はじまるわよ?
人魔の紛争は、50余年にわたり続いていた。
人は魔領の資源と素材を、魔は土地と食料を求めた。
それ以前は小競り合いこそあれど、自然と棲み分けが出来ており、お互いがお互いを犯す事は稀だった。
そして人に勇者が生まれた。
正しくは、武に優れ、伝説と詠われた宝剣を手に出来たから。そう言うものだった。
それに呼応するかのように、魔にも王が生まれた。
正しくは、魔に優れ、数多の魔族を一つにし、統治せんが為。
それは不幸な偶然であった。しかしながら、必然でもあった。
どちらが早く生まれても、遠からずぶつかり合う事は眼に見えていた。
唯一の幸運は、人には数頼みの力はあれど、全力で当たるには、資源と資産が足りなかった。
魔には個々の力はあれど、統率が難しく、数で当たられると敗北を喫する事が多かった。
当代の人と魔の王は、それぞれ落としどころを探ってはいたが、結果は芳しくなく、こう着状態は長く続いた。
人は魔の領土近くに隙を作り、そこを拠点とした。
魔の王は、それが人の奸智だと分かってはいたが、統率のため、あえてその策に乗った。
それが最前線。
50余年の歳月と紛争は、そこに人の町を作った。
激しい戦闘もあるが、大規模戦はめったに起こらず、資源と素材は必然的にそこに集中し、目敏い者や武勇を求める物などが集まる。
そこに商機を見出す者もでてくる。人との商いは自然、金を生み、それを目当てにさらに人が集まる。
そうして幕営は村となり、町となった。
統治するものは兵の長と、町の有力者のみ。国はそこを町と認めてはいなかった。しかし、そこから生れる富は、確固とした自立を成していた。
緊張と欲が生み出した町。それぞれが均衡を保っていた場所に、今、大岩が投げられる。
町の近くに大きな屋敷がある。
そこは高台と呼ぶには広い台地で、その屋敷には、2頭のドラゴンがいた。
人魔共にそこは不可侵の地とされ、獣達がその生を謳歌している。
その台地は一説には、名のある龍が山を消し飛ばして作ったという言われもあり、そこに近づく人魔は、邪な企てを持つもの以外、近づかない。
それらの者も、屋敷に近づく事無く、何者かの手により、獣の餌となっていた。
その屋敷の広間、十数人のメイドが列を作り、アローズィとフィニス、その膝にヴィロフォルティがいた。
にこやかなフィニスに体を接触させまいと、顔を真っ赤にしながら距離を作ろうとするヴィロフォルティ。
「そんなに離れちゃ、食事が出来ないわ。」
にこやかな笑みに、少しの毒をにじませてフィニスがヴィロフォルティを引き寄せる。
「そんなんじゃ当たっちゃうよ!」
慌てる少年。
フィニスはとうとう、ヴィロフォルティを体の正面に座らせる事に成功した。
豊か過ぎる双丘は彼の肩に乗り、彼はいっそう顔を赤くする。
「フィニス・・・?あの・・・当たってるんだけど・・・・・・?」
もじもじと体をゆする少年に、意地悪な顔でフィニスは言う。
「当ててんのよ。あーらくちん。それにこの体って、首が痛むのよねぇ。なぜかしら?ヴィー?。」
「わかんないよ・・・。」
によによと少年の顔を覗き込む。
「もしかしてヴィー。・・・おっきしちゃった?」
「御館様?それ以上はヴィロフォルティ様に酷かと。」
とうとうアローズィから助け舟が出された。
ヴィロフォルティはアローズィに抱えられ、フィニスの横に座らせられ、そこにメイドたちが素早く、優雅に食事の用意をする。
彼のもじもじはいまだ止まらない。
「あー、尊いわぁ・・・。お前もそう思うでしょ?」
頬付えをつき、楽しげにヴィロフォルティを見るフィニス。
「仰るとおりに御座います。こんな気持ちになったのは、この世に生を受けて千と余年、初めてに御座います。」
「フィニスもアローズィさんもいぢわるだよ・・・。」
上目遣いに二人を見る。
「ヴィロフォルティ様。どうか私めのことも、呼び捨てにして頂けます様。」
「じゃあ、アローズィも、僕の事、いつも通りヴィーって呼んでよ!」
