4話:悪魔
志野宮からの相談……というか依頼は非常に簡単なものであった。池先輩に彼女がいるのかどうか聞いてほしい。そして彩に池先輩の事をどう思っているか聞いてほしい。この二つだけである。
正直、志野宮はそんな程度の事であれば自分で聞けるような性格に思う。だが2つ目の依頼、つまりは彩が池先輩の事をどう思っているか……という部分に彩への配慮が見える。年が離れているので恋愛感情はない……とは思うが、そう言われると彩は朝夕問わず最近は1人で食事を取る事が多いのだが、たまにある家族団らんの食卓で話す会話にはイケメン先輩の話がよく出てくる、というかよくよく思い返せばほとんどがイケメン先輩の話だ。
彩がまだ小学生のころは誰々君が好き、誰々君にチョコ渡したいから手伝って等、よく相談受けるたびに名前も思い出せない誰々君達に少し嫉妬したものだが、今回はそのような感情が湧いてこない、理由はイケメン先輩がイケメンだからではない。
おそらくは彩が、そう仮に彩がイケメン先輩の事を恋愛感情で好き、だったとしよう。だがそれは叶わぬ恋と分かってしまうからだ。イケメン先輩の家まで見送りに来るときの対応、塾の帰りに彩と話している姿。そのどれもが恋愛感情とは程遠いものだからだ。女心は女にしか分からないように、男心は男には分かってしまう。それが知り合いと言っていいか微妙な程の希薄な関係であってもやはり感じてしまうからだ。
そういう意味でも志野宮の「感」は当たっているのかもしれない。恋愛感情に関してのみ言えば実の妹の気持ちより、それこそ今後ろの席で
「はぁ……はあぁ……まどかたん☆」
……ラノベを読んでる林田≪はやしだ≫の気持ちのほうがまだ分かるのだから困ったものだ。
「つぅ……つふぅ……ぶはひぃ☆」
今時こんな絵に書いたようなオタクも珍しい。本当のオタクは自分をオタクである事を隠す擬態化に長けているものだ。林田は全く隠す気がない、こんなに堂々とされるとカッコよくすらある。昼休みに昼食も取らず好きなことに没頭できるのはある意味で才能とも言える。誰の迷惑になるわけでもなし、自由に生きろ! 林田!
対角線の窓側に座るクラスメートの女子から声が聞こえる。
ひそひそ……「ねぇ……やっぱりあそこの2人きもいよね……」
ワンセットで纏められておる! 前言撤回! やはり迷惑だ自由に生きるな林田。良すぎる耳は時として人を不幸にする。長所と短所は表裏一体とはよく聞く話である。
まあ、もうクラスとの関わりは捨ててるからいいんだが。どうせ後2年しないうちに卒業、転校生は静かに余生を過ごすよ。そんな事を思いながら再び志野宮の相談を思い出す。
(彩は今日塾だから……もしかしたら帰りにイケメン先輩が家に来るかもな)
しかし軽い挨拶程度の会話しかした事がないイケメン先輩に玄関先で「彼女いるんですか?」と聞くのは意外と大変な気もしてきた。下手をすれば俺は家族からあらぬ疑いをかけられてしまう恐れがある。取りあえずお茶でも、と家に入ってもらうところからか。面倒だな。まあイケメン先輩はきっと彼女いる。スポーツ万能で顔も良く性格も明るく陽気な先輩に彼女がいないほうがおかしい。
……そういえば志野宮はイケメン先輩に彼女がいたら諦めるつもりなのだろうか。いや、彼女がいなかったとして、もし彩がイケメン先輩に恋愛感情を抱いていたらどうするつもりなのだろうか。
なんとなく前者の理由では諦めないが後者では諦める気がした。
――――放課後。雨はすっかり止んでいた。
下駄箱に設置された傘置きから今朝コンビニで買ったビニール傘を取り出す。登校途中に志野宮の相談を受けた時に勢いあまって傘を放り投げた際にそのままどこかに消えてしまったのだ。
(結構気に入ってたのにな……ちょっと探して帰るか)
ビニール傘を閉じたまま家路に着く。学校と家は徒歩で30分程度の距離にある。学校ではバイク通学は禁止されているが自転車通学は禁止されていない。俺も自転車くらいは持っているが、なんとなく歩いて学校に行ったり帰ったりするのが好きなのだ。これは昔から変わらない。
梅雨真っ最中で不快指数の高い6月だが、雨が止んだ後のアスファルトは独特の匂いがして心地よい。
(そういえば、志野宮とイケメン先輩って面識あるのか? ただの憧れ? ミーハー?)
そんな事を考えながら歩いているとあっという間に神並神社についていた。
……放り投げたのが裏路地で、後ろのほうに投げたから……お宮のあたりにあるかな……
古びた神社で神主もいない。主のいない宮をぐるっと回るが傘は見当たらない。
4.5分程探しても見当たらないので仕方なく家路に着こうとした時、境内に黒い傘をさした変な髪型の少女が座っていた。
(さっきはいなかったような……というよりもあの傘、俺のじゃね?)
少女は真っ黒な髪をポニーテールで纏め、そこからツインテールで分けていた。最近はこういうのが流行っているのだろうか? 少女は不相応な大きめの傘をくるくると回しながら遊んでいるように見えた。
「それお兄ちゃんの傘じゃない?」と声を掛けるのも忍びないが、このまま帰るのもなぁ。
「あ、あの。その傘って……」
意を決して話掛けた次の瞬間
――――――――ドズッ
「は……??」
俺のお気に入りの傘は俺の胸に突き刺さっていた。
「え……なに……これ?」
胸から噴水のように血が噴き出ている。目の前にいる変な髪型の少女は俺の心臓に傘を突き立てて笑っていた。
「な……えっ!? 嫌だ、助けて、助け……あぁぁぁぁ誰かぁぁ――――!!!!」
そのままうつ伏せに倒れる。少女は傘を俺の胸から抜き出す。水たまりがもう一つできるくらいの一層の血しぶきが飛ぶ。薄れる意識の中、霞んだ目で見えたのは俺の心臓を愛おしそうに見つめる少女の形をした悪魔の姿だった……。