ヴィロフォルティの帰還よ!
位相が戻り、アローズィの結界だけとなったその場所には、二つの姿があった。
それまで群れていた触手は消え去っており、その光景に4人は、一様に混乱していた。
上位存在が、神が降り立つこの事態にヴィロフォルティが無事であるとは思わなかった。そして襲い来た龍人が勝利し、さらに危険な状態になっているはずだった。
今回の相手はただの龍人だけではなく、混沌の番人。フィニスやアローズィをして苦境に立たされる相手だ。
なのに、立っているのは見たことのない龍人と、腹を貫かれ絶叫をあげ続けている龍人。
混沌の番人の気配は、綺麗に霧散している。
漆黒の龍人は、皆に気づくとその尾を振り上げて、小箱の龍人をその尾で持ち上げ、結界に向け歩き出した。
アローズィがさらに結界を張ろうとするが、フィニスが手で制する。
「神よ……。あれは……。」
たまらず龍王が声を上げた。
神と呼ばれた子供は、薄く笑みを浮かべて答えた。
「フィニスちゃんの方がよく分かるんじゃないかな?僕としては、今はなんともいえないね。」
そのフィニスは何も語らず、ただ、龍化も解かず一触即発の雰囲気を出している。明らかに警戒しては居るが、どこか困惑しているようだ。
漆黒の龍人は結界の側まで来るが、そこから何も無いかの様に歩みを止めない。どころか、結界に触れる度、それは光の粒となり掻き消えた。
これにアローズィが小さく声を出した。
有り得なかった。その結界は龍種をも閉じ込めるべく編み出した彼女の傑作であった。力でも魔法でも無く、ただ触れるだけで消えゆく結界。
その様に、彼女は混乱する。ただ掻き消えるのであれば、何かしらの妨害手段でもって対抗していると解る。それに無理矢理這い出るのであれば、それこそ激しく反応するはず。
彼女には、今のそれが、魔力そのもの、否、そこに在ることそのものを消し去ったように感じた。
それが出来るのは上位存在、神のみだ。
その神は、語ることを否定した。自然と視線はフィニスに向けられた。
すべての結界を突破し、苦悶の叫びを上げる龍人を突き刺したまま、漆黒の龍人はひたひたと皆の前に近づいた。
「やあやあ。芽吹くどころか蕾までつけるなんて、シャミくんは素晴らしいねぇ。」
小さく手を打ち鳴らす子供。意味深なその言葉に、アローズィとモルスレジナがピクリと反応し、フィニスとニーナが殺気立つ。
しかして、4人は言葉を発することは無かった。
そうしている間にも、漆黒の龍人はフィニス達に近づき、ついにその手前で立ち止まる。
「コれを、おねガい。」
そう言い手渡すのは、蓋の開いた小箱。
フィニスはほう、と力を抜き、龍化を解き衣服を纏った。姿形、声は違えどフィニスがヴィロフォルティを間違えることは無い。
彼女と彼には絆が在る。血肉の絆。
それが絶たれることは無いし、それを間違えることも無い。
「アローズィ、封印を。それとヴィー。それ、五月蠅いから始末して。」
ヴィロフォルティは小箱を渡すと、大剣を地に突き立てる。
そこに龍王が声をかけた。
『その痴れ者は、こちらに渡してもらおう。』「こトワる。」
「龍王ちゃん、それはヴィー君の物だよ。それと、今回の件はシャ……ヴィー君とフィニスちゃんの顔に免じて不問とするよ。」
『それはどういうことでございますか?』
「神に問うな。って言葉もあるよ。考えるだけ無駄だよ。」
『……御意に。』
そう言うと龍王は引き下がる。
それを見届けたヴィロフォルティは、龍人を突き刺した尾に顔を向けた。おもむろに尾を自分に近づけると両腕を彼に向ける。
すると掌から肘にかけて亀裂が入り、牙を持つ巨大な蛇を思わせる口が現れた。その口で龍人の腕に噛み付き大量の血があふれる。さらに絶叫をあげる龍人。
そのまま持ち上げ、顔近くまで持ち上げれば、その一本の筋が裂け始め、実に顔の三分の二が開き、そこには何列にも並んだ牙が見えた。
そのまま龍人の首にかぶりつき、喰らい千切る。
両腕の口もまた、その両手を食いちぎり、咀嚼し、飲み込む。
もはや龍人に非ず。異形の饗宴に龍王とアローズィ、モルスレジナは息をのむ。
血と肉片と内臓の一部が大地を汚す。その殆どを食し終わった頃、子供は声をかけた。
「じゃあ、僕らはこれで還るとするよ。次に来る時には、二人とも来て貰うかもね。」
「次なんて無いわ。これ以上干渉しないで。」
「アなタノめいニハしタガう。マダ、そノトキではナい。」
「えっ?僕またフラれるの!?」
「フルも何も、あたし達とあんたじゃ、違いすぎるでしょ?」
「いやいや、君らもこちらに来ればいいじゃない。」
「お断りよ!」
「ボくは、フィにスのそばがイイ。」
「ほら!やっぱりフラれるパターンだよ!!ヴィー君は分かるけど、フィニスちゃんはもういい加減、こっちに来てよ!!」
「嫌よ!」
子供は頭を抱え、叫ぶ。しかしフィニスは腕を組み見向きもしない。
大神と理不尽の塊のフィニス。龍王と3人は、ハラハラしながら様子を伺っている。
そんなやりとりの中で、突如ヴィロフォルティはづん!と両膝をついた。
全身から力が抜け、時折、痙攣している。明らかに異常だった。
