やれる!やれる!
剣は手になじんだが、微妙に重心や重さに差があった。
何本も木を切りつけ、切り倒し、朝になる頃にはヒトの二倍はある幹を、一刀の元切り倒す事が出来る様になっていた。
師匠は朝と言っていたが、朝のいつ頃ととは言っていない。彼は日が昇りきるまで、剣を振ることにした。
しかして、正眼に剣を構えている時、後ろから尻をはたかれた。
「いつまでそうしてるんだい!馬鹿弟子!」
後ろには普段着のニーイがいた。
頬髭こそあるものの、童顔な癖に自己主張の激しい胸を突き出し、ヴィーを睨みあげる。
「朝は、日が昇るまでと思っていた。すまない。」
「後ろにも眼を向けな!。まあいい。何本倒した?」
「数えてないとダメだったか?」
気がついたら、頬を張られていた。
「ダメとは言わんが、そう言うところまで気を配らないと、あたしの相手は到底無理だよ。今度からは気をつけな。」
そういうと辺りを見回し、告げる。
「派手に切り倒したねぇ。だが切り口が汚すぎる!最低でも、切り口が滑らかになるまで、これを続けな!一刀で切り倒せるのはまあ、褒めてやる。」
腰に手を当て、ヴィロフォルティに悪い顔をしていった。
「今日から稽古をつけるが、あんたは端にも棒にもかからない。あたしの相手なんてまだ無理だ。だから今日から朝一の鍛錬は鬼ごっこにするよ。あたしに触れられれば、終わりだ。」
「判った。師匠。」
「とりあえず、あたしの動きを見て盗みな。お前は動きが無駄しかない。見てて苛々する。体さばきに関してはあたしと同じ動きかできるように!期限は10日だ!」
「判った。師匠。」
「じゃあ、はじめるよ!」
その言葉とともに、鍛錬という名の地獄が始まった。
鬼ごっこは終始翻弄され、姿を見失わないようにするのがやっとだった。
それが終われば、次は組み手。
背丈の差が、ヴィロフォルティを苦しめた。打たれ、ぶたれ、彼は木の葉のように宙を舞った。
食事の後は昼寝。
隙を見て襲えといわれたが、寝ている師匠にことごとく防がれ、何もしなければ仕置きの名目で鉄棒でぶたれた。
午後からは無手の師匠を相手に剣を振る。龍の血が入っている体ですら、悲鳴を上げた。
どうしても、何をやっても師匠の影すら捕らえられない。
夕餉はしこたま食わされた。
必要ないといったが、とにかく喰えといわれ、彼は従った。
夜は気がつけば傍に師匠が立ち、気付かなければ、容赦なく鉄棒で打たれた。
それは朝まで続き、日が昇れば鬼ごっこが再開される。
それが一日のルーチンで、4日続いた。
5日目は師匠の休息日。彼だけは一日剣を振るように命令された。
続く5日後、その日だけは休養が許され、彼の体ですら、眠りを欲した。
しかして、いつもの夜の如く、いや、それ以上に過酷で、気がつかなければナイフが胸に突き立てられ、首を裂かれた。
9日しごかれ、10日目には何度も殺される。
そんな生活を半年と続けた。
「以上がヴィロフォルティ様の状況でございます。」
ハイエルフの麗人がフィニスに報告する。
「ヒトにしてはなかなか良い鍛錬をするわね。でも、何か足りない気がするわねぇ」
見事な脚線美を組み、全裸のフィニスは報告書を机に放り投げた。
「ただのヒトにしてみれば、十分に過酷かと。しかし御館様の仰る事もまた事実かと。」
淡々と報告する。しかしてその眼は、フィニスの体に釘付けだ。
「まあ、こちらから何かというのは止めるわ。そうだ。光を留める魔法があったわよね。彼を写してきて頂戴。」
「・・・・・・はっ!?判りました。腕の立つ絵師もご用意いたします。」
「アローズィは偶にポンコツになるわね。そんなにこの体が気に入った?」
「・・・・・・ご馳走を前に、お預けを喰らっている、犬の気分にございます。」
「もっと優雅に!ハイエルフなんだから、気を配りなさい。」
