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タクシーサラリーマン  作者: kyukyumi
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同期からの誘い

それから、次の年金受給日の2ヶ月が経過するまで、鈴木様に会う機会はなかった。秀明は、前回【お借りした】お金を、またこっそりチェストに返しておこうと考えたのだ。

だが、そのチャンスの日、計画はあっさりと頓挫してしまう。訪問した際、なるべく長く話をもたせようとしても、鈴木様が離席するタイミングがなかった。以前の様に、都合良く電話がかかかってくることもない。

(仕方ない…せっかくちゃんと返そうと思ってるのに。)

しかし、鈴木様を見やると、いつも通りの笑顔で、気付いている様子も全くない。

(ならまぁ…いいか返さなくて。)

呑気な鈴木様が気付くとは到底考えられず、バレない自信があった。

スーツの内ポケットに入れられた13万円の【返済金】は、数日入れたままになり、いつしかキャバクラへ訪れる際の充当金として使われ、完全に忘れ去られてしまった。


─平成18年11月。

開店してから30分ほどが経過。いつもの如くやることのない秀明は、特にアポイントもないのに、ごった返した支店から逃れるため、外出の準備をしているところだった。

─刹那、電話が鳴り響く。

1コール、2コール、3コール…

4コール目でさすがに耐えられなくなり、外交鞄にチラシ詰めしていた秀明は、やむを得ず手を止め電話に出た。

心做しか、接客や電話に追われている他行員たちの視線が痛い。遅せぇよ早く出ろよ、と咎められているかのようだった。

「お電話ありがとうございます。みやこ銀行八千代支店、中林でございます。」

「お世話になります、東京中央支店の西田と申しますが…。ん?あれ?もしかして、平成15年入行の中林?」

嫌々出た電話であったが、秀明の同期からであった。実に久しぶりである。特に仲のいい同期というわけでもないが、入行式の時に隣の席となった縁でメールアドレスも交換した、秀明の数少ない友人だ。西田行員とは、一度同期数人でキャバクラへ行った以来だが、実は彼のその後の活躍は耳にしていた。【個人ローン部ニュース】で、 全店住宅ローン実行件数ランキングで上位となり表彰されていた。秀明とは真逆で、友人も多く見た目も中身も明るい、人望の厚い人物だった。

「おぉ、久しぶりだな、西田。今は東京中央支店か。元気でやってるのか?転勤してそっちになったんだな。」

「そうなんだよ。もう狂いそうに忙しいんだわ。お前も3年目だったらそろそろ転勤あるんじゃないか。10月の異動でも、結構同期動いてたしなぁ。」

と、お互い近況報告をし合い、支店では普段殆ど笑わない秀明も、少し唇の端が緩むのを感じていた。

西田行員は、ははっと笑い、

「中林が八千代支店ってことすっかり忘れてたわ。まぁ話せてよかった。お前、たまには連絡よこせよ?あ、そうだ。来週土曜日、同期で集まって、香川のうどんツアーに行くんだけど、来ねぇ?」

「…そうなんだ。」

完全に、秀明が誘われたのはついでだった。行きたいかと言われると、正直、他の同期と話すのは苦痛だし、ましてやうどんなど興味が無い。貴重な休日が奪われるくらいなら、金曜日夜にキャバクラへ行って土曜日はゆっくり過ごすか、1人でパチンコにでも行っている方がマシだった。

どう答えるか思案していると、西田行員が続ける。

「車2台で行くんだけど、後2人くらいいけんだよな。あ、そうだ!中林来るなら、高倉さんも誘ってくんねぇ?確か、この前転勤して、今そっちにいるだろ。」

「え…」

秀明は思わず口篭った。高倉行員は、秀明と同じ平成15年入行の同期の女性。同期と言っても存在はよく知らなかったが、先月八千代支店へ転勤してきたのだった。

歓送迎会でも全く絡んでないので、どんな人物なのかよく分からない。挨拶も、取り立ててどうといったこともなく、普通だった。突然、四国への日帰りツアーをお誘い申し上げるなんて、少しハードルが高い…

「ま、聞いてみて!頼んだぜ!あっと、こんな話してる時間ないんだった!やばい!融資の課長に代わってもらっていい?」

「あ、あぁ…」

少々不安を残し、そこでやりとりは終わった。

面倒なことになってしまったが、思考を纏めるために、秀明は外出したのだった。


結局、うどんツアーに参加するかしないかの結論は出ず、あっという間に1日が過ぎる。しかし、参加した場合のデメリットの方が多いので、何となく、断る理由の方を考え始めていた。

