プロポーズかしら?かしら?
邪龍は何故か、 甲斐甲斐しく彼の世話を始めた。
その中で一番初めにやったのは、彼の身体検査だった。
[あちゃー。ずいぶんと恨まれたわね、あんた。]
「そうなの?」
[不死の神罰が魂に刻まれてるね。これを解くには一度生まれ変わってみるしかないかもね。]
「そうなんだ・・・。って、絶対無理じゃん。死ねないのに。」
[まあ、そのほうが都合がいいわ。]
「え?」
[え?]
呆けたような会話をしながらも、邪龍の観察は続いた。
欠損部以外は正常。むしろ呪いのせいか、彼の体はその境遇にあってありえないほど健康だ。
殺せず、病も受け付けず、腐り落ちることも出来ない。
まさに神罰だ。
[問題は手足よねー。神罰のせいで再生化を受け付けないわ。]
彼の周りには魔方陣が幾重にも紡がれ、その体を取りまいている。
彼は不思議と、それがとても綺麗だと感じていた。
そして、暖かい。もうとうに潰えた感覚だった。
[ま、無理なら作ればいいか。]
少年は耳を疑う。また手足が戻ってくる。
[かなり痛いから、覚悟なさいな。まあ、気が狂うことも出来ないから、何とでもなるでしょ。]
言うが早いか、邪龍はその指を噛み千切り、咀嚼し、肉塊を彼に押し付けた。
そして絶叫が洞窟に満ちる。
体の中を得体の知れない何かが這い回る。それは肉を押しのけ神経に絡みつき、締め上げる。
骨を蝕み、作り変えていくのが、嫌でもわかる。
ミリミリと何かが伸びていく音が聞こえる、感じられる。脳みそが何かに弄られていく感覚がある。
切り落とされた時とも、獣にかじられた時とも、ひしゃげ潰された時とも違う、異様な感覚が彼を襲う。
絶叫は絶え間なく、半時は続いた。
[はい。出来た。]
まるで小料理でも作ったかのように、それは軽くのたまう邪龍。
肉塊に塗れ、細く息をする少年の姿は、変わっていた。
髪は白髪に、その体は褐色に、そして何より欠損していた手足が戻っている。
[まあ、暫くは動けないだろうから、眠りなさい。]
その声は、母の声に似ていた。
悲鳴と絶叫、哄笑が聞こえる。
鉄錆びの匂いと何もかもが焼け落ちる臭いがする。
彼の体は動かず、誰かを掴んでる感覚だけがする。
そして暗転。
妹が咳をする。小さく小さく、咳をする。
小さな体はもう骨と皮しかない。
彼には何も無い。
彼は決めた。視界は暗転する。
彼は押さえつけられ、何者かが斧を振りかぶっている。
声が聞こえる。
『愚か者には罰を』
激痛が2度、彼を襲う。
絶叫で彼は目覚めた。自分の声だと気づくまで、暫し間があった。
感じるのは暖かさ。
彼の周りにだけ、雪や氷が無い。
魔方陣が描かれ、そこだけは小春の暖かさ。
呆然としていた彼だが、跳ねるように何かを探す。
そして背嚢を見つけると両手で掻き抱き、深く息をする。
[あ、起きた。ずいぶんとうなされてたけど、大丈夫そうね。]
最初に聞いたときとは違う、威圧感の無い、何気ない言葉が彼にかけられる。
それを彼は不思議な気持ちで聞いていた。
もう聞くことは出来ないと思っていた、何気ない会話。
それがそこにあった。
彼の目から涙がこぼれる。
[まだ痛いの?もう、同化は終わって不具合も無いはずだけど、神罰と干渉してるのかしら?]
「わかんない・・・。大丈夫だけど涙が止まんない・・・・・・。」
[ふぅん。人間は解んないわぁ。ま、具合が悪くないなら、いいわ。]
少年は左手で乱暴に涙を拭った。何という事はないしぐさだったが、何かが違う気がした。
「・・・・・・手が!」
[分かってるわよ。大声出さないで。]
がばりと我が身の足を見やる。
「足も!」
[だから静かになさいって!]
「これ・・・あんたがしてくれたの?」
[あたしの未来の旦那様に少し早い贈り物よ。]
「だんなさま・・・?ん?」
[それはおいときなさい。で、具合はどお?]
彼は手を開けては閉じを繰り返した。
最初は違和感しかなかったが、徐々に感覚がつかめてきた。
馴染んできたそれは、まるで最初から備わっていたかの様に、彼の意のままに動いた。
だが、その腕は細かく硬い硬いうろこで覆われていた。
彼は足を伸ばす。
これも違和感があったが、馴染んでくれば腕同様に、彼の意のままだ。
そしてこれにもうろこがあった。
「このうろこ・・・。あんたの?」
邪龍は得意げに言う。
[あたしとあんたを結ぶ赤い糸ならぬ黒い鱗よ。誰にでも解って誰にも切れない黒い鱗。あんたの武器の一つよ。]
「・・・シャミ・・・。」
少年は言う。小さく、恥ずかしそうに、そう言った。
[あん?]
