まずは初戦よ!
引きちぎられた肉塊をヴィロフォルティに投げつけ、巨龍は黒い帯を纏い始めた。
それらを避け、ヴィロフォルティは咄嗟に動こうとしたが、思いとどまる。
フィニスの龍人化に対抗するには、まだ、生贄が必要だ。相手も、自身も。
あの頂に挑むには、力が足りない。それにこの相手は、何故かいけ好かない。嫌いだ。
相手のその力の絶頂を、彼は試してみたかった。
大剣は言う。喰わせろ、と。
声は遠いが、その貪欲さ、信頼感は伝わる。
どうせなら、十全の相手を喰いたくないか?
それは良い。それが良い。早く喰いたい。
相手が強大であればあるほど、フィニスに近づく事が出来る。そうで無ければ、意味が無い。
目の前の龍化は、ヴィロフォルティにはその方が好都合だった。
大樹のごとき巨龍は徐々に縮み、今ではヴィロフォルティより2倍半の大きさに変わった。
しかしてその龍気は以前より強く、その圧は物理的な感覚を覚えるほど凄まじい。
その頭部には折られた角が二本。眼光は邪悪で鋭く、顎にある牙は捲れ上がり、敵意を隠そうとしない。
腕は龍と同じ、丸太のごとく太く爪は相手を掴み、離さず、切り裂く事に特化しているように鋭く内に向いている。
胴はいかなる打撃や斬撃も物ともしないような分厚い鱗が密集し、逆足のその先には、大地と相手を引き裂く為だけの鉤爪が太く伸びている。
黒い帯は霧散し、その姿があらわになる。
がちりと牙を鳴らし、威圧しているつもりなのか、両拳を何度も打ち付ける。
そうして声を発する。
『失せろ。猿。』
対して、ヴィロフォルティは正眼に構えた剣を肩に担ぐ。
油断なく構えていたその身からは、力を抜き、龍化を解き、顎を上げ、左手の小指で手招く。
「戦場でよく見かけた。死肉喰らいのカラスそっくりだ。」
『挑発しているつもりか?猿。』
「よく鳴くところも、似ている。群れて威勢は良いが、五月蠅いだけで絶対に向かってこないんだ。」
龍人の片足がぶれて見えた。同じくして、ヴィロフォルティの拳もぶれる。
瞬間、轟音が響き、龍人の片足は元あった地を抉った。
「さっきの鳴き声といい、今の[お手]といい、お前、犬の亜人だろう?」
龍人は咆哮を上げようとした。
瞬間、ヴィロフォルティの左の手刀がその喉を穿つ。
「五月蠅いぞ?犬はおとなしく犬小屋に帰れ。場違いだ。」
今度は殴るではなく、抱き潰す事を選択する。
彼の胴は龍人の腕に隠れ、ギリギリと締め上げる。
しかしヴィロフォルティは顔色一つ変えない。大剣も動かさない。
「お前の息は腐肉くさい。腐肉あさりは大概にしておけ。」
ヴィロフォルティの体は持ち上がり、地に叩き付けられようとする。
そこに彼からの一閃。
龍人の片腕は落ち、彼は音も立てずその後ろに降り立つ。
「いつまでも本気を出さない相手は嫌いなんだ。早く腕をくっつけろ。」
尾を振り回し、ヴィロフォルティを牽制しようとするが、その尾に手をつき、体を浮かせて、動きに合わせ彼自身が相手から距離をとる。
そうして龍人から離れた地に大剣を刺すと、それにもたれる様に巨龍の再生を待つ。
龍人の片腕は瞬く間に繋がった。
しかし龍人は一気に襲い来る事は無く、警戒している虎のごとくヴィロフォルティと距離をとり、その出方を伺っている。
対してヴィロフォルティは剣に手をかけてはいる物の、抜こうともせず、また、相手を目で追う事もない。
右へ左へ。彼の隙を伺っているのだろうが、ヴィロフォルティは気にも留めない。
それどころか、完全に興味を失っているようだ。あくびの一つもないのが不思議なくらいだ。
