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5話

まさかの婚約者との遭遇に足が止まる。

振り返ると、彼がこちらを見ていた。


(彼が婚約者だったのね…)


だとすればさっきの対応はまずかったか?

そう思うが、そもそも彼もミリアのことをミリアだとはっきり確信できずにいた。


「ねぇ、ルーミア」


小声で話しかける。


「何でございましょう?」


ルーミアも小声で話してくれる。ルッツには聞こえない程度の声量だ。


「彼とはどのくらい会ってなかったの?」

「執事によれば、彼はお嬢様が病気で伏せてから見舞いに来たことは無いそうです」

「…それってつまり」

「6年はお会いしてないということになります」


6年も会ってない。

そういえばと執事に聞いたことを思い出す。

ミリアは彼のことを下僕扱いだったとか。

それを考えれば、彼がミリアに対しいい感情を抱いていないことは明白だ。

6年見舞いに来なかった理由もそこだろう。

彼に視線を戻すと、目は泳ぎ、たまに目が合うと急いで目を逸らす。

体格は立派なのに小動物のような挙動だ。

そのギャップにミリアは笑ってしまいそうになる。


しかしこのままでは可哀そうだ。

よく見れば彼はかなりのイケメンだ。近くを通る令嬢が熱い視線を送っている。

体格もいいし、普段はかなりモテるだろう。

ミリアが無理やり婚約者にしたのもうなずける。

が……


(私の好みではないのよねぇ)


長年病室で過ごしてきた今のミリアは、男性に心をときめかせるという経験が無かった。

極端に男性と接する機会が無く、男性という者をよくわかっていない。

かといって、別に男性恐怖症というわけでもない。

そんな彼女の理想の男性像は……未だになかった。

なので、ミリアには彼との婚約を続けたいという願望は無かった。

何なら婚約を解消してもいい。そうとさえ思っている。

しかし、この話には少し厄介なところがある。

この婚約に際し、条件となっているのが、カースタ家からロード家への経済援助だ。

婚約を解消するということは、援助も打ち切るということだ。

それはさすがにどうかと考える。


「…ルーミア、ロード家の状態は分かる?」

「婚約当初はかなり困窮していたようですが、今はそこそこ立て直したようです。援助を打ち切ったとしても問題は無いかと」


それはつまり、婚約を解消しても大丈夫だということか。

一旦、家に帰った際に父に状況を確認し、婚約を解消しようか。

そう思ったところで、当人を思い出す。


「本人がいるんだから、今聞けばいいのよね」

「さすがお嬢様。鬼畜ですね」

「どうしてよ!」


いきなりの鬼畜扱いについ声を荒げてしまう。

その声に、ルッツがびくりとする。

…このルッツという少年…青年…?はどれだけミリアにトラウマがあるのだろう。


「ねぇ、ルッツ」

「!!! はい!」


呼びかけたら直立不動で反応された。

本当に過去のミリアは何をやったんだと問い詰めたくなった。


「あなたの家はもう大丈夫なの?」

「えっ?俺の家…?」

「もう援助はいらないの?」

「えっ?」


訳が分からないという顔でルッツは首をかしげる。


「援助が不要なら、もう婚約は解消してもいいでしょう?」

「!!??」


ミリアの言葉に、ルッツの顔が驚愕で染まる。


「…あなたに過去したことは謝るわ。でも、ロード家が援助不要なら望まない婚約を続けなくてもいいでしょう?なら、婚約を解消しましょう」

「…………」


ミリアの紡いだ言葉に、口をパクパクさせるだけのルッツ。

ミリアの言ったことがよく理解できてないようだ。


「帰ったらお父様にも相談するわ。それで解消すれば、あなたも自由な恋ができるわ」


(ついでに私もね)


