第5話 旅するお花と魔法使い
今日もお空は良い天気。
爽やかに吹く風とどこまでも青い空が広がっています。
太陽がてっぺんより少し低い位置まで登った頃。
「はい、起きて!こーんなに良い天気なんだからね!起きないと損だよ!」
そう言ってタヌキの子が何かを引きずりながら赤い屋根のお店から出てきました。
それは金茶色の毛皮と黄金の目を持つキツネの女の子です。
タヌキの子の名前はココ。
クルミの魔法屋さんで働く従業員です。
そして、この引きずられているキツネの女の子はクルミ。
クルミの魔法屋さんの店主でした。
「もークルミちゃんは本当にもう!」
ココはクルミを店の前の草むらにペッと投げ捨てると
「僕はお店の中を掃除するからクルミちゃんは外をお願いね」
冷たい声で言いました。
「うーん……眩しい……zZ」
クルミはゴロンと寝返りを打ち日影に入ると、すやすやと寝息を立て始めます。
きっと、ココに怒られてしまうでしょう。
けれど、クルミはとても眠かったので仕方がないのです。
そんなクルミの耳にクスクスと誰かの笑い声が聞こえてきました。
クルミは片目だけ開けて声の聞こえた方に視線を向けます。
そこに、5枚の花弁を持つ桃色のお花が咲いていました。
「こんにちは、魔法屋さん」
ピンク色のお花が言います。
「こんにちは……zZ」
クルミは眠たげにもぞもぞと言うと再び目を閉じました。
「クルミちゃん!お掃除してって言ったでしょ!」
そこにココがやって来て、クルミの身体を揺さぶります。
「眠い……」
「遅くまで起きてるからでしょ!」
「寝る」
「起きる!」
二匹のやり取りを見たお花が再びクスクスと笑いました。
「お花が笑ってる?!」
それを見てココが驚きます。
それもそうでしょう。
だって、お花は喋ったり笑ったりしないものです。
クルミの反応の方がおかしいのです。
クルミは、うーん。と大きく伸びをしていました。
手足をうんと伸ばしゴロゴロと草地を転がります。
そうして、やっと起き上がったのです。
「おはよう」
お花がクルミにもう一度言いました。
「おはようございます!」
クルミは元気よく立ち上がるとお花に言います。
それから
「いらっしゃいませー!またお薬買いに来たの?」
そうお花に言いました。
「えっお客さん?!お花なのに?」
「ココもタヌキなのにお客さんだった」
「それはそうだけど」
そんなクルミとココのやり取りを聞きながらお花は、そうねぇ。と呟きます。
「私は普通のお花じゃないから」
言いながらお花はニョキッと根っこを伸ばすと、地面から浮き上がりました。
二本の根っこを足のように動かしながら、クルミとココに近づきます。
「う、動いたあああぁぁぁ!!?」
ココの悲鳴が森に響き渡りました。
.*+;゜*・+;゜*・+.゜*.
店の前に置かれた小さなテーブル。
そこで1本のお花が優雅に微笑んでいました。
「驚かせてしまってごめんなさい」
ココを見ながら、お花がクスクスと笑います。
「あ、いえ……僕こそごめんなさい」
ココは申し訳なさそうにお花に言いました。
お花はそんなココをニコニコと笑って見ています。
「あなたも魔法屋さんなのかしら?」
お花がココに尋ねると、ココは首を左右に振りました。
「僕はお手伝いをしてるだけです」
「そうなの。では、助手さんなのね」
「あの、お花さんは精霊ですか?」
「いいえ、私は」
「お薬入りまーす!」
ココとお花の話を遮って、クルミは言いました。
そして、お花の前にティーカップを置きます。
そこにはお花と同じピンク色の液体が入っていました。
「ありがとう。それでは、いただくわ」
「お粗末さまでーす!」
元気良く言うクルミにココが、使い方間違ってる。と呟きます。
クルミは、うーん。としばらく考え込み
「粗茶です!」
「それもちょっと違うかなぁ」
いつも通りココを呆れさせるのでした。
二匹のやり取りにお花はクスクスと笑っています。
楽しそうに笑いながら、伸ばした根っこをティーカップに差し込みました。
「そうやって飲むんだ……」
ココが誰にともなく呟きます。
すると、クルミが得意気に
「お花は根っこからご飯食べるんだよ」
と言いました。
ココは、このお花さんは口があるじゃん。と思いましたが声に出すのはやめておきました。
お花は植物なのですから、植物なりの流儀があるのでしょう。
植物ではないココが指摘して良いことではないのです。
お花はクルミの出した液体を全部飲みほすと、ごちそうさまでした。と言いました。
そして、テーブルの上に一枚の紙を置いたのです。
「お代はいつも通りに」
「いつもありがとうございまーす!」
クルミの言葉にお花がニッコリと微笑みます。
「では、私はこれで。またよろしくね、可愛い魔法屋さんと助手さん」
お花はふわりと浮き上がると、弾けて消えてしまいました。
後にはピンク色の光の粒が残るばかりです。
その光の粒も、すぐに空気に溶けて消えていきました。
「おお、上物ですなー」
お花が置いていった紙を見ながらクルミが呟きます。
そして、ココを見て言ったのです。
「お出掛けします!」
.*+;゜*・+;゜*・+.゜*.
