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「ただいま戻りました」
足早に潮様の執務室へ戻ると、まだ会議は終わっていなかった。
どうやら延長戦に突入したらしく、気のせいじゃなければ障子が一部破れている。大方、どこぞの傍迷惑な課長がやらかしたのだろう。その分予算を減らされればいい。
一斉に向けられる視線をかわしながら自分の席についた。
「お帰り。大丈夫?」
「はい。全て収容を終えております。治療後、第四課へお渡ししますので、よろしくお願いします。第三課は報告書を作成してください。後程ナルに回収に行かせます」
報告書はいわば問診票的な役割を持っており、従来であればそれを元に診断を下し、必要な薬を処方する。その分野に精通した者に割り当てるという意味もあって、第六課側の負担軽減にもつながる重要なものだ。そして、治療後は自分達もどのような処置をしたかを書き込んでいく。それをさらに精査し、今後の治療に役立てていくのだ。そうしてできたのは、人間の医療でいうカルテというものになる。
ただし、捕り物ともなれば第六課に運ばれるような怪我人は押し並べて重傷者が多い。自分で書けるはずもなく、治療を始めるまでにそんな時間もないので、それは捕えた側が代理で後程作成することになっている。大体の日時、場所、何をしてどうなったのか等フォーマットは用意されているので、あとはそれに書き込んでいけばいい。
いけばいいのに、それをなかなか提出しようとしない。忙しいのは分かるが、こちらも仕事。第三課とはこんなところでも睨み合いが勃発していた。
「特に今回は私の血も使ってるので、誤魔化しはききませんので。コリン、もし期日までに出せなければ、それぞれ新薬の実験台になってもらうと下には言い聞かせてね」
「は、はい」
「君の血も使うような状態なら、さぞかしすごかったんだろうねぇ。私も出たかったな」
「あ゛?」
さすがに疲れていたところに、ふざけたことをカミーユに言われ、つい低く鈍い音が口から漏れ出た。
つい、だ。つい。決してわざとじゃない。
「まぁ、お茶でも飲んで落ち着きなよ。シャルルに頼んで用意してもらったんだ。日本の宇治産の玉露だよ。あと、茶請けに京菓子も」
「……はぁ」
レオン様が机の上に並べられていた湯呑を手に取って見せてくる。
もしやと思って時計を見ると、丁度定例のお茶の時間だった。
定例といっても、レオン様の中でだけなのだけれど、さすがというべきか。この時間にだけは毎度正確だ。どんな状況にあってもこれだけは譲らないのだからすごいと思えばいいのか、呆れればいいのか。
やっぱりココにはこのお茶だよねぇと言いながら、美味しそうに湯呑に口をつけている。
お茶を飲んで落ち着けるような気持ちではないけれど、ここはレオン様の顔を立てておいた方が無難だ。この時間を邪魔したり、この時間の間に無粋な真似をすればこちらが危ない。
何度も深呼吸を繰り返し、怒気を散らす。
そういえば、肝心の予算の方はどうなっているのだろうか。
「フェルナンド様、予算の方はどのように?」
「そう! 見てよ、これ! 僕、頑張ったんだぁ」
(えぇっと……んん? お、おおぉっ!)
嬉しそうに見せてくる予算案には、薬の材料費の増額に加え、新規ベッド購入費、薬草庫の拡張費が加えられていた。
予算案を握りしめ、フェルナンド様を見る。フェルナンド様も瞳を輝かせ、こくりと頷いた。
そして、次の瞬間には、二人で抱きしめ合っていた。
「フェルナンド様、これでベッドが足りなくて患者を地面に敷いた布の上に寝かせなくてもすみますね!」
「うん、うんっ! それに、薬草庫も拡張されるから、星鈴ももっと研究に力を入れられるよ!」
「フェルナンド様」
正直、薬草庫の拡張費まで取れるとは思っていなかった。
各課の弱みを書き記した閻魔帳と一緒に渡したリストには、薬草庫の拡張費は書いてはいるけれど、下の方、取れれば楽になれるなくらいの心持ちで書いていたのだ。
さらに聞けば、日頃頑張っている私への褒美代わりなのだと言う。
先代と比べ、頼りないだとか経験が足りないとか口さがないことを言う他課の輩がいる中で、彼は彼なりに努力し、そして周りのことを考え動いている。実力主義の弊害としてありがちな温かみが彼には十二分に備わっていた。
「フェルナンド様、ありがとうございます。……では、会議もまだ終わってないようですし、さらに予算を頂いて課の運営が楽になれるよう私も頑張りますね」
閻魔帳をかざし、ニコリと笑う。
それに他の課の副官達が揃ってひくりと口の端を揺らす。どうやらいくつかはフェルナンド様によって使われたらしい。すでにこの中の情報が正確であるということは実証済みというわけだ。
容赦? そんな言葉、私の辞書にはありません。
そんなの、ご存知でしょう?




