お腹も空くわよね?
幌馬車は半日ほどひた走り、とある川のほとりで止まった。
馬代わりの魔物を放し、水を与え、積み込んでいた岩塩を舐めさせる。
持ってきた桶に水を入れ、幌馬車に戻れば、ヴィロフォルティは横になっている。
今は大分熱が引き、近づけるまでになっている。鱗側はそのままに、人の体はほぼ再生が終わっている。
彼女は布を水に浸すと、適当に絞って鱗を拭く。瞬く間に布越しに水がお湯になるのがわかる。
何度か川と幌馬車を往復し、体を拭いていたところでヴィロフォルティが目覚めた。
「眼が覚めたのね。まだ熱いから、川で水を浴びてらっしゃい。食事は我慢して。それからアローズィ様から連絡があったわ。」
彼は頷くと、少しふらつきながら川へと入っていった。
十分に体が冷えると、眠気は続くが動ける様になってきた。
馬車にもどればレウィは仁王立ちになり、ヴィロフォルティは睨んでいる。
「あたしはわりと寛大って評判なの。言い訳を聞くわ。」
「時計って奴の使い方が分からなかった。俺の村で時計を持っているのは教会と村長の家くらいしかなかった。」
「それだけ?」
「それだけだ。」
レウィは口を開くかどうするか迷ったが、いまさら何を言っても遅い。追手は来ないし、なによりヴィロフォルティの体の方が気になった。
「・・・・・・分かったわ。馬車は燃やしてこれからは徒歩で行くわ。」
「アローズィはなんていってた?」
「手紙が来たのよ。”黒の森”へ行けって。」
「場所は?」
「知ってるわ。あそこは中立地帯。暫らく身を隠しましょ?」
「承知した。」
その後、ヴィロフォルティの体や体調を確認した後に、魔物を放し、馬車を焼き、二人は出立した。
黒の森への道のりは2日を要した。
道中のヴィロフォルティの動きは精彩を欠き、それでもレウィがてこずる相手程度は難なく退けたが、どこか動きが悪かった。
睡眠を欲し、食事も出来るだけ確保するようにした。
途中、村に立ち寄っては宿を借り、口止め料の目的で必要以上の金銭を与えた。
痕跡を残すのは得策ではないが、彼の体調不良と食欲を考えると、止む終えなかった。あとは、金銭がどれだけ彼らの口を塞ぐ事が出来るか、旅路は急ぐ必要があった。
森まで近付けば、なるほど黒の森だと思った。
木々は密集しうっそうとしており、森の中で空を見ることは適わないだろうと予想した。
中に入れば縦横に伸びる根に邪魔をされ、歩みは遅く、二人をして疲弊させた。そうして数刻も歩いたところで、小さい広場に出た。
人の膝ほどの岩が幾何学状に配置され、何かの祭壇を思わせる雰囲気だった。
レウィ携行食を準備し、ヴィロフォルティはうつらうつらしている。体の鱗は除々に引いており、顔は人の皮膚となり、首の辺りまで後退している。
右腕の鱗も指先に残る程度にまでなっている。
ヴィロフォルティに糧食を与え、レウィも食事を取ろうとしたとき、ヴィロフォルティが剣を抜いた。
視線の先を見ればそこに人型が、人の女性の形を模していた。それは宙を漂っており、こちらを見ている。
レウィは呟く。
「スプリガンよ!なんて間の悪い!」
ヴィロフォルティの剣先は僅かにぶれ続けており、本調子でないのはひと目で分かる。
森の妖精を守護するスプリガン。今敵対するのは非常にまずい。戦闘になっても負けはすまいが、この状況では苦戦する事は間違いない。
だがスプリガンに動きは無く、それどころか半身を引いて、こちらを見ている。
明らかに誘っている。
敵意が無いと見るやヴィロフォルティは剣を収める。鎧がなぜか動けと促す。スプリガンは後ろを向き動き出す。
「行こう。レウィ。とりあえず着いて行ってみよう。」
二人はスプリガンの後を着いて行った。
その道中は打って変わって楽なものだった。
スプリガンが進めば、木の根は道を開け、難なく歩く事が出来た。
半時も歩けば開けた場所が表れ、そこには二人の女性とエルフ達がヴィロフォルティら二人を出迎えていた。
そこに居たのはアローズィと、何かの精霊と思われる雰囲気をした女性だった。
ヴィロフォルティは力を抜き、若干おぼつかない足取りで、二人に近付いた。
「ヴィー様。火の将撃破を確認いたしました。今は大変お疲れのようで御座いますね。皆に寝所を用意させました。まずはゆるりとお休みください。」
アローズィはそう言い、ヴィロフォルティの手を取る。
「ドライアド。あなたはレウィ様と話を。」
そう言うと、エルフ達に指示を出し、ヴィロフォルティを連れて行く。
ドライアドと呼ばれた女性はレウィに近付き、話しかけた。
「初めまして。隠された魔の王女。私はドライアドのネイ。アローズィ様よりお情けを受け、あなた達に助けを請うものです。」
「・・・・・・。どこまで知っている?」
「全て。草花は意外と噂好きなのですよ。」