「・・・・・・アローズィ・・・?」
途端、不機嫌そうに問いかける。
「申し訳御座いません、御館様。ヴィロフォルティ様の尊さには敵いませんでした。」
「・・・まあ、この尊さが解るなら不問にするわ。」
「有り難き幸せに御座います。御館様。」
そうして食事が始まる。しかし、ヴィロフォルティはカトラリーを前に、俯き、動かない。
「どうしたの?ヴィー?」
「・・・・・・。僕、マナーが判らないんだ・・・。それに食べなくても平気だし・・・・・・。」
「ほら!やっぱりあたしが食べさせてあげるって言ったじゃない!」
「御館様。ここは私が。」
「ダメよ!あたしが!」
ヴィロフォルティは顔を上げる。
「ねえ、ニーナはどうなったの?」
フィニスはカトラリーを置くと、口元を拭い、アローズィに問いかけた。
「繭はどう?」
「順調に御座います。肢体の殆どは生成が完了して御座います。内臓と、脳機能の一部が神経と繋がれば、いつでも招魂可能で御座います。」
そう告げると、フィニスは立ち上がり、ヴィロフォルティに手を向けた。
「いらっしゃい、ヴィー。妹に会わせてあげるわ。」
彼はその手をとった。
そこは地下にあった。
膨大な書物。何の為か解らぬ器具の山。天井全体が光り、その部屋の中では影が差さない。
幾つもの巨大な魔道具が静かな唸りを上げ、彼の妹はその奥にいた。
その体は縦横無尽に走る魔法陣に覆われ、その中心に液体が浮かび、その中に居た。
「フィニス・・・妹だよ・・・・・・。」
感極まり、震え、涙を流す彼に、フィニスはその肩を抱き、言った。
「そうね。貴方の妹よ。わたしの姉よ。」
液体に浮かぶ肢体は幼く、髪はその足元まで伸び、ふわりと漂っている。
「でも、これだけじゃ、ただの肉の塊なの。魂がいるわ。」
ヴィロフォルティは頷く。
「貴方には魔領に行って、反魂を出来るものを連れて来て貰うわ。その為の試練を教えてあげる。」
耳元に顔を近づけ、ささやく。
「勇者と魔王を殺してきなさい。」
「その人たちは強いの?」
ヴィロフォルティの髪に顔を埋め、香りを楽しみながら、彼女は言う。
「中の上。今まで通りとは行かないわ。特に魔王には、4人の部下がいる。そいつらも殺してようやく、二人に会えるわ。」
「魂を連れ戻してくれる人は?」
「その子も魔族よ。でも魔王が抑えているから、連れ出せないの。」
彼の眼に狂気が宿る。
「じゃあ、僕の敵だ。」
その瞳を上弦の月に細め、フィニスは言う。
「貴方の敵よ。敵は殲滅するの。鏖殺するの。貴方にならそれができるわ。」
「・・・僕に出来る?」
「4人の魔族を打ち倒せば、きっと二人も殺せる。貴方の妹も、本当に甦るわ。」
フィニスとアローズィの口元は笑みに耳まで吊り上がる。
「勇者と魔王は僕の獲物だ。」
アローズィは自分を掻き抱き震える。フィニスは彼の首元に口付けした。
「あたしのヴィロフォルティ?旦那様?早くあたしの所まで来て。あたしを奪って。」
そう言い、犬歯を立てる。滲み出る血を丹念に舐め摂る。
ヴィロフォルティはそれに気がつかないほど、妹の繭を見ていた。
数日間、アローズィに身体強化の教えを請い、ヴィロフォルティは装備を整え、その後、町に向かう事になった。
装備といっても、マントと小物装備が少し変わり、背嚢は置いてゆく事にした。
マントは全候性となり、アローズィの各種魔法が施され、それだけで堅牢な鎧と化した。
親方に貰った防具もまた、細かな部分が手直しされ、さらに防御性能が向上した。
「その剣だけはいう事聞かないのよねぇ・・・。」
頬を押さえ、溜め息をつくフィニス。
大剣だけはアローズィの魔法を受け付けず、また、フィニスの魔法も跳ね返した。
「こいつは、自分の力だけで戦いたいみたい。」
大剣を構え、集中していたヴィロフォルティは言った。
「まあいいわ。野良を一刀に出来るし、仮にもあたしに傷をつけた剣だもの。そのくらい我が強くないとね。」
大剣を背負い、ヴィロフォルティは二人に背を向けた。
