第6話 ウサギの魔法使いと生きたぬいぐるみ
今日もお空は良い天気。
ふわふわもこもこの雲が青いお空に浮いています。
逆さ虹の森にある赤い屋根の小さなお家。
そのお家の中でタヌキの子と金茶色の毛皮と黄金の目を持つキツネの女の子がスヤスヤと眠っていました。
二匹は同じベッドでくっつくように眠っています。
キツネの女の子の名前はクルミ。
クルミの魔法屋さんの店主です。
タヌキの子の名前はココ。
クルミの魔法屋さんで働く従業員でした。
昨夜、夜遅くまで薬草摘みをしたので疲れたのでしょう。
太陽が真ん中近くまで昇っても、二匹が起きる様子はありません。
そんなお店のドアを、誰かがガンガンと叩きました。
「おいクルミ!まだ寝てんのか?!開けろ!」
続いて男の子の声が聞こえてきます。
その音と声に驚いたココは飛び起きました。
クルミが起きる気配はありません。
ココは、クルミを起こさないようにそっとベッドを抜け出すと、お店の入り口に向かいました。
「ナツメくん、そんなに騒いだらダメだよ」
「母さんが甘やかすからクルミがあんなになっちゃったんだよ!」
「ご、ごめんね」
お店の外からは聞き覚えのない女性の声と男の子の声が聞こえます。
ココは、恐る恐ると言うようにお店の扉を開きました。
そこにいたのは宝石のように美しい目を持つ二匹のウサギです。
一匹はアメジストのような紫の目を持つウサギの女性。
もう一匹はサファイアのような青い目を持つウサギの男の子でした。
二匹はお店の扉が開いたことに気がついていないようです。
お客さんだろうか。とココは思いながら口を開きました。
「いらっしゃいませ。あの、クルミちゃんまだ寝てて」
その言葉に気付いたのか、二匹は一斉にココに視線を向けました。
「お前なに?なんでクルミの店から出てきたんだよ」
青い目を持つウサギが、そう言ってココを睨んでいます。
「ナツメくん、威嚇しないの。きっとココくんだよ。前にクルミちゃんがお手紙に書いてたでしょ?」
紫の目を持つウサギがそう言ってココに微笑んでいます。
ココは怯えながら、コクコクと頷きました。
そんなココを見て紫の目のウサギは申し訳なさそうな顔で、ごめんね。と言いました。
「私はクルミちゃんのお母さんなの。それで、こっちは私の息子のナツメだよ」
「お母さん?ウサギなのに?」
「ウサギとキツネが家族じゃおかしいのかよ?」
ナツメの言葉にココは慌てて首を振りました。
自分が生んだ子以外の動物を育てるのは珍しいことですが、不思議でもなんでもありません。
「まあまあ、あんまり無いことだから。私も生まれたときはビックリしたよ。ウサギかオオカミだと思ったのに」
紫のウサギの言葉にココは、まさか本当にウサギからキツネが生まれたんだろうか?と思いました。
だけど、そんなわけがないと思い直します。
キツネはキツネから生まれるものです。
きっと、クルミは本当のお母さんから捨てられて、このお母さんウサギに育てられたのだろうとココは思いました。
「クルミちゃんはいるかな?」
紫のウサギがそう言ったので、ココはクルミを起こしに行くことにしました。
二匹に外のテーブルで待つように伝え、ココは店の中に戻ります。
寝室に入ると、クルミはあんな騒ぎがあったというのにスヤスヤと寝息を立てていました。
「クルミちゃん起きて。クルミちゃんのお母さんとナツメってウサギが来てるよ」
ココはゆさゆさとクルミを揺さぶります。
クルミは、うーん。と唸りながら目を開きました。
「おかあさんとなつめ……?」
「そうだよ。宝石みたいな紫の目と青い目をしてたよ」
ココがそう言うと、クルミが勢いよく体を起こします。
そして、飛ぶように寝室を飛び出し、洗面所で顔を洗うとびしょ濡れのまま外に飛び出していきました。
「お母さーん!」
ビックリするココの耳に、クルミの声が届きます。
ココは慌ててタオルを掴むと店の外に飛び出しました。
「クルミちゃんびしょ濡れじゃない。どうしたの?」
「お顔洗ったらこうなった」
「ちゃんと拭かないとダメよ」
お母さんウサギがクルミの顔をハンカチで拭いてあげますが、ハンカチはびしょ濡れになっています。
ココは無言でクルミにタオルを差し出しました。
クルミが、ありがとー。と言いながらタオルに顔を埋めます。
「受け取ってよ……」
ココは仕方なくそのままクルミの顔を拭いてあげました。
「クルミちゃんとココくんは一緒に暮らしてるの?」
お母さんウサギが尋ねました。
クルミは、その予定!と元気よく答えますが、ココは、そんな予定ないよ。と答えました。
心の中で、たぶん。と付け加えながら。
「それよりクルミ!絨毯持っていったろ!」
「なにそれ?」
「しらばっくれるな!そこに置いてあるやつ!魔法の絨毯!」
「あれナツメの?」
「そうだよ!お前本当になんでそうなんだよ!」
そう言ってナツメが指差したのはひつじ雲を取りに行ったときにクルミが作った魔法の絨毯でした。
「あれはクルミちゃんが作ったんじゃ?」
「クルミが作った?小さいものならともかく、あんなでかいのクルミが作れるわけないだろ。瞬間移動させたんだよ」
そう言いながらナツメが絨毯を広げます。
そして、絨毯の端を指差しました。
「ここに俺の名前が入ってるだろ」
そこにはいつも通りココには読めない文字が記されていました。
「魔法使いの文字は僕には読めないよ」
