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第1話 太陽と月の石像


今日もお空は良い天気。

爽やかな朝の日差しが木々に降り注ぎ、森の生き物たちが活動を始めます。

根っこ広場から少し離れた森の一角。

そこに赤い屋根の小さなお店がありました。


お店の前に置かれた看板には『クルミの魔法屋さん』と書かれていました。

扉には『まだ寝てます』と書かれた札がかかっています。


どうやらお店はまだ開いていないようです。

日が昇ってから何匹かの動物たちがやって来ましたが、札を見るとみんな帰ってしまいました。


それから、どれだけの時間が過ぎたでしょう。

太陽がすっかり真上まで昇った頃。

ようやくお店の扉が開き、中からキツネの女の子が出てきました。

ひらひらのエプロンをつけた金茶色の毛皮と黄金に輝く瞳を持つキツネの女の子です。

彼女の名前はクルミ。

困ったことをなんでも魔法で解決してくれるキツネの女の子です。


クルミはお店の扉にかかった『まだ寝てます』と書かれた札を回収し、扉が閉まらないように固定します。

それから、箒を持ってくるとお店の外のお掃除を始めました。


お店の前の落ち葉を掃いて固め、どんぐりを拾っては小箱に入れます。

どんぐりはいっぱい集めると、リスの仕立て屋さんがお洋服や靴と交換してくれるのです。

もうすぐ頼んでいた素敵なお洋服が出来上がるので、交換してもらうのです。


クルミがるんるんと鼻唄を歌いながらお掃除をしていたときでした。

遠くからズシーンズシーンという音が聞こえてきたのです。

クルミは不思議に思いながら音のする方に目を向けます。

そこには丸い頭と手足のないツルンとした身体を持つ大きな石像がありました。

額にホクロのようなものがあります。

お地蔵さんに似てるなぁ。とクルミは思いました。


石像はピョンピョンと跳ねながらクルミのお店に近づいてきます。

そのたびにズシーン、ズシーンと地面が揺れました。

ズシンズシンとやってきた石像はクルミの前で止まります。

近づいてみると、お地蔵さんとは少し違うみたいでした。


まんまるの頭に目と耳が二つずつ。

鼻と口が一つずつ。

額には大きな太陽のマーク。

手足のないツルンとした身体はとても大きく、その身長はクルミの2倍くらいありました。


「いらっしゃいませー!」


クルミが声をかけると、太陽の石像はにっこり笑います。


「こんにちは、お嬢さん。キミが魔法屋さんかな」

「そうだよ!何か困ってるの?」


クルミが元気よく尋ねると、石像はコクリと頷きました。


「探してものを見付けて欲しいんだ」

「探しもの?」


クルミが言うと、石像は再びコクリと頷きます。


「私はね、月の石像を探しているんだ」

「なあにそれ?」

「友だちさ。私たちはね、二つで一つの像なんだ。生まれたときからずっと一緒にいた。だけど今朝突然、月の石像は何処かに連れていかれてしまったんだ」


太陽の石像の言葉にクルミは、ふんふん。と相づちを打ちました。

月の石像なんて、聞いたことありません。

知らないものを見付けるのは大変なので、クルミはもう少し聞いてみることにしました。


太陽の石像はお店に入れそうになかったので、少し待ってもらうことにしました。

クルミは一度、お店の中に戻りテーブルとイスを運び出します。


「うんしょ、うんしょ……ふー重かった」


それから、もう一度お店に戻ると紅茶とクッキーを運んできました。


「どうぞ。美味しいよ!」


石像に紅茶を出しながらクルミは言います。

石像は、不思議そうな顔をしながら


