混沌としてきたわ!
この世界には二つの不文律がある。
一つは二つの存在が下界に過度の干渉をしない事。あくまで管理にとどめるという事。
世界の発展と安定に、その権能は制限される。
人間と魔族。神界と魔界。それらは渦を巻き、その時々で隆盛が入れ替わる。
そうして世界は螺旋を描き、進化する。二つの存在。その先兵が龍族。
不文律のもう一つは、神魔双方が管理し、手を触れられない場所。そのルールは一つ。
『混沌に触れるな。』
全ての原初の渦にして、世界の行き着く先。
螺旋を描く世界は混沌をかき回し、混沌の渦はその中心を作らない。
煮立つ実存は渦の中心に生まれ来るが、世界の泡がその安定を求める以上、渦が中心を形取る事はない。
そうして安定がもたらされ、希に生まれる中心のようなモノは小さく、世界に刺激を与える。
それが世界のルール。触ってはいけない領域。
彼はまず、彼我の力量の差を考えた。
最初に立ちはだかる試練というものは、さほど問題では無かろう。今の彼の技量、知略でどうにでも成る相手のようだ。
調べた限りでは、龍化する事の出来る人間。
例え覇者の血を与えられているとはいえ、所詮は龍族の紛い物。惰弱なヒトの成れの果て。
何も自ら相手する必要も無かろうし、手駒の5体でもあてがえば済むだろう。
それを彼は疑っていなかった。一騎当千であろうとも、突き詰めれば只の個。数は武器なのだから。
問題は、その後に続く、世界最高の頂。生きとし生けるものの頂点。
その差は呆れるほどに隔絶し、その前に彼は無力だった。これまでの彼の研鑽を一笑に付すかように。
龍族の真の覇者。フィニス。
覇の頂に立ちながら、それを無意味と捨て去り、己を超える者のみを欲する、傲慢不遜。
魑魅魍魎達を只の武で以て、黙らせる覇気。
彼の全てを以て、勝てる相手ではないのは判っている。
彼の武はその前には非力だろう。その智慧は彼の策など容易く越えるだろう。
だからこそ、彼は常識を捨て去った。
理不尽には、理不尽を。
過去に夢想し、あまりのその無謀さに一顧だにしなかった策。
思いつく限りを起草し、そして残った最後の奇策。
混沌を従える
それをする術は知っていた。不可侵を犯す痴れ者を監視するのも、龍族の役目だ。
そしてそれを従わせる呪具の存在も判っていた。
その呪具の為に、幾千のヒトの生贄が必要な事も。その為の贄は、必要数居る事も。
彼は敢えて、その禁を破る事にした。
彼は不可侵を超える。覇の頂を越える。それは彼の、ただ一つの望みを叶えんが為。
幾重にも施された、幾何学模様が淡く光る小箱を持った者が、薄く微笑んでいた。
周りには数百人を超えるヒトとおぼしき何かが転がっていた。
それらは皆、異様な様を見せている。
全身が炭化し、胎児の姿勢を取りながらも蠢く物。半身が溶かされ、絶望の表情の物。蠢く何かに成り変わった物。絶えず全身が爛れながら、再生を繰り返し、泣き叫ぶ物。
動く物にあっては、お互いに縋り付き名状しがたい化け物へと変貌しては元の姿にもどるを繰り返し、ヒトの形をかろうじて保つ物達は、お互いを相食み、再生するを繰り返している。
酸鼻を極め、惨たらしく、悍ましい惨憺たる様が、その場所にはあった。
その中にあって、惨たらしさを極めるものが、それらがまだ、死の安寧を与えられていないという事だった。
「これが祝福なのですか?」
辛うじて人の声を保った、半身が触手の異形に成れ果てた物が縋り、耳障りな音を叫ぶ。
蠢き、死を請い願う成れ果て達。酸鼻を極める光景と異臭。正気を一瞬で奪う怨嗟。
その直中で、小箱を携えた者だけは、泰然とそれらを睥睨していた。
「混沌を望み、願い、一体化し、世界をかき回す。それがお前達の願いであろう?ではまず、自身が混沌と同一にならねばならぬ。」
彼は小箱を頭上に掲げ、見入るかのように言葉を紡ぐ。
「混沌は形を持たぬ。混沌は中心を持たぬ。それは世の理。で、在ればこそ、お前達は自己も魂も、何もかもを渦を巻く煮えたぎる実存に変わる事しか出来ぬ。それが、自我を保ち、形を保ち、存在を赦されている。
これが祝福で無くて何であるか。」
その言葉に異形達は一様に声を上げる。それは怨嗟であり感嘆であった。
「これでお前達の望みは叶えた。我の望みも叶った。喜び言祝ぐが良い。」
きびすを返し、彼は進む。その前には成れ果て達が道を作る。
【龍人様、何処へ。】
成れ果てた異形達の声が一つに轟く。
「すべきことをする為、我は覇を競う地に向かう。お前達は時を待つが良い。」
答えを待たず、彼はその場を後にする。仮初めの人の体を、本来の姿に変えながら。
「王様が来るなんて久しぶりね。元気でやってる?」
「この度は拝謁の栄誉に預かり、恐悦至極に存じます。」
