やっちゃえ!やっちゃえ!
残りは1日。
街外れにある公園。芝生の上。
ヴィロフォルティは剣を横に、鎧を着込み、その声を聞こうとしていた。
しかしそう易々と聞けるものではないことは、身にしみていた。そして、自分にあるものを考えていた。
自分にあるのは死なない体、龍の手足、大剣、師匠たちの教え、未熟な身体強化、使いこなせない鎧。
フィニスが何を考えて、ドラゴンを宛がうかなんて解らない。
傭兵時代の師匠は言った。
「わからねぇ話を考えるのは、時間の無駄だ。楽しいが、それだけだ。とにかく剣を振っとけ。お前にはそれしかねぇ。」
ニーイ師匠は言った。
「あんたのおつむはそんなに賢いのかい?なら、何でこんなとこで、何度も死んでるんだい。」
解らない。
解ってるのは、自分が弱くて、ドラゴンを倒せなければ、街が滅びる。師匠たちが死ぬ。それだけ。
ならば、全力を尽くすのは、声を聞くことではなくて、剣を振る事。
傭兵時代の師匠は言った。
「敵前で剣の練習したって、手遅れだ。落ち着いて遺書でも書いとけ。まあ、おまえにゃ必要ないがな。」
ニーイ師匠は言った。
「あんたは死地でしか学べない男だ。修羅さね。その若さで不憫な事だが、これは変えられない。」
もう、時間は無い。
やれる事は、たった一つ。明日、死地に赴き、学ぶ事。
彼は剣を抱き、横になった。
「余裕じゃない。」
頭の上から声がする。カジュだ。
「準備とか、大丈夫ですか?ポーション入ります?」
ミィーノの声がする。
彼は起き上がり、二人を見上げた。
「師匠達から言われた。目の前に敵がいるのに剣の練習をするのは馬鹿だって。俺は、実戦でしか学べない阿呆だから、明日になるまで眠ってようかと思った。」
見上げる二人は眩しかった。自分とは違う世界に居るようだ。
「そ。それにしてもドラゴン警報なんてついてないわ。」
「何十年ぶりですかね?みんな避難してます。」
彼の横に仲良く座る二人。
何故かそれが、凄く羨ましい。妹が生き返ったら、また、二人で座れるだろうか。
「あんたらはどうするんだ?」
気になったことは、すぐに解消しろ。
「あたしら冒険者は、街の防衛よ。やれるだけやってやるわ。」
「今度、苦味を抑えた魔力ポーションを仕入れたんです。これで辛いのも我慢できます。」
みんな、怖いんだな。怖いことには向き合いたくないよな。
ヴィロフォルティはそう思う。それはそうだ。皆は死ぬ。怖くないわけがない。
「ヴィーも防衛戦?」
「その鎧、凄く高そうです。」
彼は嘘をつく。住む世界の違う住人を怖がらせる事はない。
それ以上に、原因が自分である事を知られたくない。今のこの世界を壊したくない。
もう嫌われるのはうんざりだ。
「俺は師匠と一緒に迎撃だ。」
カジュが頬杖をつく。溜め息のオマケもつけて。
「あんたは強いからね・・・って、なんで槍が刺さったのに死なないのよ。」
「あれは皮鎧に刺さっただけだ。少し実もやられたが、死ぬような事じゃない。」
本当は内臓を持っていかれていた。
本当は強くなんてない。ただ、死ねないだけだ。
「ニーイ様とヴィーさんなら、何とか出来ますよね。」
そう。何とか出来る。自分なら、死なない。
何とかしないといけない。自分がやらないと、誰かが死ぬ。妹が死んだように。
「師匠は強い。皆もいる。街はどうなるか分からないけど、何とかなる。」
師匠達の教えと大剣、死ねない体。何とかするしかない。
ヴィロフォルティは立ち上がった。
「ありがとう。なんだか気が楽になった。」
二人はぽかんとして。
