3話
学園に到着し、馬車からルーミアにエスコートされて降りると、その感動に心が震える。
そこには同じ制服を着た令嬢や凛々しい令息たちが、同じ門をくぐっていく。
(これよ…これが夢にまで見た…)
同じ志、近い年齢のを持つ者たちが、一つの場所に集まり、学び、成長していく。
感動していたミリアだが、その姿を遠巻きに、物珍しそうに横目にしながら他の生徒たちが通り過ぎていく。
今回ミリアは復学ではない。なにせ5年も通っていなかったし、今回通う高等部にはそもそも入学式も出ていない。
さらに言えば、5年も屋敷にこもりきりだったこともあって、我儘の限りを尽くした悪役令嬢ミリアは、ほとんどの生徒の頭から消えていた。なので、彼ら彼女らにはミリアは初対面も同然だった。
「ではこれから、職員室に向かいましょう」
「ええ、そうね」
ルーミアと共に職員室に向かう。
ルーミアは事前に学園を訪れ、編入手続きと同時に学園内の把握も済ませていた。
できる侍女は違う。
「学園内では私も一般の学生としてふるまいます。が、私の第一目的はお嬢様のサポートにございます。いつどんな場合であってもどんな内容でもお申し付けくださいませ」
「ありがとう。…でも、貴女も学園生活を楽しんでもいいのよ?」
あくまでも侍女としての役目が優先というルーミア。
しかし、優秀ではあってもルーミアは庶民だ。学園に通ったことは無いという。
ならば、彼女にも学園生活を楽しんでもらいたいと思ったが、そうでもないようだ。
「いえ、お嬢様からのお申し付けが一件あるたびに特別給付金が旦那様から支払われるのです。ですので、どんなことでも申し付けください。お嬢様が消しゴムを落とされたのを拾っただけでも出ますので、ぼろい商売でございます」
「…消しゴムくらい自分で拾うわ」
彼女のマイロードっぷりにひきつった笑みしか出てこない。
が、遠慮せず頼んでいいんだという頼もしさが本当にありがたい。
…でも消しゴムは自分で拾う。
そうして学園内を進むと、新顔二人が珍しいのか、あちこちで生徒たちのひそひそ声が聞こえる。
特に顕著なのが男子生徒だ。
ミリアはこの世界では珍しい黒髪黒目だ。1年前に生まれ変わった際にはしわがれた老婆のごとき髪だったのが、この1年でつやと滑らかさを取り戻し、見るものを虜にさせる魅力を放っている。
一方、ルーミアも庶民の出ながら、その見た目は美しい。目鼻立ちが整った顔に、グリーンの髪は肩もとでひとくくりにされて前に垂れながし、髪と同じ色の瞳はミリア以上にきりっとし、その気の強さが分かる。ミリアと変わらない身長だがその起伏は若干ミリアよりも乏しい。その辺は若干コンプレックスなようで「骨と皮だけのお嬢様が私よりも…」とたまに恨み言を耳元で囁かれる。切実にやめてほしい。
そんな二人が連れ立って歩いているのだから、男子生徒の目に留まらないわけがない。
「やあ君たち。見ない顔だね。編入生かい?」
早速声をかけてきた男子生徒がいた。
率直に言ってチャラい、というのがミリアの感想だった。
たまに前世の言葉が出てくるが、それを聞いたルーミアは「また出た不思議言語」と珍生物扱いしてくる。
「いえ違います。では」
明らかに面倒な輩と即断したルーミアが、自然に嘘をつき、その隣を通り過ぎていく。
その行動の自然さと迅速さに、ついミリアは苦笑してしまう。
が、さすがに声をかけてきた猛者。それで簡単に退くということは無いようだ。
「いやそんなはずはない。待ちなって」
追いすがってきた男子生徒がミリアの肩を掴む。
ようやく日常生活を送れるようになったとはいえ、ミリアの体はまだまだ普通とはいいがたい。
肩を掴まれただけでもバランスを崩しやすく、転びそうになる。
「きゃっ!」
「っ!」
ミリアの悲鳴にルーミアの動きは速かった。
なにせ、侯爵家にして資産家、超がつくほどの親ばかであるカースタ家の両親が付けた侍女だ。
ただの侍女なわけがない。
「ぐえっ!」
肩を掴んだ不届きものを足で蹴とばし、バランスを崩したミリアを優しく受け止める。
その姿は、さながら姫を守る騎士のようだ。
「怪我はありませんか、お嬢様?」
「…ええ、大丈夫よ、ありがとうルーミア」
そうして優しくミリアを立たせてくれる。
が、離れ際にルーミアはポツリ。
「これで報告件数一件目」
しっかり特別給付金狙いのようだ。彼女の現金さについ笑いが零れる。
もちろんそんなことで不愉快になるルーミアではない。
