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27話

無事に想いを告げた後は、いよいよ本番だ。

ルッツの両親と対面する。

貴族同士の結婚である以上、当人同士が良ければそれで終わり…ではない。

家同士のつながりも絡む以上、その親の同意が無ければ難しくなってしまう。

既にミリアの父であり、当主であるカースタ侯爵の了承は得ている。

あとはロード家の当主だ。


ルッツに手を引かれ、ミリアはロード家当主のいる書斎へと足を踏み入れた。


初めて見るルッツの父は、はっきり言えばルッツには全然似ていなかった。

十分に鍛えられたルッツと比べ、背丈は低く体格も今一つ。

同じ銀髪碧眼ではあるが、本当に父親なのかと疑ってしまいそうだ。

柔和な表情を浮かべ、入ってきたミリアを快く迎えてくれた。


そして結論はあっさりと出た。


「反対だよ」


まさかの返答に、ミリアは…そしてルッツも驚愕せざるを得なかった。


「な、何故……」

「当たり前じゃないか、うちの息子を下僕扱いしてくれたお嬢さんなんて迎えるわけがない」

「それ、は……」


下僕扱いしたのは『ミリア』であってミリアではない。

しかし今その事実を話したとて、誤魔化しだと思われるに違いない。

そもそもルッツから求婚してきた。

となれば、自分は受け入れられて当然だ。

そんな驕りもあったのかもしれない。

想像はしても、あり得ないと思っていただけにそのショックは計り知れない。


「父上!どういうことだ!」

「どうもこうもないよ、今言っただろう?」

「今のミリアは違う!そんなことはしていない!」


ルッツも父の答えが想定外だったらしく、怒り、受け入れられないと返す。

ルッツほどの体格で怒りをあらわにされればその迫力はすさまじい。

なのに、ルッツの父はそれをものともしなかった。


「今は、だろう?だったら結婚したらどうなるかわからないじゃないか」

「…もう、あのようなことは……」

「そんなことは信じられないね。君はいつも息子を振り回してきた。今も昔も」

「…………」


事実だけに何も返せない。

昔も振り回していたなら、今も振り回している。

その自覚があるだけに余計に、だ。


「昔は嫌だった!けど今は違う!今は俺だって楽しんでいる!振り回されてうれしいくらいだ!」


思わぬルッツの告白にミリアはおろか、父すらも驚いている。


「ルッツって……マゾ?」

「違う!そういう意味じゃない!」


ミリアの確認するかのような問いにルッツは全力で否定した。

それで少し冷静になったのか、ルッツは声音を落とした。


「とにかく。俺はミリアを迎え入れる。父上が何と言おうとだ」

「…ほう、当主である私に逆らうと?」


瞬間、柔和な笑顔からあり得ないプレッシャーを受け、ミリアは体を強張らせた。

ここにきて、ようやくミリアは目の前の男が、ただ当主としているだけではないことに気づいた。

かつてはカースタ家から援助しなければならないほどに困窮した家。

しかしその危機から持ち直し、援助を不要とするところまで回復させた男がそれまで味わった苦難はただの優男を一変させた。

伊達に当主をやっているわけではない。

その事実に、ミリアはごくりとつばを飲み込んだ。


「ああ」


しかし、男の息子はそれに怖気づくことなく、むしろ跳ね返さんとばかりに父を見据える。

同時に、体を強張らせたミリアをそっと抱き寄せる。

こんな場合だというのに、その男らしさにときめいてしまった。


「…いい目をするようになったね」


わずかにロード家当主の口から何かが零れるように言葉が紡がれたが、ミリアには聞こえなかった。

しかし今はそれを気にしている場合ではない。


(ルッツが意思を示したのよ。なら、私も…)


