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4話

「こちらでございます」


教師に案内され、教室へと向かう。

ひと悶着はあったが無事職員室に辿り着き、そこで担当となる教師と対面した。

教師は女性で、珍しく貴族の夫人でありながら教職についていた。

旦那が領地もちではなく爵位しか持たない子爵家なのと、本人の強い要望でこうして働いているそうだ。

そんな彼女をミリアは尊敬した。

自らの要望を叶え、その道に生きる彼女の姿はまさしくミリアが望むものだ。

しかし、一方で夫人でありながら働くなどと批判してくるものも一定数いる。

だが、彼女自身とても有能で、まれに王宮に出仕することもあり、王族からの覚えもめでたいことから表立って批判するものが少ないとか。


「気にしたところで仕方ありませんから」


そう言って笑う教師の姿は、とてもまぶしかった。


そうして教室に着くと、教師が先に教室に入り、編入生がいることが生徒たちに説明された。

それを外で聞きつつ、緊張が体に走る。

ミリアにとっては初めての経験だ。緊張しない方が不思議というもの。

……呑気に隣で何件の特別給付金があるか計算している侍女の図太さを少しでもいいから見習うべきか?と真剣に考え始めた。


そしてついに教師から声がかかり、教室の中へと入っていく。

教室はシンと静まり返っていく。

その静けさは不気味なほどに。

その静けさに臆せず、ミリアは一歩一歩進んでいく。

その後ろを無表情のルーミアが続く。


「では、自己紹介を」

「ミリア・カースタです。長年病に伏せておりましたが、本日ようやくこうして学園に戻ってくることができました。皆様、よろしくお願いします」


そうして頭を下げると、まばらな拍手。

顔を上げて室内を見ると、その様子は様々だった。

仕方ないか…ミリアは思いつつ、次いでルーミアの自己紹介だ。


「ミリア様付の侍女ルーミアでございます。侍女でございますが、ミリア様以外の命は一切聞きません。ミリア様以外は一切助けません。ご了承を」


そう言い放ち、頭を下げる。

その内容にざわつく室内。

ルーミアは侍女で、そして家名を名乗らなかったことから庶民ということがわかる。

庶民はよほどの能力が無ければ入学はできない。さらに、入学できたとしても、学園内でのその扱いはどうしても貴族の次となってしまう。

建前上はみな平等にはなっているが、現実的にはそうなってしまうのだ。

貴族である彼らの多くは、貴族である自分を特権階級と思い込み、それに準じた行動をとる。庶民を侮り、場合によっては使用人のように扱う。学園内なのに。

その庶民であるルーミアが、ミリア以外を拒否すると宣言したのだ。

ルーミアは、ミリア付の侍女だ。ミリアが拒否するのならば、それも致し方ないということになる。

だが、今回はルーミアがそれを宣言した。

当然、これを面白くないとする連中もいる。

にらみつけるような視線が男女問わずルーミアに注がれる。

もちろん、ルーミアにそんな視線は無意味だ。

とはいえ、それをそのままにしておけば余計な火種になることは明白だ。

だからこそ、ミリアはそこに追加を入れる。


「私は長年床に臥せていたこともあり、全てを一人でこなすことが難しく、学園に通うことを両親に許していただけませんでした。しかし、ルーミアを供とするならばと許可をいただきました。何分勝手なことではございますが、皆様の寛大なお心を、よろしくお願いいたします」


ミリアの言葉に、視線が和らぐ。

今回の事態に、カースタ家当主が絡んでいるということが分かったからだ。

ここで下手に絡めば、それはカースタ家当主の耳にも入る。

財務大臣でもある当主が知れば、今後の国の予算に影響ができるかもしれない。

もちろん、そのような事情を考慮するほど仕事に私情に絡ませないのだが、彼らは普段からそうなので、相手もそうだと考えている。

今回に限っては、そう考えてもらったほうが都合がいいのだけれど。


こうして、またひと悶着がありそうでなかった自己紹介が終わり、二人は席に着く。

窓際の一番後ろがルーミア、その前にミリアが座った。


席に座り、ほかの生徒の後ろ姿と、教卓、黒板を眺める光景にミリアはまた感動を覚える。


(これよ…これが見たかったの)


どこかで見たことがあるような光景。けれど、それは果たして実際に自分の目で見た光景だったか。漫画やテレビで見た光景だったかもしれない。



***



その後、授業はつつがなく終了し、今は昼休み。

授業についていけるか不安だったけれど、内容はこの一年の間に学んだ内容で同じものだった。

そういう意味ではもう学園に通う必要はないのだけれど、ミリアにとってはそういうことではない。


場所はかわって今は食堂。

ルーミアが食事を取りに行き、ミリアは場所取りだ。

自分が食事をとりに行きたいとミリアが申し出たが、当然のごとくルーミアに却下された。


「食事を落とされて昼ごはん抜きは嫌です」


何も言えなかった。

最近になって辞書サイズの本を両手で持ち上げることができるようになった。

……1cm浮かせるくらい。


そんな彼女にランチを載せたプレートを持たせるのは心もとない。

そういう判断からだった。


そういうことで、ミリアは空いた席に座り、ルーミアを待っていた。

そんなミリアの周囲の席には誰も座ろうとしない。

遠巻きに視線を向けてくるものは多数いるけれども、話しかけてくるものはいない。


『あの』ミリアが学園に来た。


それはもう学園中に広まっている。

ミリアを知るもの、ミリアを知らなくてもカースタ家を知るもの、ミリアを知るものにかつてのミリアを教えられて恐怖に慄くもの、様々だ。


そんな状況をもちろんミリアは把握している。

その状況にため息が零れる。


(学園生活といえばクラスメイトと…って思っていたけれど、これは難しそうね)