「情報源が増えたと喜ぼうかしら?」
「あなた様とヴィロフォルティ様次第。黒の森をお救いください。」
「話を聞くわ。まず、落ち着く場所を提供して貰えるかしら?」
それからヴィロフォルティは三日ほど寝込んだ。
戦闘と逃避行の無理が祟り、熱が出たのだ。これは驚くことだった。死なず、飢えず、病にすら冒されない。そんな体が不調になるなど、今までに有り得なかった。
本人はその意識が無く動こうとするが、どこかふらつき、おぼつかない様はアローズィが何度も、ベッドに連れ戻す事になった。
「ヴィー様。今のあなた様は体が変化している時に御座います。どうか安静になさってくださいますよう。」
体の鱗は元に戻り、侵食していた部分はその痕跡すらない。
「食事くらい自分で出来るよ・・・。恥ずかしいから、止めてよ・・・。」
「私めの楽しみを、ヴィー様は奪おうとなさるのですか?アローズィは悲しいのです。」
よよと横を向き、目頭をハンカチで拭うアローズィ。
「もう。ばればれだよ?それに量が足りないんだ。」
「でしたか。さすがヴィー様。良くぞ見抜かれました。食欲が出てきたという事は、随分と回復され
たご様子。御館様よりこれをお飲みになる様、申しつかって御座います。」
ポーションの小瓶に入っているそれは、鮮やかな赤をしていた。
「それは?」
「御館様の尊い血液に御座います。失礼ながら、前回の戦闘では随分と無茶をされていたご様子。御館様の血肉が幾分暴走されていたとの事で御座いました。」
「見てたの?」
「・・・あれから日がたって御座います。ヒトの噂も流れてくる頃でございますので。」
「そうなんだね。じゃあ貰うよ。」
小瓶を受け取り、封を開ける。
「ヴィー様。ヴィー様は剣と鎧の声をお聞きになられるご様子。御館様の血肉もまた、同じに御座います。己をしっかりと保たれますよう。」
それを聞き、頷くヴィロフォルティ。そして小瓶をあおった。
鉄くさいが、何故か甘みのあるその血を飲み干すと、はじめはなんとも無かった体に変化が起きた。
凄い勢いで鱗が再び、体を侵食し、他の部位まで鱗が生え始める。バリバリと歯軋りをし、唸り声を上げる。
シーツを引き破り、シャツを引きちぎるとベットから転がり落ち、のた打ち回る。
アローズィは部屋の隅に引き、恍惚の表情でヴィロフォルティの狂乱を見守る。
顔を仰け反らせ、裂けるほど大きく開かれた口には無数の牙が見える。両の指先は鋭い爪に変わり、己の肩を抱き、その鱗に食い込み血を流させる。
狂態は数分続き、ヴィロフォルティのその口に、淡い何かが形成されようとした時、彼の体から力が抜けた。
アローズィは彼に近付くと、その体を抱え上げ、ベッドに寝かす。
眼を開いたヴィロフォルティはアローズィの顔を見上げる。その瞳は両眼とも縦に割れ、虹彩は金に光っている。
「アローズィ・・・・・・。合格・・・かな・・・・・・?」
「御館様なら落涙されている事で御座いましょう。ヴィー様は、やはり特別な方です。アローズィもとても嬉しく思います。」
「もう少し・・・眠るよ。・・・・・・おなかすいた・・・・・・。」
そう言い残し、彼は規則正しい寝息を立て始めた。
「御館様の血を受けた者は、皆、呑まれますのに・・・。素晴らしいです。ヴィー様。」
その時、彼は夢を見ていた。
小虫を踏み潰し、同族を引き裂くのは、とても心地好かった。己の強さがはっきりと分かり、爽快だった。
健気に立ち向かうものを弄び、蹂躙する様は、彼の喜びだった。
強者が弱者を蹂躙する。当たり前のことに思える。それが理のなのだから。
だが、それに少しの違和感がある。彼は違和感を無視する事が出来ない。
それは時に、彼の命を救うから。
内なる声は言う。
殺せ。犯せ。引き裂け。喰らえ。蹂躙せよ。
同時に思い出す事がある。
打たれ、犯され、引きずり回され、嬲られた記憶。
声がする度、それを思い出し矛盾で吐きそうになる。
何かを吐き出さねば。胸のうちにある何かを吐き出さないと死にそうになる。吐き出して、焼き払わねば!
炎が上がり、煙が立ち上る街を消し去らねば気がすまない!
狂気にも似た感情のなか、視界に小虫が見えた。
その子虫の顔も、はっきりと見えた。小虫の口が何かを言った。
焼き払え!
声はさらに響く。その声はどこか知っている感覚があった。大剣と鎧はどこだ?
焼き払え!
声は響く。うるさい!妹を殺させるか!その怒声に声は黙る。
眼を開ければ、アローズィがこちらを見ている。
「アローズィ・・・・・・。合格・・・かな・・・・・・?」
見上げたアローズィの眼尻は少し光って見えた。
読者の皆様神様仏様。
私です。
パゥアアップ回です。
これでヴィーさんも無双できますよ!
でも泥臭い戦い方って、好きなんです。
私。