「申し訳ございません。御館様。」
「お前がそれだけ夢中になるなら、ヴィーは当然、首っ丈になるわよね!」
「ヒトのオスはわかりませんが、私は首っ丈でございます。」
「アローズィ、キモイ。」
「はうっ!有難うございます!」
白い肌を上気させ、体を抱き歓喜するローズィ。わりとMっ気があるようだ。
「ヒトの王とは話が出来て?」
その言葉に、アローズィは身を正す。戯れは終わりだ。
「折衝中にございます。条件の一つが折り合わず、難航してございます。」
腕を組み、豊かなというには豊満すぎる胸を持ち上げるフィニス。
「まあ、そうでしょうね。後先をどうしょうかしら?」
「本来ですと魔を先に。勇を後にが最上でございますが、ヴィロフォルティ様の気性と御館様のご許可がいただければ勇を先にする事も可能かと。」
「・・・・・・それもまどろっこしいわ。ヴィーの仕上がり次第で一度に済ませるよう、手配なさい。」
「承知いたしました。ヴィロフォルティ様の仕上がりは、御館様のご判断を待ちます。では、”駒”を動かします。」
「虫達がどうなろうと知った事じゃないけど、まあ、その時は補填位しておきなさい。物と額は任せる。」
「承知いたしました。」
アローズィは側使えのメイドに軽く指示を与え、下がらせる。
「アローズィ?仕上がったヴィーは野良の一つも相手できるかしら?」
暫しの沈黙の後、アローズィは答えた。
「あの剣とS級の元であれば、可能かと。しかし、多少の遅延が発生いたします。」
「・・・・・・それは仕方ないわね。先にそれも手配なさい。」
ヴィロフォルティと世界の運命は、その一言で決められた。
半年たったヴィロフォルティの動きは、師匠のそれと同じだった。
一刀の元に切り倒される木は、その切り口が滑らかにかわり、ニーイはそれに満足した。
それ以前に、街のきこり達からの苦情もあったが。
鬼ごっこは無手での組み手に変わり、高速で移動し、森を騒がすその姿は、街の名物になった。
組み手は演舞となり、お互い一歩も動かず、剣戟の音だけが鳴り響くさまは、多くの観客を集めた。
昼はしこたま食らい、師匠の昼寝は邪魔をする事が禁止となった。
午後の鍛錬は身体強化の時間に費やされ、これだけは、ヴィロフォルティを今でも苦しめている。
夕餉も大いに食らい、夜の襲撃は取り止めとなった。
これはヴィロフォルティが逆襲に転じたからだ。勿論、物騒な得物は使わない。
翌朝、顔に落書きされたニーイがヴィロフォルティを追いかけまわすことになった。
大剣の修理は順調に進み、今では工房の一番の場所に大事に置かれている。
朝の組み手が終わり、ニーイが汗を拭っていると、ヴィロフォルティが問いかけた。
「師匠。あんたのその斧は、ずいぶんと重いはずだけど、どうしてそんなに軽く振れるんだ?」
「慣れだよ・・・って言いたいが、ドワーフの鍛えた得物には秘密があるのさ。ダニス!こっち来な!」
親方は仕事を止め、弟子達に指示を出した後、二人の元に来た。
「ようやくヴィーが気付いたか。ドワーフの拵えた物にはな?魂があるんだ。そいつと繋がれば、どんな武器も軽く扱えるようになるし、性能も引き出せる。防具は肌着の様に馴染むし、これも重さを感じなくなる。」
「そういうこった。ダニスの拵え物はどれも一級品だ。あんたはまだ、魂と繋がってない。」
「師匠の装備も親方が?」
「あたしの装備はダニスの師匠が拵えたものさ。早くこれくらい作れる様になりな!」
「馬鹿言え!それは俺が拵えたんだ。勿論、師匠のお墨付きだ。おまえ今まで気付かなかったのか?」
「・・・・・・とにかく、これからはあの大剣を使いな。早いとこ魂と繋がって、使えるようにしな。」
「そうなのか。どうすれば良い?」
「得物の声を感じる様になる事からだね。そうすれば自然と得物の最適な振り方が解る。それでようやっとあたしの足元に来れるよ。」
