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それから攻防が続くこと、さらに二時間半。
全ての予算の振り分けが終わった。
「フッ。フフフフフ」
「んふふー」
予算案の書類には却下を示す斜線ではなく、追加で許可が出た項目がいくつも追加されている。
それを見て、私もフェルナンド様も顔のにやけが止まらない。止められない。
他の課、とくに副官達がぐったりとしてるにも関わらず、私とフェルナンド様の周りだけ見えない花が舞っている。
「これで全て終わり、か?」
「はい。皆様お疲れ様でした」
眉をしかめて問うセレイル様に、シャルルが頭を下げる。
「正式な予算書は後程各課にお届けに参ります」
「シャルルもご苦労様。じゃあ、今回の緊急予算会議は終了ということで」
「んじゃあ、俺はお役御免だな! さいならっ!」
潮様が終了の言葉を言い終えるが早いか、鷹がいの一番に立ち上がり、部屋を駆け出ていった。
予算項目に却下が出るたびに圧力を受け、生きた心地がしないと言わんばかりにシャルルの背にそっと半身をめり込ませるように隠れていたから、待ちに待った解放の時だったんだろう。
「フェルナンド様」
「なぁにー?」
「これから毎回この方法でもいいですねー」
「そうだねぇー」
「あれ? そんなこと言っていていいの?」
フェルナンド様と二人であまりにも幸せ気分に浸りすぎていたからか、レオン様が机に片肘をついてこちらを見ていた。
ニコリと笑うレオン様は、傍で見ている分にはご機嫌麗しく映るだろう。ただし、こと彼に関しては言動不一致が常だ。
レオン様の不穏な言葉は、今までの充足感を軽く吹っ飛ばすには十分な威力を発揮する。
「……どういうことですか?」
「僕、今回は大人しくしていただろう?」
「そういえば……そうですね。私よりもはるかに大量に弱みを握っているでしょうに」
「ふふっ。まぁね」
弱みに限らず数多の情報収集は第五課、特に課の長の十八番。些細なものから本人が墓場まで持っていきたい情報まで取り揃えているはずのレオン様が私と同じように取引材料にしてこなかったのは意外ではあった。
黙っておられる分にはこちらに有利になるから放っておいたけれど、まずかったかもしれない。
「なにを企んでいらっしゃるんですか?」
「それを教えてしまえば企みにはならないだろう?」
「……それはそうですが。まぁ、第六課に不利な状況にならないのであれば何をされてもご自由にというところですが」
「あぁ、大丈夫。安心して」
「はぁ」
安心しろと言われても、本当に大丈夫なのか、そこにおいては全く安心できない。
「君達のところの予算が足りないということは、ひいては私達にも関係してくることだからね」
「……それをご承知なら、もう少し大人しくしていただけませんかね?」
「あ、怒った? ごめんごめん」
「ごめんで済んだら第三も第四も必要なくなりますよね? 本当に分かっていらっしゃいますか? えぇ?」
第三課の行き過ぎた鍛錬と捕縛、そして第四課の過労をなくせば薬の量は各段に減らすことができるんです。
自分達にも関わってくることが分かっているなら、もっと自覚を持ちやがれください。
「ま、まぁまぁ」
私の喧嘩腰に、フェルナンド様が両手で制止してくる。
「星鈴、そろそろ舎館に戻ろう。ね?」
「……そうですね。仕事も途中ですし」
捕縛で収容した者の報告書の確認も残っている。
それ以外にも緊急予算会議をする前に作成していた報告書のせいで後回しにしていた煎じ薬作りも残っている。
持ってきていた荷物をまとめ、
「さて、僕らも戻ろうか。潮、美味しいお茶をご馳走様」
「どういたしまして。また仕入れておくよ」
一番先にレオン様と副官の翻月、諭月が部屋を出ていった。その後を第一課の二人と第三課の二人が続いていく。
そして、セレイル様と、副官のエドアルド、ミリアルドも席を立った。
「まったく。散々な目にあった」
「セレイル様。今回の捕縛で第四課に回ってくる前に、溜まっている審理をなんとかしなければなりませんね」
「あぁ。やれ、頭の痛い」
「話せる者の分だけでも調書をとってきます。フェルナンド様、よろしいでしょうか」
「うん。まぁ、話せる程度の者がいるなら構わないよ。ただし、無理はさせないこと」
「もちろん、心得ております。では、後程」
エドアルドが頭を下げ、先に部屋を出たセレイル様とミリアルドの後を追っていった。
私とフェルナンド様が部屋を出ようとした時、後ろから潮様に呼び止められた。
「な、なにかまだありましたか?」
「フェルナンド、そんなに狼狽えなくてもいいよ。別に決まった予算にけちをつけようってわけじゃないから。まったくの別件だよ」
「そうですか。良かった」
フェルナンド様はほっと胸を撫でおろした。
せっかく獲得した予算項目を差し戻せてしまうのが第二課長ゆえに、それも無理からぬことだ。
「それで、どのような件ですか?」
「実は、学園の健康診断の件なんだけど」
「あぁ、そういえばそろそろですね」
元老院が運営している学園に通う生徒達の健康を診る一年に一度の行事だが、その時期がもうじきに迫っていた。
「そうなんだ。それで、ね。悪いんだけど、第六課としての見立ての事前調査をしてきて欲しいなと思って」
「事前調査ですか? それはまぁ、構いませんが」
本来、健康診断は学園で別に雇った業者の手で行われている。
事前調査を依頼されることなど今まで一度もなかったが、将来元老院に就職する者もいる。先に良さげな人材を業務を口実に見繕っておくいい機会だろう。業務は増えるが、決してこちらに利がないわけでもない。
要は依頼を断る理由もなかった。
「で、今回は君とフェルナンドも行ってきて欲しいんだよね」
「……それはまた、何故かお聞きしても?」
「うーん。実はね」
フェルナンド様の当然の疑問に、潮様の口からはまた微妙に厄介ごとを切り出された。
また残業決定かと二人で顔を見合わせて苦笑する。
しかし、いつも何かと世話になっている第二課長からの依頼とあっては断れぬと、肩をすくめて承諾の意を示した。