逆さ虹の森から少し離れた場所に、とても大きな山がありました。
その山を金茶色の毛皮と黄金の目を持つキツネの女の子が歩いています。
その横にはタヌキの子がいました。
クルミの魔法屋さんの店主クルミと従業員のココです。
二匹は大きな背負いカゴを背負って山道を歩いていきました。
クルミは時々止まっては紙を見て、再び歩き出します。
ココはそれを見て、口を開きました。
「ねえ、どこまで行くの?日が暮れちゃうよ」
クルミは歩みを止め、ココに紙を見せます。
それは、お花が置いていった紙でした。
そこには見たことの無い字が書かれています。
クルミが魔法道具や魔方陣に書く文字に似ているとココは思いました。
「読めないよ」
「読めないの?」
「これ魔法使いの文字でしょ。魔法使いしか読めないんじゃないの?」
ココの言葉にクルミは首をかしげます。
そして、紙とココの顔を見比べてから、なんで読めないんだろう?と呟きました。
「だから、魔法使いしか読めない字でしょ?」
ココが呆れたように、僕には読めないよ。と言います。
クルミは首をかしげたまま、でもココは魔法使いだよ。と言いました。
「えっ?」
驚くココに、クルミは話を続けます。
「魔法使えたら読めるよ」
「僕……魔法使えるの?」
「魔法使いはみんな使えるよ」
「じゃあ……魔法を習えば僕も魔法使いになれるってこと?」
「魔法は習うものじゃないよ。使うものだよ」
クルミの言葉にココは、どうやって使うの?と尋ねました。
しかし、クルミは、分かんない。と言って首を左右に振るだけです。
「でも、クルミちゃんいつも魔法使ってるじゃん。僕に教えてよ」
ココが当然のようにそう言います。
クルミは不思議そうな顔で見ながら口を開きました。
「クルミの魔法はクルミのだよ。ココの魔法はココのだから、クルミには使えないの」
今度はココが首をかしげる番でした。
言っていることが難しいのです。
クルミにはもっと分かりやすく文法を立てて話してもらいたいものだ。とココは思いました。
クルミは、うーん。と首をかしげ、歩き始めます。
「ココの魔法はココのだから、クルミには使えないの」
同じ言葉を繰り返すクルミにココは、さっき聞いたよ。と返します。
「ココの魔法は……うーんと、クルミ使い方分かんない」
「なんで?」
「魔法使いの魔法は自分の魔法だから」
「どういうこと?」
「……説明難しい」
困った顔でクルミが言います。
ココもその顔に困ってしまいました。
「クルミちゃんの知り合いに魔法使いさんいないの?」
「クルミ魔法使いだよ」
「クルミちゃん以外で。魔法使いの集まりとか無いの?」
「無い」
「無いんだ。他の人に説明してもらおうと思ったのに」
ココががっくりと項垂れます。
このままでは、クルミのわからない言葉を解読しなければならないということです。
それは、ココにとって苦行でしかありませんでした。
「でも、クルミ魔法使いの知り合いいるよ」
だから、クルミのその言葉にココは満面の笑みを浮かべたのです。
早く言ってよ。と言いながらココはクルミに軽く体当たりをします。
クルミは不思議そうな顔でココを見て首をかしげました。
「で、どんな感じ?」
「なにが?」
「知り合いの魔法使いさんだよ。僕も知ってる生き物?」
ココの言葉にクルミはいつもの間抜けな声で、あー。と呟きます。
「お花さんはココも知ってる」
そして、口を開き言いました。
