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タクシーサラリーマン  作者: kyukyumi
5/5

香川うどんツアー

そして、来る土曜日朝5時00分。

(あ〜駄目だ、ねっみぃ・・・)

文字通り、瞼と瞼がくっつくのを抑えられず、秀明は涙目で欠伸を噛み殺した。

まぁ咬み殺す必要もないのだが。秀明の顔など誰も見てないだろう。

気を紛らわすために、車窓から外の景色を見る。新東名高速道路を走っているところだった。休日とはいえ、早朝ともなれば空いている。

秀明は運転手ではない。6人乗りワゴンの最後部座席に座っていた。当車ともう一方の車を合わせ、計11人が今回の参加者だ。

当車の持ち主は西田行員だったため、基本的には西田行員が休憩を交えつつ、ずっと運転してくれていた。しかし、秀明が唯一よく知る彼とは、間の座席を挟むため、話す機会がそうそうない。何か話そうにも、相当声を張り上げないといけないので、会話すら難しい。

ほかの同期のことは、知る由もない。秀明の隣には、女性行員の原口さんが座っていた。初対面であったが、綺麗な髪が印象的な長身且つ細身の美人だった。─しかし、初めの挨拶以来、大して盛り上がらず、それからは特に話していない。原口行員も、つまらない秀明には興味も失くしたようで、前方の席の行員たちと盛り上がっている様子。

「でさぁ〜うちの事務長がほんとに最悪でさー!」

「え〜それ、やばいねー!」

「私のとこの新入行員ずっと病んでて・・・」

「まじでー?」

「ねぇ、そういや、あの娘結婚するって知ってた?!」

「うそ〜」

などと、聞こえてくるのはそれぞれの内輪ネタ。

(それしかねぇのかよ・・・。銀行以外で、もっと話すことあるだろようよ。まぁ土日も研修やら試験やらで、プライベートも無いようなもんだから、そうなっちまうか。あ〜銀行員って、なんか虚しいよな。)

と、他人事のように、思う。入行して1〜2年目までは試験が毎月のようにあり、特に忙しい時期だったので、3年目となった今、やっとこうして少しゆとりが生まれ、同期の会合が企画されたのだ。それはまぁ、良いことなのかもしれないが・・・

いずれにせよ、そもそも周りの人間に興味がないので、秀明に皆と同じような会話をするのは無理であった。

ふと、後ろからついてくるもう一方の車のことが気になった。

同じように、内輪ネタで朝から盛り上がってるんだろうか。

(全く・・・暇なヤツらだぜ。)

昨夜キャバクラに行ってしまった故にほぼ寝ていない秀明は、二度目の欠伸を─今度は思い切り大口を開けてしてやったのだった。



昼時に無事にお目当てのうどん屋へ到着するも、人気店は大行列で、入店するまで30分かかった。

空腹も限界で、長旅であったにも関わらず…同期たちは元気だ。待ち時間すら、ネタは尽きることなく、盛り上がっている。

11人もいると、同席というのは難しく、結局、二つのテーブルに分かれることになった。

別にどちらのテーブルでもよかったが、秀明はやはり西田行員のいるテーブルを何となく選んでしまっていた。隣の席に腰掛ける。

「うわ〜釜玉か掛け、どっちにしよ!待ってる間何も考えてなかった!トッピングも美味そうだけど、2軒目も行くしなぁ?!え〜お前どうする?!ここは釜玉が有名だから、釜玉一択だよな?」

と、西田行員は流石と言うべきか、分け隔てなく皆に明るく話しかけ、自然な気遣いをしてくれている。秀明にも、とりとめない会話をふってくれ、それだけでも輪の中心に入ったような気になるからすごい。

そして、秀明の前に、注文した掛けうどんが届いた。

出汁のいい香りが鼻腔に抜ける。ついでに、トッピングにじゃがいも天と生姜天、更に玉子天もつけたのだ。

「え!お前、何やってんの!この店はどう考えても釜玉だろー!しかもめちゃでっかい天ぷら三つもトッピングしてるし!まだ何軒か行くのに大丈夫か?!」

と、西田行員が笑いながら茶化してくる。確かに、もう一方のテーブルも含め、皆、釜玉うどんを単品で注文している。

いやいや・・・と秀明が手を降って苦笑いしていると、

「あっ・・・」

と、か細い声女性の声が聞こえた。

そちらを向くと、声を発したのは斜め前の端の席にいた─高倉行員だった。

「?」

正直、車が別であったこともあり、彼女の存在をすっかり忘れてしまってきたが、何事かと改めて彼女を見やる─うん、私服も想像通り地味だ。

と、丁度、熱々の掛けうどんが、彼女の前に運ばれてきたところだった。しかも─でっかいじゃがいも天と生姜天、玉子天トッピング。

「・・・」

「・・・」

西田行員と秀明が固まっていると、高倉行員は掌で、自身の顔をパッと覆った。隙間から見える頬は、みるみるうちに赤くなっていく。

「ご、ごめんなさい!そうだったんですね!うどん屋さんのハシゴするから、普通は1軒目でこんな頼まないんですね!わ、私こういうとこするの初めてだから、浮かれちゃって・・・しかも皆釜玉頼んでるのに・・・。やだ、すっごくお腹空いてるみたいだし、恥ずかしい・・・!」

