もっとよこせ。もっとよこせ。
カジュたちがヴィロフォルティと再開したとき、まず始めたのが、彼を身奇麗にする事だった。
もともと普段着にしか見えなかった装備は、その姿が無く、腰まわりに僅かに布切れが巻きついているだけだった。
そうして激烈な異臭。血と肉が腐った匂い。
ミィーノが魔法で水を出し、ヴィロフォルティを洗い流す。
その間カジュは鼻を押さえ、口で息をしていた。獣人の鼻には、苛烈な匂いだったようだ。
「な゛ん゛な゛の゛よ゛そ゛の゛す゛か゛た゛」
ようやく鼻をつまんで近寄れるまで、匂いは落ちた。ミィーノは顔を赤くして、横を向いている。
「オーガってのは、強いんだな。おかげでこの有様だ。いい鍛錬になる。」
「と゛う゛で゛も゛い゛い゛か゛ら゛こ゛れ゛き゛な゛さ゛い゛!」
カジュは自分の装備の中から、防雨マントをヴィロフォルティに放り投げる。
彼はそれを纏う。
「もう六日たったか?」
彼はそう言い、手に持った魔石をカジュに放り投げる。彼女は軽くうけとり、背嚢にしまう。
マントのおかげかようやくましになった匂いに、カジュは近づけた。
「十日よ。悪かったわ。」
「そうか。」
「モンハウのごたごたを何とかしてたら、遅くなったの。ごめんなさい。」
軽く頭を下げる。その姿にミィーノは軽く驚く。
カジュが頭を垂れるなど、早々無いからだった。
ヴィロフォルティはもう一人を見やり、しばし考える。
「・・・お前は確か、ミィーノだな。顔色もいい。よかったな。」
「ミィーノに色目使わないで!」
「色目って、なんだ?」
「この物知らず!!」
彼としては、普通に挨拶のつもりだったのだが、怒られた。納得いかない。しかし、それを指摘するほど子供でもないつもりだ。軽くスルーして、ナイフの点検を始める。
さすがに傷や刃こぼれが目立ち始めた。ちょうどいい頃合だろう。
「あのっ!あの、助けて頂き有難うございました!」
ミィーノは帽子を押さえ、頭を下げる。
「そんなことしなくていいのよ!取引だったんだから当たり前よ!」
カジュはそう吼える。
ヴィロフォルティはその姿に好感を覚えるが、それより先に言っておかないといけない事がある。
「戦場で最後まで粘るやつは馬鹿しかいない。全力を出し切るとは聞こえはいいが、自殺と変わらん。周りが迷惑する。気をつけろ。」
ヴィロフォルティの言葉にカジュは殺気立つ。
「この糞野郎。喧嘩売ってんのか?」
「現にお前達は死に掛けた。」
その通りの正論に、カジュは言葉に詰まる。
ヴィロフォルティは無いごとも無かったかのように点検を終え、鞘にナイフをしまう。
が、吊り下げるところがない。仕方なく、魔石の山の上に大事に置く。
「ごめんなさい。その通りですよね。でも、あの時はそうするしかなかったんです。」
ミィーノは俯きながら、そう言った。
彼はその言葉に反論しかけたが、やめた。カジュがすごい勢いで睨んでるし、無用な諍いは望まない。
「母さんは日の言葉を使えといつも言っていた。そこは有難うと言うべきだ。」
ミィーノはぽかんとしたが、やがて涙を浮かべ、微笑みながら言った。
「教えてくれて、有難うございます。」
「それでいいんだ。最初からできる奴なんていない。いたらそいつは詐欺師かベテランだ。師匠はいつもそう言ってた。」
「キグルイの癖にいい事言うじゃない。」
その言葉に彼の方がぽかんとする番だった。
「知ってるのか?」
「調べたのよ。キグルイのヴィー。噂どおりの狂戦士っぷりね。」
それには答えず、彼は周りを見回す。忘れ物は無いか確認する。
「そろそろ上がりたい。」
「ねえ。魔石はどうするの?」
「欲しけりゃやるよ。親方との約束はボスのやつだけだ。」
「ミィーノ。」
彼女は頷くと、腰の袋を取り出し、魔石の山に当てる。
すると魔石の山は袋の中に消えていく。慌ててナイフを掴むヴィロフォルティ。
「ミィーノはアイテムボックス持ちなのよ。内緒だからね。」
カジュが胸を張り、そう言う。
誇るべきは持ち主であって、お前じゃない。そう思うが、カジュに何を言っても薮蛇になりそうだ。
言葉遊びは楽しくはあるが、それよりも親方の元に、あの大剣の元に戻りたい。
彼ら3人は地上に向け、歩き出した。
地上に出れば、日は中天からほんの少し傾いた頃。彼らは鍛冶屋に向かった。
が、カジュが服屋に行くと言い出した。ヴィロフォルティとしても異論は無く、向かったのはよいが服選びで一騒動おきた。
実用一点張りの彼と個性を出させようとするカジュ。二人の間でおろおろし、しまいに魔法を使おうとするミィーノ。
それらをなだめすかし、やり過ごし、店を出ればカジュは腹が減ったとのたまう。
仕方無しに食堂に行けば、獣人特有の健啖振りを発揮し、ミィーノは甘い菓子を胸焼けがするほど食べる。
なんとも忙しない面子だと、彼は半分あきらめのような心持で、それを見やる。
「あんたは食わないの?」