「じゃあ、行って来ます。」
「気をつけるのよ~。」
「おやつは銅貨30枚までですよ?ヴィー様」
二人に手を振り、彼は駆け出した。町まで半刻の距離だ。
「・・・さて、”駒”の動きはどお?」
「万事想定通りに御座います。勇者は動き出しました。魔王は静観のようです。」
「4天王とやらは?」
「ヴィー様に当たるよう、手配して御座います。」
「補填額と物資の状況は?」
「人魔共に足りて御座います。予算は想定の4分の3程を使用しました。ヒトの王共には相応の見返りと、”飴”を用意いたしました。魔には”餌”を200組ほど。後、”鞭”の使用をご許可頂きたく。」
「飴の程度は?」
「低級10匹と中級5匹の素材を。これで均衡は傾きます。」
「鞭は何を想定して?」
「一部地域の跳ね返りを吊るすべきかと。」
「徹底的にやりなさい。塵芥の気を奪いなさい。私の二つ名を使う事を許可するわ。そろそろ頃合でしょ。」
「承知いたしました。」
「後はあの引きこもりね。」
踵を返すと、屋敷に入っていく二人。
フィニスは衣装を破り捨て、全裸となる。
「まったく、ヒトの衣装とやらは肩が凝るわぁ!アローズィ!あの引きこもりに連絡を取りなさい!」
「承知いたしました。」
二人は執務室に着くと、フィニスは豪奢な両袖デスクの椅子に、アローズィはその傍らへと侍る。
アローズィがその腕を振るう。
魔法陣が描かれ、そこに人影が見える。
「モルスレジナ!久しぶりね!」
人影は飛び上がるほど驚き、こちらを見る。
「フィ、フィ、フィニス・・・・・・。な、何の用?そ、それにい、いきなり魔映像を使うなって、な、何回もい、いっ「もう良いから!」はい・・・・・・。」
「貴方にお願いがあるのよ。」
人影ははっきりとした形を成す。
髪は足元まで伸び手入れがされておらず、その眼は前髪に隠れている。
古ぶるしいローブを身に纏い、猫背でこちらを伺う。
「な、何?あ、あなたのおね、お願いは、碌な事がない・・・・・・。」
「そお?あなたと私の仲じゃない。」
おどおどとする様は、フィニスを怖がるというより、他人を怖がっている風に見える。
「わ、わたしとなか、仲良くしてくれるのは、うれし、嬉しいけど、距離感が近すぎる・・・。」
「もう、いつまでもそうなんだから!もっとフランクにいきましょ!」
「ふぃ、フィニスの声は、お、大きすぎる・・・。」
「そんな事より、呼んでもらいたい者がいるのよ。時間が経ってるから、あなたじゃないと無理そうなの。」
「ま、またなの?・・・。つ、つまらないしょ、召喚は、もう嫌よ・・・・・・。」
フィニスはふんすとモルスレジナに言う。
「今度の召喚はヒトよ。器はあたしの血肉を使ったわ!」
途端、モルスレジナの顔が大写しになる。
「ヒトとフィニスの血肉!?ホントに!?」
「ほんとほんと。大マジよ。」
「きゃああ!久しぶりの大仕事だわ!どうやって定着させようかしら!?いえ、そもそも定着するの!?素敵!!フィニス!?あなた最高だわ!!」
映像の前でくるくる小躍りするモルスレジナ。
「こういう時は、どもらないのよねぇ・・・。」
「あ、でも、今は魔王がこっちを監視してるから、動けないわよ?なんて事!!忌々しい魔王め!!」
「あ、こちらから、旦那様が行くわ。彼に宝具を持たせてるから、それで来て。」
「・・・・・・だ、誰が来るの?やめ、やめてよね・・・い、い、いやよ。アローズィをよこ、寄越してよ・・・。」
途端に萎縮するモルスレジナ。
「ダメよ。旦那様が行くから、歓待なさい!」
「旦那様って、39人目「うるさいわね!」・・・はい・・・。」
「じゃあ、頼んだわよ~。」
魔方陣は掻き消え、モルスレジナの何か言いたげな姿も消える。
「さあ、準備は整ったわ。後はあなた次第よ、ヴィロフォルティ。」
読者の皆様神様仏様。
私です。
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