37話:二人の食卓
土日の連休、俺は異常な程の疲労感から2日間家の中でゴロゴロと寝て過ごした。彩は心の中での出来事を覚えていないのか特に変わった様子はない。不安になった俺は両親の居ないいつもの食卓でこちらからアクションを起こしてみる。
「彩、ちょっといいか?」
「ん? 何?」
「イージスアンリミテッド!」
箸の高速連撃で彩の胸をつつく.。
「メテオバニッシャー!!」
「ぐはっ!?」
彩は湯呑の角を垂直に俺の脳天に振り下ろす。
「兄妹とはいえ私が訴えたら負けるよお兄ちゃん」
「角はやめようぜ角は……」
「お兄ちゃんが悪いんでしょ」
「いや~悪い悪い……なんてな! 隙あり! ブラッドファンタズマ!!」
今度は箸で妹の乳首を取りに行く。
「ダークジェノサイトフルムーンクラウド・ザルマチアザダル・カメ!!」
「ぐはっあっつぅぅぅぅ!!!!」
猫舌の人間なら火傷してしまうレベルの温度のお茶が俺を直撃する。
「あのね~お兄ちゃん。乙女の胸は聖域なんだよ? アテナオリンポス・サンクチュアリなんだよ? そんなことしてたら女の子にモテナイよ~?」
「よけいなお世話だ。そもそもお前の小っちゃい胸に興味なんてねーよ」
ゴゴゴゴゴゴ……
大気が震える。居間の蛍光灯がバチバチと放電を起こしている。どうやら触れてはいけないスイッチを入れてしまったようだ。来るぞ森羅万象の力。
「ファイナルイノセントワールド!!!!」
ファイナルイノセントワールド。別名ちゃぶ台返しを食らった俺は妹にひたすら謝りながら床に落ちた食器を片づける。そしてプンスカ怒っている彩を見ながら思う。
(やっぱりちょっと変わってる?)
ほんの少し前の彩であれば俺を尊敬の眼差しで見つめ神を見るかのごとく崇め奉っていただろう。もう少し前の彩であればそもそも最初の行動で怒ってこの場を立ち去っていただろう。今の彩はそのどちらでもない。子供の頃、最も仲が良かった頃の兄妹に戻っているような感覚だ。
夕食を済ませガチャガチャと食器を洗っていると彩が近づいて来た。
「どした?」
「手伝ってあげるよ」
「今日当番俺だからいーよ」
「まーまー遠慮せずに」
二人並んで食器をゴシゴシと洗う。両親の帰りはいつも遅く食事の用意や後片付けくらいは自分達でやろうという事になってから2年。元々仲が悪い訳ではないが年を取るにつれてなんとなく必要以上の口は聞かなくなっていった。どこの家庭でもそんな物だと思うしそれに不満があったわけでもない。しかしこうして肩を並べて食器を洗っているだけなのに安らぐ気持ちになるのは家族だからなのだろう。生意気でも、口を聞かない時期があっても、変な趣味を持っていても、何年経っても、何年経っても、それこそおじいちゃんおばあちゃんになっても俺は兄で彩は妹だ。
食器につけた洗剤から出てくる泡がしゃぼん玉になって消える。横を見ると彩がこちらをジッと見ている。そして
「私頑張るからね」
そう言って楽しそうにスポンジに洗剤をぶっかける。
 