ヴィロフォルティは大剣を手に取る。
そのまま工房の広場まで来ると、それを振るった。
鋭すぎる風きり音と共に、振り切った風圧で木の葉と砂塵が舞う。
「・・・!凄い・・・・・!凄く素直だ・・・。」
「ったりまえだ。アレだけ痛んでたら、どんな業物もへそ曲げっちまうわ。」
ヴィロフォルティは大剣を正眼に構え、少しの間じっとして言った。
「親方、師匠。有難う。」
「気にするなぃ。」
「あの馬鹿弟子の形見だからね。きちんと使いこなしな!」
彼は素直に頷き、再び大剣を振った。
それからのヴィーは一層剣を振るった。
組手では力任せの振りから、よく考えての振りへと変わった。ただし、剣の振りが遅い、と、ニーイに言われては手足を斬り飛ばされていた。
夜は剣を抱いて寝るようになった。
完全に気分の問題だが、少しでも早く気付けるようにと思ったからだ。
それを笑うものは誰もいなかった。時間があれば剣を磨き、剣を振り、じっと見つめる姿は余人がとやかく言う隙を与えなかった。
そんな生活を一月ほど続けた頃、冒険者ギルドから使いが来た。
カジュとミィーノだ。
二人はニーイに会いに来たと言い、ニーイは親方とヴィロフォルティを同席させた。
4人は母屋の応接室で、面会となった。カジュが交渉役だ。ミィーノはスクロールをニーイの前に置く。
「ニーイ様。冒険者ギルドより依頼です。」「様はよしな。くすぐったくていけない。」
「・・・・・・ニーイさん、ダンジョンボス、ミノタウロスの変異種、特殊呼称固体の討伐依頼です。」
「そりゃ随分と設定テンコ盛りだね。A級にパーティー組ませて何とかしな。」
ミィーノが答える。
「A級パーティは壊滅。使える冒険者はもういません・・・。」
「なんだい。暫らく来ないうちにレベルが下がったんじゃないかい?」
ミィーノの顔が険しくなり、カジュは俯き、牙を見せた。
「ニーイ。口が過ぎらぁな。こいつは気にせず、もっと説明してくれ。」
親方が間に入り、とりなす。
気を落ち着けたのか、カジュが説明を始めた。
「最初期に、B級パーティ数組、A級2人で討伐にあたりました。しかし今回のミノタウロスは部下を召喚できる個体でA級は2名とも死亡。B級パーティーは数名を残し壊滅。その後A級全てを呼び戻し、対応させましたが・・・。」
「けっ!学習させちまったのかい。」
そっぽを向き、そう言いはなつニーイ。親方は渋い顔だ。
「で、お前らに白羽の矢が立ったって事か。」
ミィーノは頷く。カジュは俯く。
「・・・・・・。ヴィーがうちに居るから、その知り合いを使いっぱさせたね?」
ニーイが睨みつける。ミィーノは縮み上がり、カジュが必死に言い訳する。
「あたしらが頼み込んだんです。ギルド総出とヴィーの力を借りられれば・・・。」
「キグルイがパーティー戦でなんの役に立つ!そもそも冒険者で戦の真似事が出来るわけないわ!」
凄い剣幕でまくし立てるニーイ。二人共その剣幕に完全に萎縮してしまった。
「師匠?変異種とか”ねーむど”とか、何の事だ?」
なんでもないことのように問いかけるヴィロフォルティに、ニーイはいらだたしげに答えてやる。
「お前みたいな奴だよ!!」
一瞬、きょとんとした彼だが、徐々にその顔に笑みが浮かぶ。
「・・・・・・生兵法は怪我の元・・・って、お前は死なないからいいか。」
「おいおい・・・マジかよ・・・・・・。」
ニーイはとても悪そうな顔をし、親方は天を仰ぐ。カジュとミィーノの二人は困惑している。
「ヴィー?あんた試し切りはしたくないかい?」
「師匠、俺もそう思ってたとこだ。」
師弟はそろって悪い笑みを浮かべていた。
読者の皆様神様仏様。
私です。
残念な美人って、良いですよね。
完璧超人の美人さんやヒーローって、想像できないポンコツです。




