9話:俺TUEEEE!
「あーちゃんの様子が何か変なんです……」
廊下に出ると開口一番志野宮は困ったような泣きそうなような顔で話す。
「おにぃ先輩何か言いました? もしかして私が池先輩好きな事言っちゃいました? だとしたら全然空気読めてなくてビックリですよ!?」
こいつ……空気読まずに言ってやろうかな。
「言ってねーよ。悪いけど池先輩の事は昨日何も話してねーし」
「あ、そうなんですか? んーじゃあなんでだろ?」
腕を組みながら考え込む志野宮
「何がそんなに変だったんだよ。朝は普通だったじゃねーか」
「いや、今日学校行く時なんかいつもより会話が少なくて……あーちゃんに何かあった?って聞いたら『なんでもない』って答えてくれなくて……」
「ほう」
「これは昨日の今日だし絶対何かおにぃ先輩から聞いたんだーって思って」
「思って?」
「鉄拳制裁に来たんですケド」
「……あぁ、そりゃあ危なかったな。でもさっきも言ったように何も聞いてねーんだ悪いけど」
「んーそうなんですねぇ。分かりました、疑ってすいません! あっ、一応念押しですけどあーちゃんには私が池先輩好きな事言ったら駄目ですけんね!」
言われなくても言わねーよ。だが、彩が志野宮に今までと違う素振りをしたとなると昨日の彩との最後の会話が原因なのだろうか?
「あー……そういえばお前らって普段どんな会話してんの?」
志野宮が何言ってんのコイツ、と言った表情ではてなマークを浮かべている
「いや学校行くときとか、どんな話してんのかなって……参考に」
「? いや、ですからおにぃ先輩の話は出てこないですよ。悪口とか言ってないから安心してください」
「そうじゃなくて、彩とはどんな事話してるんだよ。池先輩の話とかはしねーの?」
「あー……うーん。池先輩の話は私から振ることはありますケド、あーちゃんからはあんまりしないですねー」
「他には?」
「他? あとは普通に学校の話とか、TVの話とか、今度一緒に服買いに行こうとか、ですかね」
分かってはいた事だが彩は自分の電波な部分を志野宮に見せてはいないようだ。いや、志野宮に限った話ではない。今でこそ友達を家に連れてこなくなったが、引っ越し以前から彩の友達はいわゆるクラスでも目立ちそうな可愛い子が多く当時はよく家にも遊びに来ていた。しかし、だからこそ電波な趣味を共有している友達にはとても見えなかった。いつから電波な趣味思考に走り世界の掌握を目論見始めたかは定かではないが、志野宮に言おうとしていたことがあるとすれば、まさかのカミングアウトという事なのだろうか?
昨日の彩の反応からはとても志野宮に話すとは思えなかったが……
「もー! 女の子同士の会話を知りたがるなんてあんまりいい趣味してるとは言えないですよー?」
笑いながらポンポンと俺の肩を叩き志野宮は言う。
(ボディタッチはやめてくれ。勘違いしちゃうだろ)
ズキィズキィ!!
「ぐっ!?」
急激な胸の痛みに襲われその場にうずくまる俺。
「えっ? ちょっと!? どうしたんですか先輩!?」
「……いや、なんでもな……い」
「いや顔色も真っ青ですよ!? 私先生呼んできます!」
「いや、本当に大丈夫だから……」
志野宮が俺の袖をあわてて掴む。今の俺の体を診断されるわけにはいかないのだ。それにこの胸の痛みは覚えがある……これは。
よろよろとブラッシーを置いてあるトイレに向かおうとしたその時、ふと窓から3Fの渡り廊下で何やら人が群れているのが見えた。
(あれは……!?)
渡り廊下にいたのは隣のクラスの……名前は知らないが隣のクラスの男子だ。体育が一緒だから顔は知っている。その隣のクラスの男ども3人と、あれは……林田?