龍王とアローズィが戦闘態勢に入り、ニーナが近づこうとするが、モルスレジナに止められる。
「ヴィー!」
とっさにフィニスが駆け寄るが、ヴィロフォルティはそっと手で制する。
その間にも、彼の体はみぢみぢと異音を上げ、痙攣は止まらない。まるで何かが体を突き破らんとしているかのようだ。
「ここは僕に任せて。」
「ヴィーに触らないで!」
「まあまあ。ここは任せて、僕の出番だ。」
取り乱すフィニスを宥め、子供が近づく。ヴィロフォルティは体の変調に抗うかのように、身を折り、耐えていた。
そっと手を伸ばし、彼の体に触れる。その体が激しく痙攣する。
皆が殺気立つ。しかし何も起こらず、ヴィロフォルティのその異変を鎮めていく。
「さあ、落ち着いて。あれに呑まれちゃ駄目だ。力を抜いて受け入れて、それでも拒否するんだ。シャミなら出来るよ。僕もいるから。」
そう言い、優しく撫でさすれば、ヴィロフォルティはだんだんと落ち着いてくる。
その様子にたまらずニーナが駆け寄り、その腕に縋り付こうとするが、それを子供が止めた。
それもそのはずで、今の彼の周りの地面は次々と変化し、灰に変わっている。
「まだだよ、ニーナちゃん。大丈夫だからもう少し待ってね。」
その言葉にニーナは戸惑うが、ヴィロフォルティが落ち着いてきた事で、足を止める。
徐々に地面の変化も収まり、彼も落ち着いた。
両脚は地に着いたままだが、上体を起こし、皆を見回した。表情は無いが、先程とは雰囲気が違っている。ピリピリとした感覚の空気は無くなり、今はただ、ヴィロフォルティがそこに在るだけだ。
「もウ、ダイじョウぶ。おちつイタよ。アリがとウ、かみサマ。」
「これは僕のせいでもあるからね。でも、ありがとうって言われるのはうれしいな。」
「社交辞令に決まってるじゃ無い。ねぇ?ヴィー?そもそも何しに来たのよ、アンタ。」
「小箱の回収と、ヴィー君の様子を見に来ただけなんだ。マジで!」
「わかりにくい言葉使ってんじゃないわよ!パターンとかマジとか、みんな知らないわよ!!」
「フィニスちゃん分かってるじゃん!!」
「あたしはいいのよ!」
「理不尽だ!!」
「それをあたしに言う!?」
もうぐだぐだである。
ヴィロフォルティは立ち上がり、ニーナはそんな彼の脚に抱きついた。
その頭を優しく撫でてやりながら、二人の喧噪を見守る。アローズィとモルスレジナはあっけにとられており、龍王は、ハラハラしながらどう仲裁するべきか、混乱していた。
「もうあったまきた!!」「こっちもよ!!」
そこで我に返ったアローズィが、慌てて仲裁に入る。
「お館様。ヴィー様の事が先にございます。」
「そうだった!ヴィー。ヴィー、龍化は解けそう?」
今までの言い争いを放り投げて、ヴィロフォルティの元にむかえば、彼は小さく頷き、ニーナをそっと脇にやると龍化を解いた。
黒の帯が彼の体に渦を巻き、風が起きる。帯の幕は徐々に小さくなり、幕が晴れれば、彼がそこに全裸で立っていた。慌てて大剣をつかみ、その前を隠す。
「小っさくなった……。褐色……。尊い……尊すぎる。」
フィニスの言葉通り、彼の体格は以前の青年になりかけの背の高さから、彼女と初めて会った時の体格まで縮んでいる。その肌は黒に近い褐色で、その肌は艶めいていた。
その瞳は黒く、瞳孔にはフィニスと同じ金色の輝きがある。
「見ちゃ駄目です!!」
ニーナが彼の前に立ち、通せんぼをするかのように両腕をあげ立ちはだかる。
手を前に出し、ふらふらと近づこうとするフィニス。そこに鼻をハンカチで押さえながら、アローズィがどこからともなく取り出したマントを、ヴィロフォルティに手渡した。
「ああっ!?尊い褐色が……。」
彼が慌ててマントを羽織ると、至極残念そうにフィニスがつぶやいた。
「フィニスちゃんは、本当にヴィー君にぞっこんだねぇ。」
子供は苦笑いしながらそう言った。顔を赤くしながらばつの悪そうに引き下がるフィニス。
ニーナはヴィロフォルティに抱きつき、アローズィは離れたところで、鼻を押さえながら微笑んでいる。
モルスレジナは彼に起こった変化を調べたくて、そわそわしている。
「僕も悪役になった甲斐があったよ。」
子供のその一言が、5人に水を差す。
再び剣呑な雰囲気を出すフィニスに殺気を隠そうとしないアローズィ。
彼女らが言葉を発する前に、子供は言う。
「龍王よ。僕は還る。沙汰はないが、この大事、努々忘れるな。」
「承知いたしましております。我が主よ。」
二人がそう言うと、その姿は最初からそこに居なかったかのごとく、消え失せた。
あとには何も無い。芝生の上にすら、痕跡も無い。
残った皆は肩の力を抜き、ヴィロフォルティの元に集まった。
フィニスはヴィロフォルティを抱き上げ、頬ずりし、アローズィは指を噛みそれを眺めている。
モルスレジナはどうしようかと思案顔だ。
ニーナはそんな4人を楽しげに見ている。
「こんにちは。そろそろ、顔を出しても良いかい?」
読者の皆様神様仏様。
お元気ですか?仕事でヘロヘロ。
私です。
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