何も変わらないわ?
勇者は絶望していなかった。
まだアイテムボックスには万能の霊薬がある。手足を折られても、それを使えば戦えるはず。
しかしてそれは、宝剣を斬られるまでだった。
魔を打ち払う宝剣。どんなときにも共に生き延び、ドラゴンでさえ屠り、魔王と打ち合った相棒。
それを目の前の少年はいとも容易く切り折った。
「お前は困難が降りかかるたび、試練だといい、乗り越えろといったな。」
少年は冷たい、平坦な声で勇者に言った。
それは彼の口癖のようなものだった。確かに自分はどんな困難も、試練と思い、乗り切ってきた。そのはずだ。
しかしこの圧倒的な”武”はなんだ?自分ひとりの力とはこの程度か?違うはずだ。違うはずなのに無力感が滲み出る。
魔王が少年の背に襲い掛かった。彼はそれをただの咆哮で押し返した。
人、否、”混ざり物”でそんなことができるのか?今のはドラゴンの咆哮以上の代物だ。
「何も持たない弱者の試練というものを、今与えてやる。」
少年は勇者の髪をつかみ、ぶちりぶちりと髪が抜ける音をさせながら、聖職者の遺骸に彼の頭をもたれさせる。
頭髪と共に皮膚が剥がれる感覚がある。それ以上に折られた手足が激痛を彼に伝える。
魔王が魔法陣を展開させる度、少年は何かを投げ、それを打ち消している。
そんな事は、聖職者にも不可能だった。
「お前は無力なまま、魔王が死ぬところを見続けるんだ。お前の価値はその程度だ。」
少年はそう言い残し、腰のアイテムボックスを無造作に引きちぎると、魔王の魔法陣に投げつけた。
それは魔法陣と共に消滅する。
そうして少年は、改めて魔王と対峙した。
(それは俺の役目だ!俺がするべき事だ!お前なんかがして良いことじゃない!)
そうは思うが、声にならない。
魔王の攻撃を、支援もなしでただひとり、避け、打ち払い、また、打ち合うことは彼には無理だ。
彼は、せめてこの”武”をものにせんと、それを凝視するのみだった。
魔王は最初、この乱入者を勝機と見ていた。
執拗な牽制を続け、時には切り込んでくる斥候が目障りだった。間合いの外から、的確に魔法を打つ魔女は厄介この上なく、勇者に支援を行う聖職者は特に気に障った。
それらがたった二人に屠られ、無力化されていく。
最後に残った聖職者はよりにもよって、魔を打ち払う天使を呼び出した。
これには魔王も最大限警戒するしかなく、間合いを倍以上とって保護魔法の魔法陣を展開させる。
”混ざり物”はそれを気にすることなく、腰袋から、なにやら取り出し、放り投げた。
そこに二人の女の姿が現れ、皆を睥睨する。
その姿を天使が見るや、浄化の光を集中させた。
女はなにやら乱入者に声をかけると、そいつは”龍の一閃”を放った。
”混ざり物”が龍の御技を使う?
魔王は混乱するも、勝敗は乱入者に上がった。
女二人に魔王は見覚えがあった。そして合点がいった。
「ノビリフィーニア!!貴様か!!」
全てこの女帝が裏で糸を引いていたのだ。
「おひさしぶりね。魔の王。それと、私の名はフィニスよ。もう間違える事無いと思うけど、憶えておきなさい。」
今は激情を押さえて、目の前の敵共に集中する。
広域の殲滅魔法を展開。勇者ごと二人を消し去る好機だった。だが範囲魔法や数種の攻撃魔法を展開させるものの、ことごとくそれは打ち消された。
”混ざり物”は魔王を相手にせず、勇者を打ち倒しその手足を叩き折り、踏み折った。
その間、魔王に何かが投擲され、魔王はそれを避けるが、刹那、龍の気配を感じ取った。
なれば魔法陣が打ち消されるのも納得がいく。龍気で相殺されているのだ。
「フィニスの走狗めが!!」
魔剣を右に、攻撃魔法を左に構え、”混ざり物”の背を狙うが、そいつは振り向きざま、圧倒的な力で吼えた。
それは”龍の咆哮”。
声に物理的な圧を持たせるその技は、魔人でもドラゴンでも成しえない。
そいつはそれを使った。
「お前が龍か!?」
黒の森で兵どもを焼き払ったのはこいつだ。恐らく、3人の将が倒されたのも、こいつの仕業だ。
吹き飛ばされながらも、魔王は確信した。
こいつは殺さねばならない。そうしなければ、自分も、魔領も、滅ぶ。
今のヴィロフォルティに感情は無かった。
勇者たちはあっけなく討たれ、魔王にいたっては、龍の咆哮で吹き飛ぶ。
羽を生やした、魔物とも思えぬ何かは、二つに割れ、悲鳴を上げて逃げ去った。
自分は弱いはずだった。相手は絶対の強者だったはずだ。
なのに奴らは醜態を晒し、無様に自分を見つめている。
力んでいた体中の力が抜ける。構えた大剣を下げる。
自分は強者足りえるのか?