「日の言葉だっけ?」
「日の言葉ですね。」
そう言って笑った。笑ってくれた。
「そうだ。日の言葉だ。」
自分はうまく笑えたろうか。
ヴィロフォルティはその明け方前の夜中に、街を出た。
あの広場に行く為だ。
いつぞやも、こうして夜に別れた。今もそうしている。
師匠と親方に挨拶できなかったのが心残りといえば、そうだった。
だが、自分が勝てば済む話だ。あの人たちは殺させ無い。
広場に辿り着くと、彼は朝を待った。
「随分とお早いのですね。」
横から声がかかる。
「前準備は大事って、師匠達から教わったんだ。」
「それは良い事です。知っていても、実践できる者は少のう御座います。」
「アローズィさん、フィニスはどうしてドラゴンを呼んだのかな?」
「ヴィー様の成長を、お知りになりたいのかと。」
「もう少しで帰れるのに?」
「ヴィー様。ヴィー様は魅力的に過ぎます。御館様も待ちきれないのかと。私も待ちきれず来てしまいました。」
「そうなのかな?」
「御館様は絶対の強者。故に、そのつれあいにも、絶対の強さをお望みになられます。ヴィー様はその資質がおありです。」
「・・・・・・フィニスも寂しいのかな?」
「尊い・・・・・・。御館様は違います。これ以上、私めの口からは申せません。」
「そうなんだ。もうすぐ日が昇るかな?」
「兆しがあります。それまでごゆりとなされるのが宜しいかと。」
はたしてはるか遠方より声がした。
「それでは、ご健闘をお祈りいたします。私はこれにて失礼致します。」
アローズィの姿が淡く消える。
声は咆哮へと変わった。大分近づいてきている。
彼は咆哮をあげた。内にあるものを吐き出すように咆哮を上げた。
朝焼けの中から点であった影が、みるみるその形を表す。
奴は真っ直ぐにこちらに向かっている。好都合だ。
彼は大剣を斜めに構え、剣筋をイメージした。剣は答える。
彼は大剣を上段にし、さらに斜後ろに倒す。剣は満足したようだ。
奴はさらに近づく、見た事のない速さで近づく。身体強化。視界の隅に淡い光が見える。大剣がさらに軽くなる。
奴が大口を開けているのが見える。ブレスが来るはず。
そしてフィニスの言葉が浮かぶ。『魔法は切ろうと思えば切れるから』。
なら龍のブレスは?今のこの大剣なら?
奴の姿が細かいところまで見える。しかし来たのはドラゴンの咆哮。
奴の口周りの景色が歪んでいる。音だけでない、何かが来る。
破裂音と共に切っ先から、筋雲が生まれ、歪みを、音を切り裂いた。そして剣が地を穿つ。
奴はそのまま通り過ぎる。振り返ろうとするが、その後から猛烈な風が吹く。
ヴィロフォルティの体は、風で宙に浮く。大剣と鎧の重さが、飛ばされるのを防いだ。
音でさえこれだ。ブレスを切るのは、難しい。少なくとも、今の自分には無理だ。
奴は旋回し、そのままの速度で後ろ足を前に、こちらを襲う構えだ。
実に好都合。
大剣を上段に構え、剣に問う。龍の手足に力が漲る。剣先が僅かに揺れて、止まる。
奴の鉤爪が迫る。まだ遠い。
数歩の位置まで迫る。破裂音とともに、再び大剣が地を穿つ。
奴は通り過ぎるが、一際大きな咆哮と共に、濡れた重い音が地を揺らす。
奴の足が転がっていく。まずは一手といきたいが、相手はドラゴン。すぐに再生、もしくは傷口などふさがるだろう。
さらに旋回。今度は高さを保っている。奴の口が緑に光る。今度こそ、ブレスだ。
あっという間に眼前に迫る、彼は前に飛ぶ。そのまま奴の方向に向け、駆け出す。
要領はオーガやミノタウロスと同じ。巨大な相手は、内に入れ。
