殴り込みよ?
ヴィロフォルティの雄叫びに声が答えた後、扉が灼熱化し、溶けはじめる。
そこから顔を出したのは、赤銅色の皮膚に、燃える目と髪をした魔人だった。
彼は剣を担ぎ、軽く手招きして相手を挑発する。
「混ざり物にこうまで近寄られて、大将は大変だな?」
そう言うヴィロフォルティに、魔人は雄叫びで答え、駆け出す。
ヴィロフォルティは頭に叩き込んだ見取り図で、広場を目指す。邪魔なものは大剣でなぎ払い、叩き壊し、最短ルートを作ってゆく。
広場に出るとそこには兵士達が集まっており、彼は魔人を背に、その中を駆け回り場所広げてゆく。
十分な広さになり、他の兵達が萎縮したところで、彼は魔人に向かいあった。
身の丈はヴィロフォルティの2倍。その体から出る熱は、十分な間合いを取りながらも、人の肌が焦げるかと思うほど熱い。
「地の将を殺めたるは貴様か。」
「奴は強かった。今までで一番死線が近かった。お前はどうだ?」
魔人はその言葉に動じることなく、言った。
「混ざり物とは言え、その力は本物。俺の部下になれ。」
「あいつは豪胆だった。あんたは柔軟なんだな。魔王の部下は、良い奴が多いと見た。」
「混ざり物風情が、魔王様と俺達を語るか。不遜なところも気に入った。」
「欲しければ、力で手に入れろ。」
「焦げた死体は部下にならん。」
「じゃあ、そう言うことだ。」
雄叫びと共に、火炎が吐き出される。ヴィロフォルティは右に左に間合いを取り、その炎は兵達を焼く。
身体強化をかけ、円を描くように立ち回り、死角を探る。
魔人が腕を振る。
彼のゆく手に魔法陣が描かれ、熱を発する。そこに飛び込むかのように進めば、左手の手刀を突き出す。
魔法陣は砕け、淡く消えてゆく。
『これは魔法そのものを弾きおった。こんなのは龍種以外に有り得ん。』
その言葉を思い出し、咄嗟に使ってみたが、いける。これは使える。
さらに魔法陣は展開され、彼を包むが、大剣を構えれば任せろとばかり、最適な構えと位置を伝える。
一閃。
斬られた魔法陣は、これも淡く消え、魔人は思わず動きを止める。
肌が焦げるのも厭わず、間合いをつめ、まずは突き。
剣の前に展開された魔法陣は3つ。うち二つを砕き、剣は止められ、炎が吐き出される。
避けることは出来ないと判断。大剣を横に向け、鋭い風切り音と共に扇のように、振り炎を散らす。
『魔法は斬ろうと思えば斬れるから』
ここまでの至近距離だと、ヴィロフォルティの髪は燃え、肌は焼かれながら、再生し、再び焼かれるを繰り返す。
足元に陣が張られれば、右足で踏み消す。
破裂音と共に、下段からの突き。魔人は紙一重でかわし、その手に白化した炎の剣を作り彼に振り下ろす。
さらに内に入れば、その身は炎を上げ、ヴィロフォルティを焼く。
魔人は間合いを取ろうとするが、身を焼く熱さを気にもしない彼は剣の突きで、追いすがる。
そうするうち、足元に違和感を感じた。すぐさま飛びずさり、間合いを広く取る。
見れば魔人の足元は溶け出し、溶岩の沼然となっている。ドラゴンの皮で作られた靴は、びくともしないが、足元が取られるのはいただけない。
魔人は今までに無いやりにくさを感じて攻めあぐねていた。
今までの敵は、この身の熱さに近付く事はせず、魔法戦を挑むのが常。近付くにしても、耐熱装備を整えて来た物だが、それも長期戦に持ち込めば、やがて疲弊し、焼かれるのが定石だった。
ところがこいつは身が焼けるのも厭わず、内へと入り、猛攻をかける。どんな手を使っているのか、魔法すら掻き消す。
今までの常識が一切通用しない。
対してヴィロフォルティも、攻め辛さに苛立っていた。龍の手足はいい。炎を物ともせず、暑さを感じこそすれ、動きに支障はない。
問題は人の体だ。身が焦げ付くたび、動きは鈍くなり、隙が出来る。いくら再生するからとっても、瞬時ではない。
それに熱で眼球が白濁するのがいただけない。半分音と勘を頼りに戦っているようなものだ。
相手も足元を溶岩化し、対策してきた。
ぱっと思いつくのは、ぎりぎりまで近付き飛びかかり、剣で突く方法。隙が大きい上、使いどころが限られる。
後は身が焦げおちるのを覚悟で取り付き、首を狙う。だが、得物は?
