28話
アーノルドは結婚し、伴侶を得なければ跡継ぎとして認められない。
だが、大半の令嬢からは断られてしまった。
そんなアーノルドには実は想い人がいる…らしい。
それとは別に、ヴィオーネのことを紹介してくれと頼んできたことがあった。
ヴィオーネは家からアーノルドとの結婚を迫られている。
本人は、家のためには仕方ないと半ば諦めてもいる。
家の意向で考えれば、アーノルドとヴィオーネが結婚すればすべてまるく収まる。
アーノルドは伴侶を得て家督も継ぐ。
ヴィオーネは侯爵家に嫁ぎ、家のつながりを得る。
…ミリアは心置きなくロード家に嫁ぐことができる。
すべて万々歳だ。
何も問題が無い。
……本人たちの意思を無視して、という一点を除いて。
もちろん、家同士の決めた結婚であってもいざ夫婦となれば仲良くやっている場合もある。
必ずしも婚前で仲睦まじくなければならない必要はない。
なら、このまま話を進めてもいいのか?
そんなことはありえない、とミリアは判断する。
せっかくアーノルドがやる気になり、ヴィオーネもアーノルドに対し後ろ向きながらも関心を示している。
なら、もっとこれを良い方向に向ければいいはずだ。
「…と思ったんだけれど、どうかしら?」
午後の昼下がり。
休日の今日は、ロード家の庭園を訪れ、ルッツとティータイムを楽しんでいた。
そこで、ミリアはアーノルドとヴィオーネのことについて話をした。
「…俺もそう思う。今なら家同士の結婚ということで話はすぐ進むだろうな。だけど、今のまま…せっかく鍛え始めてきたアーノルド様の熱意に水を差すことはしたくない」
アーノルドを鍛え始めたのは結局のところ、ミリアとルッツが心置きなく結婚できるよう、伴侶を見つけるため、結婚するためだ。
その目的が達成されれば特訓はこれにて終了となってしまう。
ミリアとしても、このままヴィオーネに家のための結婚をしてほしくない。
普段は強気な彼女が、『家のため』だと漏らしたときの物憂げな表情が忘れられない。
ヴィオーネにそんな表情は似合わない。
そんな彼女のためにも、彼女が納得するような結婚をしてほしい。
そのためには、アーノルドだ。
彼が徹底的に素晴らしい男になる必要がある。
ヴィオーネが認めるような、だ。
「……一度、会わせてみてはどうだ?」
ルッツの一言に、ミリアは首を傾げた。
「会わせる?誰を?」
「アーノルド様と、ヴィオーネ様だ」
「…会わせたとして、どうするの?」
ルッツの提案にミリアが疑問を投げかける。
会わせて何の意味があるのか。
アーノルドは確かにヴィオーネを紹介してくれと言ってきた。
しかしヴィオーネにとっては特に意味は無いはずだ。
むしろ会わせない方がいいのではないかと思ってすらいる。
「どうもしない。どうするかは二人が決める」
「……なにそれ。意味が分からないわ」
ルッツの答えにミリアは呆れた声を返す。
会わせると言いながらその結論を二人に任せる。
無責任とすら思える。
「意味ならある。今会うこと自体に、だ」
「会うこと自体に…」
「今お互いが抱えているものは、決して互いに無関係じゃない。そこにある思惑も含めて」
「それはそうね」
「けれど今のままではお互いにそれを知らない。唯一知るのはこの場にいる者だけだが、それを教えてもいい影響にはならないと思う」
「そう…?」
「直接相手の口から聞くことに意味があるんだ」
その言葉にミリアははっとした。
そうだ、ただ伝え聞くのと本人から直接言われるのでは言葉の重みが違う。
「だからこそ、会う必要があるんだ。そしてお互いにはっきりぶつけた方がいい。俺たちのように」
「……そうね」
そう、ミリアもルッツも、お互いに直接言いたいことを言った。
だからこそ、その言葉は互いに深く響くものになった。
それほどまでに、直接聞かされることは大事だ。
「なら善は急げね。早速二人を会わせる算段を付けないと」
「こういうときのミリアは早いな」
話が決まれば即実行のミリアにルッツは苦笑する。
この思い切りの良さもミリアの魅力だ。
ルッツは改めて惚れた女に惚れなおした。
***
かくして二人を会わせる算段は付いた。
場所はカースタ家。
アーノルドはいるとして、ヴィオーネはミリアとのお茶会の名目で呼びつけた。
「本日はお招きいただき、感謝いたします」
「そう固くならないで。私とあなたの仲じゃない」
「ふふ、そうですわね」
言葉とは裏腹に、やはりヴィオーネは少し緊張気味だ。
それはそうだろう、彼女からすればこの家はもしかすればいつか嫁いでくるかもしれない家なのだ。
その家に、友人からの招待で訪れることになり、ヴィオーネとしては心境複雑だ。
今日はルッツは屋敷にはいない。
なんだかんだで彼もミリアと婚約者となり、次期当主という立場が明確になって忙しいらしい。すぐに当主になることはないが、だからといって何十年もあるわけでもない。
それにルッツ自身も、いずれミリアを正式に夫人として迎えるための準備と思っている。
であれば、ルッツの意気込みも十分というものだ。
「見事な庭ですわね」
「ええ、当家自慢の庭師の出来、お気に召されました?」
「ええ、気に入りましたわ」
(あ、なんか令嬢してる気分)
普段は令嬢らしくを気にしていないので、こういった会話は新鮮だ。
周囲に令嬢らしくないことを気に入られていることも多いので、つい令嬢の仮面を置き忘れてしまう。
最後に被ったのはいつだっただろうか。
