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14話

あれ以降、フィーネとデウスの仲が急速に縮まっている…らしい。

未だミリアへの求婚を取り消してはいないが、それも時間の問題かもしれない。

デウスを一人の人間として見つつ、デウスを慕う人間。それでいて王妃候補として十分な教育を受けている。家柄も申し分なし。自他ともに認める健康体で、世継ぎを生む上での不安も無い。あえて不足な点を上げればそのメンタルの弱さだが、あの腹黒と付き合えば否が応でも鍛えられるに違いないとミリアは踏んでいる。


そんなフィーネの周囲には、再び有力な王妃候補だからと取り巻きが湧いている。

しかし以前と違うのは、フィーネはもう取り巻きを必要とせず、堂々と廊下を歩いている。取り巻きがいようと彼女はもうぶれない。が、そんな彼女の唯一の例外。


「あ、ミリア様!」


それはミリアを見つけると、子犬のように近寄り、べっとりすること。

そんなフィーネをミリアは(何か違う…)と彼女との関係に疑問符を浮かべている。


「今度、一緒にお買物にいきませんこと?」

「お買物…いいですね」

「よかったですわ!では次の休み、楽しみにしていますわ!」


ミリアの目は強烈に尻尾を振りまくる子犬の姿を幻視している。


「ペット二匹目ですね」


ルーミアが強烈に真実を告げる。


「やめて」

「まぁミリア様、ペットをお飼いに?」

「いえ、そういうことではありませんわ」

「? はぁ…」


(この無邪気さが少し心配になるわ…)


これで王宮に複雑な世界に飛び込むのは心配にもなるが、これでも公爵家で王妃教育をこなした娘だ。余計な心配かもしれない。


「ところでミリア様」

「何かしら?」

「後ろのあの男は相変わらずですの?」

「………」


後ろのあの男が誰の事なのかはもちろんミリアは分かっている。

相変わらず今日もカースタ家の屋敷の前まで迎えに来て、そのままミリアが乗ることなく後ろを付いてきている。最近はミリアの乗る馬車よりも早く学園の門に着き、先に降りてミリアをエスコートしようとするが、ルーミアの鉄壁の防御がそれを許さない。その後はこうして、付かず離れずの距離で後をついてくる。

あまりの執着ぶりに並の人間なら恐怖を感じようものだが、ミリアからすれば必死で好かれようと纏わりつく子犬にしか見えず、邪見にもしないが構いもしない。そんな状態だ。

…あのデビュタントで見せた熱のこもった瞳を、ルッツはあれ以降見せていない。あの瞳は何だったのか、幻だったのかとミリアが疑問視し始めていた。


(もし、あの瞳でまた……)


見られたらどうなるのかと。ミリアはそれが怖くもあり、そして……期待してもいた。


「振られた分際で未だにミリア様に纏わりつくなんて女々しい方ですわ」

「……そうね」


振られた。

そう、確かにミリアから婚約解消を願い、それが決まったということはミリアがルッツを振ったということだ。

今更ながらそういう見方があったことに驚く。そもそも解消した当時は、そこに恋愛感情などない、ただ『ミリア』の我儘の結果だと思っていた。『振られた』どころか『解放した』とすら思っていたほどに。

しかし実態はルッツはミリアが好きだという。…その好きというところが大分怪しいのだが。


いっそ当事者以外に聞いてみればいいのではないか。


ミリアは名案だとばかりに隣のフィーネに聞くことにした。


「ねぇフィーネ様」

「なんでしょう?」

「フィーネ様は…彼が私を本当に好きだと思います?」


ミリアからの問いにフィーネは目をぱちくりさせた。


「それは一体どういうことですの?」

「それは…ルッツが、その…」


爵位、あるいは資産目当て。そうはっきり言ってしまうのはさすが憚られた。

しかしフィーネは気づいたようで、ちらりと後ろを見た。

そして、きっぱりと言い放った。


「あり得ませんわ」


そのあまりのきっぱりさは、聞いたミリアが馬鹿ではないかと思えるほどに清々しかった。


「そう、なの…?」

「ええ。もし彼がそのつもりでしたら……そういった野心を抱いてる方でしたら、もっと積極的です。そこにミリア様の都合を鑑みることなどありません。それに…」

「それに?」


何だろうか。フィーネの言葉の続きを待つ。


「…彼は怯えてるだけですわ」

「怯えてる…?」


あれほどの体躯で?と思うミリアを、フィーネは少し残念そうに見返す。


「私も話に聞く程度ですが、殿方というのは存外臆病なのです。恋する相手に嫌われたらどうしよう、拒絶されたらどうしようと、ただそれを考えるだけで立ちすくんでしまう。そんなものなのですわ」