しばらく待ち、二人分のプレートを手にしたルーミアが現れた。


「ミリア様に席を取っていただくと、空いていて助かります」


ミリアの前と、自分の前にプレートを置いて、人が寄ってこないことを仄めかしてくる。

そんな侍女の気遣いに涙が出そうになる。


「そうね……今後も私が席を取っておくほうがよさそうね」

「是非そうしてください」


そうしてランチが始まる。


メニューは野菜たっぷりのスープにパン、それにハンバーグだ。

簡素なメニューだが、そこは貴族御用達。使われている素材は高級品である。


スープの野菜はスプーンで掬おうとしただけで崩れるほどに柔らかい。

ハンバーグも肉汁たっぷりだが簡単にほぐれるほどに柔らかい。

どれもミリアの胃の事情を考慮したメニューだ。


一方、ルーミアはステーキだ。

でっかい、分厚い、そんなメニューがあるのかと驚くほどにでかいステーキだった。

皿からはみ出てるのではないだろうか?


「重さが自由だったので、2㎏にしました」


それを聞いてミリア(+近くの席にいた他の生徒)の表情が引きつる。

そんなステーキをルーミアは瞬く間に小さく切り分け、その小さい口に運ぶ。

普段の豪快さとは裏腹に彼女の食事シーンはハムスターを彷彿とさせる。

とはいえ、ハムスターのように頬を膨らませることはなく、どんどん胃の中に収められていく。

ミリアが半分を食べ終えるころ、あの巨大なステーキはすべてルーミアの胃に収まりきった。当然彼女は少しも苦しそうな様子はなく、普段通りである。

あの豪快さの秘訣は食事にあったのかと感心しつつ、ミリアも自分の食事を進めていく。


ランチも終わり、次の授業までの自由時間、二人は中庭にいた。

中庭には色様々な花が咲き乱れている。

あちこちにベンチがあり、友と談笑するもの、おそらくは婚約者同士と思われるものが仲睦まじく過ごしている様子。そんな光景が目に入る。


そんな中、ふとミリアは思い出した。


(そう言えば私って婚約者がいるのよね…確か名前は…)


まだ会ったことが無い婚約者。

どんな人物なんだろうと考えたところで、目の前に一人の男子生徒が立った。

こちらを見下ろす男子生徒は端正な顔立ちにさらりと風に揺らめく銀髪、深い色の碧眼。

体躯は鍛えられており、他の令息のような線の細さは見られない。

後ろにいたルーミアがミリアの横に並ぶ。

その位置は、男子生徒が何をしようとルーミアなら対処できる位置…いや、対処するための位置だ。

つまり、ルーミアは男子生徒を警戒している。


「ミリア…なのか?」


男子生徒が自分の名を呼ぶ。

しかしその呼び方は、いささか不安げなものを含んでいた。

まるで恐る恐るといった感じの聞き方。


「ええ、そうです」


とりあえず肯定しておく。

すると、男子生徒はごくりと喉を鳴らした。

その様子から大分緊張していることが分かる。

だがミリアには心当たりがない。

男子生徒とは初対面のはずだ。なのにこんなに緊張される理由が分からない。


「そう……か」


男子生徒の緊張は解けない。むしろ高まったという感じだ。

ミリアも、そんな男子生徒の様子に首をかしげる。

そして、一つの可能性を思いつく。


(…この人、以前の『ミリア』を知っている?)


ならこの反応も頷ける。

彼が『ミリア』の被害者だったならば、そうならざるを得ないだろう。

彼の脳裏にはかつてミリアがしでかしたことがフラッシュバックしているかもしれない。


…が、ミリアにもう関係ないことだ。

確かに彼は『ミリア』の被害者なのかもしれない。

だが、今のミリアはミリアであって『ミリア』じゃない。

もう別人だ。別人のしでかしたことの責任を取るつもりはミリアには無い。

だからこそ、ミリアは最初に、両親に自分はミリアではないとはっきり告白したのだ。


だから、彼が何のつもりでミリアの前に現れたかは知らないが、『ミリア』の件なら付き合う必要はない。


「…用が無いなら失礼します」


そう言い、彼のわきを通り過ぎた。

彼はそのままだった。

こちらに振り向いた気配があるが、それだけだ。

それ以上は何もしてこない。


「誰だったのかしら?」


ぽつりとつぶやくと、ルーミアがはっきりと答えてくれた。


「ミリア様の婚約者、ルッツ・ロード様でございます」

「はぁっ!?」


ミリアの仰天の声が中庭に響いた。

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