アウムの日記
それから僕はアウム様に師事し、懸命に魔法を習った。幾度となく失敗したがアウム様と特訓する中である発見をした。
それは──魔法とは必ずしも詠唱が必要では無いと言うことだった。
魔力の具現化。それが魔法の原点だ。
明確な目的や用途があれば無詠唱でも発動させることが出来る事がアウム様が実証してくれたのだ。
無論アウム様も初めての事だった様で「今更無詠唱が使えるようになってしまったな。ふぉっふぉっふぉ」と快活に笑っていた。
そして数日後アウム様は亡くなった。
どうもロココ村へは湯治に来たのでは無く安らかに死ねる場所として選定したみたいだった。村ではひっそりとした葬儀が恙無く行われまるで予期し予め準備していたかのようだった。
僕はアウム様が生前よく言っていた「儂に何かあったらこれを開いてイースの思うように生きるんじゃよ?」と遺言にも近い言葉に従い彼に貰ったその本を開いた。
その本はアウム様の日記だった。
内容はエンシェントドラゴンを倒した事などの英雄譚が多く流石大賢者様だと感心したが日記の中腹、名前を塗りつぶしたであろう文の最後に「忌まわしい呪いを受けた」と書かれていた。どうやらアウム様の死因はそのことが影響している様だ。
アウム様は僕と同じく五感のひとつである味覚を失って生まれた様だった。
日記には味覚を無くした人間が生きる絶望がありありと綴られていた。しかし希望が見えたとも書かれていた。
そのきっかけが魔法学院への入学だった様だ。
そして日記の最後には手紙が二通挟まれていた。
一通は僕に関する激励や魔法が少し使えるようになった事への賞賛だった。普段から決して僕を褒めることは無かったがどうやら天狗にならない様に【自重しなさい】というメッセージだったみたいだ。分かりにくいよ!と少しイラッとしたが同時に感謝の気持ちでいっぱいにもなってすうっと涙が零れた。
ちなみに耳が聞こえない人間が魔法を使えるようになった前例はなかったようだ。
2通目はアピナ魔法学院への推薦状だった。
どうやらアウム様は僕に魔法学院への入学を勧めている様だ。日記にも希望が見えたのはアピナ魔法学院での入学がきっかけだと書いてあった。もしかしたら僕の聴覚が改善されるのかもと期待を馳せる。
どのみちアウム様と言う師匠が亡くなった今、僕は更なる力を得るために何かを始めるべきなのだ。
──まだ足らないんだ。もっと強くならなきゃ……。
僕の目的の為にはアウム様にも負けない程の実力が必要なのだ。
だから僕は師匠の勧め通りアピナ魔法学院に行くことに決めた。
師匠が亡くなって約1ヶ月後。僕は旅立った。アピナ魔法学院へと向かうためだ。
一月かかったのには訳があった。今までお世話になっていた老夫婦にお別れを言いありったけの孝行をさせてもらった。畑の世話や野鳥などの狩りに始まり住居の掃除まで今できる事は精一杯やった。今までの感謝の気持ちを込めて全力でだ。
「アールスさん。ムリャマさん。今までどうもありがとうございました!」
「本当に…本当に行ってしまうのかい?イースがここにいたいならいくらだって居ていいんだよ?」
「はい。ありがとうございます。僕もそれは考えたのですが……。やはり家族が心配で……。」
「そうかい……。それなら仕方がないねぇ。気をつけて行っておいで。でももし辛くなったらいつでも帰ってきていいんだからね?ここはもうイースの家なのだから。」
「うん……。ムリャマさん。ありがとう……。」
僕の母の様にいつも接してくれたムリャマさん。年々腰が悪くなり近頃は腰が曲がって畑仕事が難しくなってきている程だ。
「イース。ワシらはお前のことを本当の子供の様に思っておる。家族が家族に遠慮なんかするもんじゃない。いつでも頼ってくれていいんじゃ。ワシらはずっと待っておるからな?気ぃつけて行っておいで。」
「うん……うん!ありがとう!アールスさん!」
僕は堪らなくなって2人の元へ駆けていき抱きついた。まだ10歳の体は小さく2人の懐にぼふっと包み込まれる。
──暖かい。僕はこの温もりを一生忘れない。今まで半年間本当にありがとう。
翌日僕は旅立った。