出発よ?
屋敷では、最後の打ち合わせが行われた。出発は積荷の都合で明後日と決められた。
ヴィロフォルティは一旦屋敷に戻り、フィニスにおもちゃにされ、アローズィに身体強化と初歩の魔法を学んだ。
苦手であった身体強化を何とか克服し、火種や水なども、とりあえず出せるようになった。
フィニスにからかわれながらの鍛錬は、中々に厳しかったが。
出発当日の夜。
ヴィロフォルティの姿は町にあった。荷馬車は町の外れにおり、その数は10に上った。
それぞれには幕が掛けられており、中に何が入っているのかは判らない。
「俺とヴィー様は前の馬車だ。」
彼は何も言わず、メルキャトの後を着いて行く。
その荷馬車だけは、荷があまり積まれておらず、ヴィロフォルティを乗せて調度良い按配になった。
おそらく、店主から彼が自分の重量を気にしているのを、聞かされていたからなのだろう。
彼としては、思ってもみないことだったが、まあ、ちょうど良かった。
下弦の月が中天を目指す頃、商隊は出発した。
整備されてはいるが、わだちの目立つ街道を抜け、隠された獣道を見つけ出し、森へと入る。
フードを深くかぶった、御者の隣にいるメルキャトは言った。
「ここには野盗の類はいないから、眠っていても大丈夫だ。この商隊を襲う馬鹿は、ヒトにも魔族にも居ない。それに到着は明け方になる。」
「俺は寝なくても平気なんだ。あんたこそ、寝といた方がいい。何なら場所・・・は代わるとまずいな。」
「いいさ。適当な場所で寝とくよ。じゃあ、お休み。」
そう言いながら、もそもそと荷台と御者台の間に入り込む。
森は深く、夜空すら見えない。頼るのは御者席にいる魔族の眼だけだ。
ヴィロフォルティはそれを見届けた後、とりあえず眼を瞑った。アローズィの教えてくれた、魔力での気配探知を試しながら。
夜は白み、日が射そうかという頃、メルキャトは起き出し、御者台に腰を据えた。
「もうそろそろ町が見えてくる頃だ。」
そう言い、手をかざし遠くを見る。そちらを見れば薄く射す日の他に、篝火の様な点が見えた。
あれが目指す町らしい。彼はそう当りをつけた。
日が昇りきる頃、町の入り口に着いた。
ヴィロフォルティは、ヒトの町となんら違いのないその景色に、違和感すら感じた。
「驚いたろ?ヒトも魔も、そう変わらないんだ。」
メルキャトの言葉に素直に頷く。まさに見ると聞くとでは大違いという奴だった。
商隊はそのまま町に入っていく。まるでフロントラインそのものだ。
番兵もおらず、鎧を着込んだ魔族と思しき者が町を歩いている。不思議と負傷者の姿が見えないのが、唯一の違いだ。
荷馬車は進み、その後ろを魔族の子供達が追いかける。
体のサイズが違うだけで、これもヒトと同じだ。
「もうそろそろ着く。すぐに俺の店に入ってくれ。」
フロントラインにある”商会”と同じ建物が見えてきた。
「あそこの作りはフロントラインの”商会”と同じにしたんだ。使い勝手がよくてな。」
荷馬車は整然と、”商会”の裏手にある広場へと入っていく。そこだけは、フロントラインの商会と違い、広々としていた。
そうして、巨人種の荷役が檻や木箱を次々と降ろしてゆく。
さすが魔族。効率はヒトのそれとは大違いだった。あっという間に荷は降ろされ、荷馬車は別の場所に移動する。
「ヴィー様。あんたはこっちだ。」
メルキャトは何語かで指示を出すと、彼をつれて”商会”の中に入っていった。
中も確かにあちらの”商会”と同じで、天井の高さと、ドアのサイズだけが違っていた。
「気にせずどこでも掛けてくれ。ここには重量級の客も多いんでな。」
「眼と耳は?」
「気にしてるのはヒトと、魔王軍部の連中だけだ。ヴィー様には悪いが、俺らは”食料”と”物資”を運んでいるだけなんだ。ご禁制の品なんてない。あるとすれば、あんたただ一人だ。」
彼は気安くソファーに沈み、ヴィロフォルティに問う。
「早く出立つしたいだろうが、俺が案内ができない。だから人を用意した。」
「俺がどこに行きたいか知ってるのか?」
「手紙にあった。ノビリフィーニア様は魔王城までの案内と、四天王の謁見とあった。ちょうどこの近くの幕営にそのお一人がいらっしゃる。」
ヴィロフォルティの顔に、歳相応の笑みが浮かぶ。
「ここだけの話、ノビリフィーニア様は人魔双方に巨大な名影響力がある。その名前だけで、全てが動く。ここではその名だけは出さないでくれ。」
恐れを持った声で、まさに懇願するメルキャト。
「ここでその名を出す事はないよ。約束する。誓うものも賭けるものもないが、それはない。後案内人は、自分で自分を守れる者が良い。そこはどうだ?」
「それは保障する、魔族だが姿かたちはヒトと同じだ。ただ混血になる。俺の専属護衛をしているが、腕は確かだ。俺もそいつのお蔭で命拾いしている。」
ヴィロフォルティは立ち上がり、言った。
「今、会わせてくれ。」
しっかりとしたガーデニングが施された庭に、彼らは来た。庭先は狭く、大剣を振るには少しばかり分が悪い。
つれてこられたのは、女性だった。ヒトで言う冒険者然とした格好で、軽鎧を身につけ、左手には少し大きめのバックラーがその左手を僅かに隠している。
獲物はこれも少し厚めのレイピアで、突く以外に、切るに対応させたものとわかる。
温和そうな顔立ち。垂れ気味の細目。
銀色の短髪、褐色の肌。頭には黒く太い角が二本。その頭の形に添って生えている。
雰囲気は普通の冒険者然としているが、さて技量の程は?
