前触れよ!
シルフが言う。噂は風に乗った。
それは山を下り、草原を伝わり、森の木々を揺らした。
草木が騒めき、獣達が知り、やがて知恵ある者が、それぞれに知った。
知恵ある者は、それぞれの主へ伝え、それぞれの主は、自身が仕える偉大な者達へと伝えた。
そうして事は動き出した。
シルフ達が噂しだして一月。
村に小柄な人影が二つ、近づいてくる。村の近くにある街道を歩いてくる。
一つは大荷物を背負い、一つは身の丈程もある斧を背負っている。
足取りはしっかりしているが、その姿は、旅の汚れが染みついている。
途中二人は立ち止まっては、地図を見ている。そして辺りを見回し、また歩き出す。
ふと遠くを見やれば、影が二つ、道を塞ぐように有る。
得物を背負う一人が前に出て、もう一人は下がる。
そのまま近づいていけば、影は子供だった。
二人と同じくらいの背丈、否、二人より少し背の高い、ヒトの双子だ。
「あんたらは何だい?」
得物を背負った一人は女だった。
双子は微動だにせず、何も言わない。
20歩ほども近づいたところで、対峙しする。
「ここに村があるはずだけど、何か知らないかい?」
軽く、気安く、笑いかけるが、女の目は笑っていない。
「ここにはなにもない。」「なにもないがある。」
女はくすりと笑い、斧を構える。
「謎かけごっこは嫌いだよ。おまえらからはドラゴンの匂いがする。」
すると双子は顔を見合わせ、お互いを指さす。
「「あんたのせいだ。」」
「ウームが悪い。」「アーが下手くそなのが悪い。」
「あたしはみんなが褒めてくれる。」「僕はみんなが感心してくれる。」
「「うそつき。」」
口げんかを始める双子に、斧を構えた女は油断しなかった。
「楽しんでるとこ悪いが、先を急ぐんだ。要件は何だい?トカゲども。」
双子は固まる。
「トカゲ・・・。」「口が悪い・・・。」
「口が悪いのは生まれつきでね。どうなんだい?」
「初めて言われた。」「なんだか、新鮮。」
双子は怒るでも無く、興味深そうに女を見つめた。
「あたし、アー。」「僕はウーム。」
「「あんたは誰?」」
女はにいと口角を上げ、言った。
「あたしは只のドワーフの女さ。」
そう言えばすでに双子の目の前に居り、斧を横薙ぎに払う。
双子はそれを素手で受け止め言った。
「どーわふ。」「それに喧嘩っぱやい」
「「ニーナのお兄さんが言ってたヒト?」」
「ニーナ?そりゃ誰だい?」
軽くそうは言うが、女ドワーフの額には汗が浮かび、受け止められた斧は二人に掴まれ、どんなに力を込めようが、ピクリとも動かない。
「ウーム、ニーナに伝えて。」「判った。」
そう言うとウームと名乗った子の方が斧から手を離す。
好機とみた女ドワーフは一層の力を込めるが、斧は動かない。
「そろそろ止めよう?喧嘩する気も追い払う気も無いよ。」
アーと名乗った子は心底面倒くさそうに言う。
「どういうこったい?」
渾身の一撃を素手で止める双子。ドラゴンの気配をまとう双子。相手は得体が知れない。
しかし、対敵する気は無さそうだ。
女ドワーフは暫し迷う。
「話ついた。」「じゃあ、案内しようか。」
「「面倒だから、斧を引っ込めて?」」
「あんたらは敵かい?」
「敵じゃ無い。」「今は違う。」
「じゃあ、手を離しておくれでないかい?斧が壊れっちまう。」
双子が手を離すと、女ドワーフは斧を確かめ、もう一人を呼んだ。
「ダニス!もう良いよ!こっちに来な!」
大荷物を抱え、ダニスと呼ばれたもう一人は、ゆっくりと、3人に近づいた。
「先走って悪かったね。あたしゃニーイってんだ。あっちから来るのは旦那のダニスだ。」
「それは聞いてる。」「ニーイはお兄さんの師匠だって聞いた。」
「旦那さん、爺ちゃんの弟子?」「爺ちゃんの弟子、ダニスって言ってた。」
「あんたら、あたしらの事知ってるのかい?」
「知ってる。」「聞いた事しか知らない。」
「「早く行こう。」」
双子は二人を急かすと、答えも聞かずに歩き出した。
二人は慌てて、後をついて行った。
「邪魔するわよ。」
足下まで届く長い髪は、ボロボロ。その端整な顔立ちの目には黒々としたクマが出来ている。
モルスレジナは先触れも寄越さず、突然、館に現れた。
その後ろを、執事のセルベがオロオロしながらついて来る。
アローズィは、そんなセルべを落ち着かせ、メイド達に指示を出す。
「いつもに増して酷い有様ね。ちゃんと寝てるの?」
そんなモルスレジナを咎めもせず、フィニスはいつものように迎え入れた。
「ヴィーの呪いの術式化が出来たわ。」
「すごいじゃない!さすが親友ね!」
「喜べるもんじゃ無かったわ。おかげで二月も眠れないの。」
「みんな話しちゃいなさいよ。聞いてあげる。」
ソファーに座る事を促し、彼女はそこに身を深々と埋めると、いつのまにかやってきたメイドがティーカップを用意する。