秀明は今日の営業成果は何も無し。当然の結果だ。外出しても、集金が1件あったのみで、他は誰とも話してすらいないのだから。日中は、ネットカフェで昼寝してしまったのだった。

「……」

支店2階のトイレから戻った秀明は、階段を降りるとふと足を止め、営業室扉にでかでかと貼られた模造紙を見上げた。

【平成18年度下期 獲得成果表】

銀行員のノルマは半端ない。秀明は、住宅ローン担当を主としているが、恐ろしい実行目標額の他に、クレジットカード、ローンカード、預かり資産、積立預金、キャンペーン定期、ネットバンキング、口座振替等…言い出したらキリがないほど、多岐にわたる項目において高い目標が貼られていた。

その表には、各項目ごとに個人の名前が書かれ、各人目標に対しての成果がひと目でわかるようグラフになっている。

秀明の獲得は─今期はまだ当然のようにゼロ。

(まぁまだ11月だしな。他にも坊主がいるだろ。)

と、余裕ぶっていたがよくよく見てみると、なんと新入行員までもが獲得していた。しかも、【本日の獲得】の欄に記載。項目は、クレジットカードだった。

扉を開けると、

「すごいじゃん吉田さんー!どうやってクレジットカード獲ったの?!初獲得だね!」

「ありがとうございます。口座開設のお客様に声をかけてみたら、反応が良くて。メリットとして時間外手数料が無料になることを説明したら、その場で申し込んで下さいました。」

「偉い〜!それ、絶対明日のミーティングの時にちゃんと発表してねー!」

新入行員の吉田行員を囲み、先輩女子行員たちがきゃいきゃいと盛り上がっていたところだった。

吉田行員といえば、数ヶ月前、ただの出金を依頼しただけでも、オロオロしていた印象だったが…

(変わってくんだな。人は。ま、どうでもいいけど─)

と、それらを横目に、自席に戻る。

ふと時計を見上げると、19時10分。女子行員たちが挨拶し、退行し始めている頃だった。

(俺も、そろそろゴミ捨てるかな…)

と、ゴミ箱に手を掛けた際、ふと背後に気配を感じ振り返る。

「あ、お先に失礼します…」

同期の高倉行員だった。高倉行員は、見た目の通り控えめな声色で、ペコッとこちらに会釈した。そのまま、通り過ぎて、隣の席の行員に声を掛けようとしたところで…

「あ!あの…」

「…はい?」

秀明は、割と大きな声で、呼び止めてしまっていたのだった。

きょとんとした表情で、高倉行員と、ついでに隣の席の行員がこちらを見ている。そのことに多少恥ずかしさを覚え、思わずかっと顔が熱くなったが、気を取り直しいつも通り小声で話し出す。せっかく呼び止めたのだから、どうせなら話そう…

「あ、あの、俺らの同期の西田って知って…ます?」

「あぁ、西田くん。もちろん知ってます。有名人ですよね。入行式でも代表の挨拶スピーチしてたし。どうかしたんですか?」

やはり、西田行員のことは知っているものの、そこまでの親交は図っていないようだ。

秀明は、頭を掻きながら、高倉行員とは極力目を合わさないように続ける。

「今日、西田から連絡あったんだけど、今週末、同期で香川に日帰り旅行しようってこと…らしいです。俺も誘われたんだけど、せっかくなら同じ店の高倉さんもどうか?って西田が…」

「えっ、香川?」

口元に手をあて、少し驚いたように目を見開いた高倉行員。何だか、その所作は、淑やかであると同時に上品にも思えた。

(そりゃまぁ、急に言われたら…驚くわな。そんなアクティブな娘にも見えないし…)

しかし、秀明の思いとは裏腹に─高倉行員は、今度は両手を胸の前でぐっと握り、瞳を輝かせた。

「…楽しそう!本当に私も行っていいんですか?同期の集まりってあまり行ったことないから嬉しい!」

「あ、あぁ…」

「楽しみですね!中林さんも行かれるんですよね?宜しくお願いします。」

にっこりと微笑む高倉行員を見て─楽しそうと思うことができるなんて純粋だなぁと、こちらがあっけらかんとしてしまった。思わず、頷いてしまい、思いもよらぬ香川行きが決定した。

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