「ん?でも高倉さん、お腹空いてないの?空いてるでしょ?」

西田行員が湯気の立つかけうどんを指差し、言うと・・・

「・・・はい!本当は・・・すっごくすっごく空いています!何軒ハシゴしても、余裕で食べられる自信あります!」

と、開き直ったのか、顔を紅潮させたまま、両拳を握り、大きな声で肯定する。

「・・・あっはっはっは!面白いね、高倉さん!いいじゃんいいじゃん、その調子で食いまくろ!」

「すみません・・・」

西田行員のように軽快に笑い飛ばす ・・・ことも秀明には出来るはずもなく、ただ苦笑いを浮かべるだけだった。

どうやら高倉行員は、天然?と言うべきか、まぁ少し変わった娘のようだ。生真面目な勤務態度からはあまり想像できなかったが。

ともあれ、その後何となく気まずくなってしまい、黙ってうどんの出汁を啜ったのであった。



 その後は、うどん屋を三軒梯子したところで、ギブアップする者が続出。

「結局一番最初のところが一番うまかったな〜」

「お腹いっぱい!太るわ〜」

「私帰り絶対寝ちゃう〜!」

 各自思い思いに感想を述べ、自然とお開きとなった。 

 とはいえ、また、長い長い帰路へとつかないといけない。日付が変わるまでには地元に着くかなといった算段。

 運転手は行きと同様、車の所有者となるが、

「よーし、帰りは別の組み合わせで帰ろうぜ〜」

 西田行員の提案で、二台の車に適当に振り分けられる。

 秀明にとってこれは面倒に他ならない。これだけのメンバーで、まだ一言も話したことのない人が隣になったら、帰路にも関わらず、またもや挨拶から始めないといけなくなる。

 秀明は、西田行員とは別の車に乗ることとなった。こちらの車は5人乗り。

 そして、肝心の秀明の隣は。

「・・・」

 なんとなく、これはこれで、初対面よりもしかしたら気まずいかもしれない。

 隣は、高倉行員だった。



皆、眠いと言っていた割には、車内はそれなりに盛り上がっている。

秀明と高倉行員の間に、会話はない。もうこのまま眠ってしまおうかと目を瞑る。

帰路についてから、1時間ほど経った頃だったろうか。

ドンッ・・・!

と、車が少し揺れ、隣の高倉行員が、肩からぶつかってきたのだ。

「あ、ごめんなさい・・・!ごめんなさい・・・」

「いや・・・」

「あ、急ブレーキごめんな〜!」

運転手がバックミラー越しに片手を振り軽く謝る。

高倉行員を見やると、手に持っていたペットボトルのお茶を、自分のスカートに少し零してしまっていた。

「あ・・・っ。あ、ごめんなさい!大丈夫でしたか?濡れてませんか?!」

「いや、俺は全然大丈夫だから・・・」

慌てふためいている高倉行員に、秀明は自身のバッグからスポーツタオルを取り出し渡してやった。

「あ、ありがとうございます・・・!すみません。ちゃんと洗濯して返しますので・・・」

「いいよ。」

「・・・」

再びの沈黙。

秀明は、心地よい車の揺れに眠気を感じ、また目を瞑った。すると、

「・・・優しいんですね。」

高倉行員が微笑み、こちらを見ていた。

そんなこと、これまで誰にも言われたことはなく、むず痒いような恥ずかしさが秀明を襲った。

「いや、別に普通だし・・・」

「私、今日来られて本当に楽しかったです。初対面の同期ばかりで、緊張してあまり上手く話せなくて…。少し落ち込んでたんですけど、同じ支店の中林さんがいてくれて、心強かったです。」

「・・・」

秀明はそれを受け、これまでは気に留めていなかった高倉行員の行動を回想した。確かに、彼女はほとんど誰とも話せていなかった。支店内でも、まだ行員に壁があり、少し浮いているような印象さえ受けた。もしかしたら、行きの車内でも、秀明と同じように、会話に参加せず固まっていたのかもしれない。

「・・・私たち、何か似てますよね。」

少し弾んだ声色─に聞こえたのは気のせいだったかもしれないが。

顔は車窓へ向けながら、秀明はぼそっと呟いた。

「─同期なんだし、敬語はいいよ、高倉さん。」

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