「魔法を使えば簡単なのに、どうして使わなかったんだい?」


とクルミに尋ねました。


「えっとねー、クルミが魔法を使うときはみんなが手伝ってくれるの」

「みんな?」

「そう。だから、自分で出来ることは自分でするの」


クルミの答えに石像は、みんなって誰だい。と尋ねます。

クルミは、みんなはみんなだよ。と言って辺りを見回しました。


視線の先には青々と繁る木々と野に咲く花たち。

それから、爽やかな風の吹く青い空がありました。

遠くで鳥の鳴く声が聞こえます。


「森の木とかお花とか、お空とか」


言いながらクルミは太陽の石像に視線を向け


「それから、太陽の石像さんとか」


最後にそう言って笑いました。


「そう。それは、みんなだね」

「うん。みんなだよ」


にこにこと笑うクルミに石像も笑い返します。

木々の隙間から漏れた天の光がクルミに降りそそいでいました。

金色の目が宝石のようにキラキラと輝いています。

きっと、この光もクルミの魔法になるのでしょう。


それは美しい魔法に違いない。と太陽の石像は思いました。

遠くを見るようにして優しく目を細め、太陽の石像は口を開きます。


「キミは良い魔法使いだね」


それは、クルミには聞こえないほどの小さな声でした。

首をかしげるクルミに、石像は何でもないと首を振ります。

クルミは不思議そうに耳をシパシパと瞬かせました。


「あのね、探してるものを知らないと見付けるのが難しいの」

「月の石像のことを教えれば良いのかな?」

「うん。どんな石像なのかとか、連れていかれたときのこととか」


クルミの言葉に太陽の石像は頷きます。

そして、クルミの出した紅茶に視線を落とすと話し始めました。



.*+;゜*・+;゜*・+.゜*.


月の石像と私は見た目がそっくりなんだ。

違うのはおでこに入ったマークだけ。


私は太陽のマーク。

彼は月のマーク。


だから、私は太陽の石像で彼は月の石像と名付けられたんだ。

私たちのことを太陽と月の石像と呼ぶ者もいた。


兄弟ではないよ。

見た目はそっくりだけどね。

でも、作った人が違うんだ。

だから、兄弟じゃない。


私たちは2人で一つだった。

道の端に置かれてね、2人で人や動物たちが通りすぎる様子をいつも眺めていた。

私たちの役割はこの道を通る生き物たちの安全と安寧を祈ること。


彼らが事故に遭いませんように。

健やかに過ごせますように。

2人でずっと祈っていたんだ。


晴れの日はもちろんのこと、雨に降られた日も激しい風が吹いた日も。

台風の日だって2人で道を眺めていた。

雪に埋もれたこともあったよ。


あのときは私も月の石像も頭まで雪に埋もれてしまってね。

ああ、寒くはなかったよ。

石像だからね。

心配してくれてありがとう。


だけど、月の石像が見えなくなってしまって……雪のせいで声をかけることもできなかったから心配だったんだ。

知らないうちに消えてなくなってしまうんじゃないかって。

私は雪に埋もれて1人で震えていた。

寒くはなかったんだけど、不安で。


だから、春になって雪が溶けたときはホッとしたんだ。

月の石像もホッとした顔をしていた。

私たちはまた、2人で道を眺めた。

みんなが安全に過ごせますようにって。


雨の日も風の日も。

夏の暑い日も冬の寒い日も。

私たちはずっとずっと一緒だった。

ずっと2人だった。


2人で寂しくなかったのかって?

いや、寂しくはなかったよ。

だって月の石像がいたからね。

でも、もういないんだ……。



.*+;゜*・+;゜*・+.゜*.


