第4話 ひつじ雲を捕まえた
森で一番大きな木から少し離れた場所。
そこに一軒の料理屋さんがあります。
看板に『チキンのチキン屋さん』と書かれたそこは森唯一の料理屋さんです。
その料理屋さんの扉がカランカランと渇いた鐘の音を立てながら開きます。
そして、金茶色の毛皮と黄金の目を持つキツネの女の子が出てきました。
彼女の名前はクルミ。
森の一角にある魔法屋を営むキツネです。
「あのね、クルミちゃん。大事なことはちゃんと決めてから実行に移さないと」
そして、小言を言いながら出てきたタヌキの子はココ。
クルミの魔法屋さんで働く従業員です。
彼女たちは今、ひつじ雲を捕まえるためにお空を目指していました。
どうやってお空に行くかはまだ決めていません。
とりあえず二匹は森で一番大きな木を目指すことにしました。
大きな木は料理屋さんのすぐそこなので、5分と掛からずに着きました。
「着いた」
笑顔で言うクルミにココが呆れた顔をします。
「着いたけど、どうするの?」
「うーん……」
クルミは腕を組み、首をかしげながら木のてっぺんに視線を向けました。
高いです。
高すぎててっぺんがよく見えません。
だけど、ひつじ雲はこの木よりも高い位置にあるのです。
木に登っただけでは捕まえるのは難しいでしょう。
クルミはひとしきり、うんうんと唸るとココに顔を向けました。
「飛べる?」
そして、そう尋ねたのです。
ココは呆れたようにため息を吐きます。
「僕はタヌキなんだけど」
「知ってる」
「タヌキが飛べると思う?」
「うーん……飛べない?」
「なんで疑問系なのか分からないけどそうだよ。タヌキは飛べないの」
「そうなんだー」
クルミが呑気そうに頷くのを見てココはため息を吐きます。
いつもこうです。
クルミは常識がまったく分かっていません。
親はいったいどんな教育をしているのでしょう。
ココは、僕がしっかりしなきゃ!と気合いを入れました。
「とりあえず登ってみる?」
ココの提案にクルミは、おー。と間の抜けた声を出します。
「危ないよ」
そして、そう言いました。
「……でも他に方法なくない?」
クルミの正論に一瞬たじろいだココでしたが、何とかそれだけ言います。
クルミはよく分かってない顔でココを見て
「ひつじ雲はこの木のてっぺんより高いとこにあるよ?」
と言いました。
「もおおぉぉぉ!じゃあ、どうするの?!僕たち飛べないんだよ!捕れないでしょ!」
イライラが限界に来たココが叫びます。
クルミと話をするととっても疲れるのです。
こんなに常識を知らないなんて、クルミの両親は自由な心で育ってほしかったとでも言うのでしょうか。
自由に育ちすぎです。
このままでは将来のクルミが困るでしょう。
「もうちゃんとして!なんでクルミちゃんはそうなの?!お仕事で来てるんだよ!なんでちゃんと準備しておかなかったの?!」
怒鳴り散らすココにクルミは虫取網と虫かごを見せました。
「クルミちゃんと準備してきたよ」
そして、そう言います。
「そんなものでどうするの?!!!?!」
ココが再び爆発しました。
.*+;゜*・+;゜*・+.゜*.
森で一番大きな木の下で金茶色の毛皮と黄金の目を持つキツネの女の子が大きな絵を描いていました。
「らんらんるびどぅ~♪らんらららん♪」
なんだかよくわからない歌を歌いながら、手に持っていた虫取網の柄を使って。
「るびどぅばどぅば~♪クルミとココは仲良し~♪るびどぅば~♪」
その少し離れた場所には呆れた顔をしたタヌキの子が立っていました。
「なにその歌?」
ココが少しだけ照れたように呟きます。
「るびどぅ~♪るびどぅ~♪お父さんとお母さんも仲良しどぅば~♪」
クルミはその声が聞こえていなかったのか、気にも止めずに絵の続きを描いていました。
大きな円。
たくさんの線。
見たことのない文字。
それからキツネとタヌキの絵。
クルミは絵を描き終わると円の外側に虫取網の柄の先端を突きます。
そして、大きく口を開けると
「お願いしまーす!」
そう叫びました。
その瞬間。
大きな絵からぶわりとたくさんの青い光が飛び出しました。
同時に吹いた強い風が青い光を撒き散らします。
光がココの視界を埋め尽くしていきました。
そして、光が晴れた頃。
「できたー!」
クルミの前に丸まった大きな絨毯がありました。
描いていた絵は消えています。
ココは慌ててクルミに近寄りました。
「えっ、なにこれ?!どうしたの?」
「作った」
コロコロと絨毯を広げながらクルミが答えます。
「乗って乗ってー!」
そして、ぽんぽんと絨毯を叩き言いました。
すでにクルミは絨毯に乗り座っています。
ココは先ほどレジャーシートに座ったときのようにクルミの隣に腰かけました。
