第2話 赤く輝く木の実とタヌキ
逆さ虹の森にはドングリ池と呼ばれる澄んだ綺麗な池があります。
そこにお願い事をしながらドングリを投げ込むと、願いが叶うという不思議な伝承があるのです。
「お陰で不法投棄が多くて困ってるのよね」
そう言ってため息を吐くのは空飛ぶ一匹の金魚でした。
鮮やかな尾ひれを持つこの金魚は、何百年も前からこのドングリ池に住む精霊です。
金魚の視線の先には網で池の掃除をする金茶色の毛皮と黄金の目を持つキツネがいました。
彼女の名前はクルミ。
逆さ虹の森で魔法屋を営むキツネの女の子です。
クルミは池に落ちたドングリを網ですくいながら、大変だね。と相づちを打ちました。
他人事のように言っていますが、クルミもドングリ池にドングリを投げたことがあるのです。
金魚からすればクルミも不法投棄の主犯の一匹でしょう。
金魚は再びため息を吐きました。
「どうしたらドングリを投げるのをやめてくれるのかしら?」
クルミは、うーん……と言いながら網を池から出します。
ドングリは網の目をすり抜けて全部池に落ちてしまいました。
「別の網がいると思う」
「……今は網の話はしてないわ」
真剣な顔をするクルミに、金魚は疲れた顔で言いました。
.*+;゜*・+;゜*・+.゜*.
「ねえねえ、なんでドングリ投げたらお願いが叶うの?」
新しい網でドングリを拾いながら、クルミは金魚に尋ねます。
クルミの横にはドングリの山が出来ています。
これだけあればリスの仕立て屋さんに立派なお洋服を作ってもらえるでしょう。
「そうねぇ……きっとあのことが原因でしょうね」
「あのこと?」
首をかしげるクルミに金魚は頷きます。
「あれは300年ほど前のことだったかしら」
金魚が語りだそうとしたときのことでした。
「木の実が見つかりますように!」
何処かからそんな声が聞こえてきたのです。
それとほぼ同時にどこからか飛んできたドングリがボチャンと池に落ちます。
それを見た金魚は池に飛び込みドングリを拾い上げると、凄い勢いで飛んで行ってしまいました。
「ゴミを捨てるなって言ってるでしょ!」
飛んで行く金魚を目で追うと、そこに一匹のタヌキの子がいます。
タヌキの子は弾丸のように飛んで来た金魚に驚いているようでした。
クルミは網で池の底を引きずりながら金魚とタヌキの子のもとへと向かいます。
二匹のもとにたどり着く頃には、網の中がドングリでいっぱいでした。
「すごーい!」
「全然凄くない!」
喜ぶクルミを金魚が怒鳴りつけます。
金魚はクルミの持つ網を指差すとタヌキの子に向かって、見なさいこれを!と叫びました。
「ちょっと網で漁っただけでこんなにドングリが取れるなんて異常よ!この池に住んでる魚の気持ち考えたことある?!無いでしょ!」
プンプンと怒りを露にしながら金魚が言います。
怒りで焼き魚になりそうな雰囲気です。
クルミは、今日の晩ご飯はお魚にしようと思いました。
金魚は、はぁ……と呆れたようにため息を吐くとタヌキの子に向き直ります。
「あのね、この池にも魚は住んでるの。どんなお願いがあるのか知らないけど、嘘か本当か分からないことでドングリを投げるのはやめてちょうだい」
金魚の言葉を聞いたタヌキの子は、しょんぼりしてしまいました。
「ごめんなさい。僕、お母さんに喜んでほしくて」
「お母さん?」
ただならぬ様子に金魚はタヌキの子に尋ねます。
タヌキの子は小さく頷くと口を開きました。
「あのね、もうすぐお母さんの誕生日なの」
「あら、それはおめでとう」
「だから、お母さんの好きな木の実を探してるんだけど見つからなくて。ドングリ池にドングリを投げたら願いが叶うって聞いたからそれで……」
タヌキの子はしょんぼりと言いました。
クルミは、あー……と間の抜けた声を出しながら金魚に視線を向けます。
金魚は居心地悪そうにクルミを睨み付けました。
「私のせいじゃないわよ」
「クルミそんなこと言ってないよ」
「じゃあ、なんでそんな顔で私を見るのよ?」
「そんな顔ってどんな顔?」
「……あんたと話すと疲れるわね」
金魚は、はぁ……と何度目かのため息を吐きます。
「その木の実、あんたの店に売ってないの?」
そして、クルミに向かって言いました。
クルミは耳を寝かせながら考え込みます。
ジーッとタヌキの子を見て、首をかしげます。
タヌキの子は居心地悪そうにしていましたが、クルミには関係ありません。
クルミはタヌキの子をしばらく眺めてから、ピンッと耳を立てました。
「あるかも!」
それを聞いた金魚は疲れたように、それは良かったわ。と呟きます。
「ドングリはもう良いから、この子を手伝ってあげなさい」
そして、クルミにそう言ったのです。
クルミは金魚に、わかったー。と言うと拾ったドングリを持ってきた背負い籠に詰め始めます。
ドングリ5000個分でリスの仕立て屋に作ってもらった立派な籠です。
クルミの身長の半分くらいの大きさはあるでしょう。
そんな大きな籠も拾ったドングリであっという間にいっぱいになってしまいました。
いったいどれだけのドングリが池に沈んでいたのでしょう。
「すごーい!」
「凄いじゃない!二度とドングリを捨てるんじゃないわよ!」
喜ぶクルミを金魚は再び怒鳴り付けるのでした。
.*+;゜*・+;゜*・+.゜*.
