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22話

「お兄様ヴィオーネ様と結婚してください」

「お前はいきなり何を言っているんだ!?」


開口一番。兄の部屋をノックも無しに開け放ち、ミリアは言い放つ。

ノックもせずに紳士の部屋のドアを開けるのはマナー違反だが、散々マナー違反を繰り返してきたのは兄の方だ。なら、少しはマナー違反された側の気持ちを教え込んだ方がいい。


(他人のふり見て我がふり直せってね)


実にミリアらしい考えだった。


「そもそもドアをノックくらい…!」

「お兄様が私の部屋のドアをノックできるようになりましたら考慮します」

「ぐっ…!」


痛いところを突かれ口ごもるアーノルド。

だがそんなことは問題ではない。

ミリアは再度主題を持ち出す。


「それでお兄様、ヴィオーネ様と結婚してください」

「だから何故私がお前の言うことに従わねばならない!」

「だったら私がお兄様の言うことに従わなければならない道理もございません」

「ぐぐぐ…」


正論(?)に弱いアーノルドはここでも口ごもる。

さらにミリアは畳みかける。


「お兄様が結婚してくださらないと私が後を継がされてしまいます」

「それは私とて嫌だ!」

「けれどいくら結婚してもリュエル公爵家の令嬢が相手など私は嫌です」

「私だって嫌だ!」

「だから私の為にヴィオーネ様と結婚してください!」

「意味が分からん!何故ヴィオーネが出てくる!?」


さっきからアーノルドは叫んでばかりで耳が五月蠅い。

が、ひとまずそれは無視しておく。


「ヴィオーネ様が唯一お兄様へ立ち向かったからです」

「う…む……」

「誰もが避けるお兄様を、唯一避けなかったのです」

「だが……」

「あらゆる令嬢に忌避されるお兄様に、唯一正面から立ち向かった方です」

「それ、は…」

「資産家にして侯爵家の令息というこれ以上ないアドバンテージを抱えながら誰にも相手にされない、人間として全く相手にされないお兄様に唯一目にものを見せてくれた方です」

「………」

「家も見た目もいいのに中身だけで全てを落第点にするほど最低なお兄様と関わることすら拒絶する令嬢の中で、唯一お兄様に恥をかかせてくるという剛の方です」

「お前、俺のこと嫌いだろう!?」


事実を指摘しているだけなのに涙目になった兄を見てミリアは首を傾げた。


「その通りですが?」


ミリアの返事に兄は固まり、その瞳からは一筋の涙がこぼれた。


「殿方の涙は醜いです」

「う、うるさい!これは汗だ!涙などではない!」


そう言いつつ、目元を荒々しく拭う。

中身を知らなければなかなかに麗しい光景なのだが、中身を知るだけでなんの感慨もわかないから不思議だ。


「形式的な前文すら省略され、『お断りします』の一文だけで返されたときには憤慨すらできないほど実はメンタルの弱いお兄様でも、姉御肌なヴィオーネ様ならきっと呆れながらでも支えてくれますわ」

「何故それを知っている!?」

「ダンスのエスコートもまともにできず、文官たちの間で『実は下手なのを令嬢のせいにしている情けない男』と揶揄されても一向にダンスの練習をなさらないお兄様相手でもダンスを合わせられる上手なヴィオーネ様ならきっと矯正なさってくださいますわ」

「待て、それは一体どこから聞いた!?」

「ぴーす」


後ろでルーミアがvサインを決めている。

これでも侍女仲間と仲は良く、様々な情報を他家からも取り寄せていたりする。


「おのれ…これだから女は!」


悔しそうに憤慨しても、そもそもの原因がアーノルドである。

女のせいにするアーノルドに、ミリアはなんら憤りすら感じない。


「さて、このように男女から大不評のお兄様ですが…」

「まだ何かあるのか!?」


またも涙目になっているけどミリア、華麗に無視。


「ヴィオーネ様は殊更に嫌っており、二度と顔を見ることも嫌と仰っております」

「お、おおお、俺だってあんな女の顔など見たくない!」


大分メンタルにひびが入りつつあるようで、その言葉には威勢が足りない。


「なのでお兄様には土下座してヴィオーネ様に求婚していただきます」

「だから何故そうなる!?」

「土下座しないと許してもらえないからです。…土下座でも許してもらえないかもしれませんが」

「そもそも俺が土下座しないといけない理由がわからん!」

「既に言いましたがもう忘れましたか?」

「あんなものが理由になるかぁ!」


ぜーぜーと荒く息を吐くアーノルドにミリアはほとほと呆れた。


(自分の状況をまだ理解してないのかしら?)