「フィニス?僕は強いの?」
「ヴィー。自惚れない事ね。貴方より強い者はまだまだいるわ。」
フィニスはこういう時、嘘をつかない。
「だよね。僕はまだ弱い。こいつらは弱い振りをしてるんだね。」
「そうよ。だから踏み越えなさい。踏み潰しなさい。貴方はまだまだ先を目指すの。」
「分かったよ。まずは魔王からだ。」
大剣は下げたまま、体をふらりと前へ倒す。するりと足を出す。体を前へ。すり足で前へ。
誰に教わったものでもない。体の力が抜けている今、自然とそう言う動きになった。
足元に魔法陣。だん!と右足を踏み出せば陣は掻き消える。
前左右に魔法陣。そして魔王の突貫。
しゃがみながら大剣を斜め上に振り、すくい足をしながら自身も回る。
飛び上がる魔王から頭上に氷の槍。
振るった大剣の重心を軸に、体を浮かせて回りこむ。
魔王の着地点にニードルを置く様に投げ、突きの構えで剣を溜める。
思い切り剣を突き出した反動を生かしながら、すり足で前へ、前へ。
魔王はニードルを蹴落とし、着地するやヴィロフォルティの突きを魔剣でいなす。すれば彼はまたも大剣を軸に反転、突きを繰り出す。
右に左に突きを繰り出すが、魔王はそれを全ていなし、魔法陣を展開。
火球と氷柱がヴィロフォルティに迫り、石の針が彼の行く手を塞ぐ。
その間、ヴィロフォルティは何も考えてはいなかった。
フィニスの鼻歌が頭の中に聞こえ、その調子に合わせて、体を動かし、剣を振るう。
迫る火球も氷柱も、ただの物にしか見えず、脅威とも思えない。
障害物は避ける。
当たり前の気持ちだけが、彼の中に在った。剣でいなし、体をかわせば済む話だ。
石の針だけが邪魔だが、彼はそれを飛び越えた。宙に舞う彼を迎えるのは大火球。
一声吼えれば、火球なぞ消し飛ぶ。
魔王が何か叫んでいるが、意味を成さない。
金臭い臭いと気配を感じれば、そこからずれ、魔王に進む。直後、轟音と閃光が彼の視界を奪う。
臭いと気配は至る所からするが、まるで柱を避けるかのように、するすると前へ進む。
視界が戻れば、魔王は遠く、彼の横におり、光球と黒球を無数に生み出している。
間合いは遠く、飛び掛るにも距離がありすぎる。
ならばと彼はブレスを放った。
ブレスは幾つもの光球と黒球を巻き込み、魔王に迫る。魔王は球体を一つところに集め、ブレスを堰止めた。
ブレスと球体は均衡を保ち、彼が近付いても、その間隔は縮まらない。
その時、大剣がざわめいた。鎧が言った。初めて明確に声が聞こえる。
大剣は言う。俺を振るえ。
鎧は言う。俺と舞え。
ブレスを止め、近付いてくるそれを撫で斬れば二つに霧散し魔王の姿が露になる。
そうして進み出せば、 突きが来る。
それを刀身の腹で受け流し、左手を前に。
魔王は眼を狙いに来た手刀をかわすが、ヴィロフォルティはなおも魔王に近付く。
剣は言う。俺を棒のように使え。
彼は刀身の中ほどを右手で持ち、動かす。
そういえばフィニスのダンスは螺旋円が基本だったな。
彼女の所作を思い出し、大剣を構えながら魔剣を受け止めいなし、舞う。
動作は体が覚えてる。鎧がそれを補助してくれている。
大剣と魔剣は火花を散らし、体は左右にゆらりと動く。魔王が体術を駆使すればしばし離れ、戻り、付かず離れずを繰り返す。
鎧が言う。もっと前に。
彼はそれに身を任せた。フィニスの歌は尚も頭に響いている。
大剣が言う。任せろ。
今まで魔剣をいなしていただけの大剣が、次の1合で軽く刃を立てた。
彼はそれをするりと撫で斬る。きん、という甲高い音と共に、魔剣の刀身はくるくると石の床に落ちた。
そのまま龍化した右手を魔王の喉元に。