「そう……なの?」


ミリアの抱く男性像とはずいぶん違う…ミリアが考える男性像は白馬の王子様よろしく手を差し伸べ、引っ張ってくれる存在だ。遠巻きに見つめてくるだけの姿などではない。

そう思ったとき、ある考えがよぎる。

しかしその考えを深くする前にフィーネがさらに続ける。


「ええ。ですから、彼はただ嫌われることを恐れて、それ以上が踏み出せないのですわ。これ以上近づいて、明確に拒否されるのを恐れている」

「…私、既に拒否しているのですけどね」

「それでも諦められないのでしょう。ですが、だからといって何度も拒絶されたくもない。ですから、今このミリア様とルッツ様の距離が、彼が近づける限界の距離なのですわ」


そう言われ、ミリアが振り返りルッツを見る。

ミリアが振り返ったことに気づいたルッツはぎこちない笑みを返す。

しかし瞳は笑っておらず、今にも泣きそうという感じの方が合う。


「…そうなのね」

「本当かどうかは分かりませんわ。でも、本当にミリア様にとって邪魔とお思いなら、あと一・二発とどめを刺すだけで終わるかと」

「とどめって…」


縁起でもない言い方に眉を顰める。が、フィーネは遠慮なく続けた。


「長引かせると拗らせて厄介になりますわよ。過去、片思いを拗らせ、今のミリア様とルッツ様のようになっていた二人が、ある日男が無理心中を図ろうとしたことがありましたのよ」

「え゛っ…」


まさかの結末に顔が引きつり、変な声が出た。

無理心中は勘弁したいところだ。


「その時はなんとか令嬢は逃げ出し無事でしたが……しばらく男性恐怖症に陥ったようですわ」

「それはそうでしょうね」

「ですから、ミリア様もあのような状態を放置なさるのはあまり良いこととは思えませんわ」

「そう…ね。考えておくわ」


フィーネの忠告をミリアは胸に刻んだ。

あのルッツが無理心中……想像しただけでそれは恐怖だ。

あの体躯の人間に迫られてどうにかする術はミリアには無い。


(どうすればいいのかしら……)


悩むミリアの頭には、フィーネの『とどめを刺す』という考えがすっぱり抜けている。

それはミリアにも無意識で、だからこそミリアは未だ自分の感情を理解できていない。



***



「どうすればいいのかしらね…」


夜の自室でミリアは独り言ちる。

悩むのはもちろんルッツのこと。

無理心中はしたくない。ならどうすればいいのか。その考えがまとまらない。

そんな主人を、ルーミアはいつもの無表情のまま見つめる。


「ルーミアはどうしたらいいと思う?」

「そのくらいご自分でお考えなさいませ」


即答の侍女の切れ味は相変わらずだ。ミリアもそう返されるだろうと予想していたので、さしてダメージも無い。


(どうしたら……か)


改めてルッツのことを考える。

伯爵家令息。文武両道。鍛え上げられた体躯に、銀髪碧眼の恵まれた美貌。

数多の令嬢を虜にし、王子と人気を二分するほど。

そんなはた目から見れば超優良物件を何故自分は受け入れないのか。


(そもそも…なんで私はルッツを受け入れないのかしら?)


考えが原点に戻る。

ミリアがルッツを受け入れられない理由。何故なのか。

ミリアはルッツとの婚約解消をした。それは『ミリア』が行ったことであり、ミリアの望んだ婚約ではなかったからだ。しかしルッツはその婚約に拘り、再度の婚約を望んでいる。


……答えはそこだった。


「…ルッツは、『ミリア』を見ているのよね」


ミリアの言葉を聞いていたルーミアが眉根を寄せる。

言葉にすればその理由がストンと収まる。

ルッツは自分を…今のミリアを見ていない。だからなのだと。

ミリアは自由恋愛を望んだ。その大前提は、家柄でも本人の能力でもなんでもなく、その当人自身であること。

しかしルッツとの関係において、今のミリアの存在は無い。

ミリアとしては、『ミリア』の行った婚約を解消することで、彼との関係から『ミリア』を消したかった。しかし、ルッツがそれに固執しているのは、それがミリアではなく『ミリア』だから。


……だからミリアはルッツを受け入れる気にならない。

もし彼が……『ミリア』ではなくミリアを受け入れてくれるなら…そしてあの瞳で見つめてくれたなら……


しかしそのためには、ミリアが『ミリア』ではないことを告げる必要がある。

きわめて近しい者しか知らない、『ミリア』は死に、ミリアは生まれ変わった事実。

彼が求める『ミリア』はもういないのだと。

……だから、ルッツが婚約したい相手もいないのだと。


これを言わなければ、ルッツは永遠にミリアとの婚約を望み続けるだろう。

もしミリアにとって新たな人が見つかったとき…彼が何をするのか分からない。

フィーネからの忠告通りだ。早く決着をつけた方がいい。


そのほうが、きっと彼の為になるのだから――


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