8話
デビュタント当日。
純白のドレスに黒髪を結い上げ、頭にはティアラを付けている。
極端に華美な装飾は施さず、これから社交界に踏み込む少女の清純さを表している。
しかし、デビュタントが通例15歳で行われるのにミリアは17歳。
一人だけ年が上なのは、少々居心地が悪い。
やむをえない事情があっただけに致し方ないが、年下の少女たちと一緒なのは気まずいものがある。
しかも、そんな年下の少女たちにもいつの間にかかつてのミリアのうわさ話は広まっていた。
そこに、ルッツとの婚約解消やデウスからの求婚の話も加わり、さらに尾ひれも加われば、彼女らには到底及びもつかない悪女像が出来上がっていた。
おかげで彼女らとミリアの距離は遠い。常であればこれから社交界を戦い抜くライバルとして互いに宣戦布告でもあろうものだが、共通の巨悪(?)が一人いるせいでそれもなく、むしろ一致団結すらしていそうだ。
そんな状況にミリアの憂鬱さは増していく。
(前途多難だわ…)
そうして、無事に(?)王族へのお目見えも済み、いよいよ夜会の開始となる。
それを待っていたかのようにミリアに向かう男が二人。
まずはデウス。
「やぁミリア。今日は一段ときれいだよ」
「ありがとうございます」
次にルッツ。
「ミ…ミリア、今日の君はまるで湖に浮かぶ優雅な白鳥のようにきれいだ」
「ありがとうございます?」
いまいち褒められた気がせず、つい疑問形になってしまう。
こんな誉め言葉で本当にこの男はモテ男なのだろうか?
(それにして、も……)
つい後ろに目が向く。
すると、サササッとドレスの波が起きる。
ついさきほどまでミリアをにらみつけていた令嬢たちが、ミリアが気づくとあっという間に目を逸らすからだ。
まるでミリアを中心にドレスの波紋が起きたかのよう。
学園…どころか、貴族界で最も人気の男二人に囲まれているのだ。
その嫉妬は察して余りあるほどだ。
しかし、昔の逸話に今の二人への態度、そして家柄が、未だにミリアにはっきりモノ申すことのできる人間がいない。
怖いのだ。今でこそ、学園で常に付き添うルーミアが不在だが、それを補うかのようにルッツとデウスがいる。
ミリアもそれは理解し、二人を体のいい盾代わりにしている。
…もっとも、その二人のせいで視線が増大し、諸刃の盾と化しているわけだが、この際それは気にしない。
「相変わらず君の人気ぶりは、どこに行っても変わらないね」
「ええ、おかげさまで」
もちろんデウスたちもそれに気づいている。
気づいたうえで、こうしてミリアに付きまとい…付き添っている。
「大丈夫だ、ミリアは俺が守る」
「ルッツ…」
男らしいセリフにルッツに目が向く。が、その瞳は相変わらず捨てられるのを恐れる子犬のよう。セリフと顔が合ってないのは学園外でも変わらないようだ。
「はぁ……」
「ど、どうしてため息をつく!?」
「鏡で自分の顔を見てきてほしいわ…」
「ど、どういう意味だ?」
哀れな元婚約者に、さらに憐みの視線が向けてしまう。
今日のルッツは、もちろん学園の制服ではない、盛装をしている。
固めのスーツがルッツの体格の良さを如実に表している。
その鍛え抜かれた体で抱きしめられれば、ミリアの体はあっさりと折れてしまいそうだ。
「ミリア嬢、僕と一曲、どうですか?」
するとデウスがミリアをダンスに誘ってきた。
いつの間にか周囲ではダンスが始まっている。
「すみませんが私、ダンスはまだ…」
「ええ、それは分かっています。ステップだけならどうでしょう?」
「…………」
今のミリアではそれすらも難しい。できることは、向き合って手を取り合い、そして…ステップだけ。
「ステップだけなら…」
「ええ、それでもかまいません」
にっこりそう言われ、これ以上断るのにも気が引けた。
そもそも、目の前にいるのは王族、王太子、未来の王だ。
その誘いを無粋に断り続けるのは、いくらミリアでも体裁が悪い。
「では一曲だけ…」
「ありがとうございます」
そう言って、ミリアの手を取り、ダンスの輪の中に入っていく。
できるのはステップだけ。
そう言った通り、デウスは向き合ってミリアの手を取り、ただ人の合間を縫うようにステップ…それも、基礎中の基礎。
ダンスとは呼べないダンスに、それでも周囲の注目は大きい。
そもそもが話題性のあるペアだ。
王子であるデウスと、かつて問題児でありながら病気により6年という長きにわたり寝たきりで表舞台から姿を消していた少女。
そんな二人がいっしょに踊り(?)、学園での噂しか聞いていなかった各家の当主や婦人、既に卒業したものたちが噂は本当だったと注目している。
それに注目しているのは王や王妃もだ。