彼の後ろをブレスの射線が追いかける。しかし、それも数秒。十分見れば、何とか避けられる。
それを数回繰り返し、奴はこちらに降りてきた。自分の土俵に降りてきた。
失ったはずの足は再生している。他の場所と色が少し違う。
降りてくるなり、巨大な尾をこちらに振り回す。
とっさに断ち切ろうとするが、剣が違和感を発する。視界に入る翼。
そうだよ。飛ばれると面倒だ。
尾の付け根に走り込み、そのままジャンプ。うまく背中に乗れた。
父さんが鳥を〆た時、羽の付け根を捻れば、簡単に切り落とせると言っていた。
好機は1~2秒。大剣は付け根を刺せと言う。そう感じる。
彼は翼の付け根、一番太い筋に剣を突いた。大剣はその半分を、ドラゴンの体に埋めた。
ドラゴンの絶叫はすさまじい。辺りの空気は振るえ、耳はじんじんして、奴の大声以外、何も聞こえない。
しかしそれは、彼にとって歓声にも等しい声。
振り落とされる前に、剣を引き、飛び下がる。再度前へ。狙うは一度落とした足。
奴はその首を恐ろしいほど早く動かし、その口を彼に向けた。
駆け出している彼に、襲い掛かる牙。
とっさに剣を盾にする。大剣が違和感を発する。
その大顎は防げたが、代わりに盛大に突き飛ばされた。この悔しさは大剣のものか自分のものか。
右手に違和感。鎧は無事。しかし折られた!
すぐに再生するにしても、今のこの場面では1刻以上の時間に感じる。
奴は顔を引き、大口を開ける。瞬間、彼の眼に頭の回りに淡い光を見た。
そして緑色の閃光。左足と体が横にぶれる。そのまま右足の力を込めて、ジャンプ。
僅かに左の足先が焼かれる。転がり、すぐさま立て直すと奴の顔めがけて走り出す。
右手が使えるのはもう少し。大剣から右手を離し、三度足を狙う。
地に立てば、使うのは足。相手の体勢を崩せ。
大剣が言う。顎か首元。
切っ先はそのままに、体をさらに奥に入れ、相手を見ずに剣が上を向くように入れ替える。
剣が言う、今。
彼の体が上に跳ねる。 奴は咄嗟に顔を背けるが、刃はその顔面を切り裂いた。
奴の腕が伸びる。宙に浮いている今、逃げ場は無い。
なれば。
折れた右腕に渾身の力を込め、両手で剣を握る。オーガとのやり取りで覚えた、筋肉で骨を締め上げる方法だ。
そうして大剣と彼は同時に思う。
切り落とせ。
激烈な痛みが右半身を襲うが、大剣は真っ直ぐにその腕に向かった。
切り落とすと同時に、剣が言う。
止めろ。
無理やり剣を止める。上半身が悲鳴を上げるが、鎧が言う。
降りろ。
全身に力を込め、大剣を軸にバランスを取り、着地。奴の咆哮が聞こえる。
大剣と彼は再び同時に思う。
再生された足を狙え。
勢いを殺さず、大剣を横殴りにする。破裂音とともに足が切り飛ばされる。
奴は飛ぼうとするが、先ほどの傷はまだ癒えていないようだ。無様に体勢を崩すと地に伏せる。
顔を上げ、直近にいる彼に大顎を向ける。そして淡い光。
逃げるか?
大剣は答える、否。
意識は淡い光に向かう。大剣が疼く。フィニスの言葉がよぎる。
狙うはドラゴンの薄皮。
その大顎に飛び込む様に前に出る。
そうして破裂音と硬い何かが割れる音。奴の顔は緑の光に包まれた。
顔が、腕が焼かれるのも気にせず、彼は剣を振る。
その首元から破裂音と、濡れた何かを切り裂く音がする。
緑に燃える頭に駆け上り、大剣を根元まで目玉に突き刺し、体で抉る。抉る。
ドラゴンは声も出せず、巨体を痙攣させ、静かになった。
読者の皆様神様仏様。
私です。
舌の根ってどの辺を言うんでしょうね?




