這い寄る何かかしら?
幕営の近くまで来れば、そこは沼地だった。恐らく魔法で作ったのであろう。幕営は遠く、周りにはスキュラが警備に当たっている。
こちらを確認はしているだろうが、動きは無く、ヴィロフォルティは沼地の前で途方にくれる。
どうしたものかと思案していれば、スキュラの一人がこちらに来る。
「何の用だ!」
やっと誰何してもらえた。ヴィロフォルティはアイテムボックスから封書を出し、それをかざして見せる。
「アローズィからの使いだ。これを渡しに来た。」
「そこにおいて、下がれ。」
「やんごとなき方からの文だそうだ。地に落とせば、俺とお前の首が飛ぶ。」
「良く使われる手だ」
「試してみろ。俺はごめんだ。」
そう言い、封書を差し出す。スキュラは仲間を呼び、一人に警戒させて、封書を受け取る。
「返事を持ち帰れと言い遣っている。ここで待つぞ。」
封書を受け取ったスキュラは何も言わず、警戒している仲間を残し、幕営に戻った。
さて、この泥沼をどうしたものか。見ればスキュラの触手の3分の2が泥に沈んでいる。自分の足では膝まで浸かりかねない。
地の利は向こう。こちらは何があったか。そう考えていると、幕営に動きがあった。中の喧騒が慌ただしくなり、哨戒のスキュラが増える。
他のスキュラより、装備が良いスキュラがやってきて言う。
「お会いなさる。ついて来い。」
そう言えば、泥沼に道が出来、そこをスキュラは器用に進む。彼はその後を着いて行った。
幕営に入れば、スキュラだけでなく、ラミアやオーク、オーガまでいる。皆、抜剣しており、ヴィロフォルティにはさらに不利な状況となった。
ブレスを使うことも考えながら、進めば中央の天幕に案内される。そこはなにやら甘い香りがしていた。
そこには半人半蛇の魔物がいた。側にいるラミアとは明らかに違う。その半蛇の部分はドラゴンの鱗に似ており、半人の部分は美しい女性だが、体色は緑で、髪はまるで水中にいるかのごとく揺らめいている。
「我は水の将。文は見た。」
そう言ういいながら、紙をひらつかせる。
「ヴィロフォルティだ。返事を貰いたい。雇い主から頼まれている。」
「良く言う。文を見よ。」
そう言うと紙を指で飛ばす。それは真っ直ぐヴィロフォルティの元まで飛び、彼は器用にそれを捕らえる。
「雇い主は中を見るなといった。契約に反する。」
「どの道お前は死ぬ。それは変わらん。文を見よ。」
そう促す水の将。なんだか甘い匂いが強くなる。
ヴィロフォルティがそれを見ると、そこには短く
[ 告 骸となれ ノビリフィーニア ]
とだけあった。なるほど。相手が怒るわけだ。
「で、返事は?」
こともなげに言い放つヴィロフォルティに、水の将は押し黙る。ラミア達は幾分苦しそうに見えた。
押し黙る将に、紙を仕舞ったヴィロフォルティは告げた。
「毒の類は効かんぞ?ここまでされたんだ。剣を抜いても文句は無いな。」
そう言うと大剣を抜き、肩に担ぐ。
直後、その尾が突き出され、ヴィロフォルティは前に出て、大剣を地面に突き刺し受け止める。天幕を押し出され、10歩程度動いたところで止まる。
オーク共が押し寄せるが、彼に近付いた途端動きが悪くなり、中には剣を取り落とすものもいた。
彼は手近にいた数匹を一刀に伏す。まだ意気盛んなものは、剣を振りかぶり、また、突きを繰り出す。
向かってくる者を切り払い、再度天幕に進む。甘い匂いはここまで漂ってくる。
天幕の一部が淡く光るのが見え、天幕を破り、氷の槍が飛来する。初動がわかれば対処は容易い。彼は自身に近いものだけ打ち落とし、天幕を目指す。
何度も槍を受けているうちに、狙いが正確になり、彼はそれをかわすだけでよくなった。流れ弾はオークやスキュラを貫き、彼に近付く事が出来なくなる。
引き付けては避け、右に左に動きながら進めば、足元に違和感。淡い光が見えた。