未婚で、年頃の令嬢、それもまだ婚約者もいないとなればその数は限られる。

既に半数から返事が返ってきており、軒並み全滅だ。

…ちなみに、ヴィオーネとリュエル公爵家の令嬢にはさすがに出していないらしい。

このままいけば全滅必至なのだが、それを分かっていないらしい兄に妹は呆れるしかない。


「わかりましたわ、では気が向いたらこちらでも眺めてください」


ミリアはルーミアから渡された額縁を1枚、アーノルドに渡した。


「これは?」

「ヴィオーネ様の肖像画ですわ」

「いるかぁ!」


アーノルドが地面に投げつけ…ようとして踏みとどまった。


「お兄様……まさか私の『お友達』の絵を壊そうなどとなさいませんわよね?」


口元を大きく吊り上げ、その眼は笑みを、しかし背後にはおどろおどろしい気配を滲ませればアーノルドも冷や汗をかき、その動きを止める。

ゆっくりと肖像画をテーブルに置くと、ミリアは満足したように気配を消した。


「よろしいですわ、それでは」


ドアを閉じ、消える妹とその主従。

アーノルドの背中を一筋の汗が流れた。


(い、いつからあいつはあんな恐ろしい存在になったんだ!?)


その答えは、まだ誰も教えてくれない―



***




それからひと月。

場所はミリアの私室。

その床に、額をこすりつけて土下座するアーノルドの姿があった。


「…頼む。ヴィオーネを紹介してくれ」


部屋に入ってきたとき(ノックした!)から死にそうな顔をしていたアーノルド。

プライドが高い彼が、こうして土下座までするとは相当危うい状況だ。


「他のご令嬢からのお返事は?」

「…すべて断られた」

「未亡人でもまだ若い方がいらっしゃると思いますが?」

「…一切拒絶された」


ここでさすがに平民から娶れとはミリアも言えない。

侯爵家にして資産家のカースタ家。教養のない平民で夫人が務まるほど楽ではない。

それどころか、金銭感覚の乏しい平民では大金を前に財におぼれ、破産させかねない。


「…あとは、もうヴィオーネか、リュエル公爵家しかいない。頼む…!」


進退窮まったアーノルドの懇願に、さてとミリアは考える。


(ここまでは予想通りだけど…)


数多の令嬢がアーノルドを拒絶し、ミリアに懇願しにくる。

ここまでは想定通りだ。

が、ここではいじゃあとヴィオーネを紹介したところでヴィオーネが拒絶する未来しかない。事実、あの事件から二人の間での交流は無い。当然、ヴィオーネのアーノルドへの心象も変わらず、それどころか『節操のない男』とさらに株を下げている。