森の一角にある赤い屋根の小さなお店。
店の前に置かれた看板に『クルミの魔法屋さん』と書かれたそこがクルミのお店です。
困ったことはなんでも魔法で解決する不思議なお店でした。
商品が並んだ棚やケースがたくさん並んでいます。
カウンターの奥にはたくさんの引き出しが付いた大きな棚が置かれていました。
「うちにあるかなぁ。どうかなぁ」
クルミはふんふんと鼻歌を歌いながら店内にある引き出しという引き出しを開けていきます。
引き出したちは開いた瞬間に中身をすべて飛び出させ、自分は持っていないと主張しているようでした。
クルミが見境なく引き出しを開け続けるため、店内は足の踏み場もないほど散らかっていきます。
タヌキの子はそんなクルミと店内を心配そうに見ていました。
「ねえ、クルミちゃん。こんなに散らかしたらお片付けが大変だよ」
タヌキの子が困ったように言います。
クルミは床に散らかったたくさんの物を見てビックリしました。
どうやら、こんなに散らかっているとは思っていなかったようです。
「どうしよう……」
しょんぼりしながらクルミが言います。
そんなクルミを見て、タヌキの子は慌てました。
「僕もお片付け手伝うよ!」
「ほんと?」
「ほんとだよ」
「よかったー」
クルミがニコニコするのを見て、タヌキの子はホッとしました。
「じゃあ、もうちょっと探すね!」
しかし、再び引き出しをひっくり返すクルミを見て、タヌキの子はまた慌てるのでした。
.*+;゜*・+;゜*・+.゜*.
「ないね」
「なかったね」
店中ひっくり返したかのような有り様を見ながら、二匹は言いました。
「何でないんだろ?」
ガラガラと積み重なった物を崩しながら、クルミは不思議そうに言います。
タヌキの子はクルミの方が不思議だと思いました。
そういえば、クルミにどんな木の実を探しているのか伝えていません。
はたしてクルミはタヌキの子と同じものを探していたのでしょうか。
「ねえ、クルミちゃんは僕のお母さんが好きな木の実がなにか知ってるの?」
「ううん。知らない」
タヌキの子はクルミの言葉にガッカリと肩を落としました。
知らないくせに探してたなんて意味がわかりません。
クルミはいったい何を探していたと言うのでしょう。
「でもね」
ガッカリするタヌキの子にクルミが声をかけ
「見たら分かるよ」
クルミはにっこりと笑いながら、タヌキの子の手を握りました。
「大丈夫。ちゃんと見つかるよ」
クルミの温かい体温が少しずつタヌキの子の手に移ります。
さっきまで見つからないんじゃないかと不安に思っていたタヌキの子でしたが、そんな気持ちは不思議と消えていきました。
タヌキの子はクルミの手をしっかりと握り返します。
「ここにあるんだね?」
そして、クルミの顔をまっすぐ見ながら尋ねました。
クルミは笑顔で頷きます。
「絶対にあるよ。だから一緒に探そう」
その笑顔にタヌキの子は頷き返しました。
さっきまでクルミだけが木の実を探していましたが、今度は二匹で木の実を探します。
クルミは床に落ちたガラクタをあさり、タヌキの子は棚に並んだ商品を一つ一つ確認していきました。
そうして、タヌキの子は淡く輝く小箱を見つけたのです。
それは木でできた箱でした。
箱の中で何かが光っているのか、赤く輝いています。
タヌキの子がそっと箱を開け、中を覗き込みます。
そこには赤色に輝く美味しそうな木の実が入っていました。
「見つけた!」
箱を掲げながらタヌキの子が叫びます。
「やったー!」
そんなタヌキの子を見てクルミは大喜びでぴょんぴょんと飛び跳ねました。
床に散らかったたくさんの物がクルミに潰され、ガシャガシャと音を立てます。
「クルミちゃん踏んでる!踏んでるよ!」
それを見て、タヌキの子は慌てるのでした。
.*+;゜*・+;゜*・+.゜*.
こうして、タヌキの子は無事に木の実を手に入れることができました。
タヌキのお母さんは、それはそれは喜んだそうです。
クルミは木の実のお礼に美味しいジュースを貰いました。
赤色に輝く美味しそうな木の実で作られたジュースです。
とっても甘くておいしいそのジュースをクルミはたっぷり飲んで満足したのでした。
それから……
「もうクルミちゃん!ちゃんとお片付けしないと駄目だよ!」
「クルミお片付け苦手」
「苦手でもするの!」
クルミのお店にタヌキのお手伝いさんが来るようになりました。