「・・・・・・なんて退屈なんだ・・・。」
その一言で龍人は動いた。
龍人の姿がブレる。現れた先は、ヴィロフォルティの剣が、その体を隠せない位置。
そして一閃。
「龍滅術一式、空、一の型、応報」
対してヴィロフォルティは、瞬時に体を入れ替え、地に刺さる剣を抉るように動かし、その光線を両断する。
跳ね返り、自分に返ってくるその光線を避ける事なく受け止めながら、ヴィロフォルティと距離を詰める。
ヴィロフォルティは相手が十分に速度が乗った時、動いた。
「龍滅術二式、障」
振り下ろされる拳。それが彼に届く前に、彼の体は龍人の懐にあった。
そして呟く一言と共に、彼の掌底が腹を打ち据える。
龍人は拳の勢いを利用し、体を躱すが、振り下ろした拳の方向にもんどりうつ。
ヴィロフォルティの狙いは腹ではなく、足。
その足は先の尾のように、内側から弾け、骨が露出している。
転がりながらも龍人は、傷を再生し、立ち上がれば再度ヴィロフォルティに向かう。
掴み掛かろうとする動きだが、彼の間合いに来た刹那、体を落とし足払い。そして尾の追撃。
ヴィロフォルティは敢えてそれを受けた。敢えて剣で受けずに、それを受けた。
彼の体は三度四度と、地を跳ね、転がっていく。それを追うように、龍人が走る。
追いつけば、龍人の五指が彼の体に迫る。
体を整え、目の前に迫るそれを見て躱す。
「龍滅術一式、空」
そう呟けば、龍人の攻めのことごとくに手を添え、いなすでもなく躱し続ける。
爪はその最大速に手を添え躱し、足はその打点に手を当て下がり、鞭の如くしなる尾はその先端を持ち、体を支え動きに逆らわない。
それはフィニスとの手合わせを、立場を逆転して再現しているかの様だ。
咆哮を上げながら猛攻を続ける龍人に、彼は舞でも踊るかの様にいなし、躱し続ける。
そして変化が訪れる。
今まで防戦に徹していたヴィロフォルティが、龍の左手を使い始めた。
風をも裂き、唸り来るその爪を一重で避けるのだが、その手首や肘関節の腱に左手を突き立てる。
勿論、動きが止まるのはほんの数瞬。いくらでも再生し、再び彼を襲う。
その度に何度でも急所や、手足の腱を狙い、切り裂き、また再生させる。
龍人は何度でも緩急や手管を変え、彼を襲う。そして、彼の動きを学習しているのか、段々とその爪が、その鉤爪が、その牙が、彼に肉薄してくる。
それが彼の体や腕を掠める度、防具から火花が舞い始める。
龍人のその動きは、舞を踊るかのごとく、演舞を行っているかのごとく、昇華されていく。
何合も何合も打ち合い、掠めた時、ヴィロフォルティは言った。
「それがお前の最高か?」
龍人は言う。
『猿ごときに出来る事が、俺に出来ないわけがない。貴様は終わりだ。』
「そうか。これがお前の最高か・・・。」
それはつまらなそうに、ヴィロフォルティは呟いた。
龍人の動きが、更に早まる。その爪は彼の肌に肉薄する。しかし、かすり傷すら付ける事はない。
出来ない。
『俺は負けん!何度でも貴様を食い殺す!』
牙をむき、ヨダレを垂らしながら、龍人は彼を攻め立てる。
彼はそれを、ただ、受けては流す。それだけだ。
「お前の執念と信念はわかった。」
ここで初めて、彼は剣を握った。そこからは歓喜の感情が流れ込んでくる。
「その事に思うところはない。賞賛しよう。」
彼の体が消える。否。隙と死角を突き、後ろに回ったのだ。
龍人は一瞬だけ、彼を見失った。しかし、気配をたぐり、必殺の爪と尾を使い、振り返る。