クルミはココが座ったのを確認すると、再びぽんぽんと絨毯を叩きます。
そして、いいよー。と誰にともなく言いました。
フワリと絨毯が浮き上がり、クルミとココを運んでいきます。
「うわっ、す、すごいっ!」
ココが恐る恐ると下を見ながら呟きました。
二匹の眼下には大きな森が広がっています。
遠くには平原と山々が広がり、森で一番大きな木はとっくに飛び越えてずいぶんと下の方に見えました。
「あの辺かなぁ?」
下を見ていたココとは対照的に、クルミは上を見ながら言いました。
その声でココも顔を上に向けます。
「あの辺って何が?」
ココの質問にクルミが、ひつじ雲。と答えます。
「あの辺モコモコしてる」
そう言いながらクルミは雲がたくさん固まっている箇所を指差しました。
真っ白な雲がモコモコと風で揺れています。
「あそこ行ってみよう」
クルミはそういうと絨毯に向かって、お願い。と言いました。
絨毯はクルミの声に答えてモコモコと固まる雲に向かって飛んで行きます。
そして、雲に飛び乗れそうなほど近づくと、止まったのです。
「ありがとー」
お礼を言いながらクルミは雲に飛び乗りました。
モコモコの雲はモフッと音を立てながらクルミを受け止めてくれます。
「ま、待ってクルミちゃん」
ココも慌てて雲に飛び込みました。
雲はまたモフッと音を立ててココを受け止めます。
モフッとしすぎたせいで少し転びそうになりました。
クルミはココが雲に乗ったのを確認すると虫取網を構えます。
「よーし、やるぞー!」
そして、そう叫ぶと雲の上を走り出したのです。
「ま、待って!うわ高っ!怖い!」
ココもクルミを追いかけて駆け出します。
モコモコとした雲の上は走りにくく、ココは何度も転びそうになりました。
クルミはその間もモコモコと雲を踏みつけ走ります。
「みーつけた!」
そうして、ついに見つけ出したのです。
「見つけた……?」
そこは平原のように雲の広がる場所でした。
高い雲も低い雲もなく、同じくらいの高さの雲が地平線の彼方まで広がっています。
視界を白と青できっかりと二等分されたそこに、ひつじの形をした雲がありました。
大きさはクルミやココと同じくらいです。
「あれが ひつじ雲……」
ココがそう呟いた瞬間。
「とりゃああぁぁぁ!」
網を持ったクルミが飛び出しました。
声に驚いたひつじ雲がビックリして逃げ出します。
「待てー!」
当然、クルミは追いかけます。
ココを置いてきぼりにして。
「えぇっ?!ちょっと!?」
ココも慌てて二匹を追いかけるのでした。
「待てー!待て待てー!」
「ク、クルミちゃん!待って……早いっ……」
ひつじ雲を追いかけて、キツネとタヌキが雲の上を駆け回ります。
雲は穴の空いた箇所や薄くなっている箇所もあり、ココは落ちてしまうのではないかとヒヤヒヤしました。
下には森が広がっていますが、木々は豆粒よりも小さくなっています。
ここから落ちたら、ひとたまりもないでしょう。
「クルミちゃん、もっと気を付けて走って!危ないから!」
焦るココをよそにクルミはひつじ雲を追いかけて縦横無尽に駆け回りました。
そして、ひつじ雲に向かって網を大きく振り回すのです。
ひつじ雲の身体がクルミの振った網に引っ掛かります。
しかし、千切れた雲が網の中に残るばかりです。
あんなに大きな雲を虫取網で捕まえようなんていう方が間違っているのでしょう。
ココは、ちゃんと準備しないから……と口の中で呟きました。
そうして、しばらくした頃。
「これくらいかなぁ」
クルミが急に立ち止まり、そう言ったのです。
網の中にはひつじ雲の欠片がいくつか入っています。
クルミが暴れまわったせいで、床にもひつじ雲の欠片はたくさん落ちていました。
ひつじ雲はクルミが立ち止まったのも気付かずに遠くに走っていってしまいました。
クルミにずいぶん削られたせいか、身体が小さくなっています。
その身体も、雲の影に隠れてすぐに見えなくなりました。
「やー、取れた取れた」
クルミが満足げに言いながらひつじ雲の欠片たちを虫かごに入れていきます。
「こんなことしなくても、ひつじ雲に頼んだら分けてくれたんじゃないの?」
ココは呆れながらひつじ雲の欠片を拾いました。
「ココは雲とお話できるの?」
「雲とはできないけど……でも、ひつじ雲はできそうだよ」
「うーん?」
クルミはココの言葉に首をかしげると、今度してみる。と言うのでした。
こうして二匹はすべてのひつじ雲を虫かごに詰め込むと、絨毯に乗って地上に戻りました。
ネズミのお医者さんは、クルミとココの採ってきたひつじ雲に大喜びです。
二匹はお礼に木の実で作ったジャムと『お髭が曲がった時に飲む薬』を貰って帰ったのでした。