目の前にいるのは、オーガだ。しかも特異種。左手に少し力を入れ、殺気を放つ。
メルキャトは身構え、腰の獲物に手を掛ける。庭から離れた場所にいる子鬼が何事かとこちらを見る。
目の前の女性は構えもせず、顔色も変えず、ただにこやかにこちらを見ている。
ほんの少し、軸足をずらす。反応なし。
殺気はそのままに、力を抜く。瞬間、相手の体が僅かに動いた。だが、何もない。
ヴィロフォルティはそれを無視してメルキャトに半身を向ける。
「なかな肝が座っている方だな。」
メルキャトは何のことか判らない。
「試しているのか?」
冷や汗を垂れながら、彼は問う。
「そうだな。」
次はドラゴンだ。以前死合ったあれとは別。格上。半身のまま、顔だけを女性に向け、柄に手を掛ける。
手加減無しの気を放つ。
瞬間、メルキャトは獲物を抜き、へたり込み、子鬼は一目散に逃げ出し、他の魔物は逃げ場を探している。
女性の立ち位置は僅かだが、ずれている。彼は右手を突き放つ。
一瞬で彼女は前に出て、バックラーで突きを受けレイピアに手をかけた。彼はそれを体で制する。
「信頼できる相手だ。」
彼はそう言い、気を収めた。
「敵の攻撃に、前にでるのがいい。個人的には突きは受け流すべきだ。相手次第で、貫き通される。」
「そうしなければ、頭突きかあたしの首に噛み付くでしょ?組み合いも得意な筈、キグルイのヴィーさん。」
間合いを開け、メルキャトを見る。
「一応、あんたの情報を渡した。」
「準備を整えて相手に挑む。すばらしい。」
メルキャトに手を貸しながら、ヴィロフォルティは言う。
「合格かしら?」
「合格不合格は関係ない。自分の身を守れるかどうか、知りたかった。」
「それくらいなら。」
「相手が敵対するオーガ4匹でもか?」
「あたしなら逃げる。」
「正解だ。メルキャト、いい人を選んでくれた。」
ヴィロフォルティはメルキャトの肩を叩き、「彼女と話を詰めたい。場所を貸してくれ。」
「レウェルティ。レウィと呼んで。ヴィロフォルティ」
それから3人は応接室に入り、1刻ほど、お互いの立ち位置や役割分担、得手不得手などの情報を交換し、万が一の対応、はぐれた際の手順などを詰めた。
その後はレウィの準備に時間を掛け、ヴィロフォルティは苦手なマジックポーションなどを念のため購入し、準備を整えた。
出立は夜。幸い彼女も夜目が効くほうだった。
「世話になった。ありがとうメルキャト。」
準備を終え、ヴィロフォルティはメルキャトに向かい合った。彼はポケットから、1枚のメダリオンを渡す。
「こいつを俺の商会に奴に見せれば、無条件で協力する。入用なものがあれば、好きに使ってくれ。」
ヴィロフォルティはゴートシープの意匠があるそれを受け取ると、店の名を聞いた。
「ゴートシープ。店の名だ。場所は彼女が知ってる。それで借りはチャラだ。そのメダリオンは、俺しか持たないし、似たものを持ってる奴は数名もいない。」
「解った。彼女達には良い商人だったと伝えておく。」
「是非頼む。」
ヴィロフォルティは右手を出す。
「血の契約とは行かないが、約束の証だ。」
「ここではただの握手だ。アレはあの町でしか効力がない。」
しっかりと、両手で握り、別れを交わす。
「後100年は若けりゃ、店放り出して付いて行くんだが・・・。レウェルティ。この方を頼む。」
「会頭。お世話になるのは私のほうです。この方はあたしの遥か上にいる。」
「買いかぶりすぎだ。俺はただ死ねないだけだよ。じゃあ、案内を頼む。」
そう言い歩き出すヴィロフォルティ。
彼女その少し前に走り寄り、先導する。
メルキャトは思う。
あの女帝が気をかける人間が、ただ魔領を歩くわけがない。きっとなにか大きな流れが起きる。
吉と出ても凶となっても、商機は動く。
彼は、腹心達と話をすべく、屋敷に戻った。
読者の皆様神様仏様。
私です。
いよいよ出発にございます。