迎え入れられない。

なら、ミリアの示す行動は一つ。


「ねぇルッツ」

「どうした、ミリア」

「私、迎え入れてもらわなくていいわ」


その言葉にルッツの表情は驚愕に変わる。

その父は特に表情を変えず、ミリアを見据える。


「何を言って…」

「私が、あなたを迎え入れるわ」

「はっ?」

「ほう…」


息子が呆けた顔を、父は感心するような顔に変わった。

普段のルッツなら、ミリアの発言をそのまま受け取ることはせず、裏を読んでくる。

それができなかったということは、よほど今のルッツは余裕が無い。

このまま交渉を続けても、今は強気でもいずれは言い含められかねない。


「そうすれば、家のことは気にしなくていいじゃない?あなた一人を養うくらい、うちなら造作もないことよ」

「だが、それではロード家が…」

「あら、私を迎えてくれない家に興味は無いわよ?」


ニヤリと煽るような笑みをロード家当主に向ける。

それでミリアの意図を察したのか、ルッツも同じ笑みを浮かべた。


「…それもそうだな。君以外を妻にする気は無い」

「ええ、私もあなた以外を『旦那様』なんて呼ぶ気は無いわ」


会話は愛する二人の仲睦まじさを表しているのに、その表情は極めて怪しい。

これには父も苦笑してしまう。

二人の言葉が本心なのか、それとも自分を折らせるつもりなのか…

いずれにせよ、当のルッツ本人が家よりも伴侶を取ろうとしている。

その時点で父の負けだ。

ここで意固地になってルッツを跡継ぎから外せば、伯爵位を狙って覚えもない血のつながりを主張する自称親族にたかられてしまう。

一方、家よりも伴侶を選ぶ男を跡継ぎに選んで大丈夫かというところもあるが、その心配をしても仕方がない。


「わかった、降参だよ」


両手を上げ、父が降伏を示す。

息子はうまくいったなと愛する女性に笑いかけた。


「やったな、ミリア」

「あら、うちには来てくれないの?」


カラカラと笑うミリアの言葉は、本気でルッツをカースタ家に迎えるつもりだったのか。

おそらく半々といったところだろう。


「挨拶には行くさ」

「毎日来てるじゃない」

「それはそれ、これはこれだ」


そうした息子と義娘のやりとりを、父は笑顔で見守っていた。



***



晴れて婚約までこぎつけた二人だが、もちろんすぐ結婚…というわけにはいかない。

まだ学生の身分であるうえ、実はミリアの父からはある条件が出されている。


『アーノルドが伴侶を見つけ、次期当主の座が確定したら結婚してもいい』


この条件を、ミリアは達成確定だと踏んでいる。

他ならぬルッツの言葉もあるし、当のアーノルドも目覚ましく進歩しているからだ。

筋トレのメニューも徐々に増えているし、デウス経由で届く城での評判も徐々に上向きになりつつある。

とはいえ、それはまだ同性からのみで、異性からというとまだ吉報は無い。

それを、ミリアは少し複雑に感じていた。


「ご婚約、おめでとうございます」

「ありがとう、ヴィオーネ様」


放課後。

ミリアとヴィオーネは学園の食堂でティータイムを楽しんでいた。

そこでルッツと婚約したことを報告すると、彼女からは祝いの言葉をもらった。


「ようやくご結婚される意思が固まりましたのね?」

「まだ婚約ですよ。結婚は早すぎます」

「そうかしら?」

「………」


伺うような目つきにミリアはつい視線を外す。

口ではそう言っても、ミリアの中ではもう結婚までは確定済みだ。

かといってそれを素直に出すのはプライドが許さない。


「…そんなことより、ヴィオーネ様はいかがなんですか?」


話の矛先をヴィオーネに向ける。

すると、ヴィオーネはその頬をひくつかせた。


「……私のことなど、どうとでもよいではありませんか」


その表情、言葉から彼女の異性関係があまり良いものではないことは察しがついた。

ふと、ルッツの言葉が蘇る。

彼女の気の強さは同性からは人気だが、それを気に入らないとする令息も多い、と。


「まだ婚約者がいないのですか?」


ミリアの言葉にヴィオーネは視線を明後日の方向に向けた。

図星らしい。


(なら、お兄様を……)


ここでアーノルドを売り込みにかけよう…と思い、ミリアはやめた。

以前きっぱり断られているし、アーノルドの評判は同性限定だ。

下手に今売り込んでも二の舞どころか、意固地になられてしまう。


「……ところで、アーノルド様はいかがされてますの?」


しかし、思いがけずヴィオーネのほうからアーノルドについて話が振られてきた。

これには逆にミリアのほうが困惑してしまった。


「え、あ、お、お兄様のこと、ですか?」

「え、ええ、そうですわ」


一体どういうことだろうか。

あれだけばっさり切り捨てたのにどんな心境の変化……そう思うも、彼女のほうから興味を示してくれたのならこれ以上にいいことは無い。

ミリアはアーノルドの近況について語った。



「……と、いうところです。デウス様からも、文官としての働きは優秀だと評されています」

「そうなんですの……」


そう言ったっきり、ヴィオーネは黙ってしまった。

あれきり、アーノルドは夜会には出ていない。

父が許可しないのもあるし、アーノルド自身も許可を得ようとしていないのもある。

自身でも、今はまだ行くべき時ではないと感じているのだろう。


「…父から、アーノルド様との婚約を検討するようにと言われているのです」

「はぁ!?」


思わぬヴィオーネの言葉にミリアは令嬢らしからぬ声を上げてしまった。

ヴィオーネは淡々と続けた。


「このままでは私は行き遅れるかもしれない、なら、人間性がどうであれ家格も資産もあるアーノルド様に嫁げばフェリンツ家としては問題ない、と」

「そんな……」


それではまさに家のために嫁げと言っているのだ。

そんなことで嫁ぐなど断固拒否するミリアにとっては、絶対に受け入れられない。

しかし、ヴィオーネは自嘲気味に笑みを浮かべた。


「でも、仕方ありませんわ」

「ヴィオーネ様?」

「私、以前ミリア様にお話ししましたよね?貴族の子なら、家の繁栄を第一にすべき、と」

「………」


確かにヴィオーネはミリアに言った。

しかし、皮肉にもそれが自分に返ってきた形だ。


(それなら…こちらとしても都合はいいけれど…)


相手がいないのはアーノルドも同じだ。

しかも、一度ミリアが推した成果なのか、ヴィオーネを気にかけている節はある。

ヴィオーネ側でもアーノルドを望むのなら、お互いの懸念事項が解消される。


(だけど……)


果たして、ならばと話を進めてもいいのかとミリアは考える。

今はまだアーノルドは成長半ば。未だ女性への気遣いができるような成長はうかがえない。

ヴィオーネにしても、アーノルドに嫁ぐというよりはあくまでもカースタ家に嫁ぐようなものだ。

これで果たして二人の結婚に幸せがあるのだろうか?

それに、アーノルドには想い人がいるのではないかという話もある。

現状では、お互いがお互いを望まない結婚になってしまう。


(どうしたらいいのかしら……)


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