ダンスは如何?
二日後、アローズィは商会に使いを出した。
いつもは人を寄せ付けぬ屋敷も、今日だけは馬車の到着を許した。2頭のドラゴンは眠っており、馬車にも降りてきた二人にも無反応だ。
やって来たのはレウィとメルキャトだった。メルキャトはいつもの自然体だが、レウィは幾分表情が硬い。
「レウィ。呑まれてるぞ」
メルキャトがそう言えば、レウィは苦笑いし、いつもの表情になった。
その二人を出迎えたのは、アローズィだった。
「良くお来しになりました、お二方。挨拶は無用です。中へ。」
そう言うと二人の返事を待たず、屋敷に歩き出し、扉を開けて待つ。二人は幾分不穏な何かを感じながら、屋敷へと入っていった。
そのまま応接室に連れて行かれ、アローズィと向かい合って座った。メイドが茶を用意し、三人の前に用意する。
口を開いたのはアローズィだった。
「さて商会の会頭と人魔の、いえ、聖魔の姫様。お二人には依頼があります。」
「アローズィ様のご依頼ともなれば、当商会がお断りする事はございません。」
「アローズィ様。あたしは人魔である事を公言しておりますが、聖魔とは一体?」
アローズィはにこりと笑み、二人に言う。
「ゴートシープ商会の忠誠を、御館様はお知りになっております。ですが聖魔の姫様。韜晦は無用にございます。そうですね。聖魔であることを、何故、ドライアドは知っていたのでしょう?」
レウィは固まり、そして肩の力を抜くと1つ質問をした。
「あたしの出地はもうお知りになっておられるのですね。では、どこまで知っておられるのでしょう?」
「全て。」
そうして一口、メイドが入れた茶を飲む。
「聖魔の姫様?あなたの利害と御館様のお考えは、一致します。御館様はあなたの望みを叶える事が出来るお方です。ゴートシープ商会へは、魔領での更なる発展を約束しましょう。」
「それは大取引のようですが、でしたら相応の心構えが必要です。お話をお伺いしても?」
「会頭、詮索は無用です。時が来ればそうなるようにしてあります。そしてお二方。謀はもっと微に入り細を穿ち、深く巡らしませんと。」
「・・・・・・私共は全て御館様の手の上という事なのですね。」
「そうともいえますが、御館様と私は種をまくだけ。芽吹かせ、実をつけさせたのは、貴方達。共に実りを味わおうという事に御座います。」
カップを置き、二人に向き直る。
「聖魔の姫様には、再びヴィロフォルティ様に付いて、魔領に向かって頂きます。会頭はその補佐をして頂きます。」
アローズィは二人のカップを右手で示し、促す。
「先ずはお茶でもいかがです?特別良い茶葉が手に入りましたので、自慢したいのです。依頼はその後で。」
その時二人はワルツを踊っていた。
フィニスはロングドレスで、ヴィロフォルティは大剣といつもの装備で。
フィニスは舞い、ヴィロフォルティは剣を振る。その剣筋は今までの彼と違い、相手を切るのではなく、相手に添わす剣筋だった。
ドレスに当てるのではなく、その動きを追う。刃を立てるでなく、刃を置く様に、剣筋を動かす。
彼女は舞いながら、的確に急所を狙う。目、喉、脇、背中、舞いながら、ワルツの一部としてそれをこなした。
歌いながらリズムを刻み、彼に傷を刻む。
彼はそれを避け、いなし、無理とわかれば龍化し、それを躱すが、彼女はそれを許さない。
曲の終わりには、彼の目と喉は潰されていた。
「ダンスはここまでよ。随分と相手できるようになってきたわね。」
喉を潰され、再生中の彼は言葉を出せない。代わりに笑顔で答える。
「いい顔ね。眼を潰されてから、耳で探って気配を追ったのはいいけど、そこまでね。もっと動きの先を思い浮かべなさい。」
「あ゛り゛がとう。フィニスの歌う歌は、風の音のような感じがするね。」
「異界で聞いた曲よ。何故だか耳に残ってるの。」
「僕はその歌、好きだよ。フィニスが歌うと、風が吹く。優しくて好きだ。」