未だその年にして婚約者のいない息子が、やっと相手を見つけたかと思えば、本人以外は満点、本人は赤点のミリアなのだから心中穏やかではない。
跡継ぎを何よりも望まれる王太子妃、いずれは王妃にあって、病気で寝たきりだったミリアの健康状態は不安が残るものだ。
そして当人も、その人柄には大きな問題がある。
それを息子が承知しているはずだが、それでも求婚したということは何かあるのだろうと、今は王夫妻は静観している。
「大丈夫ですか?」
「ええ、これくらいなら」
これくらいなら、と答えたミリアだが、実は存外平気だったりする。
さすがに、激しいステップや回転は体が追い付かないが、それくらいには体力は増えつつある。
本人としては、ダンスを断る口実に自身の体調を利用していた。
できれはこの二人とダンスを踊りたくない。
ただでさえ、噂になっているのにダンスまで踊れば二人のどちらかという話が真実味を帯びてくる。
そんな状態では、新しい出会いを望むのが難しくなってしまう。
だから、なるべく二人との接触は避けたいという気持ちもあった。
しかし、一方で全くの初対面の異性と接触できるかと言えば、それもノーだ。
なにせ今のミリアは並の少女よりもはるかに非力だ。…無理やり事に及ばれれば、あらがう術はない。
ミリアは自分の立ち位置を理解している。普通の日本人だった少女も、貴族の屋敷で暮らせば否が応にもこちらの常識が身に着く。
だから、今の自分がどれだけ優良物件かということも。
カースタ侯爵家。国内の指折りの資産家。そんな家とのつながりを作れれば、財政面での安定は確実だろう。
現に、財政が逼迫している貴族からの縁談の話は来ているのだ。ルッツやデウスの求婚が明らかになっても、だ。
確かにミリア自身の評判はすこぶる悪い。しかし、それを上回る魅力がカースタ家にある。
だからこそ、事が起きればミリアは縁談を断ることができなくなる。
元日本人の感覚なら、無理に及んだ相手と結婚までするなど人生を地獄に突き落としてくれる最悪のフルコースなのだが、ここではそうも言えない。
純潔を望む貴族が未だに多いこの世界で、まして無理やりされたというのは極めて悪い醜聞だ。
もちろん、ミリア自身無理やりされていいなどと微塵も思ってない。
そのために、どうしても盾が必要だった。
二人がいては新たな出会いが望めないが、二人がいなくてはミリアは夜会に出ることすら危険なのだ。
「…君は弱くなった」
「えっ?」
ぽつりとデウスのつぶやいた言葉にミリアはドキリとしてしまう。
「昔の君は…少女でありながら恐れを知らず、自分のやりたいようにやる、暴君と言ってもよかった。でも、今の君にはそれは無い」
「…6年も経ちましたもの」
「そうだね。女性たちは未だに君を恐れてる。何をされるかわからないから。…でも、男は違う」
「………」
「今の君はか弱い女性だ。確かに、学園内での立ち振る舞いは、めったなものを寄せ付け合い強さがある…ように見せかけている。でも、見せかけだけだ」
「っ!?」
突然、デウスの手がミリアの腰に回り、その華奢な体を地面から浮かせる。
その体を自分に抱き寄せたデウスは、間近に迫ったミリアの耳元に口を寄せた。
「ほら、こんなに簡単に僕の腕の中だ。逃げられるかい?」
「………!」
腕に力を込めても、デウスは何も動じない。
ミリアの力は、男に一切抵抗できない。
「僕が何もしないと思った?求婚したからって、君が選ぶ立場だと思った?」
「っ!」
ぞわりと、耳元で囁かれるセリフに総毛だつ。
こんなことにはならない。そう思っていたのが甘かった。
目の前の男は、いつでもそれをする。その気がある。
無害を装い、ミリアがクモの糸にかかるのを待っていた。
まんまと糸にかかったミリアに、そこから逃れるすべはない。
「なんてね」
それと同時に、ミリアの足が地面に着く。
が、不意に下ろされたせいでバランスを崩し、足元から崩れてしまう。
「おっと」
「きゃっ!」
再びデウスの腕に中に舞い戻されてしまった。
「…ごめん。ちょっと悪ふざけが過ぎたね」
「…全くです」
「今度はちゃんと下ろすから。いい?」
「ええ」
今度はゆっくりと床に下ろされていく。
床についた足に力を入れ、しっかりと床に立つ。
ちゃんと床に立てたことを確認してから、デウスの手が離れていく。
…初めて家族以外の異性に抱きしめられたことに、ミリアの動悸は収まらない。顔も熱い。
「…ふっ、やっぱり君も女の子だね」
「………女性と思ってなかった相手に求婚してたんですね」
「ふふっ、そうだね」
再び手をとられ、ダンスの輪から外れるようにエスコートされていく。
そのエスコートしてくれる手の大きさをミリアは実感してしまった。