刀は魂を持つだろ。坊主も言ったよな?ただ斬ることに特化している。素振りでさえ嫌がるって。そんな刀の持ち主が、刀を振れなくなったら、そいつはどう思う?」
「がっかりするだろうね。」
「だろ?俺ら龍人はめったな事じゃ死なない。坊主は特にだ。殺す方が難しい。だからって足を斬られれば動きは鈍るし、腕を斬られれば剣を振るのもままならん。落とされちまったら、さらに鈍る。
その刀はそれを良しとするか?」
「つまりこうかな?……この刀は、自分が相手を斬り刻む為に、使い手に万全を求めるってことかな?」
「万全というか、ほら、坊主だって死合っている最中に、得物に傷が入ればぎょっとするだろ?あれと同じだ。おかげで剣先がブレる、重心が狂う、後は隙だらけでやられ放題だ。その刀はそれを嫌がってるんじゃないか?」
「おじさんにも剣の声が聞こえるの?」
「俺ゃあ龍人だからな。剣の声は聞こえん。ただ坊主より永く死地に居るからな。見てるとなんとなく分かる。」
「持ち手の手傷を嫌がる剣かぁ……。」「刀だけどな。」
グラディーは今一度きちんとヴィロフォルティに向き合い、神妙な顔で彼に言った。
「お前さんの生き様がどんなもんか、俺には興味が無い。ただ、その腕前と、その刀の意志は今の様に身を捨てるやり方じゃあ、勿体ないと俺は思う。」
「じゃあ、怪我しても変わらず刀を振れる様になれば良いんだね。」
「そっちに行くか?今の話聞いてた?」
「斬られた時は斬られた時なりの動かし方があるよ?骨を折られた時は筋肉で締め上げれば良いしね。痛いけど。」
「良し分かった。坊主、明日から怪我は禁止な。怪我一回ごとに姐さん達にごめんなさいしろ。10回で恥ずかしい踊り四半時やって貰う。」
開けて次の日、ヴィロフォルティはフィニス達に謝り倒すことになり、娼婦でも着ない衣装を着させられ、淫魔を召喚しその真似を、優に2時間以上踊らされることになった。
お仕置きの効果は劇的で、目の色を変えて鍛錬に励むその姿は、まるで鬼神の如きだったとは、メイド達の談だ。
ちなみにその時のフィニス達と言えば、それはそれは幸せな顔をして、気絶と覚醒を繰り返していたそうな。
当然、記録されており、それは秘匿記録となり、ヴィロフォルティがその存在に気づく時まで、何回も繰り返し上映されたという。
それから一月が経ちヴィロフォルティの剣術もかなり向上した。
斬る、払う、突く、流す。
グラディーの教えはこの4種類のみだった。
グラディーの日に三回の食事時以外は、ずっと刀を振るっているので上達しない訳が無い。さらに振るっているのは魂の入って居る刀。グラディーが笑うしか無いと言うほど、その成長は早かった。勿論、不眠不休を成し遂げられる、彼の体質によるところが大きい。
もっとも、仕置きを極端に嫌がった彼の努力が実を結んだとも言える。
ちなみに、仕置きは取り止めとなった。
話を聞きつけたフィニスがグラディーとヴィロフォルティの稽古に割って入り、彼をたたきのめすと言うことがあったからだ。
問い質せばヴィロフォルティのあられも無い姿を、もう一度見たいとのことだったので、グラディーが止めさせた。
「早いは早いんだがなぁ……。」
さて、グラディーはそう独りごちる。
要訣は4種類。これに技の精度と緩急、真偽が加われば、実力が同程度以上の相手でない限り、2合も切り結べば決着がつく。
地が良いのか、今までの積み重ねからか、グラディーとの対面稽古では、グラディー相手に3合以上持ちこたえることが出来ている。
さらに進んでも良いのだが、グラディーはいまいちその気になれなかった。
彼から見て足りない物。
ヴィロフォルティには命を奪うという、貪欲さが足りなかった。何かを意図的に押さえている感が、どうしても拭えない。手加減されていると言うことでは無い様だ。そんなことをされたら、細切れにしてしまう確信がある。
「どうにもこう、滾らないんだよなぁ……。」
今もそうだ。
彼は真摯にこちらに向かってくる。刀を振り、グラディーの間合いに入れば、演舞の様な綺麗な太刀筋と体捌きで迫ってくる。
それをいなし、捌き、流しながら、必殺の間合いをとれば、即座に彼へと反撃する。こちらは剣筋の濁流と化し、彼の体と刀に損傷を与えていく。
返す刀で、少しでもヴィロフォルティの間合いとなれば、逆に彼がその猛攻を再現する。
グラディーの刀は都度、傷を負い、刃毀れや歪みをおこし、駄目になってゆく。逆に言えば、ただの粗製濫造の刀で、ヴィロフォルティの業物と互角に打ち合っているのだ。
グラディーの想定であれば、もう、業物を出して試し合いをしてもいい頃合いだった。なのに、これだ。
「数打ちが何本痛んでも良いが、今のまま業物使ってもなぁ……、何だかなぁ……。」
対面稽古を始めて20日あまりが過ぎた頃、グラディーはヴィロフォルティに言った。
「坊主。まさかと思うが、手ェ抜いてないよな?今のお前のそれが、全力か?」
とうとう焦れて我慢の出来なくなったグラディーがヴィロフォルティに言った。
「今の僕が師匠に対抗できる全てをつぎ込んでいるよ。」
肩で息をしながら、ヴィロフォルティは言う。
「嘘だろお前。舐めてんのか?なら、なんで俺を殺しに来ないんだ?」
「いつも師匠は俺の殺気を綺麗に避けていく。本気で斬り殺すつもりでやってる。」
「いや、それが殺す気ってんなら、やっぱりお前は俺を舐めてるわ。」
「そんなこと無い。僕は師匠のその殺気まで受け流す技が知りたい。」
「吹かすな間抜けが。いい加減、もう一人のお前と一緒に掛かってこい。」
「あいつを従えるのは、すごく難しい。」
「知った事か。お前ら程度なら叩きのめして釣りが来る。」
「師匠なら、止めてくれる?」
「それだよ。お前、本気だ本気だって言ってるが、全然余裕じゃねぇか。楽しいお遊戯はもう止めだ。」
お互い、必殺の間合いの中、始まった問答はグラディーの殺気で一気に塗りつぶされた。
彼は数打ちの刀が壊れるのも平気で、ヴィロフォルティの刀を打ち落とし、次の数打ちを虚空より取り出す。
「お前程度じゃ、業モンは勿体ない。これから死合ってやるからさっさと呼び出せ。」
寒風を思わせる雰囲気で、正眼に構えるグラディー。
「本気で来るなら、龍人化してやっても良かったが、そんな褒美をくれてやる気は無くなった。お前は龍人化でも何でも好きにしろ。美味い飯が心残りだが、もう我慢できねぇ。」