フィニスは真っ赤になって横を向いた。
「そう?色んな曲を聴くといいわ。曲の調子を掴めば、動きにも応用できる。数字も同じよ?」
「そうなの?」
「ええ。ヴィーもあたしの動きを捉えにくいでしょ?色々見聞きして、何でも応用しなさい。」
「使えるものは何でも使えだね。」
「関係ないようなことも、色々知っておくと便利に使えるわ。覚えておきなさい。」
ヴィロフォルティは頷くと大剣を負う。
「さあ、ヴィー。試練の時間よ。風の将と後二人残ってるわよ。」
彼の瞳に狂気が宿る。
「ヴィーの今のその目が、私は好きよ。何事にも動かされる事の無い、その目が大好き。」
「早く妹を生き返らせないと。」
「その為の用意を、今、しているところよ。もうすぐだから、待ちなさい。」
彼は体と気持ちから力を抜く。腹の中では焦りと期待と恐怖と狂気が渦巻いている。
「貴方らしく、今までどおり戦いなさい。」
ゆっくりと力強くうなずく彼を、優しく抱擁する。
「今、商会の人間が来ているわ。準備なさい。」
旅装を整え、応接室でメイドたちの出迎えを受けると、そこには見知った顔があった。
フィニスは「あたしの会う相手じゃないわ。」と寝室に戻っていった。
アローズィは上機嫌で、レウィとメルキャトは顔色が少し青く、疲れた顔をしている。
「ヴィー様。支度が出来たご様子ですね。」
アローズィはにこやかにそう言うと、席を立った。
「お二方。時間です。万事、手はず通りに。」
そう言うとヴィロフォルティの横に並ぶ。二人は立ち上がり、彼に礼をする。
「再度、ゴートシープ商会をご利用頂き、有難う御座います。ヴィロフォルティ様。貴方様のお力に添えるよう、微力を尽くす所存でございます。」
メルキャトは言い、頭を垂れる。レウィも同じく礼をする。
少し他人行儀なメルキャトとレウィに違和感がある。それを確かめようとしたとき、アローズィが彼の手を取る。
「ヴィー様。詳しい話は商会に戻る道すがらにお願いいたします。今の二人は”依頼”の重大さに困惑しているようで御座いませば。」
「お心使い、感謝いたします。アローズィ様。」
メルキャトが再度礼をする。
「では参りましょうヴィー様。お二方。」
玄関を出れば、ドラゴンは首を挙げ、メイドが勢ぞろいし、一斉に礼をする。
言葉も無い二人に代わり、ヴィロフォルティはアローズィに問うた。
「どういう事なの?」
「お見送りにございます。ヴィー様の御勇姿を皆にも見せたいと思いまして。」
「大げさじゃないの?」
「ヴィー様がお戻りになられる時は、ヒトがいまだ成し遂げた事の無い偉業を成すときです。これでも控えめなのです。」
「よくわかんないけど、みんな有難う。」
そう言うと二人を促し、馬車へと向かう。彼が振り返ればアローズィから声がかかる。
「吉報をお待ち申し上げております。」
そう言い、頭を垂れた。
レウィが振り返ったとき、アローズィの後ろに、彼女よりも頭一つ背の高いドレス姿の女性が見えた気がしたが、メルキャトに促され、前を向くのだった。
帰りの馬車の中。中央に剣は寝かされ、バランスを取っている。
車中ではだれも、何も口を開かなかった。
メルキャトは腕を組み、なにか考えている様子だ。レウィは俯き、指を噛んでいる。
ヴィロフォルティは流れる景色を見ながら、フィニスが歌っていた曲を口ずさんでいた。
「ヴィロフォルティ様、あんたは何も聞かされてないのか?」
メルキャトが口を開いた。
「何が?」
流れる景色から眼をそらさず、ヴィロフォルティは言う。
「風の将と勇者と魔王。コレだけの相手を、殺しきるのか?」
「アローズィは言ってたよ。やるかやらないかじゃなくて、するんだって。僕と、この剣があれば、できる。」
「そもそも貴方は、何者なんだ?あれだけ御館様とアローズィ様が気にかける、あんたは何なんだ?」