魔剣を切り落とされた衝撃からか、魔王の動きは半調子遅れ、彼の右手はその首を捕らえた。
左手の大剣はこれもまたするりと魔王の両足を通り過ぎ、魔王の両足は地に落ちた。
「捕まえた。」
何の気負いも無く、感情も無く、彼は宣言する。
「待ちなさいヴィー。まだ殺しては駄目よ。」
喉笛を掴み潰さんとする彼に、フィニスが待ったをかけた。
「レウェルティがそいつに用があるそうよ?」
フィニスはレウィを促し、ヴィロフォルティは大剣を背負うと魔王のその両手を丁寧にねじり折る。
魔王の体が魔力を帯びる度、彼の龍気がそれを押さえ込む。
彼は魔王をぶら下げたまま、レウィに近寄る。
「どうしたの?これに用?」
レウィは頷く。
彼は魔王をレウィの前に放り出すと、大剣を一閃させ、魔王の腹を床に縫いとめる。
絶叫が当たりに満ちるが、魔王のその強靭な体は即死を許さない。
龍気に満ちた大剣は、魔王の魔力を押さえ込み、それの行使を許さない。
「お久しぶりです、魔王様。ご健勝で何よりです。」
レウィは魔王の左に膝まずき、その胸に手を置いた。
「あたしは今までずっと、こうなる時を夢見てまいりました。無様に死ぬ魔王様を見ることが、あたしの望みだったのです。今ようやく、その望みが叶いました。最高の気分です。」
吐血し、血まみれの魔王を愛おしげに撫でる。
「望みをかなえれば、それでよいのですが、魔領が混乱するのも、不都合があるのです。商売に差し障りが出るのです。ですので、貴方様の心臓を頂きます。魔王を継がなくても、魔王そのものがどこかに居る。それだけでも商売に使えるのです。」
撫でる手に聖気を宿らせ、その胸に沈める。すればその手に鼓動をうつ心の臓が現れた。
「ではお父様?お達者で。」
おもむろにそれにかぶりつくレウィ。一噛みごとに魔王の体は跳ね、レウィの咀嚼音が止む頃には、骸と成り果てた。
ヴィロフォルティは大剣を引き抜くと、フィニスに頷く。
彼女もまた、満足げに頷き、勇者のほうへ顎をしゃくる。
勇者は動かぬ体をガタガタ震えさせ、こちらを凝視していた。
目の前で繰り広げられた光景は、彼の理解と想像を超えていた。
あれだけ苦戦を強いられた魔王は”混ざり物”に翻弄され、四肢を壊され、あまつさえ魔王の交代劇まで見せ付けられた。
彼は確信した。
あれと新しい魔王が組めば、ヒトは滅ぶ、と。それを自分も、誰も止めることが出来ないと。
あれがこちらに近付く。恐怖に駆られ、動かぬ体を動かせば全身に激痛が走り、身動きが取れなくなる。
すぐ側にあれが立つ。
勇者は思わず口を開いた。
「助けてくれ!」
あれは無感情に勇者を見下ろし、こう言った。
「弱者の試練はどうだ?無様に助けを請う気分はどうだ?乗り越えて見せろ。」
「お前何をしたのか解ってるのか!?魔王を殺すどころか後継者が現れたんだぞ!?」
「だから?」
あれは心底解らず、首をかしげた。
「だから・・・・・・俺はもう動けない!お前が魔王を倒すんだ!」
「そんな事は自分でやれ。試練だろ?乗り越えろ。」
「霊薬と剣をくれ!俺が倒す!」
「嫌だね。そもそも弱者にそんなものは無い。何もないんだ。僕は手足すら奪われた。妹は生きるためにどうするか考えることも出来ずに死んだ。」
「俺を殺せば、魔王を止めるものが誰も居なくなるぞ!?」
勇者はついに絶叫した。
あれは大剣を振り上げ言った。
「心配するな。お前が居なくても、世の中何も変わらない。」
その言葉と共に、勇者の頭は断ち割られた。
読者の皆様神様仏様。
私です。
かませが出たぞー!
頭をかち割れー!
どうにも勇者をうまく書けませんでした。




