第8話 キツネとタヌキの魔法使い
今日のお空はご機嫌ななめ。
真っ黒な雲からはザーザーと雨が流れ落ちています。
時々、お空はピカッと光ってゴロゴロと鳴いていました。
カミナリがピカッと逆さ虹の森にある赤い屋根の小さなお店を照らします。
看板に『クルミの魔法屋さん』と書かれたそこは、金茶色の毛皮と黄金の目を持つキツネの女の子のお店です。
そんなクルミの魔法屋さんの扉には、『雨だからお休みします』と書かれた札が下がっていました。
「嘘でしょ……」
お店の前で、黄色いレインコートを着たタヌキの子が呟きます。
タヌキの子の名前はココ。
クルミの魔法屋さんで働く男の子です。
ココはこの大雨の中、なんとかこのお店までやって来たのでした。
「うぅ……カミナリすっごく怖かったのに……頑張ってきたのに……」
遠くで鳴ったカミナリに、ココはビクリと震えます。
「クルミちゃーん!開けてー!」
ドンドンと扉を叩きますが、強い雨の音で中には聞こえないようです。
そうでなくともクルミのことですから、まだ寝ている可能性も少なくありません。
「うぅ……どうしてお家に鍵を忘れてきちゃったんだろう」
ココは泣きそうになりながらドンドンと扉を叩きました。
そんなとき、ピカッとお空が光輝いた瞬間にピシャーン!とカミナリの轟音が鳴り響いたのです。
「うわあああぁぁん!クルミちゃああぁぁん!」
あまりの轟音にココは泣き叫びながら扉を叩きました。
「あけてえええぇぇぇ!クルミちゃん!あけてえぇぇ!」
ココの泣き声と祈りが届いたのでしょうか。
カチャリと音がして、中から扉が開いたのです。
「うわあああぁぁん!クルミちゃああぁぁぁん!」
ココは開きかけの扉を全力で開けるとそのままクルミに飛び付きました。
びしょ濡れのレインコートを着たままで。
「……?」
クルミは寝起きでこんな目に遭った理由がわからず、不思議そうに首をかしげるのでした。
.*+;゜*・+;゜*・+.゜*.
お風呂に入って温まった二匹は、リビングにあるカーペットに座ってホットミルクを飲んでいました。
「雨の日はお休みだよ」
フーフーとミルクを冷やしながらクルミが言います。
「もっと早く言ってよ……」
ココは照れくさそうにそう言いました。
カミナリを恐がって泣いたところを見られたのです。
しかも、レインコートを着ていることも忘れて抱きついてしまいました。
「ぼく格好悪い……」
ココは頭を抱えましたが、クルミは特に気にしていないようでした。
フーフーとミルクに息を吹き掛けています。
外は酷い雨とカミナリです。
ココはなんだか不安になってきました。
「今日帰れるかなぁ?」
ココが外を見ながら呟くと、クルミがパッと笑顔になります。
「お泊まりする?」
そう尋ねるクルミにココは、そうしようかなぁ。と言いました。
ココの返事を聞いたクルミは、急に立ち上がると家の奥に駆けていきます。
そして、すぐに戻ってくると両手いっぱいに抱えた荷物をバラバラと落としました。
「何して遊ぶ?トランプする?すごろく?折り紙もあるよ!」
「クルミちゃんって呑気だよね」
ココは、ふぅ。とため息を吐きながら言いました。
「呑気?」
「いつも幸せそうで羨ましいよ」
「ココは幸せじゃないの?」
「まぁ……幸せだけどさ」
ココが困ったように笑うのを見て、クルミは首をかしげます。
「クルミちゃん、あのね」
「うん?」
「そういう無邪気なとこは良いと思うんだけど、時々すごく疲れる」
「ほうほう」
「分かってないね」
「うん?」
ココは再びため息を吐きました。
そんな時です。
ドッカーン!
という激しい轟音が鳴り響き、部屋の中は真っ暗になりました。
ココがビクリと震え、クルミに寄り添います。
「カミナリ怖いの?」
「怖いよ!クルミちゃんは怖くないの?」
「うん」
しがみつくココにクルミは、頷きながら立ち上がります。
「えっ?どこ行くの?」
焦るココと手を繋いで、クルミはお店の方に向かいました。
そして、外へと繋がる扉を開いたのです。
ザーザーという雨音が強くなり、濡れた草地とたくさんの木々が視界に入ります。
黒い雲に光を遮られたはずの外は、不自然なほど明るく照らされていました。
まるでライトに照らされているようです。
「いらっしゃいませー!」
クルミが声高に言うそこには
「ああ、邪魔するよ」
頭から角の生えた青年がいました。
青年は真っ黒な雲に乗り、背中には連鼓を背負っています。
連呼は時折ゴロゴロを音を立てると、ピカピカと光を発しました。
「う、牛さん……?」
絶対に違うと思いながらココは尋ねます。
すると、クルミが
「ブッブー。カミナリさんでーす」
大きくバツ印を作って言ったのです。
ココは物凄くイラッとしました。
「どうぞー!」
クルミはそう言ってカミナリさんを店内に案内します。
すると暗い店内は一気に明るくなりました。
ピカピカ光るカミナリさんが照らしているからです。
この調子なら、電気を付ける必要はないな。とココは思いました。
「今日はなんのご用ですか?」
クルミがカミナリさんに尋ねます。
カミナリさんは一つ頷くと話し始めたのでした。
.*+;゜*・+;゜*・+.゜*.