それは彼の間合いを掴んでいるかのように広がっており、避け様が無い。彼は剣を盾にして立ち止まり、左手で大地を殴った。すれば淡い光は砕けるが、今度は氷槍の集中砲火。剣の影に入りじりじりと進むが氷槍の勢いは止まらない。
10歩ほど天幕に近付いたところで、集中砲火が止んだ。迂闊にも剣の盾を突きの構えへと転じてしまう。そこに尾の一撃が天幕ごと彼を襲い、咄嗟になぎ払うが、尾はすでに無く彼の体は天幕に隠れた。そこに再び氷槍と今度は拳大の霰の集中砲火。切り裂いた天幕の隙間から大剣が見え隠れするが。氷槍のいくつかは彼を貫いていた。
集中砲火のおかげか天幕はぼろぼろとなり、視界は確保できた。しかし動きにくい。
水の将の姿は露となり、甘い匂いは当たりに漂い兵共がばたばたと倒れる。満身創痍のヴィロフォルティをみるや、にい、と口元を吊り上げ笑う。
「まあ、良く保ったほうかえ。氷漬けにして魔王様にお見せしようか。」
そう言うと魔法陣を展開し始める。
「話が早くて助かるが、まだ2人残ってる。」
氷槍が突き刺さったまま、ヴィロフォルティは駆け出す。ラミア達が盾となり、水の将は下がる。一刀の元にラミア達を切り伏せるが、その隙に分厚い氷の壁が出来あがる。
彼は剣を収め、壁に取り付くとその両手をもって氷を砕きながらよじ登る。スキュラたちの槍の投擲を受けるが、気にも留めず上りきり、剣を抜きざま飛び降りる。
大地から氷の針が生まれ、大剣でなぎ払うも彼は、宙に縫いとめられた。
どうにもやりにくい。彼は思う。
自分の得手と魔法の相性がこうも悪いとは、予想外だった。アローズィから忠告はされてはいたが、随分と甘く考えていたようだ。
彼は反省する。するが事態が好転するわけではない。幸い死なぬ体だ。ここは死んだ振りと行くか?
否。子供だましで何とかなる相手とは思えない。
「このまま氷漬けにしてくれる!」
水の将の前に魔法陣が展開される。隙を作らねば詰む。彼は剣に問う。剣はしぶしぶ同意する。
全身の力を持って、大剣を水の将に投擲。大剣は魔法陣を砕き、肉薄する。
寸前で大剣をかわす水の将。人形のその体に、一筋の傷ができている。その端正な顔を歪め、ヴィロフォルティがいた方を見るが、そこに彼はいない。
氷の針を自重でへし折り、水の将に走り寄っていた。
相手の基本武器は魔術。ならばそれが使えぬ位置に行けばよい。ヴィロフォルティの出した答えはそれだった。
間合いまであと少しのところで、足元に違和感。鎧が促す。彼は全力で水の将の尾に飛びついた。
抜き手が走り、ぞぶりと左腕が肘まで、その尾に埋まる。しかし右手と両足が滑る。
水の将は尾を振り回し、大地に叩きつけヴィロフォルティを振り払おうとするが、彼の左手はそれを許さない。
流石にその衝撃は凄まじく、肋骨と全身の骨の何本かが持っていかれる。全身を龍化し、体全体を締め上げた。
途端、気が飛びそうな痛みが走るが、勝機は今だけ。
身体強化を両腕、両足に集中させる。右手の篭手を突き破り龍の爪が現れる。足もまた同じく、ブーツを突き破り龍の鉤爪が露になる。
これで手が増えた。
大地に叩きつけられ、宙を舞いながらも、ぞぶりぞぶりと腕と鉤爪を水の将の体に突き刺し、前へ進む。人形の体に近付いていく。
「離れろ虫めが!」
将はそう言い、尾を振り回すが、彼が離れる事はない。彼が動くたび、鋭い痛みが走る。尾を自切しようと考えるが、もう遅い。
喚き、自軍の将兵を押しつぶしながら、のた打ち回るが、彼が離れる事はない。
「何故落ちぬ!?何故死なぬ!?」
体をくねらせ、両手を氷の鉤爪と化し、ヴィロフォルティを襲うが、龍の鱗に弾かれ、深手を負わせたと思えば、すぐに再生する。
「何なのだ!?貴様は!?何故死なぬ!?何なのだ!?」
叫びは響くが、彼には届かない。ぞぶりぞぶりと人形の体に近付く。彼が思うは、その首のみ。
水の将は生れて初めて怖気を震った。魔法を弾くどころか、何をしても死なぬ。そして体に取り付き痛みと共に半身を目指し、這い寄ってくる。
こんな人間は知らない!こんな生き物は知らない!