「お花さんって魔法使いだったの?」
「うん」
クルミの言葉にココは自由自在に根っこを伸ばすお花を思い出します。
あれは魔法だったのか。とココは思いました。
「着いた」
クルミの言葉にココは顔を上げます。
そこは、崖の上にあるお花畑でした。
色とりどりのお花たちが地面一杯に咲いています。
その向こうに橙色の空と逆さ虹の森が広がっていました。
「凄い……なにこれ?」
お花を摘み始めたクルミにココが尋ねます。
クルミは摘み取ったお花を地面に置いたカゴに詰めながら言いました。
「お薬の材料になるの。先生もたまに買ってくよ」
「そうなんだ」
クルミの言葉にココはネズミのお医者さんを思い出しました。
「お花さんはいろんなとこ旅してるから、珍しい草とかの場所教えてくれるの」
「そうなんだ。凄いね」
「ココも手伝って」
「あ、うん」
クルミの言葉に頷いて、ココもお花を摘み始めました。
こうしてすっかり日の暮れた頃。
二匹のカゴは摘み取ったお花でいっぱいになっていました。
「暗くなっちゃったね」
「次はあっちに行く」
クルミが逆さ虹の森とは反対の方を指差して言います。
ココはビックリしながらクルミを見ました。
「帰らないの?」
「なんで?」
「いや、何でってもう夜だし」
「今から採りに行くのは夜しか咲かないお花だから夜に行かないと」
クルミの言葉に、ココはクルミがいつも昼近くまで寝ている理由が分かりました。
きっと今から採りに行くお花と同じように夜しか手に入らないものがあるのでしょう。
それらを手に入れるためにクルミは夜に活動しているのです。
「でも、あんまり遅くなるとお母さんに怒られちゃうよ」
ココの言葉にクルミは何かを考え込むように口に手を当てます。
「じゃあ、ココは帰っていいよ」
そして、そう言うと歩き出したのです。
「ま、待ってクルミちゃん!」
ココは慌ててクルミを追いかけました。
「なあに?」
「クルミちゃんも帰ろう。きっとクルミちゃんのお父さんとお母さんも心配してるよ」
「クルミ独り立ちしてる」
「えっ?!早くない?」
クルミの言葉にココは驚きながら尋ねます。
逆さ虹の森の動物たちは、大人になると独り暮らしを始めます。
それを独り立ちと言いますが、クルミとココの年齢は同じくらいです。
ひょっとしたら、ココの方が年上かもしれません。
どう見ても大人とはいえない年齢でしょう。
ココは、ひょっとしてクルミが魔法使いだから両親から追い出されたのかもしれない。と思いました。
逆さ虹の森ではそういうことはありませんが、魔法使いを気味悪がる土地はたくさんあるのです。
ひょっとしたら、クルミはよそから移り住んできたのかもしれないとココは思いました。
「ココはまだ独り立ちしてないの?」
呑気そうに首をかしげるクルミに、ココは何ともいえない気持ちになりました。
クルミの話し方や考え方がおかしい理由が少しだけ分かった気がします。
「……?」
何も答えないココにクルミは不思議そうな顔をしていました。
ココは少し考えてから、今日は帰ろう。と言います。
「僕、お母さんに頼んでみるから明日の夜に行こう。クルミちゃん一人じゃ心配だよ。それに、カゴもいっぱいだし」
ココの言葉にクルミは頷きました。
ココは少しだけホッとしながらクルミの手を握ります。
二匹は暗い山道を手を繋いで降りていきました。
クルミは楽しそうに鼻唄を歌っていましたが、ココは少し暗い顔をしていました。