「ロード家にはいつ輿入れされますの?」
(そちらから振ってくるとはね)
いつその話を切り出そうかと考えていたところに、いきなりヴィオーネが話を振ってきた。
これは助かったと思いつつ、話に乗る。
「早ければ卒業後、ですわ。ただルッツも、卒業後は一旦騎士となるつもりのようなので、あまり卒業直後が慌ただしいなら多少ずらすことも検討しております」
「まぁ。明確に決めておかなくて大丈夫ですの?」
「問題ありませんわ。それよりそちらは?」
強引にミリア側の話は打ち切り、新たなボールをヴィオーネへと投げる。
投げられたヴィオーネは顔を強張らせながら、ボールを返す。
「……父が、カースタ侯爵にアーノルド様との婚約を打診したと聞きました」
「!」
思った以上に動きが早い。
現状、アーノルドはほぼすべての令嬢からの結婚を断られた状態だが、それでも彼の存在自体は魅力的だ。
さらに…
「アーノルド様は最近城での評判も良いとのことで、他の令嬢の目が変わらないうちに…父上はそう考えているようです」
「そう…」
これはあまりよくない。
このままでは完全に本人たちの意向を無視して結婚が決まってしまう。
とはいえ、フェリンツ家と違い、カースタ家はあくまでも本人の意思を優先している。
いくら父にその話が言ったとて、本人の承諾なしに了承するとは思えない。
状況は一刻も争う。
ミリアはそう判断した。
ちょうどよく風も吹き始めた。
「風が出てきましたわね。続きは中で話しましょう」
「ええ」
ミリアはルーミアに合図を出す。
合図を受けたルーミアは近くの執事にさらに合図を出す。
執事はどこかへと走り去り、その後ミリアとヴィオーネはゆっくりと移動し始めた。
向かったのは応接室。
そしてそこに待っていたのは…アーノルド。
互いの姿を確認したアーノルドとヴィオーネはそろって体を硬直させた。
特にヴィオーネはどういうことだとミリアへと向きなおる。
「さ、ヴィオーネ様。お付きになって」
「ミリア様!これはいったい…」
「さ、早く」
困惑するヴィオーネを無視し、その手を掴むと強引にソファーに座らせる。
しかもその場所は、あろうことかアーノルドの隣。
3人用のソファーであり、互いに端に座っているため距離はあるが、それでもその距離は近すぎる。
そうして無理やりヴィオーネを座らせたミリアは、そのまま扉へと向かう。
「ミリア様!?」
驚き、困惑し、若干泣きそうな声でミリアの名を呼ぶも、ミリアは無情にも扉を閉めていく。
「では、後はお二人でごゆっくり」
閉められた扉からミリアは消えた。
残されたのはアーノルドとヴィオーネ。そして、仮にも未婚の男女であるため、室内には執事と侍女が一人ずつ。
「さて…」
閉めた扉へと向き直り、ミリアは祈るように呟いた。
「頼んだわよ、お兄様」
***
それからおよそ1時間後。
自室でくつろいでいたミリアのもとへ、ルーミアから伝言が来る。
「…そう、分かったわ」
言葉と同時にミリアは立ち上がる。
玄関へ向かえば、そこには親しげに会話を交わす男女が二人。
アーノルドとヴィオーネだ。
わずか1時間前の困惑した空気と一変、こんなにも変わるのかと呆れるほどだ。
…なお、ミリアとルッツの際も周囲の反応は似たようなものだったことを付け加えておく。
「お帰りになられるのね」
「!? み、ミリア様!」
いけない場面でも見られたかのようにアーノルドから距離を取るヴィオーネ。
その様が面白くてつい笑ってしまう。
一方距離を取られたアーノルドは不満げにミリアを睨む。
「まぁこわい、お兄様。どうなさったの?」
「…なんでもない」
これがもしルッツならば、恥ずかしがることなくミリアを邪魔者扱いしただろう。
まだアーノルドにはヴィオーネとの関係を示唆させるような言動はできないようだ。
しかし二人の反応からして、成果は上々なのはわかる。
近いうちにヴィオーネを捕まえてじっくり吐かせればいい。
「…ミリア様、なんだかお顔が怖くいらしてよ?」
どうやら思惑が表情に出ていたらしい。
「あらいやだ」などと白々しく言い放ち、表情を微笑みに変える。
「当家での滞在、楽しんでいただけたかしら?」
「…ええ、とても有意義だったわ」
「それはよかったわ。後でじ~っくり聞かせてね?」
ミリアの言葉にヴィオーネは口元を引きつらせた。
「え、ええ、いずれ…」
「それまではお兄様から聞くわ」
くるりと兄に向き直れば、今度は兄が顔を引きつらせた。
どうも最近アーノルドはミリアに苦手意識を持ち始めたらしい。
が、そんなことはミリアの知ったことではない。
むしろミリアからすれば都合がいいくらいだ。
「そ、それではまた、御機嫌よう」
「ええ、ご機嫌よう」
二人が別れの挨拶を交わす。
そこにアーノルドが混ざり込んだ。
「…まただ、ヴィオーネ」
「…はい、アーノルド様」
わずかに見つめ合った二人。
その二人の空気にどこか覚えがありつつ、あえてそのままにするミリア。
が、1分ほど経ってもそのままだったのでさすがに声を掛けた。
「ずいぶんと仲がよろしくて何よりですわ」
ミリアの言葉に二人はバッと顔を逸らした。
「で、では!」
逃げるように玄関を出ていくヴィオーネ。
「あ、ああ!」
それだけ言うとこの場から逃げるように部屋へと早歩きで行くアーノルド。
「…面白いわねぇ」
「お嬢様もなかなかいじわるですね」
「あなたほどじゃないわ」
ルーミアにいじわる扱いされるのは不本意だ。
そう返せばどや顔された。