邪龍は心底訳が解らなかった。名乗りは戦闘の基本だ。名乗り、相手を蹂躙し、刻み付ける為の大事な儀式だ。
それを恥ずかしがるなんて、意味が解らない。それは弱者の悪癖に他ならない。
「俺、シャミっていうんだ。」
[ふぅん。そう。]
邪龍は心底どうでも良かった。
弱者の名を嗤うこともない。何も意味が無い。むしろ自分の名を貶める行為だ。
「笑わないの?」
[人の感性は解らないわぁ。でもあたしの旦那様には相応しくないわね。]
しかし邪龍は気に入らなかった。未来の旦那様が、そんな弱者の卑しい態度でどうする!
「え?」
暫しの思考の後、邪龍は言った。
[・・・・・・ヴィロフォルティ。ヴィロフォルティにするわ!]
「え?」
[あんたの名前よ!シャミなんて単語、嫌よ。ヴィロフォルティに決めたわ。よろしくねヴィロフォルティ。]
「ヴぃお・・・え?」
[う゛ぃろふぉるてぃ!]
「ヴィロフォルティ・・・。判った。」
[あたしの事はそうね・・・・・・まだフィニスと呼びなさい。]
「ふぃにす。」
[どこぞの軟弱者が広めた名だけど、まあ、そう呼びなさい。ちゃんと名前はあるんだからね!]
取って付けたようにそう言う。旦那様はまだ弱い。蛆虫以下だ。まだ自分の名を呼ばせるに相応しくない。
「解った。」
少年、ヴィロフォルティは素直にそう頷いた。
はっとして、胸に抱いていた小さな背嚢を、得意げにフィニスに差し出す。
「ニーナっていうんだ。妹だよ。」
その行為の意味は、フィニスには判らなかった。故に。
[汚い袋ねぇ]
感じたままを言う。途端その言葉に、少年ヴィロフォルティは激昂した。
「ニーナを汚いっていうな!!」
[は?、何よ急に?!]
「ニーナは村で一番可愛かったんだ!!汚いっていうな!」
[・・・・・・あん?]
感情のまま食って掛かるその様は、フィニスの機嫌を痛く刺激した。
「ニーナはまだ死んじゃいない!!ニーナは汚くなんか無い!!ニーナは可愛いんだ!!」
背嚢を胸に、彼は叫ぶ。まるで自分を全否定されたように、苛烈に言い返す。
相手が誰だか、関係ない。自分がどういう者なのか、関係ない。
言いようの無い怒りだけが、彼を支配していた。
[・・・・・・そう、狂ってるのね・・・。]
フィニスが見るその姿は、狂人のそれだった。彼のその瞳には、妹の死を受け入れない、得体の知れない何かがあった。
そしてフィニスは、嫌というほどその眼に見慣れていた。
「狂ってなんか無い!!ニーナに謝れ!!」
[嫌よ]
蛆虫に謝る?自分が?身の程を知らない虫は、これだから始末が悪い。
フィニスの龍生の中で、謝罪する事は一度たりとて無い。すべて踏み越えてきた。
絶対の強者に謝罪は不要なのだ。理不尽とは自分のことなのだ。
「謝れ!!!!」
[・・・・・・蛆虫が少しばかり力をつけたからとあたしに謝れと?嫌よ。]
だんだんとフィニスは苛立ってきた。蛆虫風情に感情を乱されるなど、片腹痛い。
一度はこれと決めた相手だが、どうでも良くなってきた。不愉快だ。
「知らない!!ニーナは家族だ!!家族を馬鹿にされて、黙ってられるか!!」
[・・・・・・家族・・・。]
「そうだよ!!」
[家族・・・・・・。好いわよね。家族!]
家族・・・何と甘美な響きか!自分の家族。旦那様と自分。そして子供達。それらを見守る家族・・・。
フィニスの琴線は少し歪なところがある。それは人とは違うとしか言えないが、フィニスに家族という言葉はクリティカルだった。
「・・・え?」
[家族は大事よ!]
高らかに宣言する。
「当たり前だろ!」
少年は心底、そう思う。虫の様に殺された家族。愛されるべき妹が飢えて、病んで、やつれ果てて死ぬなんて間違ってる。
[結婚したら、家族が出来る!家族はすごく大事だわ!旦那様の家族は私の家族よ!]
そう!自分の家族だ!求めて止まない結婚生活の一番の基盤だ!
その気迫に少年は気おされた。なにせ相手は龍だ。何となれば気配だけで人を殺せる。
「・・・・・・そう、なるのかな・・・?」
気迫は彼の狂気を押しつぶすくらいに、強烈だった。
[そうよ!あたしの未来のお姉様じゃない!]
「そうなの!?」
[ヴィー。なに言ってるの?決まってるじゃない!お姉様よ!]
「ヴィーってなに!?」
ヒートアップするフィニスに彼は若干突いていけなくなって来た。
[ヴィー、聞きなさい。ニーナお姉様を生き返らせたいの?]
「ニーナは死んじゃいないって言ってるだろ!!」
[あたしなら、生き返らせる方法を知ってるわ。]
「ほんと!?」
[もちろん。あたしは最強よ?出来ないことは!・・・あんまり無い。]
何故かそこだけは自信なさげに言葉を濁すフィニス。
[でも、条件があるわ!]
「何?」
妹が生き返る。あの可愛かったニーナが、また、笑って生きられる。
少年は自分の何もかもを差し出すつもりだった。どんな無理も、その為ならするつもりだった。
そんな彼の瞳を見つめながら、フィニスは言った。
[あたしの旦那様になって!!]
深夜の筆の走り方は異常。
仕事がやばす。
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宜しくお願いいたします。