ミリアは恋愛にもあこがれていた。男性の好みは明確じゃないけれど、それくらいはある。

素敵な白馬の王子様。

前世ではそれこそ夢物語の話だったが、今ならむしろ十分に望める。いや、普通にいる。王子様も白馬も。

それを考えた場合、婚約者という存在はむしろ障害になってしまう。

これはミリアにとっても良いことなのだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


ようやく再起動したルッツが待ったをかけてくる。


「どういうことだ!君はもう俺に興味が無いということか!?」

「ええ、そうよ」

「!!」


ミリアの即答にルッツは愕然とする。

ミリアも即答はまずかったかなと思いつつ、本心だから仕方が無いと開き直る。


「あなたも、私に興味は無いでしょう?一度も見舞いに来なかったんだもの」

「!!!!」


ルッツは膝から崩れ落ちた。

事実を言っただけなのに…とミリアは考えるが、それ以上はまぁいいかと考えは止めた。


「そろそろ次の授業が始まるわね」

「はい」


そう言い、中庭を後にした。

崩れ落ちたルッツはそのままだった。



***



「ルッツとの婚約を解消したいと思います」


夕食時、ミリアは切り出した。

その内容に、父は特に慌てるようなことは無かった。


「…ああ、そういえばそんな奴がいたな」

「ええ、そうね」


思いのほか、両親の反応が冷めていた。


「旦那様方は一度も見舞いに来なかったルッツ様のことを大分根に持っておりまして…」


こっそりルーミアが耳打ちしてくれる。

ああなるほどと思う。

二人からすればミリアは溺愛する娘。

その娘の婚約者でありながら一度も見舞いに来なかったルッツのことは、相当に思うところがあるのだろう。


(なら都合がいいわね)


「昔の私が言い出した婚約ですが、私には彼と婚約を…結婚したいという思いはありません。それに、彼の家も、もう援助は必要ないようですし、何も問題は無いと思います」

「そうだな。そういえば援助も続けていたな。それにも関わらず一度も来ないとは…」


(あ、珍しくお父様がキレてる)


これ以上この話を続けるのは得策ではない。そう判断し、早く話を切り上げることにした。


「では、婚約は解消でいいですね?」

「ミリアがそう言うなら、私からは何も言うことはないよ」

「ええ、私もミリアの意思を尊重するわ」


理解が早い両親で助かった。


そんなわけで、翌日の夕方にはもう二人の婚約は正式に解消された。



***



婚約が解消された翌朝。

馬車から降り立ち、学園の門をくぐろうとしたところで呼び止められた。


「ミリア!」


突然のミリアを呼ぶ声。

その聞き覚えのある声に顔を向けると、そこにはルッツがいた。


「ど、どういうことだ!?」

「それ以上近づけば投げます」


詰め寄ろうとしたルッツとミリアとの間にルーミアが割り込んだ。

下手に肩など掴まれれば、それだけでまた転びそうだった。

ちなみにルーミアの投げます宣言は文字通り、投げ飛ばす。

以前、屋敷の警備兵との模擬戦で成人男性を投げ飛ばしていた。

…後に、警備兵は語る。『地面は痛かった』と。


ルーミアの気迫に慄いたルッツはそれ以上は近づかず、けれど焦った様子は変わらない。


「どういうことだ、何故婚約を解消した!?」


ああ、そのことかと思う。

というかそれ以外にないか、とも。

しかしミリアには、何故彼がそんなに慌てた様子なのかが分からない。


「婚約を解消したかったからです。お互いの為に。あなたも望んでいたのではないのですか?」

「それ…は……」


はっきりと理由を言われ、二の句が継げず、意気消沈するルッツ。

そんな彼の様子に、ますますミリアは理解不能になる。


「…まさか、他に好きな男が出来たのか!?」


がばっと顔を上げたルッツは、分かったとばかりに言い放つ。

もちろん外れである。


「いいえ、特に好きな男性はおりません」

「なら何故!?」

「私があなたを好きじゃないからです。なら、婚約を続ける必要はないでしょう?」


(そもそも二日前に興味ないと言ったのを忘れたのかしら?)


ルッツの意図がさっぱり分からない。

何故彼が婚約に固執しているのか。

…あまり考えたくはないが、それを口にしておく。


「…あなたは侯爵家とのつながりが欲しかったのかしら?」

「!!?」


ミリアの言葉にふたたび愕然とするルッツ。

ああ、そういうことかと、ミリアの目が急速に冷めたものに変わっていく。

権威目当て。

結局そういうことかと、ミリアは目の前の男が急激に色あせていくように見える。


「婚約は解消しました。もう私とあなたは他人です。……以後、不用意に話しかけないでください、ロード家のルッツ様」


学園内なのにあえて家名を出し、その立場を示す。

その振る舞いに、結局今のミリアも悪役のようだ…と自嘲気味に笑みがこぼれる。


固まったルッツを置き去りにし、ミリアとルーミアは門をくぐる。

もう、ルッツが追いすがることは無かった。



***



「痺れました、ミリア様。ゴミ虫のあの男にとどめを刺す様はまさしく悪女でございます」

「やめて……」


教室の中。ミリアはぐったりとして机にもたれかかっていた。

さっきの一幕はルーミアにとっては大分お気に召したようで、さっきから何度も賞賛している。

さっきのことについては、若干ミリアは自己嫌悪に陥っていた。

彼…ルッツと、ミリアの婚約は『ミリア』が行ったことだ。

『ミリア』がしたことは今のミリアには関係ない。そのスタンスだった。

しかしいざそれを実践すると思った以上に自分にダメージが来る、そう感じていた。


「思った通りにはいかないものね…」


(自分の心を含めて…)