「親を野盗に殺された、ただの農民の子供だよ。死に掛けた妹を助けたくて、神殿の宝珠に手をかけたら、呪われた。それだけだよ。」
「それだけの子が、こんな大それた事をするわけが無い。」
ここで初めて、メルキャトに向き合った。何も気負う事もなく、淡々と告げる
「僕は弱い。だから誰も助けられなかった。家族や皆を助ける為には強くないといけないんだ。その三人を倒す事で強くなるなら、僕はやるよ。」
「それで十分じゃないのか?まだ先があるのか?」
「まだ足りない。僕は死なないだけで、実際には、何度も殺されている。これじゃ駄目なんだ。」
メルキャトは言葉を続ける事が出来ない。
「お父様。あたしはヴィロフォルティ様の言葉がわかる。どんなに強くなったつもりでも、届かないと思わせられる相手がいる。何をしてもどんな準備をしても、足りないの。」
「ヴィロフォルティ様。レウィ。圧倒的な力を求める先には、修羅しかないんだぞ。」
天を仰ぎ、紡いだ言葉はもう、それしかなかった。
レウィはただ頷き、ヴィロフォルティは答えた。
「師匠のお墨付きだよ。僕は修羅の道を選んだんだ。」
馬車はフロントラインに着くと、商会に向かった。補給と、魔領に行く為の準備だ。
メルキャトと店主は話を詰める為に執務室にあがり、ヴィロフォルティとレウィは補給の監査をしていた。
次々に仕事をこなしていくレウィを、彼は眺めている。
ひと段落着いたのか、レウィがやってきて、彼と並ぶ。
「行き先は悪徳の街よ。風の将に目通りは叶ってる。時間はかからないわ。」
「悪徳の街ってどんなとこ?」
「ここから馬車で10日。合法非合法、なんでも有りよ。でも、力さえあれば、何でも押し通れるわ。」
「面倒くさそうだ。」
「だから商会の力を存分に使ったの。街であたし達に絡むものは誰もいないわ。」
「信頼してる。」
そこから会話が途切れる。作業は終わり、出発を待つのみとなった二人は、黙って馬車を見ていた。
「あたしはね。魔王を殺したい。その為にずっと準備してきた。」
「魔王は僕の獲物だよ。」
「殺せれば誰でもいいの。やっと手が届くの。でも、届いた先はどうなるのかしら。」
「・・・・・・必ず次があるよ。その次もやっぱり、同じなんだ。それが修羅なんだって、師匠は言ってた。」
「・・・・・・あたしは何か間違ったのかしら・・・?」
「さあ?でも傭兵時代の師匠は言ってたよ。迷ったら、やらなきゃいけない事を思い出せ。それ以外考えるなって。」
屋敷の執務室で、フィニスは全裸で座っていた。
「アローズィ?ドレスで着飾る意味が、よく解らないのだけれど。」
「御館様。ヴィー様からずっと顔を顔を背けられたらいかがなさいます?顔をこちらに向けるのは、なしの方向で。」
「・・・・・・まあ、意味はあるのね。」
「左様にございます。」
「勇者達の仕上がりは?」
「ドラゴン3匹に辛勝。4匹目にかかっているところに御座います。」
「ちゃんと仕上がってる?」
「予定の7割ほどで御座います。」
「んー。風の将でも当てた方がいいのかしら?」
「一度は相手させた方が宜しいかとは思います。」
「勇者とヴィー達の位置は?」
「勇者側が先行中です。勇者が将に勝ち、休息を考えると、ヴィー様方が魔王城に到着するのが先かと。」
「4天王をヴィーが殺すのを見たかったけど、不甲斐ない勇者を当てるのも嫌だわ。ヴィー達にはモルスレジナを迎えにいってもらいましょう。」
「それは妙案ですね。義姉様がヴィー様の凱旋を迎える事が出来れば、さぞお喜びになることでしょう。」
「じゃあ、そうしましょうか。」
「承知いたしました。」
「モルスレジナの驚くところが見ものね。」
「御館様。悪いお顔をしておられますよ?」
読者の皆様神様仏様。
私です。
あれだけ大見得を切ったメルキャトですが
まんまと上を行かれてしまいました。
まあ、私が悪いんですけどね。
ごめんメルキャト。もっと商売を繁盛させてあげるからね。