「くるな!来るな!」
絶叫を上げ、爪を振るう。それはもうすぐ半人の体に取り付く。いくら爪を振るっても鱗に弾かれ、深手を負わせても再生する様は悪夢だった。
それは左手を抜き手の形に振り上げ、その半人半蛇の境目に突き立てた。生れて初めての絶叫を上げ、その顔を、その眼を見れば金色の瞳に狂気が宿っている。
こいつは自分を殺すまで止まらない。
そう思った時には、右手が腹部を貫き、血を吐く。その手でそれを掴み、引き剥がそうとするが、腕は離れず、足は尚も体に食い込む。
右手が体の何かを掴む感じがし、左手が抜かれ胸郭に突き刺さる。
声にならない絶叫を上げ、意識が飛び、その手から力が抜ける。
右手が首に係り我に返るが、左手は心の臓を抉り取った。半人半蛇のその体は即死を許さず、意識はまだ残っていた。
無意識にそれから逃げようと顔をそらすが、足の鉤爪が、腹部を抉り、体内に入り込む。両手はその顔を掴んだ。
それは言う。
「俺はな?」
ごきりと音がし、顔が背中を向く。そうしてそれは顔を引っ張りぐるりと円を描き、ぶちりぶちりという音と共に、その首を引き抜いた。
「体が丈夫なのが取柄なんだ。」
その巨体が倒れこむのを利用し、ヴィロフォルティは地に立つ。
龍化を解き、大剣を探す。離れたところにあるそれを目指し、首を掴んだまま歩き出す。将兵は返り血を浴びたその姿に慄き、彼が近付けば我先にと後ずさる。
そうして剣を手にすれば、抗議の声。
「ごめんよ。でも、ありがとう。」
彼が言えば、不満はあるものの、落ち着いた様子がある。
大剣を背に負い、ぐるりと当たりを見回す。そう言えば頼まれ事があった。
「そこのおまえ。」
声を掛けたのは1体のスキュラ。そいつは怯えきっており、こちらの呼びかけにも、手に持つ首に気を取られ話にならない。
さらに見回すが、頼まれ事のそれらしい姿が無い。
「まあ、抱えれば良いか。」
彼は無事に、幕営を出ることが出来た。
「今回も血塗れなのね。あ、近付かないで。毒で死にたくない。」
レウィは溜め息と共に、そう言う。
「血も毒なんだ。」
「ナーガ種の血肉は毒よ。近しいものだけが平気らしいけど、あんたは規格外ね。」
「川に浸かってくるべきだったかな。」
すんすんと体の臭いを嗅ぐヴィロフォルティ。
「それで馬は?」
「見当たらなかった。」
「でしょうね。そんなことだと思ってたわ。」
「あのさ。鍛冶屋に行きたいんだけど。前の村の。」
「それはいいけど、あたし、あのジジィ嫌い。」
二人は元来た道を歩き出した。今回は真っ直ぐに向かえるから、少しは日程も短くなるはずだ。
「親方の親方だからね。癖も強いさ。それより防具が壊れたから、手直しして欲しいんだよね。」
「・・・・・・あー。街のスラムでよく見かけたわ。その格好。」
読者の皆様神様仏様。
私です。
颯爽と敵を打ち倒す主人公より、敗戦濃厚な場面で敵を討つ主人公が好きです。
特にべたべたな泥仕合で敵に這い寄るなんて大好物なのです。
特殊な嗜好なのか書いてくれてる作品はとても少ないので、自分で書きました。
とても楽しかったです。(コナミ感




