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本めくり

作者: とだい戻



――人間は幸福を求めてこそ意味ある存在である。

 そしてこの幸福は、人間自身の中にある――――トルストイ〔ロシアの作家〕



「ごめん。俺、お前のこと好きじゃないから」

 彼は言う。私は好みではないと。私は絶望する。

 ――ひどい。愛していたのに。

 私はあなたをこんなにも愛していたのに。

 

 ある日の放課後、私は彼に告白した。

 でも、彼は私のことをフった。この私をだ。こんなの何十回と繰り返したエンド。そして、スタート。また振り出しに戻る。


 ああ、またか。

 私は彼に対して失望した。彼は、彼だけはホンモノだと思っていたのに。

「ごめん」

 彼は二度謝る。

 それが、私をもっと惨めにさせる。私はどうしてこの人に本当の愛を求めたのだろう。こんなにも私の気持ちを分かってくれない人間に。

 ほろほろとほどけていく糸が、手のひらから滑り落ちていく。

 熱が一気に冷めていく。と同時に、私は冷静さを取り戻した。

 私が彼に言う。裏切り者が。私の目の前から消えろ。そういう意義も込めて。

「いいのよ。もういいわ」

 そして、私は彼を捨てることにした。


「――この本は『没』よ」

 そういって私は本を閉じた。

 

 ――目には見えない本なので、手と手の間には何も無い様に見える。

 手のひらとひらが重なり合うすんでの所で止まった。光が手の中から溢れだし、弾けた。

 

 そして、少しの煌めきと共に、本が現れた。

 題名は――『日も夜も明けないで』

 ある男子高校生の一時の恋の物語だ。私はその登場人物の少年に告白したのだ。

 

 ――私には不思議な力がある。それは生まれつきもっていた物ではない。

 ある日突然発現したものだ。   


 ――本の中に入る能力。

 私は本の世界に入り込んで、本の住人と会話したり、その世界の中で存在することが出来る。

 そして、私はその力を使ってカレを探している。

 

 ――カレって何って? 

 そんなの運命の相手に決まっているじゃない。

 白馬の王子様とはいかなくても、せめてお金をいっぱい持っていて、私を退屈させない人とか、ね。


 でも、上手くいかないことだってある。というかそればっかりだ。

 今までたくさんの本を読みつくしたけれど、私は未だに王子様を見つけることは出来ても、告白してOKをもらったことが無い……一体、何を考えているんだ本の住人どもは。私みたいな非常にかわいらしい女の子なんてめったにいないのに………全く。


 私はため息をついた。

 高校の図書室。女子高生一人。

 図書貸し出しのカウンターには私一人。

 利用者はゼロ。はは、何のための図書委員だろうね。わはは。

 

 ――私は、はたから見ればバカなのかもしれない。

 ふと我にかえればそう見えるだろう。

 

 しかし、私はくじけない。

 必ず運命の人を見つけてみせると誓ったのだ。

 現実の人は嫌いだ。複雑で入り組んでいて、信用に値するのが殆どいない。

 だから、私は本の中に運命を求める。本の中でなら、心優しい人がたくさんいるし、何より私は本の世界が大好きだ。この中で永遠に過ごせたらいいのにとも思った。

 そんな私だからこそ、この力は発現したのではないだろうか。私は現実の人間は嫌いだか、運命の女神様くらいなら好きなってもいいと思っている。


「次はどの本にしよう」

 私はぽつりと呟いた。

 今度は魔法とか、超能力とかが入り組んだ世界がいいな。そうだ。ライトノベルとかどうだろう。私は手の届く範囲の棚からそれらしきものを出した。

 

 ――本を机に置き、適当なページを開く。

 そして、目を閉じて頭の中に本の世界に入り込むイメージを思い浮かべる。それで本の中に入ることが出来る。


 目を開くと、いかにも魔法少女というようなフリルつきの服をきた少女がこっちをみていた。

 あたりは草原で、その子以外は誰も見当たらない。

 これは……はずれだ。直感で思った。


「ねえ、ここには貴方以外に誰がいるの」

 私は少女に問う。すると、少女は首を傾げる。

「――ネルの村には、私とお母さんしかいないわ。それよりも、貴方は……誰」

 えっ、わたし? そうだな。

適当に考えたことを適当に言ってみる。

「私は、本の旅人よ」

 ――そういって本を閉じた。

 そして、現実に帰ってくる。

 私は本の裏にかかれたあらすじを読む。

 要約すると、少女が本物の魔法使いになるために修行する話、だ。ラブなんか多分無い。もしかしたらあるかもしれないが、村に母親と二人きり住んでる少女に王子様がやってくる可能性などほぼ皆無に等しい。


 ああ、なんだかあの子って私みたいだ。

 ラブ皆無の世界で生きてるところが。そっくり。

 でも、私は魔法少女にはなりたくない。

 なりたいのは、誰かの運命の人だ。もちろん私にも中学校の理科教師になるという夢があるんだが……、それだけじゃ心は満たされない。

 愛が無くてはいけない。生きていけない。


 その前に息が切れてしまう。

 ああ、私ってすごく人間らしい。

 満たされているはずなのに、足りないと思う。自覚症状はあっても、重度の中毒患者のようにそれを求める。

 

 ――頭痛くなってきた。

 考えるだけ、無意味な行動。

 