太陽が遮られ、夜のように暗い森の上。
真っ黒な雲の上から金茶色の毛皮と黄金の目を持つキツネの女の子とタヌキの子がいました。
二匹はお揃いのレインコートを着て地上を覗き込んでいます。
「あのお家かなぁ?」
金茶色のキツネ、クルミは尋ねました。
「たぶん。思いっきり穴空いてるし」
タヌキの子、ココはそう言ってクルミに頷きます。
二匹の視線の先には、屋根に大きな穴の空いたレンガのお家がありました。
焦げたように大きく空いたそのお家は、穴の隙間からたくさんの雨が降り込んでいます。
そして、その穴を三匹の子ブタの兄弟たちが必死に修理しているようです。
あのお家こそクルミたちの目的地、三匹の子ブタのお家でした。
実は、カミナリさんが間違って彼らのお家に雷を落としてしまったのです。
そこで、カミナリさんはクルミたちに屋根の修理をお願いに来たのでした。
「早く行かないとお家の中に水たまりができちゃうよ」
ココの言葉にクルミは頷きます。
そして、大きな真っ黒の雲を二匹が乗れるくらいの大きさに千切ると飛び乗りました。
クルミとココを乗せた黒い雲はゴロゴロと音を立てながら地上へ降りていきます。
それに気付いた一番下の子ブタがクルミたちに大きく手を振りました。
クルミは黒い雲を操って、三匹のいる屋根の上へと降り立ちます。
雨で足を滑らせてしまいそうでした。
「出張クルミの魔法屋さんでーす!カミナリさんに言われて来ました!」
クルミの言葉に三匹はホッとしたような顔をしています。
「お待ちしていました。よろしくお願いします」
一番上の子ブタがそう言ってペコリと頭を下げました。
「この穴です。僕たちでも頑張って塞ごうとしていたんですがこの雨と風でなかなか作業が進まなくて」
今度は真ん中の子ブタが言います。
クルミはどれどれ、と屋根に空いた穴を覗き込みました。
穴から家の中に水がボタボタと落ちています。
水たまりどころか小さな池ができていました。
「大変大変!」
クルミは慌てて黒い雲から光の欠片を取り出します。
それは、カミナリさんから貰った光の杖でした。
クルミが杖を大きく振ると、杖の先端から出た光が空中に大きな絵を描き始めます。
大きな円とたくさんの線。
見たことの無い文字。
それから、三匹の子ブタと一件はのお家。
描き終わったクルミは杖で屋根をトンと突くと口を開きました。
そして、息を吸い込むと
「おねがいしまーす!」
雨に負けないような大きな声で叫んだのです。
次の瞬間。
たくさんの光の粒子がレンガ造りのお家を包み込みます。
そのあまりの勢いにココと子ブタたちは思わず目をつぶってしまいました。
そして、光が雨に溶けて消えてしまうと、屋根は元の通りに戻っていました。
池になっていたお家の中も乾いています。
「おまちどー!」
クルミはそう言ってニコニコと言いました。
「ありがとう!」
「すごく助かったよ!」
「良かったぁ!」
子ブタたちも大喜びです。
お礼はまた後日持ってくるという三匹に別れを告げ、クルミとココが屋根から雲に乗り移ろうとしたときでした。
「あっ……」
クルミが足を踏み外し、屋根から落ちてしまったのです。
「クルミちゃん!」
ココは慌てて手を伸ばします。
そして、何とかクルミの持っていた杖を掴むことができました。
しかし、雨でびしょ濡れだったためか、クルミの手は滑り、今にも杖から離れてしまいそうです。
「クルミちゃん離しちゃダメだよ!」
「はーい!」
「なんでそんな呑気そうなの?!」
ココが必死でクルミを持ち上げようと杖を引っ張ります。
三匹の子ブタたちも手伝ってくれました。
しかし、あと少しというところで
ズルリ……
とクルミの手が滑り落ちてしまったのです。
「あー……」
クルミはいつものように俟の抜けた声をあげながら地面に落ちていきます。
「クルミちゃん!」
ココは必死で叫びました。
その瞬間。
ココの持っていた杖が光輝いたのです。
ブワリと光の粒子が舞いあがりました。
たくさんの光たちはココの目の前に見たことの無い文字を形成していきます。
ココは、その中で一際輝く呪文を手早く唱えると
「クルミちゃんを助けて!」
そう叫んだのです。
次の瞬間。
地面から生えた光の柱がクルミとココを飲み込みました。
光は二匹を飲み込んだまま天高く伸びていきます。
後に残された三匹の子ブタたちは伸びた光をポカンと見つめていました。
光に飲み込まれたキツネとタヌキの姿はどこにも見えません。
光は空に大きな穴を空けながら天空へと駆け上がっていきます。
そして、真っ青な空の向こう側へとたどり着くと、タヌキの子とキツネの女の子を放り出しました。
「クルミちゃん良かったああぁぁぁ!」
青いお空の中で、ココが叫びます。
「おー!ココ凄い!」
その手の先にはクルミの手がありました。
二匹は手を繋いだままお空をまっすぐに落ちていきます。
すっかり吹き飛ばされた雲は、あちこち千切れて無くなっていました。
光に照らされ、空と森の間に大きな虹がかかります。
それは、二匹からは逆さまにかかった虹のように見えました。
二匹は大きな虹の上にポフンと着地します。
そして、お互いに顔を見合わせるとゆっくりと歩き出しました。
虹の根本を目指しながら、仲良く手を繋いで。