「だが、お前の性根には、虫唾が走る。」
迫り来る尾を掬い上げるように両断。返す刀で破裂音と共に龍人を両断せんと、大剣が走る。
龍人は腕を交差させ、その鱗をもって大剣を止めようとするが、気がつけば大剣は大地を切り裂いて、ヴィロフォルティの前で止まっていた。
一拍遅れてぼとりと濡れた音が二つ。
そして己が喉から両断されたと気づけば、立つ事もままならず辺りに臓物をぶちまけた。
それでもまだ、龍人は生きていた。強靱な肉体と再生力が死の救いを遠ざける。
龍人は足掻いた。だがはらわたを掻き集めようにも、その腕はなく再生にも時間が掛かる。
龍人は吼えようとした。だが、その喉は再生を待っている途中だ。ブレスも一閃も使えない。
使う為の器官は地に曝け出されている。
龍人は只、無様に足掻いた。
ヴィロフォルティはその龍人の姿に、何も思うところはなかった。
分を弁えない相手が無礼を働き、その報いを受けただけだ。
彼が龍人化をしなかったのは、龍人の本気を出させる為ではなかった。
敢えて人の姿で打ち破る事で、その分を判らせようとしたのだ。
そして再生を阻害し、龍を滅ぼす”零式”も使わなかった。
そんな慈悲をくれてやる気はさらさら無かった。
大地から大剣を抜き取ると、丁寧に土を払う。
龍人は呪詛を喚き、のたうち回っている。切り落とされた腕を必死に使い、はらわたを掻き集めようとしている。
二股に分かれた体は傷が深すぎ、また、広範囲に及んでいる為か再生速度は遅い。
彼はその姿を気にも留めず、大剣を拭き上げるとフィニスに顔を向けた。
「この無礼者はどうする?一応、生かしてはいるけど。」
淡々と告げるヴィロフォルティに、フィニスは満面の笑みを浮かべる。
小さく拍手を送り、告げた。
「ヴィー。そいつの両足はハムにするわ。残りはそいつらに喰わせましょう。」
振り返れば生き残った龍達が、只、怖気を振るい、こちらを見ている。
ヴィロフォルティはそれを見やるだけで、フィニスの言を実行しようと無造作に龍人に近づく。
その頃には龍人は声帯が再生されたのか、明瞭な言葉を紡ぎ出した。
『必ず殺してやる!!体中バラバラにしてやる!!』
彼がその言葉に心動かされる事はない。
『何度でも再生して、必ず殺してやる、この猿めが!!』
そして呟く。
「龍滅術零式、虚。」
大剣に術式が浮かび、その剣先は赤く色付いていく。程なく術式は消え、大剣は朱に染まった。
『こっちに来い!!猿!!食い殺してやる!!』
手と尾は半ば再生している。それらを振り回し、威嚇するが、ヴィロフォルティに届く事はない。
間合いに入った時、無造作に大剣を振り、その足を腰から切り落とす。
更に反対側の足も同様に切り落とし、無造作に放り投げた。
二度、絶叫が響き渡る。
『なんだこの痛みは!!?・・・再生しない!!?』
「ヴィー、そろそろ五月蠅いわ。」
「判った。」
言うなり彼の体がブレる。そしてその喉元に手が添えられ。
「龍滅術二式、障。」
龍人の喉は弾け飛び、首が転がっていく。
「これ、どうする?」
「とりあえず剣で、とどめを刺しておきなさい。」
顎をガチガチと鳴らすその頭を無造作に蹴り止め、大剣をゆっくりとその額に沈めていく。
切っ先が頭蓋を穿った時、龍人にようやく慈悲が舞い降りた。
読者の皆様神様仏様。
私です。
大変お待たせ致しました。更新を再開します。
まだ書き溜めていないので、不定期更新となりますが
何卒、宜しくお願い致します。
さてアローズィさん?
ヴィー君の活躍はお気に召しましたか?