一人ごちた言葉に、ルーミアはやれやれと呆れた様子だ。

とことん失礼な侍女である。


「今更気づいたんですか?」

「貴女は何歳なのよ…」


にっこりされた。

その笑みは男子生徒が見ればころりと落ちてしまいそうなほど可愛らしいのに、その心はどす黒い。


「ところでミリア様は、好きな男性のタイプは?」

「いきなり何を聞いてくるのよあなたは…」

「いえ、一応聞いておこうと思いまして」

「主人の好みを『一応』聞くんじゃないわよ…」


これがルーミアである。

しかし聞かれたからにはこたえようかと思い、考え込む。


「……白馬の王子様?」

「…お嬢様、王妃狙いですか?」


ドン引きされた。違う、そうじゃない。

というかこの世界では実際に王子様がいるから、比喩にならない。


「王子様は例えよ。ほら、女の子ならお姫様扱いされたいとか」

「…お嬢様って、意外にロマンチストなんですね」


今度は残念な人を見るような目で見られてしまった。


「主人をそんな目で見ない」

「いえ、そんな幻想は5歳で卒業するものですよ」

「私は5歳児以下か」

「僕がなんだって?」


二人の会話に割り込む声。

顔を上げればそこには金髪碧眼、容姿端麗、爽やかな雰囲気漂うまさに王子様のような……もとい、王子様がいた。


「デウス様」


そこに立っていたのは、この国の王子デウスだ。

同じクラスではあったが、こうしてミリアに話しかけてくるのは初めてだ。

ちなみに、同じクラス…いや、学園においてミリアに話しかけてきた生徒はあのチャラ男、ルッツ以降3人目である。

その遠巻きっぷりにミリアは枕を涙で濡らし(たように落ち込み)、ルーミアは「やーいぼっち」といじめてくる。

とことん主人に優しくない侍女だ。


「少し小耳に挟んだんだけど、ルッツ君と婚約解消したというのは本当かい?」

「はい」


大勢の生徒が行きかう門の前でやりとりしたのだ。

王子の耳に入ってもおかしくはない。


「…ルッツ君は君のお気に入りでずいぶん『可愛がって』いたようだけど、どんな心境の変化だい?」


『可愛がって』の部分に大分含みがあったように感じられたがミリアはスルーした。


(心境の変化…というより、そもそも別人ですから)


しかしそれを言うわけにはいかないし、言ったところで信じてもらえないだろう。

だから、適当な理由でごまかす。


「時の変化ですわ」

「…君はルッツ君の見た目を気に入っていたと聞いていたけど、成長した彼に興味を無くしたのかい?」


(えっ、そういう解釈されるの?)


その解釈のされ方は、非常にまずい。

聞きようによっては幼いルッツだからこそ気に入っていた、つまりショタ疑惑が持ち上がりかねない。


「違います。そういうことではありません」

「じゃあ別に好きな人でもできたのかい?」

「それも違います」

「じゃあ何だい?」


追及がしつこい。

いくら王子とはいえ、そういうことをずけずけ聞いてくるデリカシーの無さはいかがと思う。


「殿下には関係ございません」

「………」


ぴしりと王子様は固まった。

同時に周囲の空気も凍る。

が、少し苛立ち始めていたミリアにはその空気は分からない。


「…少し外の空気を吸いましょう、ルーミア」

「はい、お嬢様」


固まった王子様を放っておいて教室の外へと出ていくミリアとルーミア。

二人が出ていくと、途端に教室がざわめく。


「デウス様になんて態度を…」

「やっぱりミリアはあのミリアのままなんだ…」

「なんか……いいなぁ」


様々な反応であふれる教室だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ミリア元日本人だから相手が階級上位者でもそうなりますよね(笑) 昔なんかで聞きましたが。 「階級社会に慣れてると自然と相手の立場を考慮した態度になる」らしいですね。 今でも分かれているとこ…
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