カジュの問いに、エールのジョッキを掲げるヴィロフォルティ。
「俺はこれでいい。苦いものには栄養がある。」
「誰がそんなこと言ったのよ。」
「あたしは苦いの苦手です・・・。魔力ポーションも苦くて辛いです。」
ダンジョンではオーガを相手に死闘を繰り広げていたと思えぬ気楽さで会話は進む。
結局、鍛冶屋に向かうのは1刻半ほど遅れた。
鍛冶屋の工房に向かう道すがら、カジュはヴィロフォルティに話し掛け、彼は簡素に答える。そんなやり取りをして入り口まで辿り着けば、二人のドワーフの背中が見える。
一人は親方だ。あの大剣を見ながら腕組みをしている。
もう一人も同じく大剣を見ている。背に担いだバトルアックスの、その刃は巨大で背中が隠れるほど。持ち手は短かく長めの紐飾りがついている。
ヴィロフォルティが顔を出し、声をかけようとするや否や、バトルアックスのドワーフが振り返り、一瞬で間合いを詰める。
「逃げろヴィー!!」
親方の声が響くと同時に、後ろの二人はそれぞれの方向に散った。ヴィロフォルティの眼前にはバトルアックス。
逃げられないと判断、左手で庇う。
斧は軌道を変え、腹を狙う。それを右足で庇う。斧は足に食い込み止ったが、喉元にナイフが迫る。左手でそれを弾けば、軸足を払われ、体を崩す。
ナイフを抜き相手の鎧の隙間を狙えば、足より引き抜かれた斧が眼前に迫る。強引に首をねじり躱せば、ナイフが首に突きたてられた。そして止めに心臓に斧が突き立てられる。
その間数秒。
完全にヴィロフォルティを殺しに来た動きだった。
「お前!何てことしやがる!!」
親方が罵声とともに駆け寄る。一緒にいた二人は生きた心地がせず、ただ見守っている。
「馬鹿弟子の仇討ちだ。なにがフィニスだよ、この下種野郎。」
「・・・・・・ごぼっ!あんたらは皆、口汚いのか・・・?」
突き立てられたナイフを抜き、胸の斧はそのままにヴィロフォルティは告げる。
「何で生きてる!?」
斧を引き抜き、再度身構えるドワーフ。見れば童顔で頬髯を三つ編みにし、胸は厚い鎧に覆われている。女ドワーフだ。
ヴィロフォルティは言う。
「死ねないからだ。」
斧を抜かれて即座に立ち上がり、ナイフと左手を構える。
「このゾンビ野郎!」
バトルアックスを構え、再度切り結ばんとする。
「もうたくさんだ!止めろ!」
親方が間に入り、二人を止めた。手には斧が握られていた。
女ドワーフは一瞬動きを見せるが、斧を下ろす。親方はその姿に、溜めた息を吐く。
「S級が小僧に喧嘩売るんじゃねぇよ!大体ヴィロフォルティ!死ねないって本当だったのか!?」
「S級?本当か?」
「だから何さ!ゾンビ野郎!」
「親方。どいてくれ。もう一度死合う。」
「いい啖呵だね、気に入ったよ。細切れにしてやる。」
「お前らいい加減にしろ!とにかく工房に入れ!お前らは帰れ!」
女ドワーフはしぶしぶその言に従う。ヴィロフォルティはその後を着いて行く。二人はただ立ちすくみ、混乱していた。
「おいお前ら、今見た事は誰にも話すんじゃねぇぞ?俺を敵にまわすな。」
そう言い置き、親方は工房に戻っていった。二人はまだ立ちすくんだままだった。
「どこぞの馬の骨が大剣を振り回して、戦場にいるって聞いたから探し回ってみれば、とんだ化け物だね。」
工房に入ると女ドワーフは大剣の前に陣取り、ジョッキをあおる。
親方はその隣に立ち、こちらもまた、ジョッキをあおる。
「・・・あんたも凄いな。右足を切りつけられたのは初めてだ。」
女ドワーフの正面に座るヴィロフォルティは、素直に賞賛する。同時に、少し不甲斐なくもある。
フィニスに貰った手足だ。それを傷つけてしまった己がなさけない。
「その鱗の気配は、龍のモンだね。嘘は言ってないようだけど。」
ジョッキを手にヴィロフォルティの手足を睨む。
「だからずっとそう言ってるじゃねぇか。いきなり殺し合いなんかおっぱじめるんじゃねぇよ。」
「そうだ。親方、すまない。ナイフを痛めた。」
そう言って腰のナイフを親方に差し出す。
「待ちな。そいつを見せな。」
それを横から掻っ攫う女ドワーフ。
鞘からナイフを抜き出すと、舐めるように検分する。刃先を見、刀身を確認し、柄を握り軽く振る。
「・・・・・・この程度にやられるような馬鹿弟子じゃない。フィニスの話は本当のようだね。」
「言ってるじゃねえか。それにあの剣も見せたろ?」
「このガキの使い方かもしれないじゃないか。」
「おい・・・その程度で傷むモン作った事は無いわい!馬鹿にしてんのか!?」
「鈍ら作ってせっせこ小金稼いでたのは、どこのどいつだい?」
「表に出ろ糞アマ!」
「あたしに勝てるつもりかい!?」
お互いジョッキを土場に叩き付け気色ばむ。
「夫婦喧嘩は、他所でやってくれ。」
「「何で判った!?」」
ご覧頂いている皆様神様仏様。
いつも閲覧有難うございます。
キャラ達は元気です。物語は進んでおります。