困ったようにココが言います。
ナツメは首をかしげながら、魔法使いのくせに変なの。と呟きました。
ココは、前にクルミにも言われたな。と思い出します。
「ねえねえ、お父さんは?」
「お父さんは用事があったから私たちだけ来たの」
「そっかー」
「今度うちに遊びにおいで。お父さんも喜ぶよ」
「うん!ナツメ独り立ちした?」
「俺は母さんの一部だから独り立ちできないの。何回教えればわかるわけ?」
「そっかー」
ココは三匹の話を聞きながら、お茶の準備をすることにします。
「ナツメくんが独立したいならしても大丈夫だよ」
「しない」
「ナツメ甘えん坊」
「違う!」
外のテーブルに持っていくと、クルミがお母さんウサギの膝の上に座っていました。
先ほどナツメに向かって甘えん坊と言っていましたが、こうしてみるとクルミの方が甘えん坊です。
三匹とも楽しそうにしていて、種族は違っても親子なんだな。とココは思いました。
お茶を持ってきたココに気が付いたナツメが並べるのを手伝ってくれました。
「あ、ごめん。俺は飲めないんだ」
そして、困ったようにカップを見ながら言いました。
「違うの持ってこようか?」
ココは好みに合わないのかと思ってそう尋ねました。
しかしナツメは、違うんだ。と言って首を振ります。
「俺はぬいぐるみだから食べたり飲んだり出来ないんだ」
そして、困ったようにカップを見ながら言ったのです。
その言葉にココはビックリです。
どこからどう見ても本物のウサギなのに、ぬいぐるみだなんて。
「私が作ったんだよ。クルミちゃんの遊び相手に良いかと思って」
お母さんウサギがニコニコと言いました。
どうやら、お母さんウサギも魔法使いのようです。
綿に魔力を込めて、毎日話しかけると自分の意思を持つぬいぐるみになるのだとココに教えてくれました。
「初めはオオカミかキツネを作ろうと思ってたんだけど」
「絶対やだ」
「ナツメくんがこう言うからウサギにしたの」
「目も母さんとお揃いが良かった」
「いいじゃない。お父さんとお揃いでしょう?」
「あれのこと父さんとか認めてないから」
「いつになったら認めてくれるのかな?」
「俺は母さんだけでいいの!」
困ったように言うお母さんウサギと不機嫌そうに腕を組むナツメ。
二匹のやり取りを見たココは、ナツメはマザコンなのかな。と思いましたが口には出しませんでした。
「あの、魔法教えてください!」
代わりにココはそう言います。
クルミにも前に言いましたが、意味の分からない返事しか返ってこないのです。
話の通じそうなお母さんウサギに頼むしかありません。
「魔法を教える?歴史とかかな?」
不思議そうにお母さんウサギは言いました。
ココは、また話が通じないのでは?と不安になりました。
「僕、魔法が使えなくて……だから使い方を教えてほしいんです」
ココがそう言うとお母さんウサギは首をかしげました。
「魔法の使い方……」
その困ったような言い方に、ココも困惑します。
えーっと、と遠慮がちに言われる言葉の続きをココはドキドキしながら待ちました。
「魔法はね、魔法使いごとに使い方が違うの。似たような魔法でもそこにたどり着く過程が全然違うんだよ」
そう言ってお母さんウサギは紙に何かを書きはじめます。
ココに分かるように普通の文字でした。
「例えば、物を浮かせる魔法。クルミちゃんは自然界にある生き物や精霊に呼び掛けて手伝ってもらうんだけど、私は自分の魔力を手足のように伸ばして遠くのものを操ることができるの。横から見てたら同じように物が浮いてるように見えるんだけど、やり方は全然違うでしょう?」
字や絵を書きながらお母さんウサギは説明してくれます。
ココはそれに頷きました。
「私の魔法ではクルミちゃんのように精霊に呼び掛けることはできないし、そもそもやり方も分からないの。同じようにココくんにもココくん独自の魔法があるはずだから、教えてあげるのは難しいんだ」
お母さんウサギは、ごめんね。とココに言いました。
ココはしょんぼりしてしまいます。
しかし、ココは思い付いたのです。
「でも、ぬいぐるみの魔法は?あれなら僕にもできるかも!」
お母さんウサギに伝えると、やっぱり難しい顔をしていました。
「うーん……ココくんの魔力が物に力を込めるタイプであればあるいは……でも、使い方は全然違うだろうから結果も……」
そう言ってお母さんウサギはクルミに視線を向けました。
クルミはいつの間にか眠り込んでいます。
ココは呑気そうなクルミを見てため息を吐きました。
「だからさ」
そんなココにナツメが言います。
「魔法使いは最初から魔法の使い方を知ってるんだよ。考えるだけで手や足を動かせるように、考えるだけで良いんだ」
「考えるだけで?」
「そう、ココだって考えるだけで魔法を使えるんだよ」
ナツメの言葉にココは困ってしまいました。
そうは言われても使えないものは使えないのです。
「きっと、必要ないから使えないんだろうね。その時が来たら使えるようになるよ」
お母さんウサギがそう言ったので、ココは頷いておきました。
それから日が暮れるまでお話をして、二匹は帰っていきました。
お土産に貰ったお菓子を抱えて、ココも家に帰ります。
「その時が来たら……」
お母さんウサギの言葉を思い出したココは、クルミの役に立つ魔法だと良いな。と思ったのでした。