そうしてモルスレジナはため息を一つ。そして言った。
「はっきり言うわ。ヴィロフォルティを消滅させなさい。でないと世界が滅ぶわ。」
「分かったわ。落ち着いて最初から話して頂戴。」
突然の物言いに動じる事も無く、フィニスは言った。
「最初、あたしはあの呪いは大神の実験と言ったわね。あれは間違いだった。目新しい手法や高効率の魔力の使い方に目が行って、見落としがあったの。」
「罠って事?」
「目眩ましよ。これを見て。」
そこに魔方陣が描かれる。
縦横に、何十層にも描かれた魔方陣はまるで球体のような図式であった。
「展開させるだけでも頭が割れそう・・・。縦横の式がそれぞれ干渉し合って、効果が出るのだけどそこにいろんな穴があるの。アローズィ、分かる?」
話を振られたアローズィは、球体をまじまじと見つめ、いくつかの場所を指さした。
「おっしゃる通り、有るだけ無駄な式や、何かを待っている様な式が、無数に御座いますね。ですが、この式の形状もそうですが、効率化が尋常じゃ御座いません。」
「そこが目眩ましよ。上下に作用する点をよくご覧なさい。」
「・・・・・・。これは・・・・・・。」
フィニスは少しじれ始めた。
「はっきり言いなさいよ。じれったいじゃない。」
「はい。何かを取り込んで作用し始め、同化させる。そういう式で御座います。ただ何のためかは今は分かりかねます。」
「そうなの。最初はヴィーの行動の結果が鍵かと思ったら、違ったわ。何か大きな魔力みたいな物が鍵なのよ。」
「みたいな物?」
「ええ、例えば宝珠とかね。そう考えた時に、閃いたの。魂を取り込む式ならって。」
「・・・・・・。これは非道ございますね。取り込んで、消化させるとは・・・。」
フィニスは少しむっとして言った。
「で、ヴィーを消すのとどう繋がるの?」
二人は黙り込み、モルスレジナはティーカップを持ち上げ飲み干した。
「取り込む魂は選別される。龍人の魂のみを。そして、龍の魂に変化させる。完全に同化なんて出来ないから、魂のキメラが出来あがる。そこに意思や人格なんて無くなる。そして本物の龍になるのよ。」
「それで?」
「原初の蛇にして最後の蛇、アナンタが生まれるわ。」
「アローズィ、干渉は出来るんでしょ?」
アローズィは口を開いた。その言をモルスレジナが遮る。
「干渉は出来るわ。その代わり、干渉する都度、式が変化するの。6710万8864回試したわ。変化は生まれるけど、結果は変わらなかった。」
「・・・・・・。ヴィーの人格だけでも、なんとかならない?」
「ヒトの人格が龍の人格を制御出来るとは思えな・・・・・・。そう言えば、ヴィロフォルティはあなたの血肉に呑まれた事があったわね・・・。」
「自意識の制御系に何か細工が御座いますね・・・。」
フィニスは考え込む二人に宣言する。
「モルスレジナ。アローズィ。あたしはヴィーを消滅させる事なんて出来ないわ!する気も無いわ!アナンタ?それがどうしたの!?最強のあたしに終末の蛇!最高のカップリングじゃない!」
フィニスは立ち上がり、宣言した。
「モルスレジナ!アローズィ!あなたたちは今から、術式の干渉に取り組みなさい!二人でよ!セルベ!事が仕上がるまで暫くあたしに従いなさい!大神の呪いが何よ!?あんな腑抜けに負けるんじゃ無いわよ!」
フィニスの大見得に三人は唖然とするが、モルスレジナだけが、ふと我に返った。
「ねえ、フィニス?大神の事、何か知ってるの?」
腕を組み、双丘が激しく自己主張するがそれを気にせず、フィニスは言う。
「昔、声をかけられたのよ。神になれですって!冗談じゃ無いわ!あたしは自分より強い旦那様と子作りするのよ!!」
「・・・・・・原因はもしかして、あんたじゃ無いの?」
ピタリと動きを止めるフィニス。
モルスレジナはじとりとフィニスを見上げ、意味ありげに睨む。
「もう千年近く前の話よ?ヴィーと関連があると思う?」
モルスレジナは考えるのを止めたように、ソファーに身を沈める。
ティーカップをメイドに差し出し、催促する。
「そうねぇ。・・・ま、どうでも良いわ。一眠りしてから、取りかかる事にするわ。アローズィ?ベットを用意して。セルベ、アローズィから彼女の世話の仕方を聞いておきなさい。それからアローズィ、起きたら、自意識の制御系を中心に見直すわよ。」
「承知致しまして御座います。寝室はあちらに。メイド達、モルスレジナ様をご案内して。セルベ様、御館様のお世話について、お話をします。こちらへ。」
さわさわと皆が支度し、出て行くとフィニスは独りごちる。
「大神てば、そんなしつこかったかしら・・・?慈愛が本質の神なのに・・・。」
読者の皆様神様仏様。
私です。
今回より、更新が不定期になります。
お話を作るのは、なんと難しい事か。
ブクマして下さる方。読んで頂いている方。
皆様が心の支えです。
これからも宜しくお願いします。




