弟子入り
僕の世界には音が存在しない。
生まれながらに耳が聞こえない先天性の聾唖者だからだ。
この世界にはウィズマと呼ばれる人達が居る。体のどこかに欠落がある者を総じてよう呼ばれている。
耳が聞こえぬ者─腕が無い者─目が無い者─様々なウィズマがいた。ちなみに聴覚と耳が無いことは無論別物である。
ウィズマには健常者達にはない不思議な力を持つという特徴もあった。
欠落した場所に魔力器官が存在し魔法と呼ばれる物を使えたのだ。
例えば……無いはずの腕がまるでそこにあるかのように輝き魔法を放つ。そんな現象だ。
故に普通の人間よりも優れたことが出来る者も数多く存在した。そのため大多数を占める普通の人間達から化け物扱いされ迫害を受けることも少なくは無かった。
ちなみに僕もそんなウィズマの1人なのだが……悲しいことに魔法を使うことが出来ないでいた。
何故か──?
それは先天性の聾唖者だからだ。
耳が聞こえない。すなわち自分の声を把握出来ないということだ。
魔法は魔力を体外や内外へ放出する方法なのだがそれには呪文や詠唱が必須だった。そして発音は難しく聾唖者の僕がどんなに練習しても魔法が発動することは無かったのだ。
折角のウィズマなのに……。魔法が使えないだなんて……。
だが緑雨の降るある日のこと。僕に転機が訪れた。我がロココ村に大賢者様が療養にやってくると言うのだ。
僕は思った。
──これはチャンスだと。
ウィズマなのに魔法を使えない。それはウィズマでは無くただの欠落者。そう揶揄されることも多々あった。それに……僕にはやらなくちゃならないことがあるんだ。
僕はこの機会を逃がしてなるものかと大賢者様に接触を試みることにした。
大賢者様はどうやらアウム様と言うらしい。146歳と高齢だが見た目は若く40代くらいに見えるおじさんだ。
白銀の長い髪を靡かせ少し歩きにくそうに歩くその姿を僕は遠目に見ては感嘆の声を上げていた野次馬の中の1人だった。
──どうにかして接触できないかな……。
あの人なら……高名な大賢者様から魔法を習えば僕にだって魔法が使えるかも……。
まだ僕の知らない……僕にも使う事が出来る魔法を知っている可能性がある。
その一縷の望みにかけて僕は山の麓にある温泉へと向かった。
もし大賢者様が傷の療養にロココ村を訪れたならば此処は外せないだろうという予想からだ。
そしてその予想は見事的中した。
──来た!アウム様だ。
僕は草葉の陰から顔を覗かせ大賢者アウム様の動向を見守った。
「そこにおるのは誰じゃ?」
──やばっ!?み、みつかった!?
声が聞こえないのでなんて言ったかは分からないがアウム様がこっちを見て口元が動いたことは分かった。
大賢者アウムが指をクイッと動かし【浮遊】とたった一言言うと耳の聞こえない少年はふわりと浮き上がり湯治場を取り囲む岩の上までふわふわと移動し始める。
焦った少年は手足をばたつかせながらどうにかこの場から逃げようと必死に足掻いた。
しかしアウムの魔法に抗う術もなく岩の上にトサリと落とされる。
「──して、なんの用じゃな?」
「ごえんなさあぃ」
「…うむ。そなたもウィズマかの?じゃが魔力器官が全く発達しておらぬ様子。それでは辛かろうのぉ。」
僕はある程度の速さの言葉なら読唇術で読み取る事が出来る。それでも初めて知る言葉には理解が追いつかない。
「ごえんなさぁい。わがりあてぇん。」
「ふぉっふぉっふぉ……。そうか君はフィフスなのじゃな?しかも聴覚か……。可哀想にのぉ……。」
アウムは同情の目を少年に向けた。
僕はこの目が嫌いだ。蔑まれるのも勿論嫌だが同情の目を向けられることはもっと嫌だった。お前は俺たちよりも下だと、同情される立場の人間なのだと間接的に言われているようで胸が張り裂けそうになるのだ。だが今は違った。ある意味チャンスなのだ。
「ぼぐぅをあだたのでしにじでぐださぁい!!」
僕はこの千載一遇のチャンスを逃してなるものかと岩の上という事も忘れて全力で土下座を行った。グリグリと額を岩に押し付けて必死に必死にアウムにお願いし続けた。
「ふぉっふぉっふぉ。なんじゃ?お主儂の弟子になりたいと申すのか?」
僕に何か話しかけてくれた気がして顔を上げた。そしてすぐに懇願する。
「おでがいでず!おでがぃじあす!」
「そんなに魔法使いになりたいのか?じゃが……耳の聞こえぬそなたには無理かも知れぬぞ?」
ここが踏ん張りどころだ。僕の誠意をみせなければ…。
「ぼぐには……まもりだぃびどがいるぅんでぇす!じぬきでがぁんばります!だがらぁ……おねがいでず!おねがいでずぅ……おねがいでずぅ…」
僕は岩に額をガンガンと打ち付けて必死に懇願した。もう僕には時間が無いんだ。
「うーむ。必死じゃのぉ……。何か訳ありか……。よし。分かった。弟子と言うわけではないがロココ村に滞在している間は稽古をつけてやろう。それでもいいかの?」
僕の額からは血が滲み声は枯れ始めていたが何とか目的は達せられた。これで大賢者様から指導を受けることが出来るんだ。
「治癒」
そう言ってアウムが指をパチンと鳴らすと額の出血は止まり嗄れた喉の痛みも消えた。
凄い!これが魔法……!僕にもこんな凄い魔法が使えるようになるのだろうか……。