「これからもどんどん転んでくださいませ、お嬢様。私の財布が潤います」
「なら、私はしっかり立って貴女の紐を縛る役目をしないとね」
「おい、お前ら!」
そんな主従の和やかな(?)な会話に混ざる無粋な男の声。
先ほどミリアの肩に掴み、そしてルーミアに蹴とばされた男だ。
「なんてことをしてくれたんだ!僕が誰だか分ってるのか!」
ずいぶんと尊大な男だ。
言葉から、一応いいとこの出の令息なのかもしれない。
もちろん、そんな言葉にひるむミリアとルーミアではない。
「もうしわけありません。ですが、いきなり淑女の肩を掴むのは紳士としていかがなものかと思います」
「淑女の蹴り一発で吹き飛ぶやわな男に紳士の資格はありません。幼年期から出直してくださいませ」
ミリアはやんわり、ルーミアは辛辣に。そもそも淑女は蹴りなどしない。
程度の差はあれど、どちらもこちらに否は無いという態度に男の顔が真っ赤に染まる。
「僕はカイザー伯爵家の嫡男デルタだぞ!」
聞いてもいないのに名乗ってきた男に、ミリアは少し眉を下げ、ルーミアはあからさまにがっかりする。
ミリアはこの世界の文化を学び、当然貴族社会についての知識も得た。
なにせ体が動かず、動かせるのは頭だけ。
なので、カイザー伯爵家についても知識があった。
伯爵家としては中の下。その嫡男であるデルタは、お世辞にも優れた人物とは言えず、以前のミリアほどではないにしろ悪評の方が目立つ。
こうして令嬢に声をかけ、その立場で強引に迫っていく。当然立場が上の令嬢にはこそこそ逃げ回り、立場が低い相手にしか声をかけない。
典型的な小物だ。
「…あなたがそうなんですね」
「そうだ!お前も名乗れ!」
ミリアをお前呼びにルーミアの額に青筋が浮かぶ。
ルーミアは現金主義だ。金さえ積めば何でもしてくれる。…が、だからといって誰彼構わずなどということはない。
ルーミアがミリアのために何でもするのは、お金が得られるから…だけではない。
彼女は個人的にもミリアが好きなのだ。最初こそは面倒な令嬢に宛がわれたと不満だったけれども、この1年懸命にリハビリに励み、努力を続け、自分の毒舌を笑みでかわすミリアのことが、ルーミアは大好きだった。…もちろん表面上はそんな素振りは見せない。
そして、ミリアはそんなルーミアのことを理解している。本当は自分のことを大好きなのだと。そしてミリアもルーミアのことが好きなのだ。
だからこそ、青筋を浮かばせたルーミアをなだめる。
このままでは蹴り一発ではすまなくなってしまうかもしれないからだ。
「私はミリア・カースタです」
「!? カースタ、だと!?」
瞬間、周囲がざわつき始める。
いつの間にかできていた人垣に動揺が広がる。
カースタ家は、当主が財務大臣にして、広大な領地をもつ資産家だ。その影響力は国内でも指折り。
そんなカースタ家の令嬢…というざわめきが2/3、ではもう1/3は何かといえば…ミリアだ。
「うそ、あのミリアが…」
「まだ生きてたの?死んだんだと…」
「やばい…あいつ死んだな」
そう、6年前のミリアを知る者たち。
彼らに悪夢がよみがえる。
家の権威と財力を盾に何でもし放題の悪役令嬢。あの悪夢が復活かと彼らが恐れた。
そしてその復活の犠牲者第一号が、愚かにも声をかけたデルタだ。
果たして彼はどんな目にあわされてしまうのか。
しかし、そんな周囲のざわめきにミリアは涼しい顔をしていた。
こうなるのは予想の範疇だったからだ。
(6年前とはいえ、覚えている者は結構いるものね)
それだけ印象に残る存在だったということを改めて実感する。
しかし、ここにいるのはミリアであってミリアではない。
もう別人だ。別人の過去に囚われる気はミリアにはない。
「ルーミア、行きましょう」
「…はい、お嬢様」
これ以上この男に関わる気はない。
そう意思を示したミリアに、ルーミアは不満ながら了承する。
こんなところで油を売っていては遅刻してしまう。
そっちの方が重要だったからだ。
デルタについては、長々と相手をする必要もない。
そのミリアの振る舞いに、さらに周囲がざわつく。
なにせ、格下の家の無礼なふるまいを、たいして咎めをせず流したのだ。
それは格上の家ではありえず、さらにミリアを知るものなら天地がひっくり返りそうなほどに信じられない光景だった。
別人なのではないか?
そんな声がちらりと聞こえ、当たっているとミリアは笑みをこぼす。
そんな主人に、ルーミアは呆れのため息をこぼした。