 手が痺れてきた。手の感覚が遠のいていって気持ちがいい。別に、クスリとかやってるわけではない。ただ時々思いつめるとこんな風になる。

 そういう時ってなんとなく、精神病んでるなって思ったりする。

 

 話がそれた。そろそろ運命の相手探しに戻ろう。

 私はさっき抜いた本棚の空洞に手をつっこみ、手触りの良いソフトカバーの本を一冊取り出す。新刊みたいだ。表紙がたくましい男性だったので、期待大。

 本の世界に、勢いよく飛び込んだ。


「――ギュラアアアアアアアアアアア」

 ドラゴンがいた。

 体長数十メートルの巨大な怪物が火を吹いていた。

 ああ、ヤバイ。私死ぬかも。


 と思ったとき、腕を引っ張られた。

 近くの洞窟に吸い込まれた。いや語弊がある。正確には一緒に入ったんだ。誰と?

「危なかったね」

 声からして男。暗闇でよく見えないが学ランを着ているようだった。ん? ここはどういう世界観だ?

「ちゃんと内容確認してから、入ったほうがいいよ」

 彼に怒られた。私は、動揺しつつ「うん。っておい!」なんで私の能力知ってる風のことを? というか私のこと知ってるの?

 彼は私のほうを見る。「そろそろここから出ようか。あいつ、こっちに向かってる」あいつとはドラゴンのことだろうか、洞窟に押し込められていて、外の様子が分からない。

 彼はまた私に微笑みかけた。

 にっこり笑っている。でも、見覚えは無い。誰だ。

「――じゃあ、また。三年二組で会おう」

 と言われた。

 ドラゴンの鳴き声がした。と同時に、私は力を振り絞り、本を閉じた。


 図書室。カウンター。目が回る。ぐるぐる。う、はきそう。

 現実に戻ると、私は酷いめまいに襲われた。一瞬視界が暗くなって、前方向に頭が机に叩きつけられた。その打撃を痛いと思う前に声になって出てきたのは。


「危なかった」

 素直な感情だった。私は死ぬかと思った。それを助けたのは一人の少年で。でも、少年がいったあの去り際の言葉は……。

「――三年二組って……私の教室じゃないか」

 つまり、あいつは私のクラスメイトで。

 でも、彼はさっきまで本の中にいた。ということは、彼も同じ能力または似たようなものを持っていることになる。

「笑える……のかなあ」

 とりあえず、お礼だけ言いに行こう。

 私は図書室から出て行った。


 三年二組は渡り廊下を通るとすぐそこにある。学校一天に近い場所。景色のよさだけがとりえの様な場所。そこの教壇に彼は立っていた。

「やあ、さっきぶり」

「さっきぶり」

「君、僕の名前知ってるよね」

「いや、知らない」

 彼はその一言で固まった。

 続けて私が言う。

「男子生徒の名前は必要程度しか覚えないんだ」

「じゃあ、僕は必要じゃないってこと……:

「必要なら覚えるけど」

「いや、いいよ。僕が悪かった。さっきのもちょっとヒーロー気取りだったよね。ごめん僕……てっきり存在くらいは覚えてもらえてると思ってて……」


「僕の能力は『好きな人のそばにいける能力』なんだ」

「へえ、それなら運命の赤い糸なんか調べ放題じゃないか」

「うん、だからさっき使ったんだ」

「へえ」

「さっきつかったんだ」

「へえ」

「……気づいてるよね」

「……気づかないふりしてるんだよ、馬鹿。――へえ」


「君のことが大好きです」

「うわああああ、いわないでよ。さすがに分かるよ。分かってるよ。だから、はっきり言うな」

「僕と付き合ってください」

「ちょっと考えさせて」

 そういって私はカバンから読みかけの文集を取り出した。刹那、その中にダイブする。

それは不思議な物語だらけだった。短編集、知らない人と知らない物語、終着駅はいつもまとまっていた。 

 

 でも、たくさんの本をめくっても、こんなにバカな展開の話は無かった。

 

 ――これは駄目だ。いくらなんでも、私は現実に恋なんか出来ない。



 とりあえず、突っ走った。だれも追いかけてこないように。でもね。

「待って下さいっ」

「だから、なんで追いかけてくんのよおおおお」

 後ろから猛スピードでアイツが追いかけてくる。

「違うって、僕が追っかけてるんじゃなくて、僕が引っ張られてるんだ!」

「はあああ? 磁石じゃないんだから」

「僕の能力はそういうものなんだって!」

「じゃあ早く解除してよ」

「後3分で解除できるんだ」

「三分も走れるか」


 馬鹿みたいなおっかけっこをし続けた私達がたどり着く場所は一体どこなのだろう。

 ページの最後か、それとも最初に巻き戻るのだろうか。


 ――とにかく私が今考えなきゃいけないのは、彼の告白の返答だ。


 このストーカー男め、と言うのが一番手っ取り早いだろう。

 万が一、運命の相手がこいつであるというのなら、

 私は運命の女神を恨む。

 現実に興味は無いのだ。というか敷かれたレールがこんなヘンテコな世界に繋がっていくのは、考えたくも無い。


「お願いだから、止まってください。僕そろそろ足が痛」

「死んでも嫌!」 

「どこまで行くんですかーー」

「アンタのいないところに決まってるでしょーーーーが、バーーーーーーーーーカ!」


 ああ、運命の王子様、私を早く捕まえて。



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