第1ラウンド
「光村一と言います。よろしくお願い致します。」
事務員が持ってきたオレンジジュースを飲み続ける男に言った。
「よろしくね〜。ミツるんか〜、ミクるんみたいで悔しいでござる。あっオレンジジュースおかわり。」
この男の体内はほとんどオレンジジュースではないだろうか。オレンジジュースが来てまだ10秒ほどである。
「かしこまりました。それでは本題に入りますが今回はどのような理由でございますか?」
男は相変わらずニヤニヤしている。
「いや〜僕もそろそろ結婚したくなってさ〜。本当はミクるんと結婚したいんだけれども、彼女画面から出て来てくれないんだよ〜。まあ当然なんだけれども。」
アニメのキャラクターが現実世界に出て来ないことを分かってるくらいには、この男はまともらしい。
「そうですかー。現実に現れてくれば嬉しいですよね。お気持ちは分かりますよ。」
僕自身アニメのキャラクターに恋をしたことはないが、アニメの世界というのはいつの時代も魅力的なものだ。この男の気持ちは少しは分かる。あくまでも少しだが。
「そうなんだよ〜。今年で30歳になるんだけど、親も結婚にうるさくてね〜。僕みたいな人間は、こういう所を頼るしかないから今回来たという訳さ〜。ほんとまいっちゃうよね〜。あーミクるん〜。」
最後の一言は余計だが、やはりこの男案外まともみたいだった。希望の光が少しだけ見え始めた。
「かしこまりました。少しでもご希望に応えれるよう尽力致します。それでは最初にこちらの用紙にご記入下さい。そちらの内容をもとに話を進めていきますので、できる限り詳しくお願い致します。」
手元のファイルから用紙を取り出し男に渡した。
名前はもちろんのこと、年収、趣味、相手方の希望年収等記入することはたくさんある。
「こんなにあるんだね!まあそうだよね〜。詳しく書かないと理想から離れてくしね〜。少し時間がかかるから終わったら呼ぶよミツルん。」
記入は平均30分〜1時間かかる。人生の伴侶を探そうというのだから、これでも短いくらいに感じる。
「かしこまりました。ご記入終わりましたら事務員にお声掛け下さい。どうぞごゆっくりご記入下さい。」
僕が席を立つと、男は用紙に記入しながら僕に手を振った。この時点で僕はこの男は意外と良いやつかもしれない。そう思い始めていた。ニヤニヤする以外は。
「みっちゃん初感は?」
自分のデスクに一旦戻ると、課長がパソコンをみながら言った。
「最初は溜息が出ましたが、意外とまともというか、区別がしっかりできてはいます。」
鈴木君の方を見ると、接客をしていた。新しいお客さんらしい。
「そうか〜。まあみっちゃんなら大丈夫っしょ!」
相変わらず呑気である。
課長はネットニュースを見ていた。もっぱら芸能ニュースである。話のネタになるらしい。
僕はミクるん男から呼ばれるまで、今抱えている顧客の整理をすることにした。
僕たちの仕事は、お客様の希望に沿った相手を見つけ出し、条件が合う同士でコンタクトをとらせるというものだ。結婚相談所というのがメインだが、お客様の中にはデートだけしたいという人もいる。いろんな条件があるが、僕たちは基本的にお客様のご希望に応えるのが仕事である。
よく本屋で恋愛マニュアル本等が売ってあるが、正直あんなものまるで役に立たない。僕はこの会社に入ってそれを改めて感じた。人の感情は簡単に変わるのだ。それも突然に。
30分ほど経ち、事務員から呼ばれた。
「光村さん、記入が終わったようです。」
さてさて向かいますか。