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レッツ大往生 ~飛び降り編~

 太陽が沈み、雲が集っていく。空が血のように赤く染まってきた頃、校舎の屋上からそれを眺めていた男子高校生がいた。本来生徒が出入りすることを禁止されているその場所には柵が無く膝の高さ程の段があるだけで、まるで水泳の高飛び込みをするかのようにその段の上に彼は立っていた。水泳の高飛び込みをするかのようとはいうものの彼は水着は着ていなかった。


 下を見ると友人達と楽しく談笑しながら下校する男子生徒や、生徒を早く帰らせようとする教師などが見えた。

 もし彼らがちらと上を見ていればこの数分後に起こる事件、あるいは自殺、あるいは事故、――あるいは自殺――は防げたかもしれない。

 いずれにせよ、屋上にいる方の男子生徒は下にいる方の男子生徒に手を振る余裕は無かった。


 高さ十五メートルはあるであろうそんな崖っぷちに立つ彼は意外にも冷静だった。握った手には汗が滲むものの、呼吸は整っている。あとは恐怖心が麻痺したころに一歩踏み出せばいい。


 何故彼はそんな場所に居るのかというとすでにヒントが出ている通り、水泳競技の高飛び込みの練習……では無かった(競技としての高飛び込みは高さ十メートルからの飛び込みとなるので屋上まで登る必要は無く、三階くらいで充分だ。また、彼は水着を着ていなかったといっても全裸で屋上に佇んでいた訳ではなく、ちゃんと制服を着ていた)。

 つまり飛び降り自殺をしようという訳だった。彼はこれから自殺をするのだ。


  


 ここで彼は飛び降りる前に大事なことを確認した。

 人間というものは大抵短い人生をせっせと秘密事を増やすことに費やし、そして突然死んでしまった者の家族は知りたくなかった事を知ってしまう。例えば、父が同性愛者だとか、息子が同性愛者だとか……とにかく人間は多岐にわたる秘密を全て墓まで持っていくのはなかなか難しいのである。

 しかし件の男子高校生は備えが良かった。しかも若かったために――思春期以降増えた事を鑑みても――秘密事が少ない。パソコンのHDDやスマートフォンの中の見られたくないデータは消したし、こっそりと書いていた小説も処分した(その小説は異世界転生モノでは無かった)。


 ――心残りはない、行こう。


 「早まっちゃダメ!」

 突然の乱入者に驚いた男子高校生は危うく落ちてしまう所だったが、振り返る事はしなかった。

 彼を呼び止める可憐で、繊細で、振り返らなくても想像できるような美少女の声など幻聴に違いないと考えたのだ。これは絶対に黒髪で長髪の清楚な美少女だと男子高校生は思った。

 「生きたくて生きたくて必死に生きてる人だっているのよ! 死にたくてしょうがない人の……半分くらいは」

 これは幻聴だと自分に言い聞かせつつ、下心を抑えきれなかった男子高校生がゆっくり振り返ると、そこには肩までかかる黒髪の美少女がいた。風が少女の髪をなびかせ、スカートを揺らしている。大きな二つの目が真剣に男子高校生を見据え、彼はどきっとした。幻覚では無い、想像以上の美少女におったまげた彼は少しの間、艶のある黒髪に見とれていた。そしてはっとすると

 「止めないでくれ! 僕はここから飛び降りて死ぬんだ!」そう言うとまた美少女に背を向けてしまった。彼は早口に続けた。「大体どうして喋ったこともない君が引き留めるんだ!」

 少女は少し悲しそうな顔をした。

 「私、病気で三ヶ月後には死んじゃうの」

 男子高校生は驚いた顔で少女を見ると、その儚い表情にやっと気が付きついさっき少女が言った言葉を思い出し、震える声で小さく言った。


 「生きたくて生きたくて、必死に生きてる……」


 男子高校生は下を向いてふっと息を吐くと足下を見て慎重に段から降り、また夕空を見た。「僕は何をやっていたんだろう……」

 少女がほっとして言った。「よかった……風も吹いてきたし危ないよ」

 なんていい子なんだろう……。

 真っ直ぐに美少女を見るのが恥ずかしかった男子高校生は肩越しに、それも目の端で少女を見た。「ありがとう……君がいなかったら僕は死んでたよ」男子高校生は夕焼けの様に赤くなって言った。

 その時。

 一陣の風が少女のスカートを見事に捲り上げた! 「あっ」

 自殺願望を捨て去った健全たる男子は目を見開き、フクロウの如く振り返った。ごきり、と気味の良い音が屋上に響く。そう、彼はフクロウでは無いのだ。体を後ろに向けたまま頭を高速で回したために骨格的に無理が生じ首が折れてしまった。

 そしてそれはどこからどう見ても即死だった。かくして彼は当初の目標を達成するに至ったのである。

 百八十度後ろを見る男子高校生は白目を剥いている。というより、それはまさに清廉純白な少女のパンツの色だった。

 「これは……大往生と言えるのかな」少女はフクロウの目を見て言った。黒髪の美少女は少し戸惑った風ながら、すみやかに遺体を屋上から投げ捨てると現場から立ち去ったのだった。


 夕闇の中、歩きながら少女は呟く「自殺はやっぱりダメだねぇ」そこのけそこのけと急ぐ救急車がすれ違った。

 「なんかかっこいい死に方ないかなあ」少女はぐぐっと伸びをすると大きく息を吐いた。

 「なんかこう……大往生! っていう感じの」

 この日の夜昇った月は少女のパンツの様に白く美しかった。

続く…………かも?

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