太陽の石像は悲しそうにしていました。

クルミは新しい紅茶をそそぎながら口を開きます。


「どうしていなくなったの?」


太陽の石像は、連れていかれたんだ。と言いました。


「突然、箒に乗った魔女がやってきた。彼女は魔法を使って無理矢理月の石像を何処かに連れていってしまった」


石像の言葉にクルミはビックリしました。

だって、魔法使いはみんなの力を借りて奇跡を起こすのです。

みんなが助けてくれなければ魔法使いは何もできません。


だから、本人の許可もなく誰かを無理矢理連れていくなんて、魔法使いにはできないはずです。

そんなことしたら誰も力を貸してくれなくなるでしょう。


クルミは、うーん……と首をかしげました。

空を飛べるような魔女がそんなことをするとは思えません。

だとしたら、月の石像はどうして連れていかれたのでしょう。


困った顔をするクルミを見て、太陽の石像は悲しそうな顔をしました。


「月の石像を探すのは難しいだろうか」


太陽の石像の言葉にクルミは、ううん。と言いながら首を左右に振りました。


「あのね、魔女さんはどうやって月の石像を連れていったんだろうって」

「それは魔法でじゃないかな?月の石像は魔女の箒を追いかけるようにして飛んでいってしまったよ」

「うーん……飛んでいった……」


ますます分かりません。

クルミの頭はこんがらがってきました。

クルミはうんうんと唸りながら首をかしげ、耳をシパシパと瞬かせます。

そして、また首をかしげ


「分かんないから聞いてみよー!」


そう結論付けました。


クルミは太陽の石像に、ちょっと待ってて!と言いながらお店の中に入ります。

そして、すぐに一本の大きな杖を持って戻ってきました。


それはクルミの身長ほどもあろうかという大きな杖でした。

太い木の枝でできた杖の先端には丸くて透明な赤い石が嵌まっています。


クルミは大きな杖を草の生えていない地面に突き刺すと、絵を描き始めました。


大きな円の中に描かれた何本もの線。

見たことの無い文字。

そして、太陽と月のシンボル。


クルミは絵を描き終わると円の外にトンッと杖の先端を置きました。

それから、深呼吸をすると


「お願いしまーす!」


大きな声でそう言ったのです。


その瞬間、強い風が吹きました。

クルミのエプロンが風で瞬き、地に落ちた枝葉が舞い上がります。

せっかく集めた落ち葉も全部バラバラになってしまいました。


クルミは舞い上がる葉っぱを見て、ちょっとだけ困った顔で、あー……。と呟きます。

しかし、その声は強い風と木々のざわめきにかき消されて石像の耳には届きませんでした。


クルミがしょんぼりしている間にも魔法は進んでいきます。

空から降りそそいだ幾筋もの光が赤い玉石に吸い込まれていきした。

吸い込まれた光たちは玉石の中できらめき強い光を放ちます。

あまりの強い風と光に太陽の石像は思わず目をつぶりました。

やがて風と光がおさまり、ざわめく木々の声が静まります。


石像が目を開くと、クルミが地面に描いた絵はすべて消えてしまっていました。

代わりに一枚の青い紙が絵のあった場所に落ちていました。

クルミが杖の先端についた赤い石を近づけると、青い紙はふわりと舞い上がります。

キラキラと光を砕きながらクルミの手に収まりまっていきます。


「ふんふん……ほうほう……なるほどー」


クルミは青い紙を見て何やらぶつぶつと呟きました。

太陽の石像はクルミの横から紙を横から覗き込んでみました。

紙は片方が青で片方は真っ白です。

石像は、折り紙に似ているな。と思いました。

どちらもツルンとしていて、何か書いてあるようには見えません。


石像は、いったい何をしているんだろう。と首をかしげました。

クルミは石像の疑問をよそに満足いくまでその青と白の紙を眺めてから小さく折りたたみ始めます。


最初は三角。

次も三角。

正方形にしたり台形にしてみたり。

ときにはなんだか分からない形にしながら紙を小さく小さく降りたたんでいきます。


しばらくすると、クルミは手の中の小さく折りたたんだ紙をしげしげと眺め


「できた!」


と叫びました。


「何ができたんだい?」


太陽の石像が尋ねます。


「あのね、クルミ折り紙上手なの」


そう言ってクルミは手の中の小さな紙を太陽の石像に見せました。


そこに、どこまでも澄み渡る青い空のような小さな折り鶴が乗っています。

折り鶴はクルミの手の中でぶるりと震えると、宙に浮き上がりました。

パタパタと羽ばたきを繰り返し、クルミと石像の頭上を飛び回っています。


クルミは空中を自在に飛び回る折り鶴を見て、ペコリと頭を下げました。


「月の石像さんのとこまで案内してください」


クルミの声を聞いた折り鶴は、ゆっくりと羽ばたいて森の奥へと進んでいきます。

深い緑の中を空色の青い鶴が、スイスイと泳ぐように。


「こっちだよ」


ボンヤリと鶴を眺めていた石像は、クルミの声でハッと我に返りました。

遠くでクルミが大きく手を振りながら太陽の石像を呼んでいます。

太陽の石像は慌ててクルミを追いかけました。




.*+;゜*・+;゜*・+.゜*.