林田がその3人に囲まれ何やら先がスポンジで出来た青色の棒でぐりぐりされている。いや、棒じゃなくてそれって……
「俺じゃねーか!!」
「ちょっと!? おにぃ先輩ー!?」
心配する志野宮を尻目にとんでもない事態を理解した俺は全力疾走で現場に急行する。
「おい豚ぁ。俺らの課題もやっとけっつったよなぁ?」
「さ、3人分はちょっと時間がなくて……」
「あぁ? 俺らが留年したらお前責任取れんのか豚ぁ!」
「こいつ休憩時間に気持ち悪ぃゲームやってやがったんだぜ」
「おいコラ? 誰に断ってそんな余裕ぶっこいてんだ? それで俺らの課題ができませんって舐めてんのか?」
「なあなあ、罰としてこのブラシ舐めさせね?お仕置きいるべ」
「ケンちゃんナイスアイディア」
「おーし豚。取りあえずコレ舐めたら許して……」
「てめぇ等ゴラァァァァァァァ!!!!!!!!」
物凄い勢いで渡り廊下まで到着した俺は勢いそのままに声を張り上げる。事情はよく知らんが一目見ればわかる、反吐が出るようなイジメだろう。いつもならスルーだ、俺も反吐が出るような屑と何ら変わりない。
だが今回に関しては俺は俺自身を守るために周りの目も今後の学校生活の平穏も気にしている場合ではない。お前等がそこでぞんざいに扱っているブラシは俺の命そのものだからな!
「てめぇ等マジでくだらない事してんじゃねーぞぉぉぉぉぉ!!!!」
猛然と飛びかかる俺。
意表を突かれた隣メートの3人は慌てて臨戦態勢に入る。正直俺は中学校にあがってからは喧嘩なんかしたことないし多分弱い。一方相手は一人は190cmはあろうかという主犯と思えるガタイの良い刈上げ(怖そう)。一人は髪を茶髪にピアスで見るからに学校の校風に違反してる俺カッコいい系男子(怖そう)。一人はチビだが性格悪そうな釣り目(怖そう)。
だがそんな事は関係ない! まずは俺の命を確保することが先決だ。俺はブラッシーを持ったケンちゃんと呼ばれる俺カッコいい系男子に体当たりをかます。少しよろけたところで手に持っていたブラッシーを奪い取り林田にサッと渡す。
「林田ぁ!! これ持って逃げろ!! あと絶対に絶対に大切に扱えそのブラシ!! 乱暴に扱ったらお前のメガネを叩き割る!!」
林田をなかば強引に押し出すように渡り廊下から退避させる。一方隣メートの三羽ガラスの標的は完全に俺に移った。当然である。
「なんだテメェ!!」「調子のんなよ!!」「舐めてんなよ!!」
3人とも怒りに我を忘れて人目を気にせずボッコボコに俺を殴るわ蹴るわ。
……しかしどうだ、全く痛くない。当然か、俺の痛覚なるものはブラッシーへ譲渡されているのだから。
息を切らせながらとにかく無茶苦茶殴ってくる3人が少し滑稽に見えた。周りでは女子からの悲鳴があがり「先生!先生呼んでー!!」と何やら大事になってきた。
今思えばここは冷静に先生が止めてくれるのを待つべきであった。そして被害者ぶってこの3人には社会的制裁を与えてやるだけで良かった。
しかし、中々どうして殴られっぱなしというのは痛みがなくても気分がよいものでなく、ついついイラッとして反撃をしてしまった。
何度も言うようだが俺は喧嘩をしたことがない。だから喧嘩も弱いはずなのだ。
しかし今の俺はRPG風にいうと 攻撃力10 防御力∞ のチート状態。
3人相手だろうと状況をひっくり返すのにわけはなかった。
――――……
痛みを感じない、という事をもっと重く捉えるべきだった。
俺は本来そこまで力は強くないので反撃しても大事にならないはずだったのだが、痛みを感じない為、本来人間が人を殴るときに無意識の内にセーブしてるリミッターを大きく超えて殴ってしまっていたらしい。要は本来は自分が骨折してしまうくらいの力で殴っていたようなのだ。
隣メートの三羽ガラスが変形した顔で「うぅ……」と泣きながらうずくまっている。渡り廊下はまさに地獄絵図。被害者が加害者になった瞬間である。
俺の人生オワタ……