「そんなの良いから。」
「そう?なら楽にさせて貰うね。フィニス様。」
ヴィロフォルティを癒やして数日後、フィニスの元に、ケット・シーが訪れた。
彼女は大きめの一人用ソファに、ふしだらともとれる楽な姿勢で彼を迎え、側にはアローズィが侍る。
王と呼ばれた彼は、二人の従者のうち、一人に抱えられ、その前に傅いていた。
フィニスの許可を得ると、自分でソファに座り、従者達はその後ろにつく。
懐から一本の棒を取り出し、軽く匂いを嗅いだあとそれを囓る。
あまりにも無作法であるが、それを咎める二人では無かった。
「新しい番を見つけたのね。なかなか良いじゃ無い。」
「雄と雌の双子を見つけるのは手間だったよ。でも僕の目と耳になれる番を見つけてくれてね。商会も良い仕事してくれたよ。」
「目と耳ね…。良い買い物したじゃない。器量も良いし、あたしも探してみようかしら?」
「御館様。観賞用以外には、使い道がございませんが。」
「まあ、そうよね。繁殖はさせるの?」
「させてるんだけどね。結果がいまいちでどうしようかと思ってる。まあ、そんな事は良いんだ。実は人界で派手な動きがあってね。ある教団が一つ自壊したよ。」
「んー。どの教団かしら?ヤバいところは粗方制御出来てるはずだけど?」
「『智慧の小箱』って所だよ。全土で4~5千人程度の小さなところでね。やっかいな遺物を持ってた。それだけなら良いんだけど、変な横やりが入ってね。遺物が起動した。」
「ふぅん?王様が動く程なの?」
「『耀く小箱』って言えば、解るかな?」
「はっ!馬鹿が寝た子を起こしたのね。」
「どうも上手く制御してるようでね。暫くは大丈夫だけど、そのうち番人が出てきそうなんだ。」
「あたしに尻拭いさせるの?」
「いや、それがヴィロフォルティに用事があるようでね。でも主な目的はフィニス様だと思ってる。」
「アローズィ。『耀く小箱』の制御は出来る?」
「龍族のみの秘伝に御座いませば、私めでは些か荷が重うございます。」
「度しがたいわ。神達に動かれるのも面倒だし、回収したら奴に尻拭いさせましょ。」
「フィニス様。何時動くかは僕らでも解らない。十分に注意してね。」
「有り難う王様。借りにしておくわ。」
「フィニス様あっての僕らだよ。恩に報いるのは当然だよ。借りなんて言わないで。」
「ありがと。王様。アローズィ、王様にお土産と双子に何か用意してあげて。王様、これくらいはさせて貰うわ。」
「ヴィロフォルティ関係で動きがあれば、ドライアドに報告しておくよ。彼、気に入ったからね。」
「あら、それは嬉しいわ。」
目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らし、軽く伸びをするケットシーを、双子の一人が抱き上げる。
彼は居心地の良い位置を探すと、そこに収まって言った。
「じゃあ、これで失礼するよ、フィニス様。くれぐれも混沌に気をつけて。」
ケットシー達が部屋を出て暫く、見送りにでたアローズィが帰ってくると、フィニスは問う。
「混沌をそのままぶつけてくると思う?」
「まずは生贄を差し向けるでしょう。その後番人を使って御館様に蟷螂の斧を向けてくるかと。」
「ヴィーは眼中にないと?」
「混沌を使う者です。おそらくヴィー様をあしらう程度と考えていると思うのが妥当です。本当に…腹の立つ……。」
「どうかしら。ヴィーに2~3体ほどあてがえば無力化出来ると思ってるのかしらね。」
「そう思われている事に、苛立ちますね。その浅はかさを思い知ると良いのです。それにヴィー様は龍化の本質をまだ理解されておられません。」
フィニスは溜息をつく。
確かにそうなのだ。完全な龍化をヴィロフォルティはまだ体得していない。
現在のドラゴニュート様でも、渡り合えてしまっている。フィニスの血肉のお陰か、今まで培ってきた技と修練の成果か、はたまた彼の呪いのせいか。
どちらにしろ彼には十分な発展の可能性を持っているのだ。
そしてそれを生かせなければ、彼には先が無い。
彼女は迷う。
ここで彼を今一度追い込むべきか。では、どうやって?
「アローズィ。あなたはヴィーを疑わないのね。」
「私めが手塩にかけたのです。龍人の4~5は相手出来なければ私の名折れです。」
「そうね。」
天を仰ぎ、溜息を一つ。
いずれはその時を迎える気では居たが、今が、その時か。
「次の死合いにはニーナを連れて行く。あたし達は手出ししない。今回は王子様にあたし達を守って貰いましょう。」
読者の皆様神様仏様。
私です。
少し書き溜めが出来たので、投稿です。
例のブツと似たような物を出してみました。
普通に対決させるのはどうかなあ、と。
いあいあ!!