太陽の石像はドスンドスンと森の中の緑の道を進んでいきます。

その先には青い折り鶴と金茶色の毛皮と黄金の目を持つキツネがいました。


一羽と一匹と一体は森の中をズンズンと進んでいきます。

森の動物たちは、そんな彼らを不思議そうに見ていました。


根っこ広場で何度も転びかけ。

ドングリ池にドングリを投げ込み。

時にはオンボロ橋で川に落ちながら。


そうして彼らは森の奥深くに建っている古いお城にたどり着きました。

枯れた噴水の前に、黒髪の少女が立っています。

そして、その横にはおでこに月のマークを持つ石像が置かれていました。


「みーつけた♪」


クルミがそう言って、月の石像に駆け寄ります。

遅れて太陽の石像もズシンズシンと駆け寄り、青い鶴はパタパタと羽ばたきながら月の石像の頭に止まりました。


「ああ、良かった!」


太陽の石像が泣きそうな声で言います。

月の石像は、太陽の石像を見て嬉しそうに笑いました。


「迎えに来てくれたのかい。ありがとう」


それは、太陽の石像と正反対にとても呑気そうな声です。

クルミと太陽の石像は違和感を覚えました。


「心配したんだよ。無事で良かった」


太陽の石像の言葉に月の石像は、大袈裟だな。と笑います。


「ちょっと出掛けただけじゃないか」

「何を言ってるんだい。キミが連れ拐われたから私はとても心配したというのに」

「連れ拐われた?……いったい何の話だい?」


そう言って、月の石像は不思議そうに首をかしげました。


「えっ……?」


太陽の石像も首をかしげました。




.*+;゜*・+;゜*・+.゜*.


真っ青なお空の下。

真っ白なテーブルクロスに紅茶とクッキー。


黒髪の少女が出してくれたクッキーを食べながらクルミたちは楽しくお話をしていました。


「僕は連れ拐われたんじゃないよ。彼女があまりに素敵だったから、つい追いかけてしまっただけさ」


笑顔で言う月の石像に、太陽の石像は肩を落とします。


「あまり心配させないでくれ」


太陽の石像はため息を吐きながら言いました。

それを見て、少女が頷きます。


「友人に心配をかけるのは良くない」


少女がそう言うと、月の石像は「悪かったね、太陽の石像」と言いました。

太陽の石像はそれを聞いてニッコリと笑います。

それから、黒い少女を見てペコリと頭を下げました。


「ごめんね。私はキミのことを悪い魔法使いだと思っていたよ」


太陽の石像が謝るのを見て、黒い少女は首を左右に振ります。


「気にしなくて良い。あれは私が拐ったように見えても仕方なかった」


たったそれだけの言葉でしたが、太陽の石像は安心したようです。

顔を上げ、ニコニコと少女を見ています。


「僕がきちんと説明しなかったからね」


だけど、月の石像が呑気そうにそう言うと、キッと月の石像を睨み


「まったくその通りだ」


そう言ったのです。


「次からは気を付けるように!」

「そんなに怒らないでくれよ」

「まったく、キミはいつも私を心配させて」

「悪かったって」


言い争う2つの石像をクルミはニコニコと見ていました。


「見つかって良かったね!」


クルミの言葉に太陽の石像は頷きます。


「ああ、お嬢さんのお陰だよ。そうだ。魔法のお代を払わないといけないね」


太陽の石像の言葉に、クルミは首を左右に振りました。


「お代ならもう貰ったよ」

「えっ?」


驚く太陽の石像にクルミは笑いかけます。

そして、月の石像の頭でくつろぐ青い鶴を指差しました。


「あの鶴さんは太陽の石像さんの心から生まれたんだよ。クルミだけじゃ作れなかったの」

「ああ、なるほど。あの鶴がお金の代わりなんだね」

「そう!」


頷くクルミを見て太陽の石像は、なるほど。と頷きました。

パタパタと鶴が羽ばたき、クルミの頭上に着地します。


「太陽の石像さんから生まれたからこんなに綺麗なんだよ」


笑顔で言うクルミに、太陽の石像は優しげに目を細めました。

青空を映したような鶴は、確かに太陽のから生まれたのでしょう。


「キミは本当に良い魔法使いだね」




.*+;゜*・+;゜*・+.゜*.


こうして、無事に月の石像を見つけたクルミたちは、少女に別れを告げてお家に帰りました。

太陽と月の石像たちは今も道の端で行き交う人や動物たちを見守っています。


みんなが事故に遭いませんように。

健やかに過ごせますように。

2人でずっと祈っています。

ずっとずっと2人で。


ときどき、そこに黒髪の魔女の姿を見ることもあるようです。




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