キャバクラ嬢りか
入店すると、すぐさま、顔馴染みのボーイが声を掛けてきた。
「中林様、いらっしゃいませ。どうぞ。」
「おぅ。」
まだ早い時間ということもあり、店内を見渡したところ、3組ほどしか来店していないようだ。いずれも、サラリーマン風の男性達が複数で騒いでおり、秀明のように一人で来ている者はいなかった。
奥にある、真っ赤なソファーに案内され、ドカッと荷物を置き座る。ふぅ〜っと息をつきながら、少しネクタイを緩めた。
料金のことは無論、熟知しているため、説明は割愛される。ボーイからハウスボトルが運ばれるが、それには手を付けず、手始めにビールをピッチャーで注文した。また、指名も完了しておく。
「こんばんわぁ〜♡」
と、現れたのは、りかではなかった。が、秀明の好み─大きな目の可愛らしい感じの女の子で、悪くは無い。初めて見る顔だった。
「ちなみって言います!初めまして。りかちゃんは、もう少ししたら来るから、それまでは私とお話して下さい♡」
(りか、他に指名入ってるのか…人気あるんだな。まぁいい。)
気を取り直し、ちなみとの時間を楽しむことにした。私も一杯いただいていいですかぁ?と、ビールを一緒に飲む。仕事後の冷たいビールは、五臓六腑に染み渡った。
「え〜!銀行員さんなんですかぁ!すごーい!お兄さん、カッコイイ〜♡」
ちなみは、口に手を当てて、大げさに驚いてみせた。秀明は、悪くない気分で、ニヤッと笑った。
「大したことないよ。まぁ、融資の営業は大変だけどね。すごくやりがいがあるよ。今は、住宅ローンの案件もいっぱい抱えてるから、いかに仕事を捌くか、常に頭はそれでいっぱいかな。」
「すごーい!融資とか、難しいことやってるんですね。エリートだぁ♡」
「いやいや…」
それなりに盛り上がり、15分ほど経った頃に、りかが現れた。
「秀ちゃん!!来てくれたんだぁ♡りか嬉しい!!やっぱ秀ちゃん大好きぃ♡」
「俺も会いたかったからね。仕事なんとか終わらせて会いに来たよ。」
ニヤッとする秀明。やはりりかは格別に可愛い。
煌びやかな黒のドレスを纏ったりかが、秀明の膝に手を置き、隣に座る。
「秀ちゃん仕事、忙しいんだね。りか、ずっと寂しかったんだから!でも来てくれて嬉しいよぉ。」
「ごめんな。これからはちょくちょく来るようにするからさ。」
「ほんとぉー?絶対だよ♡」
たわいもない話をしながら、軽くスキンシップを計る。白くて細い彼女の指。息もかかりそうな近距離に秀明的にどストライクの顔。秀明の気分は、徐々に高揚していった。
(金曜夜のこの瞬間···まじ最高!)
本当にりかは、自分のことが好きなのではないか?と自負するくらいだった。それぐらい、笑顔が魅力的だった。
追加のシャンパンを嗜みなから、少し視線の下にある、腕にぴったりとくっつ
いたりかを見下ろす。
「でもさぁ、りかの方こそ忙しいんじゃないの?この店でもNo.1の売れっ子みたいだしなぁ。働き詰めじゃん。ちゃんと、休んでるかぁ?」
笑いながら、何気なく言ったつもりの軽口だった。
─が、秀明には予測できなかった反応─その大きく美しい双眸が、驚いたようにハッと見開き、途端に曇る。
「・・・」
「どうした?りか。なんかあったのか?」
多少戸惑いつつ、彼女の肩に手をやる。りかは、俯いたまま、自分の丁寧に巻かれた毛先をいじって見せながら、少し間を置いて、いつもと違う落ち着いた口調で話し出した。
「うん・・・実はね。ちょっとだけ大変なんだ。」
「なに?何でも話して。聞くだけしか、できないかもしれないど。」
「うん・・・」
言いながら、仕事辞めるなどと打ち明けられたらどうしたものかと思案する。唯一の生きがいがなくなってしまう。しかし、これだけ好かれているようなら、辞めても付き合って貰える可能性もあるかもしれないが・・・。店の雰囲気も好きだったのに・・・それも何か違う・・・。
「誰にも、言わないでね。」
りかに思考を遮られ、無言で頷く。彼女は、少し疲れたように嘆息した。
「私、中学生の時に、両親を事故で亡くしてるの。それからは、おばあちゃんが私と弟を育ててくれてたんだけど、そのおばあちゃんも3年前に亡くなってしまって、今は弟と二人暮らしなの。」
「・・・そうだったんだ。」
「私にとって弟は、唯一の家族で…すごくいい子だし大事に思ってるの。」
「うん・・。」
長い睫毛を揺らしながら、憂いを含みゆっくりと話すりか。これまで彼女の家庭事情は聞いたことがなかった。こんなに何度も会っているのに・・・。そのいじらしさに胸を打たれながら、しっかりと話を聞く。
「その弟がね、今年大学受験なんだ。私と違って、すごく頭のいい子なの!本当は行きたい大学があるの知ってるの。でも・・・本人は、家庭を支えるため、高校出たら就職するって言って聞かなくて。私はなんとか行かせてあげたい。私がここまでこれたのも、弟のおかげだし。だから、私が頑張って働かないといけないんだ!─目標額まではまだまだだけど、頑張るの!」
いつもと同じ可愛らしい笑顔をぱっと輝かせ、こちらを見上げるりか。しかし、それが秀明には、かえって儚げに思え、今すぐ抱きしめてやりたいと思うほどの衝撃を与えた。代わりに手を握り、
「そっか・・・偉いなりか!俺、応援するよ!なるべく店にも来て、りかを指名する!身体だけは壊さないよう、がんばれ!」
「わ〜んありがとう秀ちゃん♡」
いつもの調子に戻り、そっと秀明の頬にキスをするりか。思わず口元をほころばせ、役得─と思うと同時に、彼女の助けになってあげたいという真摯な思いがこみ上げる。
そこからはいつもの楽しい夜だった。さらに追加したシャンパンが、華金の夜に彩を添えた─
秀明は、金曜日に鈴木様から着服したお金は使い果たしてしまったので、土曜日の間にすぐ母親に金の無心をした。─とはいえ、母親も仕事で忙しいため、リビングのテーブルの上にメモを一言─10万円よろしくと書けば、翌日朝に何も言わずに置いてあるのだった。甘い両親という訳ではない、と思う。それがさしたる金額でないことと、秀明に構っている時間も惜しいといったところであろう。