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人外統率機関元老院ー仕事は増えても減ることなしー  作者: 綾織 茅
プロローグ

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プロローグ





□■□■



「……またか」



 まるで打ち上げ花火を何十発もまとめて宙にぶっ放したかのような爆音が、おそらく発生地点から遠く離れているだろうココにまで(とどろ)いてきた。数分後には患者が大群となってココに押し寄せてくるだろうことは決して想像に(かた)くない。


 机に積み上げられた終わらぬ書類の山を見て、ほぅっと溜息をついた。


 しかし、仕事は仕事だ。


 言われる前に椅子から重い腰を上げ、背(もた)れにかけておいた白衣を羽織った。


 机の上をあらかた片付け終わり、そろそろ行こうかという時に、廊下の向こうから重そうな甲冑(かっちゅう)をガシャガシャと鳴り響かせて走ってくる音が聞こえてきた。



星鈴(しんりん)さま! 仕事中すみません! 薬の提供をお願いします!」



 入口のドアを勢いよく開けて顔を覗かせたのは、この春に軍事を司る第三課に配属されたばかりの新人の少年だった。まだ配属されたばかりの時、訓練で怪我をして上官に肩を貸されて運ばれてきたのを覚えている。



「分かってる。あと、ノックはしようか。……あの様子じゃあ、また派手に暴れたね? おたくの課長は」

「す、すみません。……でも、早くお願いします!」



 まだ初々しい甲冑姿の少年はひゅっと首を(すく)めると、私が白衣を着ているのを見て自分がココへ何をしに来たのか思い出したようだ。私の背に回り、グイグイと背を押してくる。



「ちょっと落ち着きな? それに大量の薬があったとしても、あなたのところの戦闘狂につけるものはないよ」

「す、すみません」



 これ以上は謝ってばかりの新人クンがさすがに可哀想だ。完全なる八つ当たりだと分かっているものに付き合わせていいものではない。

 今度こそ薬が置いてある薬草庫へ行くべく、少年と二人で部屋を後にした。




 この元老院――人外の者が日夜働く機関では元老院長が在する建物を中央に置き、周りを六芒星(ろくぼうせい)の位置で全部で六つある各課の館舎が配置されている。

 その館舎も皆同じ造りではなく、その課の長によって異なる様相を見せる。

 この医事を司る第六課はその性質上、透明感にあふれた白を基調とした人間達の世界でいう病院のような様相を取っていた。


 その館舎から歩くこと数分。

 温室を併設した小屋が見えてきた。



「ここよ。ちょっと中で待ってなさい」

「はい!」



 書類仕事をする時以外は専らこの薬草庫が私の仕事場となる。勝手知ったるというか、私が仕事をするのに最適な環境にした薬草庫のドアを開け、少年を中に招き入れた。



「散らかってるけど、周りにあるものは無暗矢鱈(むやみやたら)と触らないでね。安全は保障しないから」

「えっ!」

「ギンピーギンピー。一見何の問題もなさそうな葉だけど、少しでも触ろうものなら最低二年は耐え難い痛みが続いて人外でも自殺したくなるほどよ」

「ひっ!」



 それ以外にもここは薬となる薬草以外にもいわゆる毒草と呼ばれるものも数多貯蔵している。毒も使い方次第で使い物になるのだから、無駄なものなど一つもないのだ。

 今日も締め切りが迫っている書類があることを思い出すまでは、そのギンピーギンピーの用法用量を専門の紙に書き留めているところだった。



「これを持ってて」

「は、はいっ」



 入口付近で直立不動している少年に薬や備品を入れる銀トレイを渡し、その上にどんどん薬瓶や薬包紙を乗せていく。

 手持無沙汰になった少年はキョロキョロと小屋の中を見渡している。課が違い、あくまでも備品庫の扱いとなる薬草庫に訪れるのは初めてであっただろうから無理もない。



「あ、あの。こんなことを聞くのは問題かもしれないんですが」

「なに?」



 数多の段と列がある棚から薬を探す手を止めずに聞き返した。



「医術に特化した方々が集まるなら当然治癒術はお手の物でしょう? 何故薬で時間をかけて治すのですか?」

「君の上司も原因の一端なんだけどね」

「え、あ、すみません……」

「いや。君は元老院が抱えている三大魔王全員に会ったことは?」

「いえ、まだカミーユ様しか」

「カミーユ……様もいれて三人。課長クラスには魔王の呼び名を冠するに相応しい方がいる。最強、最恐、最凶。同じ読み方でもどの文字が割り振られるかは君も噂で耳にしているだろう?」

「はい」

「その三人が課長職についてからというもの、怪我人、病人がそれまでとは比べ物にならないほど増えた。治癒術を使う者とて力にも人数にも限りがある。そこで自力で治せる程度の者は薬で、本当に速やかな治療が必要な者に第六課の者を割り振ることが決められた、っていうわけ」

「なるほど」



 実際、怪我人というのも悪事を働いたものを討伐に(おもむ)いた時に出る数よりも第三課内で行われる戦闘訓練の時に出る数の方が多い。

 病人だって理由は大抵二つ。過労か、精神疾患か。悲しいかな、身体的に強い人外とて病にも(かか)れば心も病む。外交・諜報を司る第五課長の尋問と言う名の拷問を受けた者は皆、司法を司る第四課に引き渡される時には裁きどころではなく精神崩壊していて先に第六課送りというのは常のルートだ。さらに、他人に厳しく自分にさらに厳しい第四課長が己にできる最高水準の仕事量を皆に振り分けるものだから堪ったものではない。第四課の面子はもれなく私が作った栄養剤の常連だ。


 本性が魔王というわけではないのに魔王と恐れられる三人のせいであるのは火の目を見るより明らかだった。



「さ、こんなもんかな?」

「では、急いで」



 少年がドアを開けると同時に第二波の轟音が鳴り響いた。


 その音がする方を見ると……。



「おいおいおい。あのバカ、また性懲(しょうこ)りもなくっ!!」



 第五課館舎の横に併設される聖堂のステンドガラスが破壊されていた。

 その聖堂は言うまでもなく第五課長が建てさせたもので、彼のその聖堂への情の注ぎっぷりが半端ないことは元老院内で働く者ならば誰だって知っている。

 現に、隣の少年は目を大きく見開いて泡を食っている。


 丁度二十三日前に同じようなことが起きた時、それはもうそれ以降に運ばれてきた罪人達が八つ当たりを受け、哀れでしかなかった。あまりの酷さに元老院長自ら第五課長に尋問部屋への出入り禁止を命じたほどだ。もちろん、例にもれずその尻拭いはその罪人達の治療をする第六課がもろに受け、連日徹夜勤務を余儀なくされた。


 それが明けたのがつい三日前……だというのに。



「今日こそ確実に後悔させてやる」



 もう幾度決意したか分からないほどの誓いを胸に、私は少年を引き連れて現場へ向かった。


 もちろん、ギンピーギンピーも忘れなかった。





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