アーノルドの中では未だにヴィオーネは『跡継ぎの為に必要』という認識でしかないだろう。

ヴィオーネはそれを受け入れるような女ではない。


どうしたらいいものか…ふと土下座したままのアーノルドを見下ろすと、ぽつりと呟いた。


「情けない…」


ビクリとアーノルドの体が震える。

妹相手に土下座し、懇願するその姿。

今は、逆にこんな男をあのヴィオーネに紹介などしたくない、そう思ってしまった。


「お断りしますわ」

「なっ!?」


ミリアの180度転換した返事にアーノルドはガバッと体を起こした。


「何故だ!前にはヴィオーネを紹介すると…!」

「ええ、その時は」

「なら…!」


言い募るアーノルドに、ミリアはその瞳を冷たくさせる。


「ヴィオーネ様は大切なお友達です。そのお友達に、こんな情けない男を紹介などできませんわ」

「なっ………」

「今のご自分の姿、分かってます?こんな男の手を、ヴィオーネ様が待っていると?」


ミリアの言葉に崩れ落ちるアーノルド。

その姿はますます情けなさを助長させる。


「もう一度言いますわ。お断りします。部屋を出ていってください」


ミリアの言葉に、アーノルドは言葉もなく、完全に消沈した様子で部屋を出ていった。


出ていった直後、後ろから拍手が聞こえる。


「さすが、ミリア様でございます」

「やめてちょうだい…」


そんな賛辞は嬉しくない。

そう思いながら、呆れのため息を吐いた。

あれでは、ヴィオーネを嫁にするどころか、領主としての責務を果たせるのかどうかすら怪しい。

あまりに直情的で、批難に弱すぎる。

正論頼みだからこそ、その正論を覆されると二の句も継げない。


「どうしたものかしら…」


兄の状況は、嫁がいない、どころではなかった。

人として、あまりにも足りていない部分が多すぎた。



***



「鍛えるしかないな」


翌日の休日の昼下がり。

屋敷に遊びに来たルッツと共に優雅にお茶を楽しみつつ、ミリアは昨日のことについて語った。それへのルッツの回答は、なんとも彼らしい。


「見た目通りの回答ね」

「アーノルド様は貧弱すぎる。体が弱いから心も弱い。なら、体を鍛えれば心も強くなる」

「あら、じゃあ私も心はか弱い令嬢だったのね」


はぁ、と憂いを込めた息を吐けばルッツは真顔で否定した。


「いや、ミリアは心が図太過ぎて大樹のごとしだ。折れる気が全くしない」

「そこはもうちょっとオブラートに包んでちょうだい…」


遠慮のない物言いにさっきとは別の意味で息が零れる。


「とはいえ、お兄様が心も体も貧弱なのは同意だわ」


今となればアーノルドのあの物言いも、何か言われてからでは確実に負けるからこそ先手で相手を封じる彼なりの防衛策なのだろう。

なまじ頭はいいだけに正論だけは得意で、正論だからこそ相手も反論しにくい。

しかしその結果が、あの少し反撃されただけで折れる心ができてしまった。


「なんとかしないと私がカースタ家を継ぐことになってしまうわ」


ミリアの言葉にルッツの表情も引き締まる。


「それはなんとか避けたいな。ミリアはロード家に来るのだから」

「あら?私は了承した覚えは無いわよ?」


そこまで言っておきながらまだ言うか…そうルーミアが呆れつつ、そのやりとりを楽しむルッツ。


「ああ。そのうち自分から言い出してくるから、了承しなくていいぞ」

「まぁ、大した自信だこと」


くすりとミリアが笑えばルッツも笑う。


「とはいえ、今はお兄様だわ。……本当に鍛えてもらおうかしら?」

「言っておいてなんだが、そんな時間あるのか?文官なんだろう?」

「今は部屋で腐ってるからむしろ連れ出してちょうだい」

「………それは重症だな」


今アーノルドの部屋は立ち入り禁止区域だ。折れた心が陰鬱な空気を作り上げ、キノコどころか瘴気さえ生み出している気がする。

使用人はおろか家族ですら近づけない。もちろん折った本人であるミリアも。


だが、ミリアを狙う獅子の前ではこの空気も通じないようだ。

アーノルドの部屋をノックし、返事が無いのに無理やりこじ開けた。

部屋の片隅で蹲るアーノルドの肩を掴み上げ、そのまま部屋の外、どころか屋敷の外にまで引きずりだされた。


「な、何をするんだ!?」


当然アーノルドは状況がよく分かっていない。


「あなたを鍛え上げる」


そうルッツが言えば、鍛えあげられた肉体が威圧感たっぷりにしてくれる。

それにアーノルドが怯えた表情をすると、少しミリアも気の毒に感じてきた。


「ルッツ、お手柔らかにね?」

「ダメだな。君との未来のため、この方には死に物狂いで頑張っていただく」


そう言い放つルッツの目は熱にあふれている。

その目にほぅ…と見とれる乙女が一人。さらに言えばその目を自分に向けてほしいとも思っている。


「ではまず体力づくりだ。屋敷回り10周を目安だ」

「馬鹿か君は!?そんなことしたら死んでしまう!」

「死にはしない!行くぞ!」


「ガンバッテ」


棒読みの声援は、ルッツには届いたがアーノルドには届かなかった…


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