お互いが攻めあぐね、魔人は魔法で火球を生み出し、数でヴィロフォルティを攻める。
彼はそれを剣でいなし、左手で叩き落とす。
お互いが決め手の無いまま四半時が過ぎようとしていた。
ヴィロフォルティの体の内に、何か言い様の無い物が溢れかえっていく。相手は魔法の手数は多いものの、今の彼にはほとんど対応できるのもばかり。
時だけが過ぎ、長期戦というには、余りにもくだらない時間だけが過ぎる。
相手が火球の飽和攻撃を仕掛けてきた時点その時。
彼の中で何かが切れた。
今までに無い咆哮が彼の口からあふれ出る。それは火球を全て消し去り、兵舎を揺らす。
その小柄な体からは想像も出来ない咆哮。
龍の咆哮だった。
左手の鱗は彼の左半身を侵食し始め、顔の左は鱗に覆われ、瞳は龍の瞳となる。
視界が鮮明になると、相手の動きが今まで以上に良く判る。自分の特性に任せた隙だらけの動きだ。
右手も指先から鱗が生まれ、侵食を始める。
大剣が違和感を発し、彼を拒絶する意思を見せる。彼はそれを怒りと共にねじ伏せ、鎧は彼の体を受け入れるかのような気配を見せる。
あたりを満たす熱気は気にならなくなり、彼は自身の感情のままに、魔人に近付いてゆく。
魔人が何か言っているようだが、何を言っているのか、理解する気にならない。弱者の戯言を喜んで聞く強者は居ない。
溶岩の大地を踏みしめ、くるぶしまで迫るそれを蹴散らし、魔人の前に陣取る。
体格は大人と子供のそれだが、今は自分が魔人を見下ろしている感覚がある。
魔人は白化した炎の剣を振るうが、それを右腕で掴む。魔人が炎を吐き出すが、内に溜まっている何かを咆哮と共に吐き出せば、それは掻き消える。
ヴィロフォルティは思う。
何と無様な敵に時間を掛けたのか、やはり己は弱い。
大剣を上段に振り上げ、命じる。
両断せよ。
左手一本で軽く振り下ろせば、破裂音と共に、奴の体は縦に別れ、左右に倒れた。
なんともくだらない戦いだった。己の不甲斐なさにはらわたが煮えくり返る。
振り返り兵舎を後にする。兵士どもは萎縮し、向かってくるものは誰一人居ない。情けなさ過ぎる!
溜まった鬱憤を兵舎の入り口に吐き出せば、門は弾け飛び、通りが見える。
彼は悠然と歩き出し、はたと思い出した。アローズィから渡された手紙があった。
振り返り、アイテムボックスから封書を出せば、彼はそれを指でほおり投げる。
彼は踵を返し、門を後にした。
封書は魔人の元に届き、今なお残るその熱で、燃え尽きた。
レウィの準備は万端だった。
あとはヴィロフォルティが動く夜を待つのみで、逃走用の幌馬車を兵舎の近くに横付けし、ブラフの人足にダミーの箱を運ばせる。
火の将が兵舎に入っていくのを見た。
なんとも嫌な予感がする。ヴィロフォルティのような、あの手の輩は、時として手に負えない何かをやらかす。
彼女は身構え、人足共をせかし、幌馬車を空にさせる。
途端、兵舎から咆哮が上がり、彼女は体を硬直させると、溜め息をついた。
馬のような魔物が怯え始め、兵舎からは破壊音が響く。
一旦離れた方がよさそうだと判断した彼女は、慌てる町人とともにそこを離れた。
馬車を引く魔物が怯えない程度に離れたところで、彼女は幌馬車の向きを元来た方向に向け、止める。
なんとも嫌な予感がする。
そう言うときこそ予想は当たるもので、ものすごい咆哮が聞こえ、街を歩く気の弱いものなど、その場でひっくり返った。
勿論馬代わりの魔物も暴れ出し、レウィは慌てる。
聞こえてきたアレは、ドラゴンの咆哮に似ていた。いや、それ以上の何かだった。
ようやっと落ち着かせてみれば、兵舎の門が吹き飛び、ヴィロフォルティらしき人影が歩き出てきた。
急いで幌馬車を走らせ、彼の前につける。
「早く乗って!!」
ヴィロフォルティが飛び乗ると幌馬車は激しく揺れ、それに構わず馬車は走り去る。
城壁を駆け抜け、荒れた道をひた走る幌馬車に気を配るものは、誰もいなかった。
幌馬車の中はなんとも焦げ臭く、ヴィロフォルティのすがたは一際異様だった。
マントは焦げ、その魔法の効果も一部失われているように見える。大剣は熱を持ち、馬車を焦がす。
右手腕は一部炭化し、再生が遅い。
鎧を外すとそれも床を焦がし、靴を脱げば左足も炭化し、ぼろぼろと崩れ落ちる。
服は焼け落ちその体があらわになれば、ちらと後ろを見たレウィが息を呑むのが聞こえる。
左半身のほとんどが鱗を纏い、右腕にも指から二の腕まで、鱗が覆っている。
その体からは熱気が漂い、風が抜けているはずの幌馬車の室内温度を上げている。
彼は背嚢を置いてきた事を少し後悔した。アレには回復ポーションや薬が入っていた。よもや自分がこうも深手を負うとは思っていなかった。
いつもならあっという間に回復する体も、今回に限っては遅い。じくじくとした痛みが、いつまでも続く。
何より眠い。
「レウィ。悪いが少し眠る。それから、約束を違えてすまなかった。」
「そんな事は良いからじっとしてなさい!落ち着ける場所まで行ったら、体を見てあげる!」
その言葉を最後に、ヴィロフォルティの意識は闇に沈んだ。
読者の皆様神様仏様。
私です。
火傷って直りが遅くて嫌ですよね。
でもかさぶたをはがすのが楽しいのです。




